食らえ、必殺・和三盆!
なんでどうして、無茶振りすんの。
お庭でお茶セッティングされたテーブル。笑顔のお忍び姫。
…の、隣にお忍び姫のパパ。
「ディー。覚えてろよ」
「すまん」
素直に謝ったところを見ると、ディーにとっても想定外だったようだ。
非公式とはいえ、一国の王が何してる。
紹介されたりしながら、勧められた椅子に座った。
さすがにギルガゼートは雑用係のようなポジションであるため不参加だが、ヒューゼルトは従者かつ護衛なので、いる。
自己主張の激しい、テルシア姫の護衛兵は今日はいないようだ。
代わりに王様を守る気満々のゴツイ護衛達がムキムキと周囲に立っている。
「ディーエシルトーラ殿下の秘蔵の詩人だと聞いている。今日は楽しみにしておったのだ」
お忍びパパはカイゼルヒゲを撫で付けて微笑んだ。
ひっそりハードル上げるの、やめてくれませんかねぇ…。
僕はキーが程々に合った歌だけ、そんなに音を外さずに歌える程度の一般人に過ぎない。
「不思議な異国の歌を歌うという話だったな。それを伝えた者の歌自体はいまひとつだったのだが」
本職の詩人め! ちゃんと仕事しろ!
いやー、王様。実は僕の職業って詩人ではなくて、会社員なんですよ。事務職です。
言いたい。切実に、そう言いたい。
「必要であれば楽器も用意しようと思っていたのだが、持参しておるのだな。噂の詩人が楽器を弾いた話は聞いたことがなかった」
けれど、内心で歯噛みする僕にかけられるのは更なる無茶振り。
馬車内でいくらかジャカジャカやったからといって、思春期にちょっと触れた程度のギターを弾きこなせるわけもない。
大体、弾き語りなんて難易度高い。
練習曲がいくらか弾ける程度だよ、僕は。
あ、でもアレが歌えるかな。あのちーへいーせーんー♪ってヤツな。当然オクターブ下げだ。
「…えーと。これは、さっきディーがくれたばっかりで」
なんて言えばいいのか。
名称もギターではなかったはずだが、あんまり聞いてなかったから覚えてない。
弾き慣れてないですって言うのもおかしいよね。物にしてない楽器持って営業来るなよって感じだろうし。
いや、もう、弾けるって顔で押し通すしかないか。
よし。えーとそうそう、生まれたときからギター弾いてましたが、何か?
「ほう? …何と言うか、その楽器は実用的な見た目をしているな」
実用的でない楽器って何だ。
一瞬疑問でおかしな表情になる僕だが、そういやディーは宝石キラキラの鞘に入った剣を下げている。
刃はもちろん実用に足るものだが、見た目の話をするならば確かにアクセサリー的だ。
著名なギタリストが前衛的なギターを特注するようなもんか。
秘蔵の詩人なら、普通のパトロンはもっと飾り立てた楽器を持たせるってことなのかもな。
提供・スオウルード王国、みたいな。
「ええ。彼はいつもあまり楽器を弾かないのですが、ご招待いただきながら歌のみというのも失礼かと、急ぎ用意致しました。しかしマサヒロはどうも高価なものを好まないので、最低限の楽器を与えてみたところです」
すらすらと笑顔のディーが出まかせを並べ立てた、ような気がしたけど楽器を用意した理由以外は大体合っている。
それを聞いた王様の、カイゼルヒゲがぴこぴこと上下した。
えっ? そのヒゲ、まさか着脱式…?
「なんと。無欲なのだな…それとも、才あればどのような楽器であれ弾きこなすということか」
…ハードルェ…。
もはや飛び越えられる高さじゃなくなってきたんですが。
初対面の人間にかける期待が重い。
口を閉ざしがちな僕らをどう思ったのか。お忍びパパは偉そうに一つ頷いた。
「ではまず噂の、すたーんばみーを歌ってみてもらおうか」
「スタンドバイミーな!」
思わず王様に突っ込んじゃったけど、王様はライトに受け流してくれた。
「すたん、どばいみー、か」
ドバイでスタンしないよ。でももうこれ以上は突っ込まないよ。ぐぎぎ。
他者からの無礼コールが入る前にと、僕は椅子をガゴゴとずらしてギターモドキを構える。
おっと。翻訳ドッグタグを外して、ディーに手渡し…っと。
「持ってて」
「ああ」
ディーは小首を傾げつつも、差し出された翻訳ドッグタグを受け取った。
あげないよ。あとで返してね。元々ディーのお支払いで作ってもらったもんだけど。
これでうっかり歌詞間違えたり「忘れたよふんふーん♪」とかやっても言葉が通じないから、そういうもんだと思ってもらえるはずだよ。
あれ、それともそんな小細工しなくても英語曲は翻訳されないとかあるのかな?
…いや、今まで外来語だから通じないとかそんなこともなかった。危険を冒すこともあるまい。
考えてみれば、リクエストされたのが練習したことのあるスタンド・バイ・ミーで良かったよ。
なにせ兄も僕も自信を持って弾き語れるのは父に叩き込まれたスナフキンのテーマ1曲だけなのだ。
あれを覚えないことには、他の何をも弾かせてもらえなかったからな。
まぁ、僕も好きだけれども。
他に何曲も頼まれたら、もう適当にジャカジャカして誤魔化すしかない。
そう思っていたが、結果的に僕は適当にジャカジャカすることを余儀なくされた。
ツラの皮の厚さだけで異世界を渡って行きます。
弾ける曲がなさ過ぎて童謡にも手を出した。さくらさくらってやっとけばディー達的にもモッサリと異国情緒が出るよ。
ディーが「桜か。いつぞや聞いた花の名だな」と微笑んでいる。
渡した翻訳ドッグタグがディーの言葉だけを通訳してくれているので、お忍び姫とその父親がうにゃうにゃ喋っている言葉は全く理解できない。
もう弾き終わっても良かろう、とディーに片手を出す。
違う、やめろ。握手を求めたんじゃない、翻訳ドッグタグ返せ。
指相撲がてら親指をぎゅっと押さえつけてやりつつ、私物を奪い返す。
「サクールァはどんな花なのですか?」
「桜だからね!」
姫にも突っ込んでしまったが、どうやらこの父娘は大らかなようで特に気にしている様子はない。
「サクラァ、ですか」
なぜ延ばすのだ。そういやディーも始めは延ばしたな。
おかしいな、僕の語尾は無意識に延びているのだろうか。
間延び男として生きていくのは辛いものがあるよ。
「どんなって言っても…あ、そうだ」
僕はさっとレッグバッグに手を突っ込む。
急な動きにちょっと護衛兵達が警戒してしまったようなので、出すときはゆっくりにすることにした。
出てきたのは和紙が貼り付けられた紙箱。
お菓子です、危険物じゃないです。
でもわかってます、疑いを晴らすには言葉にすることが大事だってこと。
「この間のお返しに、砂糖菓子持ってきたんだ。僕の国の」
「まあ」
隣でディーが少し眉を寄せている。
ちょいちょいと気を引こうとしてくるので、レッグバッグをぽんぽんと叩いて見せると大人しくなった。
わかってるよ、ちゃんとお前の分もあるって。後でな、後で。
まだ周囲の空気から警戒が去らないので、自分で蓋を開けることにする。
「それでね、えーと…これ。これが桜の花の形だね」
「…こ…、これは、…お菓子なのですか?」
「うん。というか、ほぼ砂糖だね」
原材料には砂糖と着色料しか書いてなかったから、それで正しいはず。
ビニールとクッション材はちゃんと外してきました。
砂糖といえば混ぜ込むか、半端に溶かしてジャリジャリの塊にするしかないらしい彼女らにとっては、異色の砂糖菓子なのだろう。
「どうぞ? あ、毒見って要るのかな」
「では、マサヒロの後見である私が」
ひょいっと横からディーが菊の形の干菓子を摘み上げた。
「…と言いたいところだが、そうも行くまい。ヒューゼルト、これを」
「はい」
笑顔のディーに菓子を渡されたヒューゼルトが、受け取って口に入れた。
危ないな、ディー、ちょっと素の食い意地が出かけただろう。
「問題ありません。…が、すごく良く溶けますので驚きます」
ヒューゼルトがそう言うと、ちらりと僕を見た。
多分本当は「驚かすんじゃない! あと食べ物を持ち込むなら先に伝えておけ!」と目からビームを放ちたいのだろうが、よそんちだから大人しくしているんだろう。
「砂糖ということですから、溶けるのは理解できますけれど…」
姫は一粒欠品した箱の中をまじまじと見つめ、桜の形のものをそっと摘んだ。
「これ、姫にあげたんで。箱ごと持ってっていいんだけど」
シュッとテーブルの上を滑らせる。こちらのお客様からです。
慌てたように両手で箱を受け止めた姫は、緊張の面持ちで干菓子を食べた。
…そして無言。
無反応。
周囲からの注視にも、全く反応を見せず。
「テルシア? 私も一ついただくぞ」
不審げな顔でお忍びパパも横から干菓子をひょいパク。
そして、同様に固まった。
「…マサヒロ」
「ん?」
「私だけ状況がわからないのだが」
さすがに毒見でもないのに、無反応の他国の姫からディーが菓子を奪い取るわけにもいかない。
ごそごそとレッグバックの中からディー用の箱を出し、テーブルの下でこっそり遣り取り。
「…ふむ。ヒューゼルトの言った通りだ。口溶けが凄まじいな」
「苦めの緑茶とご一緒するといくらでも食べられるよ。糖尿病と虫歯が怖くなるくらい」
でも、ちょっとお高いからそうバクバク食べるものでもないかな。
そんな話をしていたら、お忍び姫達の意識が帰ってきた。
「…どうしたら…こんな、なめらかに…」
「歌といい菓子といい、その詩人には驚かされる」
二人ともすごい深刻そうな顔になってしまった。
鼻っ柱折ってやるとか思ってたけど、本当にこんなに折れるとは思わず。
おいしいおかしを、つくってほしかっただけだよ、ほんとうだよ。(無垢な目で)
うん、やりすぎましたね。はい。なんかごめんなさい。
「えっとね。それは超秘伝で希少な砂糖らしいよ。僕の国で世間一般にこの砂糖が溢れているわけではない」
「ふむ。これなら脆弱なマサヒロの喉にも刺さらないな」
「でもこれはこれで、うっかりすると滑らかに気管に入っていくから注意が必要だよ」
「これは…砂糖でこの形は、どうやって作っているのですか?」
真剣な顔をしたお忍び姫だが、僕は干菓子の作り方など知らない。
でも、アレだろ。和菓子だから型に押し込んで固めるんだろう。
練り切りと違って、砂糖だけじゃ手作業で形整えてどうこうなんてできないだろうし。
「さぁ。型に押し込んで、固まったら出して、乾かして…じゃないかな。きっと着色する液と混ぜて、液体にならない程度に湿ってるんだろうし?」
見た目も綺麗に整っていて、田舎町にも陳列されるほど量産できてる。
たくさんのものを同じ形にするのなら、型がなければどうしようもないよね。
「こんな可愛らしい砂糖があるのなら、我が国でも作ってみたいものです」
なんか、お忍び姫がやる気を出している。
王様もカイゼルヒゲを撫で付けて頷いていた。
きっとそのうちに、この国でも可愛らしい形に成型された砂糖が出回ることだろう。
…でも、さすがに滑らか和三盆までは作れないと思うな。