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魚介が不足しているので。



 アサリも、在庫がないんだって。

 というかディーんちって実は魚介類があんまり充実していない。

 こっちの地理なんて深く考えていなかったが、スオウルードは内陸にある国だった。

 そんな説明で初めて地図を見せられた。

 こんなところで、念願の地図を確認したぞ?

 だけど多分明日には、この国の形も忘れていることだろう。地理苦手。

 今? 今なら見たばっかりだから描けるはず。えーと確かこう…うん、どうやらこの形状はスオウルードじゃなくて北海道っぽいですね。

 でも、いざ北海道のほうを描こうとしたら、天気予報の簡略地図みたいな菱形になるんだ。不思議。

 渡島半島をもぎ取れ。

 まぁ、とにかくスオウルードの海鮮入荷事情だよ。

 魔法があっても、新鮮な魚介類というのは余裕の流通を見せているわけではないらしい。

 城にもなかなか置いてないんなら、庶民にはもっと流通してないよね。


「…というわけで、アサリ狩りに行こうと思う」


 真面目な顔でそう言ったディーに、僕はどんな態度をすれば良かったのだろう。

 まずは、紅葉狩りみたいな言い方すんなと突っ込むべきか。

 だけど潮干狩りにも狩りってついてるから、間違いでもない気がしてきたな。

「なんでアサリが欲しいの?」

「マサヒロはぱぇりあが食べたいのだろう? 約束を違えたりはしない。作ってやろうじゃないか」

 …ん? なんか今、ちょっと発音がおかしかった気がするが…。

 でもパエリアにアサリだけあってもなー。せめて海老も欲しいよ。魚介2種類くらいは望んでもいいじゃないか。

 ちなみにムール貝は馴染みがなさ過ぎてコック達の理解が得られず、却下となった。内陸人だから知らないのか、職務怠慢なのかはわからない。

 翻訳はされているようなので、異世界にも現物はあるはず。

 イカはなくてもいいな。噛むの大変だから。

 前に市販のシーフードミックスを買ったら、イカだけがいつまでも飲み込めなくてひどい目にあった。

 噛むのに疲れて無理矢理飲み込んだら、案の定、喉に詰まった悲しい思い出。

「というか、僕がアサリと海老をスーパーで買ってくればいいんじゃないのかな」

「何を言う、マサヒロ。とんでもないことだ!」

「とんでもないの!?」

 そこまで強く否定されるとは思いもしなかったよ。

 僕のお財布を心配してくれているのかな。

 アサリくらいは買えるんですよ、などと思っていたら…。

「せっかくリルクスに話をつけたというのに、磯遊びができなくなるではないか。お前は本当にインドア派な男だな」

 相変わらず急角度でディスって来る。アウトドア派の何が偉いというのか。

 第一ディーはアサリを言い訳にお忍びの足を伸ばしたいだけじゃないか。

 僕の(財布の)心配なんて欠片もしてなかったよ。

「インドア派を否定はしないけれども。またリルクス君に頼んだのか」

「頼んですらいない。今回は実に簡単であったぞ。近々アサリ狩りに行きたいと思っている…ところで味噌汁にはアサリが非常に合うらしい、お前が採ってきたアサリで味噌汁を作って欲しいと言えばトワコもさぞや喜ぶだろうな、と電話口で呟いただけだ」

 …リルクス君が心配になってきた。

 新婚気分に浮かれて、ディーにいい様に扱われすぎている。

 あんまりこき使うとあとで痛い目に合わされないかなぁ。

「マサヒロはアサリ狩りのプロだと伝えておいたぞ」

「そんな話したこと今まで一度もないよね!?」

「ギルガゼートが安定して様々な場所に転移出来るようになると、リルクスを使わなくてもいいのだがな」

 ギルガゼート逃げてー。強制的にメンバーに加えて、行ったことのある土地を増やそうとしているよ。

 なんか爽やかそうに笑っているけど、単に専属の足にする気満々なんじゃないかよ。

 空間魔法使いの人権が危ない。

 …でもお出かけはギルガゼートも楽しんでるし、酷使はされてないな。それならただの旅行だからいいのか?

 依頼して空間魔法を利用した時には、意外とディーから高額の報酬が出てるらしいしな。

 リルクス君に対しては、あまり直接現金を渡してはいない。

 報酬はトワコさん関連の現物支給が効果的というのもあるし、犬耳王子の護衛に『お金を積んで仕事を頼む』というのも引き抜きに見えてしまう恐れがあるし…リルクス君自体があまり金銭に興味がないということもある。

 そもそもディーニアルデから搾り取っているのでお金には困っていない、というのがリルクス君の主張だ。

 じゃあギルガゼートは金銭に興味があるのかっていうと…彼は割としっかりしている。

 自分ひとりで部屋を借りられるようになったら自活できるようにと、コツコツ貯蓄をしているのだ。

「ひとまず海に行く準備を考えとけばいいんだね?」

「うむ。そうだな」

「ところで水に浸かる予定とかある?」

「どうだろう。遊泳に支障のある場所ではないはずだが、ヒューゼルトが何と言うか」

 あ、これまだ護衛に許可取ってない案件ですね。

 なんで先にリルクス君に頼んじゃったんだよ。

 魔王に頼んでしまった以上、今更なかったことにはできまい。

 うん、ヒューゼルトが折れるな。問題ないな。

「じゃ、一応色々と対応できるように準備しとくか」

「そうだな。実際泳ごうと思ったら水に入るのが私ひとりだった…となると、つまらないからな…」

 つまらないかどうかが問題なわけではない。

 しかしながら内陸人なのに、あまりに普通に泳ぐとか言うので不思議な気がした。

 プールとかあるのかな、こっちって。

「そもそもディーって泳げるの?」

「うむ。昔、避暑地の湖に入ったことがあったはずだ」

 …それ、泳げるって言うのか?

 目の前で溺れられたら嫌だけど…あっ、浮き輪使うか。

 物置にあったかな。古すぎてビニールが劣化してるかな。

 そういや記憶もおぼろげな子供の頃に、潮干狩りに連れて行かれたことがあったなぁ。

 探せば潮干狩りグッズがあるかもしれないな。熊手とか。



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