前へ次へ
79/102

やれば出来る子。



 びっくりするほど、まずかった。

 びっくりするほど、ご飯がまずかったんだ。

 同情なんてすることなかった。

 僕は言いたい。

 砂糖産出国の自信、本当に吹き飛べ。


 ほの甘いパンが、妙に甘いスープにセットされ、笑えるのがジャリジャリと甘いサラダ。

 ただただ甘いだけのベリーソースに汚染された肉。

 食卓どこを見渡しても砂糖味しか見当たらない。

「こんの、馬鹿ちんがー!」

 僕を糖尿病にする気だな、理解したぞコノヤロウ!

 夕飯は全ての物品を一口ずつ味見しただけで断念した。

 一応全部味見したのは、礼儀でも何でもない。まさかそんな、全ての味付けが砂糖一直線だなんて思いたくなかったからだ。

 …しかし希望は、絶望となった。

 けれどその横でディーが顔色一つ変えずに全ての皿を綺麗に平らげたので、彼の外交用の顔は伊達じゃないなと戦々恐々としております。

 ちょっと招待された夕食の時間が早かったので、入らないかなー。王族とご飯緊張しちゃうなー。…僕はそんな言葉で逃げました。

 馬鹿ちん発言は部屋に戻ってから、叩き付けたクッションに向けた言葉なので安心してほしい。

 僕はスープを飲んだ時点から笑顔の仮面など剥がれ落ちかけていたよ。パンは菓子パンだと思えば許せるけどさぁ。

 あの場で暴言祭りを開催しなかったのは、ただただディーがテーブルの下でコンコンと靴先を蹴ってきたからに過ぎない。

「ちょっ…(おい、スープの味がおかしい!)」

 コンコン。

「ふむ。マサヒロの国にはない味付けのようだな。とても驚いているようだ、いい経験になりそうで良かったのではないか」

 お忍び姫と王様、ニコニコ。

「これっ…(サラダがサラダが砂糖まみれにぃ!)」

 コンコン。

「成程、実にこの国らしい味付けだ。マサヒロの国ではドレッシングの種類がたくさんあると言っていたが、この食べ方は珍しいのではないかな」

 お忍び姫と王様、ニコニコ。

 …こんな感じだ。

 すげぇよ。王子ってすげぇ。

 初めてディーのお仕事ぶりに感動した。

 ディーは笑みすら浮かべてあの砂糖どもを腹に収めて見せたのだぜ…彼が伝説級の存在であることを実感した。

 ちなみに部屋に戻ってきた僕らを迎えたのは、使用人食が甘くてさめざめと泣くギルガゼートであった。

 ヒューゼルトは無表情で完食したらしい。

「スイーツ男子だから平気だったの?」

 思わず問いかけてしまった僕は悪くないと思う。

「何やら馬鹿にされたことだけはわかるが、任務中の糧食に文句を言う近衛兵などいない」

 ぎろりと僕を睨んだヒューゼルトは、確かに軍人さんであった。

 しかし、「ましてや主が言っていないのに」と言葉が続いたところを見ると、内心は食事に思うところがあったようだ。

「ディー、今回のお前の罪は重いよ。飽食の時代を生きる日本人に対してのこの仕打ちは、ない」

「…そんなにもか?」

 不安そうな顔をしても駄目だ。許さん。

 とはいえ、うちのばーちゃんはご飯に砂糖をかけて食べていたそうなので、ばーちゃんならアレを喜んだかもわからん。

「僕の国が、元来食べ物に恐ろしい情熱をかける国であることだけは強く伝えておくよ」

 ククク、今宵の柾宏は飢えておるぞ。一切の含みなく、言葉通りにな。

「お腹減ったよ。減ったけど、この城の方々にはもう何も作っていただきたくない」

「よし、では調理場の探検にでも行くか」

「殿下はいけません」

 椅子から立ち上がりかけるディー。

 ヒューゼルトが、その両肩を素早く押さえた。ぐぐぐと圧力を受けたディーは、そのまま椅子に座り直す。

「…くっ。すまない、マサヒロ…私は…ここまでのようだ…」

「ディー! しっかりしろ、傷は浅いぞ!」

「小芝居は結構だ、マサヒロ。殿下も大人しくしていてください」

 息も絶え絶えな調子で言い出したのはディーなのに、なぜか僕が怒られている。

 ヒューゼルトさんが、なんか荒んでいらっしゃる気がした。

「では、代わりにこのギルガゼートを持っていくがいい。私だと思ってな…」

「は、はいっ、お供します!」

「あ、うん。いや、普通にギルガゼートだと思って連れてくよ」

 ディーエシルトーラ殿下とその護衛は、ご飯探索に連れ出せないようだ。

 今回のお城一泊コースでは、街へ下りて買い食いすることも許されない。城には出入りチェックがあるし、そもそもディー様ご一行は城で持て成さなきゃいけない相手だから。

 しかしながら腹ペコの僕は客人かつ一般人という微妙な立場を振りかざして、台所探検に出かけてみることにした。

 吟遊詩人は歌の種を求めて色んな場所に出没するものだ。

 とりあえずそういう言い訳を押し通して、食えるものを探しますね。

「僕、全然お腹の隙間が埋まってないんだ。スッカスカだよ」

「ぼくも、何か甘くないものが食べたいです…」

「あ、だよね。欲しているのはおやつじゃなくて食事だからね」

 そう思う、思わない、どちらでもない。そんな中庸を好む日本人的円グラフも、今日ばかりは『思う』一択であろう。

 ギルガゼートを連れて城の中をフラフラ。

 時に怪しまれつつ、人伝に調理場を聞きだす平民ペアだ。

「えっと、コメはないのかなぁ」

 困惑げな僕に、真面目な顔の料理人が頷いた。

「米は主に東方で作られているので輸送費がかかりますし。あまり我が国の食事事情とも合いませんので常備はしていませんね」

 がっかりです。

 塩むすびだけでも腹を満たすことは可能だというのに。

 でも多分この国がコメを所持していたら確実に砂糖まみれにされていたと思うので、無残な姿を見なくて済んだと言うべきか。

 じゃあ何があるんだよー、とか思っていたら、酷い調味料達を発見してしまった。

 どいつもこいつも、あらかじめ砂糖が混ざった状態で置いてある…。

 とんだ味覚音痴大国である。

 女の子って何で出来てる、とか言ってる場合じゃない。

 この国は男もお砂糖と何か諸々で出来ているようだけれども。

「城にあるものでしたら、好きに使っていただいて構わないのですが」

 僕らが調理場に乱入して食材を要求したため、お忍び姫には即行で伝令が走った。

 そんなわけで、既に調理場の使用許可は下りている。

「…えっと、塩とか醤油は?」

「塩はこちらに。醤油は輸入品になりますので常備はしておりません」

 念の為に許可を得て舐めてみたところ、塩にも既に砂糖が混じっていた。

 駄目だ…ここは汚染されきっている。

「マサヒロ! しっかりしてください、マサヒロ!」

 おお、ギルガゼートよ…この城に希望など存在しなかったのだ…。

 僕はきっと後世に伝えよう、異国の旅に必要なものは醤油のマイボトル、それだけなんだと。

「…ん? いや、あるぞ? 希望、ここに存在したわ」

 僕はふとレッグバッグに触れる。

 そしておもむろに手を突っ込み、満を持しての取り出し。

「おしょーゆボトル~」

「なんでそんな妙に高い声で言うんですか!?」

「あ、ごめん。何となく」

 未開封新品でございます。

 そういや、こんなこともあろうかと、出掛けにレッグバッグへ醤油を突っ込んできたんだった。

 移し替えようにも密閉できる小瓶が見当たらなかったので、手っ取り早く開いてないヤツ持って来ちゃった。

 しかし問題は、砂糖を入れない調理など邪道という目で僕らを監視する、この城の愉快な面々である。

 …うーん。砂糖醤油で満足なしょっぱいもの…。

「野菜炒め、だねぇ」

 出来れば別で肉を焼いて、野菜の上にどかんと乗っけたい。

 フライパンは2個出して片方で野菜焼いて、片方で肉焼く。肉が焼けたら野菜の上に肉をだばーっと移して、タレもかけちゃってからフライパンままテーブルに持ってって食べる。

 家でホットプレート出して焼肉するのも一人じゃイマイチだから、焼肉気分だけ味わうための苦肉の策だよ。

 一緒に炒めたら野菜炒めでしかないのに、別で炒めると肉が美味い。

「キャベツ山盛り、食べやすい大きさに切って。あと、薄切り肉適当な大きさに切って。たくさん」

「はいっ」

 適当すぎる指示にギルガゼートが元気よく返事をして、テキパキと他所ん城の使用人に必要なものを集めてもらってる。

 タマネギとかナスとかピーマン入れるのも好きだけど、今回は面倒だからいいや。

 僕はタレ作りのため、ボウルを借りて醤油をじゃばじゃばと用意。

「砂糖とお湯ください。あと、ニンニク」

「手伝いましょう、ニンニクはどのようにお使いになりますか」

「摩り下ろしてほしいな」

 砂糖を所望したことで相手の警戒が薄れたのか、手伝いを申し出てくれた。

 出来たらすぐ部屋に持って帰って食べればいいから、後片付けはしなくてもいいってさ。やったね。

「マサヒロ、切りました。焼きますか?」

「うん。あ、味は付けないでね。こっちのタレで食べるから」

 ギルガゼート、超手早い。

 子供扱いのせいか周囲が炒める作業を代わってくれようとするけれど、彼は「ぼくが指示されたので!」と2つのフライパンを譲らない。

 ボウルにだばりだばりと砂糖を入れると、ギルガゼートが悲鳴を飲み込んだ。

「マサヒロッ」

「大丈夫、だって相手は醤油だよ? 砂糖は結構必要なもんだよ」

 笑顔で言う僕に、我が意を得たりと頷きまくる周囲。

 うん。砂糖がこれぐらい入れば文句言わないと思ってたよ。案外多めに砂糖入ってないと美味しくないから不思議。

 ちょっとお湯で割るのは砂糖を溶かしつつ、薄めるためだ。薄めないと、ひたすら全力で醤油であり続けるので、タレにはなってくれない。

 そしてニンニク投入。混ぜまくって砂糖のジャリジャリ感がいなくなればオッケー。

 砂糖水作って醤油と足せばいいのかもしれないといつも思うが、須月家のタレはこのような手順となっている。

 シンプルだけに薄めすぎたら醤油足せばいいので、楽なもんである。



「あ、本当にあんまり甘くないです」

 ギルガゼートが目をぱちくりしている。

「そりゃそうだよ、甘いだけじゃおかずになんないし」

 強いて言うならコメがないのが本当に辛いです。もしまた異世界でディーんとこ以外の国に行くことがあったら、次は醤油だけでなく念の為のコメも持ってくることにしよう。

 夕食をしっかり食べたディーとヒューゼルトも黙々とキャベツと肉を食べている。

 ギルガゼートがたくさん切ってくれた肉も野菜も、4人で食べればあっという間であった。

 ニンニク入ってるんで、歯を磨いてから寝るよう、とりあえず周知徹底しておいた。


前へ次へ目次