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レディアのお願い



 レディアの家に向かう途中で、珍しくディーが足を止めた。

 市場が開いて、少しだけ人通りが増えてきた時間帯。

「ディーエシルトーラ様?」

 声をかけてきたのは、同年代の女性だった。にこりと笑った彼女は…何だかどうもディーと似たような感じがする。

 顔がとかそういうことじゃなくて。

 …そう。お忍び風というヤツだ。

 だけど慣れていないのか、動作がどうにもお上品で町娘に見えない。

 そして、護衛もやる気満々すぎて溶け込めていない。

 ここに大事なお嬢様がいますぜ!俺が守りますぜ!みたいな空気を出している。

 街の人達は王子達の脱走に慣れているからか、どうやら気付いていないように振舞ってあげているだけのようだ。優しい大人対応が却って痛い。

「これは完全なるお忍び失敗作…」

 ポツリと呟いてしまったところ、ディーが微かに肩を震わせた。

 小さな咳払いでそれを誤魔化したディーは、相手に笑いかけた。

 外交用の爽やか笑顔だ。キラキラ度が増している。

「これはこれは。遠いところをよく来られた。2日の後にお会いする予定だったが、既に到着されていたのだな」

「はい。実は、昨夜のうちに。…ですが、その。どうか内緒にしてくださいませ」

「このような時間のための早めの入りというわけだ。何、私もこの有様だ。互いに知らぬこととしようではないか」

 どうやらお城のお客さんだ。これはうっかりするとどこぞの姫なのかもしれないけど、まぁ、お嬢様(仮)としておこう。

「!」

 僕ははっとしてヒューゼルトを見た。相手は何事かと片眉を上げる。

 いつもより早めの時間に飲んだコーヒーが効いてきている。ヤバイ。

 脳の活性化じゃないし、リラックス作用でもないよ。そんな効果で危機を感じないよ。

 ヒューゼルトは「大人しくしていろ」と目で語ってくるが、僕も目で「先に行っていいかな!?」と問う。

 否定の眼差しが返るけれど、僕は気が気ではない。なにせお嬢様の会話が弾み始めてしまったのだ。「では(この辺で)」と言おうとするディーに対して、話を促されていると勘違いしたお嬢様がノリノリで言葉を続ける悪循環。

 このままでは遠からず往来でモジモジする羽目になる。

 僕の若干の挙動不審さに「相手の護衛に斬られたくなければ妙な動きをするな」との目線と睨みが飛ぶ。ヒューゼルトがいればいいだろ、ここは。えー、なんで駄目なんだよ。

 しばらく耐えてはみたけれど、ヒューゼルトから3度目の駄目出しに口元を歪める威嚇表情をされたところで、僕は沈黙を破ることにした。

「ディー、悪いけど僕ちょっと先に行くから」

 ディーは驚いて僕を見た。

 わかってるよ、ディーはさりげなく会話を終了の方向に誘導し続けていたさ。相手が全部気付かなかっただけで。

 姫と王子の会話に割り込む一般人が非常識だということも頭では理解している。

 しかし常識よりも僕の尊厳のほうが大事なので。

「お嬢様もごめんね、ディーとゆっくりしててよ。じゃあ、ディー、後でね!」

 ディーは素早くヒューゼルトを見た。ヒューゼルトはさりげなくブロックサイン的な動きをする。

 僕はそれを見届けることなく背を向けた。

 レディアの家までの距離を考えると、そろそろ動き出さなければまずい。

 この世界にはコンビニはないのだ。

 あと、意外と歩くと遠いので、立ち話は本当にやめてほしい。もう疲れた。クルマ乗りたい。



 結果的にいうと僕は無事でした。

 レディアに「あんな真剣な顔をしたマサヒロ様は初めて見ました」とか言われたので、結構際どかったんじゃないかな。

「それで、僕に頼みたいことって何だったの?」

 すっかりと落ち着いた僕は広い心で問いかけた。

 レディアは暗闇に光明を見たような顔をした。

 大丈夫かな、これ。期待に応えられるかな。

「感謝いたしますわ。実は先日、とある方から魔道具の報酬をいただいたのですけれど…」

 急に泣きそうな顔になったレディアの横に、そっとギルガゼートが立った。手に持った小さな袋から、花を取り出す。

 ピンクと青の花弁が交互になっている、綺麗だけど不思議な花だ。と言ってはみたが、むしろ僕には不審で造花にしか見えない。

「この花は魔道具を作る際に使うインクの素材です。ピンクと青、それぞれに使い道が違うんです」

 一瞬関係ない話が始まったのかと思ったけど、多分前段なのだろう。

 ギルガゼートの言葉に、うんうんと僕は相槌を打つ。

「報酬にはインクをいただくつもりでしたが、素材がたくさん手に入ったのでそれも使って支払ってもいいかと言われまして…自分で作ったインクのほうが馴染みがいいものですから、構わないと応えたのですわ」

「そうしたら、この花がすごくたくさん来ちゃったんです」

 だからお金で貰ったほうがいいって言ったのに、と溜息をついた少年に、レディアは肩身を狭そうにする。

「で、でも、一応素材は良い物なのですわ。お渡しした魔道具も当初の予定より高くなってしまったのですから、こちらにも譲るところはあります」

「それは相手の希望を詰め込んだからでしょう。安売りはいけないと思います。…レディアが優しいおかげでおいてもらえているので、ぼくもあんまり強くは言えませんけど」

 ギルガゼートがピンクの花びらをむしって別の袋に入れる。次に青の花びらをむしって、更に別の袋に入れた。

 僕は理解した。

 成程、荒事には向かず、腕力のない僕にも手伝える。

「いいよ、単純作業は嫌いじゃないし」

 花びらをむしるくらいでレディアのションボリが晴れるのならば、お手伝いしましょう。

 そう言った僕に対し、レディアは完全に救世主を見つけた顔をした。

 ギルガゼートはしかし、表情を崩さない。

 僕は理解した。

 僕と一緒に作業するって言うだけで浮かれそうなギルガゼートが状況を楽観視しない。

 これは、相当量の花がある。

「いいよ。…何なら泊り込みでも。明日も日曜日で仕事は休みだから」

 徹夜は辛いかもしれないけど、一応は20代前半の僕だ。戦えるはずである。

 2人の魔道具職人は歓声を上げた。

 あれ、僕、早まったかな?


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