日本式プロポーズは不発だったらしい。
僕は断固として拒否する。
「貴様…トワコの美しさを永久に保存する術がありながら、それを拒否するというのか…」
はい、お断りします。永久でもないしね。
「後悔するぞ。同じ時間は二度とは戻らないのだからな」
しつこいな。というか、後悔するのは、僕に言うことを聞かせられなかった自分ということになるのだろう。
ヤンデレってこういう奴のことなのかな。
ちょっとだけそんなことを考えながらも、僕は溜息をついた。
「あのね。いくら温厚さに定評のある僕でも、ウエディング業者を一揃いも自分の部屋から異世界にお招きしようとは思わないよ。プロのビデオカメラマンとか、どうして呼んでみようと思っちゃうのさ」
異世界に元々ないものは、ある程度諦めなさい。
そもそもリルクス君は再生機器をお持ちではないはずだ。こっちに電化製品はないからな。
異世界で一番日本に近いディーの部屋にだって、電気は通っていないのだ。
でも彼の地道で執拗なおねだりを(聞くのが面倒になって)叶えた結果、使わなくなったCD群と、安物の新品CDプレイヤーがディーの部屋に増えている。
古い曲ばかりだけど、言葉の意味もわからず洋楽感覚で聞いているのだろうか。
あと、なんかの景品で貰ったけど一度も使わず仕舞い込まれていた電池式アロマディフューザーもあげたな。
異世界的に電池の廃棄が環境汚染しそうで怖い気もするけど、手元に戻すためにも充電できる電池を買い与えてるし。
元より、使い切った電池は僕に戻すようディーとレディアには言い聞かせているので、大丈夫だと信じたい。
ちなみにアロマディフューザーは、気に入ったのか頻繁に稼動が確認されている。
今でこそ落ち着いた香りで統一されているが、初期は手当たりしだいのアロマを試してみたのか、一時のディーの部屋からは腹が立つほどフローラルないい匂いが漂ってきていた。
乙女の部屋か何かかと思った。
「エイゾウを残しておけば、今回のようにしばらく離れることがあっても、少しはマシだと思うし」
人名みたいだな、エイゾウ。
ビデオカメラマンの英三さん…そんな妄想が脳裏をよぎる。
しかし僕は、思いとはまったく別の言葉を口にした。
「それな。聞いたよ。トワコさんがなかなか戻ってこないのは、リルクス君が「トワコの作った美味しい味噌が食べたい」なんて言ったからなんでしょ? なぜ熟成が必要なものを手作りで求めた。…もしかしてプロポーズのつもりで味噌汁を言い間違えたって、今更言えなくて困ってるんだろ」
「…強ち間違いではないから」
「まぁ、どうせそれで味噌汁作るからって意味ではね」
ゼクスィーを両手に真顔でこちらを見るのをやめてくれないか。
武器かな。それ、新たな武器かな。精神攻撃用かな。
「私に手配できることはもう大体終わってしまったのだがな」
ディーが少しつまらなさそうだ。
王子様は実に手際よく、ドレスの試作発注から料理人の育成まで手配を済ませている。
ドレスは花嫁が異世界に来ないため試着できていないが、変態彼氏の目測を元に、布の余裕を持たせることで対応するつもりのようだ。
「最悪、作り直してもいいしな」などと言ったので、僕はこの残念王子にまんまと乗せられてしまったリルクス君に同情を禁じえない。
挙式、伸びる可能性あるぞ、これ。
「結局、どっちの国でやることになるかは決まったの?」
僕の問いに、リルクス君とディーは揃って首を横に振った。
なんということだ、式場が押さえられていませんよ。
若干白い目を向ける僕に、ディーはもう一度首を振って見せる。
「本来、リルクスの婚姻に手を貸すとすれば、主であるディーニアルデだろう。そもそもリルクスとトワコの拠点はスオウルードではない。私はこちらで全てを手配する心積もりだったのだが、それではどうもあちらが宜しくないようでな」
「…そうなの?」
リルクス君とトワコさんが望む結婚式の、衣装や料理や演出はディーの指揮下で準備中だ。
何かあればすぐ僕に聞けるという点でも、それがいいだろう。
しかし、もふもふ王国のほうで式場設営するのならば「この写真みたいな料理を作ってみてよ」などというディーの無茶振りに困らされる料理人は必要ないわけで。
料理は伝統的な異世界の結婚式のものでもいいと思うんだけどね。
「ディーニアルデは、リルクスがスオウルードに取り込まれるのではないかと不安なのだろう」
「ディーは、取り込む気は?」
「ないな。厄介事のほうが大きすぎる」
リルクス君って、気に入らないと考えると同時に攻撃、みたいな頭のおかしいことしてたもんな。
わざわざ暴発する恐れのある魔王を、ヘッドハンティングしようなんて無謀もいいところだ。
だけどリルクス君はもふもふ王国においては『ディーニアルデ王子の盾』であり、『獣人達よりも強い最強の矛』という評価だ。
対外的にも引き抜きに見えてしまえば、リルクスを失った今がチャンスだと、犬耳王子の身辺に危機が迫る可能性も高くなるのだろう。