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ムール貝がきれてる?アサリでもいいんだよ?



「お待ちしておりました、心底」

「一日千秋の思いでした」

 先日顔を合わせたばかりの料理人達が、笑顔でそんなことを言う。

「なんか気合入ってるみたいだけど…家庭料理しか知らないよ?」

「お気になさらず!」

「未知の料理(美味しい)ということが重要なのです」

 カニを剥いたときとは気合の入り方が違う料理人達。

 まさかあれ以上の気迫で挑んでくるとは思わず。

 彼らが待っていたのはもちろん、僕ではなく新しいレシピだ。

「ねぇ、ディー。僕の食べたいものを作ってくれるって話じゃなかったっけ…」

「もちろん、そうだ」

「そうかな。なんかコレ、ただの料理を教える会に見えるんだけど、騙されたんじゃないかな…」

「作るためには知る必要がある。当然の過程だ」

 そりゃそうなんだけど。そうなんだけども、何だか解せない。



 異世界コック達にレシピ説明を行うのは、カツ丼を作って以来だ。

 ちなみに食パンの時は、パンなど作ったこともない僕は立ち会っていない。

 今まで作ってたパン生地を四角い型で焼けば、まずは食パンだよねって思ってた。中みっちり外カチカチってパンだけど。

 その際もレシピはディーの翻訳を挟んでいたため、やはり試行錯誤の部分は出たものの、彼らは見事に再現を果たした。

 元々パンは焼いていたから、勝手はわかっていたんだろう。

 カレーもまた、調理方法についてはディーよりの伝聞であったが、箱の説明書きと溶かすだけのカレールーがあったので調理はなされた。

 ただしカレールー自体は再現に至っておらず、コツコツとスパイスを集めたり混ぜたりして『使いやすくて美味しいカレー粉』を研究している最中、らしい。

 こちらでは香辛料がお高いのでたくさん買えないし、たくさん使えないので簡単に進まないのは仕方ない。

 一応スパイス会社のサイトに載っていた材料を教えておいたものの、シナモンがどうしても存在しない。

 でもシナモン入らないカレー粉のレシピもいっぱいあったから、多分大丈夫だよ。

 作りたい人と食べたい人の思惑は合致しているのだから、ディーが料理研究に出資してあげればいいのに…と思ったのだが、あまり一部門に王子様の期待を掛けすぎるのはよろしくないらしい。

 出資するなら額は各部門に均等に、また、どちらの王子からも分け隔てなく。

 そのような取り決めがあるようだ。主にディーんちの家庭内で。

「今日は何を教えてくださるのです?」

 料理人が左右から僕を挟んでいる。

 暑苦しいし、なんか近い。

「…いや、教えてくれるっていうか…、試しで作るから幾つか考えるだけは考えて来いって聞いてたから…」

 とりあえず両手を水平に伸ばすと、反射のようにコック達は避け、両側に距離を取ることができた。

 ついでにそのまま半身を捻ると、斜め後ろから覗き込もうとしていたディーが僕の手にベチリと叩かれ…きょとんとした顔をされる。

 細マッチョにダメージは入らなかったようだ。残念ながらディーを引き離すことには失敗した。

「ご指導いただけるのならば、5種類でも10種類でも20種類でも作りますとも」

「ご希望通りの味になるまで、何度でも何度でも作り直させていただきますとも」

 そんな拘束時間はごめんだよ。あと、些細な違いとかわからないチープ舌だから作り直さなくていい。

 僕は食べたいだけなのに、なぜこんなことに。

「事前っていっても、確かに僕も問われなかったから何も言った覚えがない。…ここの材料って何があるのさ?」

 作って欲しくても材料がなかったらお話にならないじゃないか。

 本日、僕は特段食材を用意してきておりませんよ。

 あと、材料買って来たらあんまり僕に対するサービスになりませんよ。

 作る手間だけ何とかしてくれるって言うんでも、それはそれでいい気もするんだけどさぁ。

「まぁ待て、マサヒロ。まずは、お前が食べたかったものが何だったのかを言うのだ」

 言うのだ、じゃないよ。

 まず段取りというのものをつけてくれ、王子様。

 なんか僕に対する扱いが最近…あ、いや、元々こんなもんだったか。むしろ遠慮とかそういうのが初めからなかった。

 とはいえここで料理人達と見つめ合っていても仕方がないので、レッグバッグからお料理本を取り出す。

 作るの面倒だけど食べたい。そういうものは大体ここにあるのだ。

 お料理本は母のものであるが、彼女は大体買って見つめたら満足するので、ここから作ってはくれない。

「パエリアが食べたい。あと、ホットサンドと、肉詰めピーマン。竜田揚げもロマンだよね、ねぎソースが」

 完璧に自分が作らない、食べたいものだけを選んでおりました。

 何も考えていないので、パエリアとホットサンドなど、主食で被る有様です。

「でも考えてみたら、ホットサンドはこう、上下から挟んで焼くものだから無理だね?」

 皆は現物を知らないので、僕の問いに答える人はいない。

 料理人達はホットサンドの写真に釘付けになっていた。

「…サンドイッチが…焼かれているだと…」

「その発想はなかったな…」

 ですよね。

 スオウルードにおいてはサンドイッチ自体が新商品である。そのために食パンが作られるくらい、最先端なのだ。

 ケー王子も挟むだけで楽しい時期だったことだろう。

「挟んで焼くというと、専用のフライパンが必要なのですか?」

「浅めのフライパンを2つ使った手作業では代用できないでしょうか?」

 あっ、ケー王子のためにホットサンドに食いついたな。

 面倒だけど食べたいリスト一番のパエリアはどうしたんだ、パエリアは。

 思わず苦笑しながら、僕も「そうだねぇ」と考え込む。

「別にどうしても圧着しなきゃダメってわけじゃないと思うけど。ちょっとギュッとしとけばチーズでくっつくかもね。とりあえずフライパンで普通に焼いてみる?」

 料理人達はたいそう喜んで材料を集めに行った。

 ええ、まぁ。いいですよ、ケー王子優先でも。


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