前へ次へ
80/102

ディーんちのコメ。



 僕は納得いかない顔で、用意したばかりの夜食を見つめる。

「…あのね? ディーの国と犬耳王子の国とお忍び姫の国は等間隔くらいで離れてるんだったよね」

「ああ。どちらも国境までの位置は同じくらいの距離であるはずだな」

「どうしてお忍び姫のとこは醤油もコメもなくて、ディーのとこは常備してあるのさ。あっちの料理人は、輸入品でお高いから備蓄してないって言ってたけど」

 ディーは軽く首を傾げて、レンゲでお茶漬けをすくった。

 僕もまた、手元のお茶漬けをレンゲで一口分すくう。

「はい、カンパーイ」

「…む。乾杯」

 こーんと音を立ててお椀をぶつけてやると、律儀にディーも言葉を返してきた。

 しかし、レンゲを見つめて少し悩んだ様子を見せる。

「一気に食べなくてはならないわけではないな?」

「あ、うん。ただの気分で器ぶっけただけ」

「安心した。さすがにこれを一気にとなると火傷を負うからな」

 そうですね、舌にね。

 特段乾杯に意味はなく、僕らはフーフーと各自で適度に冷ましたお茶漬けを口に運んだ。

 お茶漬けのモトは僕の家にあったものだが、ご飯がディーからの供出品なのである。

 なんせ、うっかりしてたら、うちにはもうコメがなかったのだよ。

 最近土日にディー達と遊びすぎて、買い物に行ってないせいで食料の在庫がない。

 チンするご飯もコメもないのにどうやってお茶漬けを食べろと言うのかね。

 でも、コメって重たいから、買いに行くのが面倒なんだよなぁ。

 カートに乗せることも辛ければ、購入後車に乗せかえることも辛ければ、帰宅後に家の中まで運び込むことまで辛い。5kgを買うから悪いのか。

 僕自身は別に和食派でも白飯ラヴァーでも何でもないんだけど、家にコメが全くないのも何となく不安だ。

 何かこうコメには、色々と食料が尽きても最悪コメ炊けば生き延びられるよねっていう最後の砦的な部分があるだろ。気持ちとして。

 それすら尽きたので、多分うちは今、遭難かサバイバルと同義の環境にあるのだと思う。

 あ、パスタは少しあるよ。ソースも具材も一切ないけど。塩つけて食べるとかなら出来る。

 意味合いは塩むすびとあんまり変わらないはずなのに、全然やりたくない。塩パスタ。

「米は気候的に、もっと東の方の国々で盛んに作られているのだ。そして私の曾祖母がそちらの方の出身らしい」

「へえ、そうなの? おばーちゃんのために遠くから取り寄せてるんだ?」

「違う。曾祖母は既に他界している」

 あれ?と思ったけど、そっか、曾祖母ってひいばーちゃんのことだ。確かにちょっと人によって生きているかは怪しい年代になってくるかもな?

 うーん。今の曾祖母の話が前段ならば、オチは誰に繋がるというのか。

「…じゃあ、誰が取り寄せてんの」

 問う僕に、ディーも真顔で一言投げ返してきた。

「父だ」

「現国王何してる」

 ディーのパパの顔を思い浮かべてみる。

 …完全なる金髪碧眼。

 そう、確か若干皮肉げでドSの雰囲気を纏っていた。

 いや、嘘、これは金髪碧眼の美形に対する偏見だった。顔を忘れたのをいいことに脳内で改竄していたようだ。

 んー…頑張ってみるけどやっぱり顔は思い出せない。まぁ、老けたディーだと思っとけば大体間違いないだろ。

 王様、何コメ取り寄せてんだよ。日本かぶれの西洋人か。

 とりあえず「デリシャス・ハクマーイ!」とか言ってる老けたディーを想像しようとした。

 普通に無理だった。想像にモザイクがかかった。あと台詞も無理すぎて、音声じゃなくて字幕ついた。

 僕の脳内でオモチャにされていることなど知らぬディーは、真面目な顔で説明を続けている。

 何か、ゴメンね。微量の反省。

「父は曾祖母に気に入られていたらしい。幼い頃から頻繁に食事を共にしたため、よく米を食していたという」

「あー。おばーちゃん子か。ディーのパパ、あの顔で、おばーちゃん子なのか」

 二度言うが実際の、顔は覚えていない。

 イメージ映像でお送りしています。

「そもそも根本的な誤解があるのだが。こちらの特産と向こうの特産を親戚筋で送り合っているだけなので、輸入というわけではない」

「意外と庶民的な交流の仕方だね!」

 贈る品は王様自ら指揮しているのだろうか。

 

前へ次へ目次