しんみりしかける時もある。
え、結婚式? 終わったよ?
「さすがに疲れたわ、今回は」
ジト目で見つめると、金髪碧眼の王子様は悪びれない表情で小首を傾げる。
「良い式だったのではないか?」
「…いや…、何が何だかわからない代物になったと思うよ?」
犬耳王子が自国の教会と聖職者を提供し、ディーが楽士と料理人などの人員を手配した、はずだった。
ディーと犬耳王子の間でどんな話し合いが行われたのかは知らないが、僕が知る結婚式と、結果的にはズレていった。
鳥の獣人だという聖職者が人前式の司会進行をするところから、まず謎。
いや、教会で陽の差すステンドグラスを背後に羽根付き聖職者が厳かに進行したから、確かに何となく雰囲気が神々しくなったのは認めるよ。
普通は人前式に神父だか司祭だかは要らないし、司会の人は別なんだろうけどね。
指輪の交換も誓いのキスも滞りなく。
楽士が結婚行進曲を若干アレンジ気味に弾いていたのも許される範囲。
トワコさんのお父さんが号泣したのも、彼らにとって良い思い出になることだろう。
ブーケトスはなかった。
…未婚の女子がレディアしかいなかったからだ。
教会から出たらガーデンパーティーになったのも、まぁ、いいんじゃないかな。
でも、途中で牛の丸焼きを通行人にまで振舞いだしたのとか一体何?
どこで獣人の料理人が混ざってきてたの? 気付いたら吠えてたけど。
奇祭が始まったようにしか見えなかったけど、あれが獣人の流儀なの?
もうね、その辺りから招待客も野次馬もグチャグチャ。
その辺の芝生に見知らぬ獣人達、座り込んでお酒飲んでんの。
「…獣人は、色々と大らかだからな」
誰が強いかトーナメントみたいなのまで始まり、いい加減うるさくなったらしいリルクス君が乱入。そして迅速に優勝した。
最後に集合写真を撮ってあげたけれど、やっぱり知らない獣人がほとんどだった。
思ったよりも随分と賑やかだったとトワコさんは笑っていた。
「いや、いいんだよ。トワコさんとリルクス君が満足だったんなら、僕が言うようなことは何もないんだ」
恥を忍んで買ってきた雑誌とか、何かの役に立ったんだろうか…。
実はこっそり知人に購入を目撃されていて、大変だったんだからな。
飲み会の罰ゲームだって言っといたけどさ。
「トワコさんのご両親は、一応納得したんだねぇ」
実際にうちの窓を通り抜けるまで、どうしても信じきれない部分はあったようだ。
出会い頭に僕を誘拐犯扱いしたのには大人気なく返したけど。「冗談じゃない、娘さんを日本に返してあげようとしたら、娘さんを奪われると思った彼氏に剣で腹を刺されたんですよ!」って。
お父さん、ドン引いてました。
一応フォローはしたよ。お婿さん、多分浮気だけはしないよってね。
帰り際に、僕の窓が永遠に異世界と繋がっている保証はないこと、繋がらなくなれば携帯も通じなくなるだろうことも伝えた。
「外国に嫁に出したと思うことにするのだろう?」
「うん。それに、状況を鑑みるに生きてまた会えただけでも十分だ…って言ってた」
「窓が繋がっているうちは電話もできるのだから、今から『もしもの未来』を憂いていても仕方がないぞ」
別に異世界との出入り口を管理する仕事をしているわけでも何でもない。
うちの敷地の僕の窓なんだから、繋がらなくなったところで他人にどうこう言われる義理もない。
それでも、何だか気が重くなってしまったのは事実だ。
僕ら以外の誰かのために、この窓を壊さないようにしないといけない義務感。
「大丈夫だ、マサヒロ」
ディーはニッコリと笑った。
「二度あることは三度ある」
「わぁ、ことわざを活用しだした! …ちなみに、それをディーの世界風に言うと?」
「同じスライムを何度も踏む」
「踏むなよ、可哀想! 足元見て歩け!」
馬鹿な遣り取りをして、少し心が軽くなる。
「でもね、確かに窓が壊れてもディーとは繋ぎ直せそうな気がするよね」
「私もあまり心配していない」
「…まぁ、窓が壊れないのが一番ではあるけどね」
ディーはにやりと笑って頷いた。
不敵な笑いにしか見えないが、多分照れくさかったのだと思う。
「あー。今日はもう窓閉めるよ、撮ったビデオをちょっと編集してみるかな」
「何。私も見たいのでそこを退け」
「理不尽! あっ、押し退けるな、不法侵入だぞ!」
「どうせ私の部屋ではないか、硬いことを言うな」
「いや違うよ!?」
何をどさくさに紛れて再度乗っ取りをかけようとしているのか。
恐ろしいヤロウだ。
それから僕はパソコンを立ち上げて、ビデオカメラを片手に駆け回った本日の成果を再生する。
決してリルクス君に折れたわけじゃない。トワコさんの親御さんにあげるためだ。
ホームビデオの域を出ないが、それでもこれがあれば、娘が行方不明だったときよりは心穏やかにいられるだろう。
…いられるかな。
何度見ても獣人が好き放題し過ぎてんな。
それでも僕は真剣に画面に向き合い始めた。
ちなみにディーは、3分で飽きてた。
記録更新である。