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海辺の集い:前半戦



 僕らは互いの格好を胡乱げな目で見ていた。

「お前達…なんだ、それは」

「…アサリを狩るのでは?」

「海でしょ? お前ら何がしたいんだよ」

 真っ黒ローブで、フードまで被っているディー。怪しい教団の人みたいだよ。その手のスコップはもしかして御神体かな。

 続いて、どこかの戦場へ旅立つ気満々の重装備ヒューゼルト。なぜか見たことのない斧まで背負っている。主共々暑苦しい。

 そして麦わら帽子と長袖パーカーの僕。ズボンの中は海パンだ。首に巻くタオルは必要に違いないと、レッグバッグに準備万端。

 潮干狩りって、体勢的に草むしりみたいなもんだよな。

「さすがに大いに日に焼けると周囲に誤魔化しきれなくなるかもしれないからな、長袖の選択は間違いではないと思うぞ」

「いや、これ別に日焼け対策じゃないよ」

 僕はお忍びじゃないし、乙女でもないので、日焼けはあまり気にせぬ。

 長袖パーカーは「もしかしてジッとしゃがんでたら、案外海風寒いんじゃね?」というアレである。

 暑かったら脱げばいいが、対策もなく寒かったらションボリだ。海をなめるな。

 思いながらも見上げた重装兵に、逆に不安になった。

 もしかして僕のほうがアナザー・シーをなめてたか?

「…異世界のアサリは戦わないと捕まらないの? 凶悪なの?」

 しかしディーは僕に安心の常識をくれた。

「いや、砂に埋まっていると聞いたぞ。掘るだけだ」

 ですよね。アサリだもんね。

「…そうなのですか? 狩ると言うからてっきり戦うものとばかり」

 武装解除の確定した護衛兵が、心底残念そうだ。

 斧は殻を叩き割るために用意していたらしい。

 どんな化けアサリと戦うつもりだったんだよ。

 渋々ガントレットを外してアイテム袋へ片付けているヒューゼルトを横目に、とりあえずディーにもツッコミを入れる。

「貝だから埋まってはいるけど、お前、剣先スコップて。そんな深く掘るもんじゃないだろ」

「わからないではないか? 大物は深い場所にいるかもしれん」

 スコップを抱えて離さないアピールをしているので、好きにすればいいと思う。

 多分、内陸と育ちの良さが相乗効果で勘違いを加速させているんだろうな。

「マサヒロ。お前もその格好では行けないだろう」

「そうだ、そのサンダルは何だ。ずるいぞ」

 そして入れた分だけ返ってくるツッコミ…と、ただの駄々っ子。

 砂地に行くのに、サンダルずるくはないだろ。

 よかろう、受けて立つ!とキリッとしたところに痛恨の一撃。

「そんな異世界人丸出しの軽装で行くつもりか。周囲から浮くぞ」

 …なん…だと…。

 今更常識人ぶる気か、ヒューゼルト。

 お前の重装備と比べたら誰でも軽装だわ。

 しかし浮かれていたのは確かなので、とりあえず麦わら帽子とパーカー、ビーチサンダルは現地まで仕舞われることになった。

 ヒューゼルト同様、渋々とレッグバッグに荷を収納する僕の姿が見られました。

 羽織るのはいつものズルズルローブである。

「ん? …マサヒロ。ズボンの色がおかしくなかったか。また透けているのではあるまいな」

 失敬な。

 いつもいつもパンツが透けてる奴みたいに言うな。

「透けてます。オレンジ色の海パンが」

 まぁ、今日だけだよ。

 この前の着替えは自分の意思ではないので不可抗力だし。

 中に海パン穿いても余裕のあるズボンがこれしかなかったから仕方ない。

「オレンジ色…だと…」

「相変わらず、外出時の私服は派手だな」

 海パンを外出着に含めるな。

 大体空間転移で出かけて、海に着いたら脱ぐんだから、透けてたって問題ないよ。

「既に水着を中に着ているとは…泳ぐ気満々ではないか」

「違うよ、まったり浮くだけ。あんまりハッスルして泳ぐと疲れるからね」

 馬鹿め、こちとら近くには冷たい海しかないんだぞ。

 ガチガチ震えながら冷たい水に浸かるのが夏というものなのだ。水が温む頃にはクラゲが出て入れん。

 温かい海に入れるというのなら、その機会を逃すこともあるまい。

「テントちゃんと持った?」

「持ったぞ。オニギリも大量に作らせた」

「よろしい。海水浴のお弁当ばかりはサンドイッチではダメだからな」

 そういう荷物は「持った」とか元気に言ってるディーじゃなく、当然ヒューゼルトが持ってるんだけどね。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



 空間魔法使い達と合流した僕らは、無事にどこぞの海岸へと連れ去られた。

 砂浜だ。そして周囲に人影はない。

「無人島?」

「以前来た時は居住しているものはいなかった」

 曖昧なリルクス君の答えを聞きながら、テントを張る。ヒューゼルトが。

 僕はバーベキューコンロと炭を出して、とりあえず火を熾すことにした。

 そう、肉だ。肉を焼きたい。

 ディーとギルガゼートが興味津々だ。

「このウエハースみたいのは何ですか?」

 焚き付けです。

 テント設営を終えたヒューゼルトまで戻ってきて観察を始めた。

 どうして火を熾すだけなのに集まってくるのか。そんなにバーベキュー準備が珍しいのか。

 すっげぇ居心地悪い。

 こっちに全然興味ないリルクス君の様子が、何かの間違いでいっそ爽やかに見えるもの。

「えぇい、密集するな、暑苦しいっ!」

 アサリでも掘って来い!

 言い放つと、目的を思い出したヒューゼルトとディーは、ほてほてとリルクス君のほうへ歩いていった。

 あ、ディーとヒューゼルトがスコップを取り出した。

 おおっと、どうやらリルクス君は道具自体を持ってきていない!

 表情は変わらないものの、どこか慌てたように王子と護衛兵を見比べているぞ。

 いつもと同じ格好で来たと思ったら、特段準備自体をしていなかった模様。

 あいつ、何しに来たん?

「ギルガゼートも行っといで」

「…でも、マサヒロが1人になっちゃいますよ」

 別に寂しくはないですよ。

 っていうか、まだしばらく肉が焼けるような状態になるわけでもないし、ここにいてもすることないから。

 リルクス君は空間魔法の可能性について考えているようだが、さすがに貝を掘るのに空間魔法は使えないのではないかね。

「仕方ないな…足に使った挙句に収穫なしでは後が怖い」

 うちにあった熊手は、兄と僕の分らしき2つだったので、貸してあげよう。

「これ貸してあげるから、空間魔法使いチームと王宮チームでどっちが多く取れるか勝負でもしてたらいいよ」

 ぽぽいと取り出した熊手とバケツを渡すと、ギルガゼートがキラキラした目で見てきた。

 今にも足元の砂を掘り出す勢いだ。

 こんな乾いた砂のとこじゃ、悪いけどアサリ死んでるわ。貝殻しか出土しない。

「掘るなら、あっちの水っぽい砂んとこね。小さい穴があったら周辺掘ってみるといいんじゃない?」

「行ってみます!」

 ギルガゼートは元気いっぱいに駆け出していった。

 しっかりしてるから忘れがちだけど、彼はまだまだ子供だった。

 おやおや、ディーがちょっと熊手を馬鹿にしていますね。マイスコップに自信満々ですよ。

 対戦はいい感じにヒートアップしているようだ。

 それでそもそも、この海岸にアサリがいなかったら笑えるけどね。

「まぁ、浜辺で取れなくても海の中に入れば取れるだろ」

 そっちのほうが僕は得意だったな。

 水に浸かった状態で足元掘ったらよく取れたよ。

 海に入ったら普通は皆泳いでるもんだから、そんなことあんまりやらないんだろうけどね。

 遠目に皆の掘りっぷりを見つつ、火が安定するまで、まったりのんびり。

 火は団扇で扇がなくても大丈夫。僕には謎の棒による風パワーがあるのだ。

 友達同士でバーベキューするより断然楽かも。

 地元スーパーの肉コーナーで買ってきた鳥串、豚バラ、ラム、カルビ。

 あー…外で焼肉って、夏っぽい。

 野菜? ないよ、切るの面倒だから。


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