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第一王子も来てみました。



 王子様のフットワークが軽いのは何なんだろう。

 どっしりと構えていたりするとイケメンで、ちょろちょろしてると小物っぽい。そんな僕の先入観を覆し、イケメンの癖にちょろちょろしているとは。異世界の王子様だからか、この国の王子様だからか、はたまた、ただの…血筋かな…。そうすると王様もフットワークが軽い可能性が…い、いや、王様は違うよね、玉座についた時点できっとチョロリストを卒業しているはず。そうじゃないと家臣が超大変だもんね。

 とにもかくにも現在の困りごとといえば、再びの金髪碧眼。

「良い、楽にしろ。なぁに、異世界人というものがどんなものなのかと思ってな。少し覗きに来ただけだ」

 どこかで見たような、安定の好奇心。

「私はこの国の第一王子、ケイアシェラト。ディーエスの兄だ」

「須月 柾宏です」

 にっこにこのその表情には…見覚えがある。言葉が通じるようになった途端にディーが見せた顔だ。異世界について教えろと言ってきたときのあの顔だ。興味津々、新しいオモチャ見つけたよ~…そういう顔だ。

 僕の見張り&尋問という名目で雑談していた隊長は、第一王子がドアを開けた途端に弾かれたように立ち上がり、背筋を伸ばしたまま動かなくなった。

「ディーのお兄ちゃんなら、彼同様に心は広いほうですか? 僕は割りと言葉遣いや態度が残念なほうなんですけど」

 怒られそうなら敬語を頑張ろう。でも、まずは様子見。使わなくていいならそのほうが楽だからな。

 そんなことを考えて若干砕け気味の態度で接する僕を見て、隊長はもはや蒼白だ。口パクでこちらに何か伝えようと…いや、怒っている。何でしょうか、隊長。ハテ、先程の話であれば、人目があるときの忠告だったはず…。

「ほう、ディーと呼んでいるのか。もちろん私の心も広いからな、何か呼び名をつけて構わんぞ」

 愛称で呼ばれたことはないのだ、と少し寂しそうに言われてしまった。

 それなら愛称でお呼びするのも吝かではありません。

「…お兄さんの愛称は何なんですか? ケイア? ケー…シャ?」

「呼ばれたことがないから知らんな。好きに呼ぶがいい」

「…じゃ、ケー王子で」

 D君とK君だね。とてもイニシャルトークです。

「ああ、構わないぞ。ところで弟と初めて会ったのはいつだ?」

「なんと、今日らしいです」

「…ふふ、隠す気がないじゃないか。いいのか?」

「実はその前から会っていたような気がするくらい、随分気が合うんですよ。さすが異世界の扉開くレベルの同調者は違いますよね。…で、何を隠す気がないんです?」

 にやりとケー王子は笑った。隊長の顔色が更に悪くなっている。僕はそんな隊長のために、ちょっと言葉遣いを改めたのだが、あまり効果はないようだ。

 ついと王子は僕の腕を指差した。示されたのは、金ピカ翻訳腕輪。

「ディーエスだけではそんなものを用意できないだろう。それは魔道具だからな。あいつは時に何の役に立つのかわからんようなガラクタを好むが、魔道具収集には興味がない」

 隊長ォ! 偽装には初っ端から大きな穴がありましたよ! どうすんのこれ!

 内心ではそう突っ込みながらも僕は小首を傾げて見せる。ハッタリだ、ハッタリで真実臭を醸し出すんだ。頑張れ、これは僕の物だと言い張れ。

「ふっ、いつから僕の世界にはこれがないと錯覚していた?」

 まぁ、ありませんけどね、こんなファンタジーグッズ。

 あら? もしかしてこれを大量に輸入して売り捌けば、英語の不得意なジャパニーズ達に大好評を博して大金持ちになれるんじゃないの? ネットで売れば僕、世間体のために外に働きに出なくてもいいんじゃないの?

「…何…。では、それはお前の世界のものなのか?」

 駆け巡る妄想を、王子の声が制す。

 うーん、嘘をつくのって難しいな。幸いにも顔にはあまり出ないタイプだと思…、あ、ダメだね、ドナドナされる牛の顔してたってさっき爆笑されたばっかりだね。

「えぇとね、じーさんが持ってきました。シャッて現れてシュッて帰っていきました」

 魔導師だったらそれくらいできるだろ。

「何だそれは。…マロックのことか? 彼なら魔道具を集めていて、ディーエスとも懇意にしているが…彼は転移魔法など使えないぞ」

「いや、僕のじーさんです。達人なんで」

 あのヒゲ野郎、全然ダメじゃないかよ。

 ごめんよ、じーちゃん、行き当たりばったりな孫を許してくれ。名を騙ったお詫びに、今度ケーキ買って遊びに行くから。

「ほう、ではそちらの世界では転移魔法が特に発達しているのか? おい、もし彼が転移魔法の使い手だというのなら、魔導師を集めて見張らないと簡単に逃げられてしまうのではないか?」

 唐突に言葉を投げられた隊長がもごもごと口の中だけで何かを話す。言い訳したいけどうまく思いつかないのだろう。えぇい、嘘が嘘を呼ぶパターンじゃないか、コレ。もう面倒くさくなってきた。

「逃げないから大丈夫だよ。僕が大人しくしているのがその証拠じゃないか。それよりもケー王子は、何かディーの立場が悪くなるようなことをしようとしてるの?」

 隠す必要の有無というのは結局、これだけの問題でしかない。僕が問いかけると、王子は驚いたように目を見開いた。

「…いや…なぜそんなことをしなければならないんだ?」

「僕が今日より先にディーに会ってたら彼の立場は悪くなるんだってよ? それなのにケー王子は、僕がもっと前からいたはずだって決め付けてくるからさ。ディーに対して意地悪してるの?」

 隊長が視界の端で頭を抱えたのが見えた。

 いいじゃないか、もう。言質だけ取られなきゃいいんだろ。隠し事は手間がかかるから嫌いだよ。

「そんなつもりはない。ただの興味だ」

「そう? 僕としてはディーに害がなければそれでいいんだけど。ところで今日は第一王子の出番はないの? ディーは数合わせのために行かなきゃならないって言ってたのに」

 王子が小さく笑った。

「こっちのほうが面白そうだから、急病で倒れようかと思っていたのだが」

「ディーでさえ我慢して行ったというのに…お兄ちゃんがそれはちょっとダメなんじゃないかな」

「そうだな。可愛い弟だけに押し付けるわけにもいくまい」

 おや、兄弟仲は悪くはないのか

「何事にも興味の薄いあれが招いた、異世界人というものを見てみたかっただけなのだよ。それではまた、後程来るとしよう」

 兄弟揃って奔放な有様。その背を見送って、僕と隊長は溜息をついた。

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