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お茶会の恐怖



 お忍び姫はモジモジっ子だ。

 本当にあの時の女の子と同一人物なのかどうか、よくわからない。

 まぁ、ぶっちゃけると、そもそも尿意に気を取られていて顔とか覚えてない。

 円卓ではディー、僕、ケー王子、姫…つまり僕の正面に姫が来るという謎の配席だ。

 とはいえ、婚約者候補のケー王子が親しげに姫の隣ってことで考えれば、親しくもない僕が一番遠い席だと言えなくもないか。

 ただ、正面でモジモジを見つめ続けるのは、何だか居心地が悪い。

「ねぇ、こんな内向きっぽい人だっけ? この前はもっと「今お忍び中でいい汗かいてますよ!」みたいな自己主張の激しい空気出してなかった?」

 僕の訝しげな声を聞いたお忍び姫は、両頬に手を当ててブンブンと首を横に振った。消え入りそうな声で「そんなこと…!」と否定する。

 …そこは別に謙遜する部分じゃないような。

 即行でお忍びを見分ける城下人(プロ)達ならまだしも、素人の僕でさえ一目見て素性を理解するくらい、全力でお忍び失敗してたよね?

 それに、もっと強気な印象があったんだけど…あのときの僕が切羽詰りすぎてて、世界の全てが勢い良い感じに見えてたんだろうか。…いや、レディアの家まで辿り着く余力は残してたんだし、そこまで限界だったわけではないはずだよな…。

 わからんなぁ…と思いつつお忍び姫の観察終了。なんか言ってるみたいだけど、モショモショ喋ってて聞こえないし。

 多分情緒不安定気味な人なんだろう。前回は躁、今回は鬱、みたいな。

 しかし姫の護衛のほうは安定の自己主張みたいだ。

 僕があの日のお忍び失敗を口にした途端、下げた剣に手を触れた。

 なんて駄目護衛兵だ…他国の王族の前で私怨の抜剣は万が一にもまずいだろ。逆に僕が心配になっちゃうから、剣から手を離せ。

 この護衛の人、きっとヒューゼルトよりも気が短いんだな。

 万が一斬りかかられたとしても、信頼と実績の空間魔法があるので、僕はわりと落ち着いていると思う。

 そう、ギルガゼートの危険すり抜けマジックだ。ちなみにその魔道具は言語と共に大事ということで、翻訳ドッグタグの横に3枚目の御札として吊り下げられている。

「ディー、僕、通常運転で喋ったらあの人に斬られそうなんだけど。取り繕うべき話題とかあったの?」

 柄パンシースルーくらいは許すけど、そういう危険情報は、ちゃんと教えといてくれないと困るんですけど。

 いのち、だいじに!だよ。

 ディーが目を細めて護衛を見ると、相手はハッとしたように剣から手を離して直立の姿勢になった。

「…問題ない。マサヒロは私の客だ。害なせば私への敵対と取るのは当然のこと」

 ディーの作戦は翻ることなく。ガンガン行きやがれって感じでした。

 ずるいよね。ガンガン行くの、僕だけって前提だろ。

 思わず膨れっ面野郎になりそうな僕を案じたのだろうか、ケー王子が本日の茶菓子に意識を向けさせようとする。

「ほら、きっとお前には珍しいだろう? これはテルシア姫の国で作られている菓子なんだ。食べてみるといい」

 不可思議なお菓子が僕の皿に取り分けられた。

 プチシューくらいの大きさの丸は、薄黄色でゴツゴツとした外装をしている。球形の揚げせんみたい。

 訝しげな僕を気にすることもなく、ディーは自分の皿のそれをひょいと口に入れた。

 ひょいパクってやっていいもんなんだね。了解した。

 僕も隣に倣ってそれを口に放り込んだ、ら。

「ぅあっ!?」


 ジャリ、もさ、ドロォ…!?


 涙目で口を押さえた僕に、左右の王子が慌てた声を出す。

「マサヒロ?」

「ディーエス、なぜマサヒロは泣いた?」

「…もしや気管にでも入ったのかも知れない。マサヒロは鈍くさいところがあるから…」

 違うよ、なんでお前ら平気なんだよ。

 首を横に振る僕の視界は、モヤモヤだ。完全に涙で明日も見えない。

 甘い。甘すぎる。あと食感が極悪。

 まずジャリッて。分厚い砂糖の塊じゃないかよ。これがパリパリな飴がけならまだ理解できたよ。

 かと思えばモサッて。恐ろしく口内の水分を奪い尽くすスポンジ生地が糖衣に隠されているとはね。驚きやまず。

 極めつけに、ドロォッて。スポンジの中に粘質な甘い何かが入っていたよ。甘くて粘っこくて、正体不明。

 総合致しまして、あのぅ、こいつはどうやって飲み込めばいいのかね?

 唾液はない。気合もない。ペッとするわけにもいかない。

 あわあわと状況を身振りで伝えようとすると、王子達は天啓を受けたかのように目を見開いて察した。

 ケー王子が颯爽と手にしたティーカップに、ディーが魔法で作った氷の欠片を放り込んで冷まし、渡されたそれを勢いよく僕が喉に流し込む連携プレーだ。

「ひいぃ、甘かった、ヤバかった、今ので3日分くらいの糖分取った!」

 ごしごしと両腕をさする僕に向けられる不思議そうな視線よ。

 甘すぎて鳥肌が止まらない。両手を握ったり開いたりしていると、お忍び姫が首を傾げる。

「まあ。マサヒロ様は、甘いものがお嫌いでしたの?」

「甘いものはお嫌いじゃないけど、これは嫌い」

 ぶるぶると震える僕のカップに、お茶が継ぎ足された。

「あの汁、何? 中身何なの? 怖い」

 あのドロッとしたものは、決してクリームではなかった。

 妙に粘質なのがすごく気になる。食べちゃいけないタイプのものだったのでは…。

 姫は、相変わらず不思議そうだ。摩訶不思議菓子のどこが不思議だったのかわからないと言うのだ。

 不思議しかなかったと思うのに…。

「中に入っているのは、ミルルの玉子ですよ。火を通しても固まらないのです」

 何でもないことのように言われた言葉に、僕は戦慄した。

 …た…卵…?

 殻の感触はなかったが、このサイズって…。

 鳥肌は悪化した。僕は近くにあったディーの腕をガッと握る。

「わぁぁぁ! 絶対虫だろ! こんなサイズの卵なんて!」

「いや…ミルルは虫ではない、鳥だ」

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ! よしんば鳥だとしても、こんなに小さいならば、もはや虫だ!」

「なんという暴論だ」

 通常運転の僕とディー…ケー王子は笑っているが、お忍び姫はついていけていない。

「テルシア姫の国は砂糖大国なのだ。だから甘いものが特産品になったりする」

 ケー王子がそっとくれる情報にも、僕の心は癒されない。

 今の菓子より、氷砂糖ボリボリするほうが、よっぽど美味しい。

「よろしかったら、是非遊びにいらしてくださいな」

 何事もなかったかのようにそんなことを言うお忍び姫に、僕は真顔で返事をした。

「ええ、機会がありましたら」

 機会は作らない。絶対にだ。


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