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…おまいだったのか…。



 事態は予想外のものだった。

「再びお会いすることができて、本当に嬉しいですよ」

 目を細めて笑う、相手の顔に見覚えがない。

 相手に付き従う男にも、その隣の男にも見覚えがない。

 なので、その旨を包み隠さずお伝えする。

「はじめまして。多分、人違いです」

「………」

 信じてくれなかったようで、訝しげな目線が寄越された。

 何かね?

 というか、君、誰かね?



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



 ギルガゼートが誘拐からの自力帰宅を遂げてから、ちょっぴり皆が過保護になっている。

 そんなわけで、僕もギルガゼートを訪ねる会に組み込まれていた。

 僕を提供しておけばギルガゼートが生き生きすると口を揃えて言うのである。

 それは人身御供というのではないだろうか。

 懐かれてるだけで害とかないから、行くけれども。

「1週間に1回マサヒロに会えるので、最近とっても嬉しいです」

 そんな風に言われると、洗濯やらを優先して土日の内の片方しか来ないのが申し訳なくなる。

 でも社会人的にも、毎週土日とも潰すのは厳しいなぁ。

 やっぱりしっかり休んでこそ、次の週も欠勤なく働けると思うんだ。

 という建前でゴロゴロしたい。

「すみません、皆様がギルガゼートといてくださる間に買い物をしてきてもいいでしょうか。すぐに戻りますから…」

 レディアが心底申し訳なさそうにそう言い、満場一致で承諾された。

 誘拐を心配した魔道具職人は、家の中にでさえもなるべく弟子を1人にしないよう心がけているらしい。

 心配性だなと思う反面、これが空間魔法使いに対する配慮なのだろうとも思う。

「マサヒロ。少し思うところがある」

 こそりとディーが耳打ちしてきた。

「なにさ」

 僕もつられて声を落とす。

 ディーはそっと携帯電話を取り出して見せた。

「通話状態のまま、レディアの買い物に付き合え」

 荷物持ちには向かない男ですけれども。

 そういうことではないんだろうなぁ。

「レディアが、何か?」

「私の勘では、むしろお前だ」

「僕?」

「マロックの弟子であるレディアに正面きって嫌がらせができるものなどいない。だからこそ相手を限定できぬ悪意や噂に疲れて彼女はスラムに篭った。同様に、弟子という立場を持つギルガゼートに手出しする馬鹿がいるはずがない」

 しかしながら実際にギルガゼートは誘拐された。

 ディーの予想が理解できなくて、僕も口を開く。

「師匠の報復が怖いから、傷は付けるなって言ったんじゃないの。自分は顔バレしないようにチンピラとか雇ってさ」

「傷の有無でなく、誘拐したならば手を出したと同じことなんだ。大体ギルガゼートを連れて行ってどうするつもりだ。マロックは、特殊なオーラを持つ弟子を追えるだろう。私や兄の追跡が可能な魔導師なんだ。それを知っている相手ならば、誘拐などは自殺行為であると理解する」

 言われてみれば、そうかも。

 脱走王子達の追跡係なのは、もはや城の中では隠し事ではないだろう。

 そんなマロックに対し、「いやいや、弟子の追跡はできないかもよ」なんて前提で誘拐するのは危険すぎる。

 けれども、だからって。

「…そこで僕?」

「そう、マサヒロだ」

 全く理解ができない。

 僕を街に放流したところで手がかりは掴めないと思う。

 何より僕こそ、異世界の情勢には関係ない人材だと思うんだけどな。

 とにもかくにもレディアに付いて行けと言うのだから、行くくらいはしましょう。

 レッグバッグの中の防犯グッズ達をさらりと確認しておく。

 …魔法使いレディア(物理)の護衛にもなんないと思うよ、悪いけど。

 レディアの武器(フライパン)とか持ってったほうがいいのかなぁ。




 かくして出会いましたるは誘拐犯・複数人。

 レディアが店に入った途端に、僕だけ背後から襲われて路地裏に引きずり込まれる事態。

 そのままジグザグ道を移動させられて、土地勘のない僕としては、もはやここがどこだか…。

 いかんな、油断していた。王都でも迷子か。

 でも絶対地図見たって、一都市の道全て暗記できるわけないし。

 ハハッ、大人しくお迎えを待とう!

 さしたる抵抗もせず引き摺られた僕を囲む、ちょっと訝しげな男達。

 ふと、1人が前に進み出てきた。

「再びお会いすることができて、本当に嬉しいですよ」

 そんな言葉を発してきたので、こちらも穏当に応えたのだ。

「はじめまして。多分、人違いです」

「………」

 周囲に広がる困惑げな空気。

 首を傾げる、僕。

 相手は、小さく頷いた。

「いいえ、間違いありません。一度そのとぼけた顔に騙されたのです。二度は騙されません」

「…人を騙した覚えはないけど」

「貴方は今とても流暢に話している。それが証拠というものですよ」

 うーん。

 何を言っているかわからない。異世界人、思い込み強い。

 そこまで考えて、ふと思いついた。

 僕が流暢に喋っているのが証拠だという。

 つまり…喋れなかったときのことを知っている。

 騙されたと訴える、思い込みの強い異世界人。

 この男は。

「もしかして奴隷商の人かな?」

 ぽんと手を打って問いかけると、相手はにっこりと笑った。

 周囲の男達が、なんか突然身構えた。

「…そう…本気で忘れていましたね。無意味な損害と屈辱を与えておきながら」

「いや、非合法の奴隷商から逃げたことを怒られるとか、普通に犯罪者の逆恨みだと思う。一応訂正するんだけど、今はペラペラでもあの時言葉が通じなかったのは本当だし、僕を売った奴らは仲間じゃないよ。森で捕まって、言葉が通じないからあんなことになったんだ。これは何に誓ってもいい」

 聞き取れてはいたけどね。

「…そうなのですか?」

 誓うとまで言えば、少しだけ聞く耳を持ってくれたようだ。

 考え込むその様子に、僕は大きく頷いた。

「無意味な損害と屈辱なら僕も与えられたわけだよね。突然捕まえられて売られたわけだから」

「それは相手に言っていただかないと。我々は買い取っただけですから」

「僕は不当な環境から逃げただけだね、買われる筋にない。何なら警備兵の前でどちらが正しいか判断してもらってもいいよ。ここの警備は優秀だから、もし呼んだら、あの時よりもずっと早く来ると思うな」

 ふうっ、と男は溜息をついた。

 周囲の男達は、警戒態勢を解いた。

「和解成立?」

「こちらの早合点で逆恨みしたというのなら、これ以上貴方と関わっても良いことはない。ですが、あの子供は別です」

「彼は奴隷じゃないよ」

「もはや納得していたはずですよ。貴方は知らないかもしれませんが、あれはただの子供ではないのです」

 思い返せば、ギルガゼートは言っていた。「珍しいから、いくらでも買い手がいると言われた」と。

 どう考えても、それは親ではなく、奴隷商人の言葉だろう。

 この奴隷商は、ギルガゼートが空間魔法使いであることを知っていて仕入れたのだ。

 失われた、高値で売れる予定の商品。うっかり見かけてしまえば、取り戻したくもなるだろう。

「…成程なぁ。うん。ディーの勘は正しかったみたいだ」

「…ディー…とは?」

「私だ」

 僕の隣に、3人組が空間転移してきた。

 ギルガゼートと手を繋いだディー。

 そして、ギルガゼートの背に、窮屈そうにしがみついているヒューゼルト。

「なにっ…」

「全て捕まえろ」

「はい」

 ヒューゼルトは跳躍ひとつで誘拐犯達の背後へと回り込んだ。

 相手が戦闘態勢を取りきる前に、ゴンゴンと剣の柄や鞘で昏倒させていく。

 彼とまともに切り結ぶことの出来たものは一人もいなかった。

「…馬鹿な…」

 掠れた声を漏らした奴隷商に、ディーはにやりと笑った。

 かつりと一歩踏み出したディー。

 ひょいとその後ろへと走り込む僕。

 ギルガゼートが泣きそうな目で見上げてきたので、とりあえず頭を撫でておく。

「よしよし、ディーに任せておけば大丈夫だよ。なんせ王子様なんだからね」

 その言葉を聞いた奴隷商の表情が固まった。

「うむ。私が、第2王子のディーエシルトーラだ」

 ディーは無情に頷き、名乗りを上げた。ちらりと王室の紋章を見えるようにしておくところなど、とても手馴れている。

 せっかくの紋所なのに、スケさんとカクさんの出番はないのだなぁ…なんて思いながら何となく、スケカク要員であろうヒューゼルトを見た。

 謎の拘束具で黙々と下っ端達を縛り上げている。

 …しかしヒューゼルトは真顔で奴隷商を見ていた。

 一切油断していなかった。無駄なく拘束しつつも、護衛として警戒の真っ最中だった。

 多分場合によっては、縛り上げた下手人を武器として投げつけてくる。

「…何を驚いている、王都に王族の私がいることなど、何の不思議もなかろう? 驚いたのはこちらのほうだぞ。まさかこんなところに私の詩人に手を出す者がいるとはな」

「おうじ、の…しじん…、まさかっ…」

「これは異国の出身で、言葉が通じないのでな。翻訳の魔道具を持たせているのだ。…いつぞや魔道具が壊れた時にも、お前達の世話になったとか?」

 顔面蒼白とは、こういう状態を差すんだなぁ。

 そんなことを考えながら、僕は奴隷商を見つめる。

 非合法の奴隷商が、王子の保護下にある人間を売買した時点で、逃げ道は何一つないだろう。

 ガクリと俯いた奴隷商の腕を、素早くヒューゼルトが捕らえる。

 手早く嵌められた拘束具に目もくれず、奴隷商はギルガゼートを見た。

「…まさか空間転移まで使えたとはな」

「僕もだましてません。使えるようになったのは、あの後だから」

「ふふ…その詩人を買った時点で、私の運は尽きたのかもしれないですね」

 大変申し訳ありませんでした。

 でも、非合法の奴隷商なんかやってるから運が逃げてくんだよ。


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