彼氏の憂鬱
ヒューゼルト以外の口が半開きな状況ってどうなんだろう。
先日のお出かけの時に休日に合わせて自宅へ発送してもらった、自分用のお土産を持って、レディアの家を訪ねた本日です。
「僕は、おかずだと思うんだけどねぇ…」
何ということはない、揚げかまぼこである。
美味しそうだったし、地方発送してますって書いてたから買っただけだ。
旅行疲れの後に家事なんかする気にならないだろうから、到着は次の休みにぶつけたのだ。帰宅周辺の日々はポカ弁とレトルトだよ。財布の紐は来月締めます。
休みはお土産渡しに行くし、ついでに揚げかまはレディアにお裾分けしようとも思った。
…ディーは、なぜかそれを楽しみにしていた。
揚げかまはフライパンで焼くだけなのに。というか、レディアに分けるんだって言ってるのに。
ディーの分なら別に買ってあげるから、持ち帰ってそのまま城で焼いてもらえばって提案もしたのだが、王子様は頑なに魔道具職人宅でのかまぼこ祭りを希望した。
ギルガゼートも「是非!」とか言うので、家主の許可も無く、祭りは水面下で計画立てられたのだった。
「狭いですが、お好きに使ってくださいませ」
そして押しかけかまぼこ祭りは寛大な家主に受け入れられている。
台所を占領されたレディアは、香ばしい匂いにうっとりとしていた。
僕もそうは思うけど…醤油は持参しているので炊きたての白飯を下さい。
とはいえ無い袖は振れない。かまぼこしかない。
コンビニおにぎりでも買ってくるべきだったかなぁ…。
「相変わらず、マサヒロ様が持ってきてくださるものは美味しい匂いがします…絶対にハズレがありませんわ」
期待過剰だよ。
外したときが怖いから、あまり思い込むのはやめるんだ。
「何を集って楽しそうに…。トワコが帰って来ないんだぞ?」
唐突に聞こえたのは、予定外メンバーの声。
その途端に僕の側へ駆け寄ったギルガゼートが、何やら呪文を呟いて自分の前に半透明の壁を展開。レディアは近くの包丁とフライパンを構えた。弟子の魔法使いっぷりにも関わらず、どういうことなんだ、元魔導師見習いレディアよ…。
驚いて「うお」と呟くことしかできなかった僕と魔道具職人達を背に庇うディー。そして剣を構えて一歩前に出たヒューゼルト。
総員戦闘準備に入っていて、どうしていいかわからないのだぜ。
「…引越し準備の荷物は着々と届けてあげてるじゃん」
うん。今、僕にできることは揚げかまぼこを焦がさず焼くことだけだ。
引っ繰り返した揚げかまぼこの焼き目に視線を落としてから、レディアを見つめる。
そろそろ皿の準備をしてほしいんだけどな。
「いい度胸だな。これでも…」
「寄るな!」
むしろリルクス君の発言をぶった切った、ギルガゼートの大声にビックリして振り向いてしまった。どうしちゃったんだよ、大分攻撃的な声じゃないか…と、思う僕は平和すぎたようだ。
レディアのお宅は大変なことになっていた。
ギルガゼートは椅子をリルクス君の頭上に出すのをやめないし、リルクス君は頭上から現れる椅子を消しては床に転がし続けている。
え、何のループ現象?
床に転がっては消え、またリルクス君の頭上から降り注ぎ続ける椅子。
「邪魔をするな、俺は…」
おお、油断したらかまぼこが焦げてしまう。
我に返って、とりあえずまな板の上にでも揚げかまぼこを退避させようとしたところ、フライパンは手の中から消えた。
「マサヒロに寄るな!」
こちらも見ずに僕の手からフライパンを奪ったのは、ギルガゼートだったらしい。
剛速球で飛んでいくかまぼこに、僕は諦めに似た気持ちを覚える。
「ぁヅァッ」
リルクス君が平坦な調子で、ウルトラ的な声を発した。
かわし損ねた椅子がその頭にワンバウンド。泣きっ面に蜂。
「ちょっと、ギルガゼート」
「あっ、ご、ごめんなさいっ」
思わずかけた僕の声で、我に返ったギルガゼートは、さっとフライパンを返してくれた。
そうじゃないよ。僕が言いたかったのはフライパンのことじゃない。だけど仕方ないので次のかまぼこを取り出してフライパンに乗せる。
リルクス君の顔面で受け止められた焼き立てかまぼこは、床へと落下しようと…したところで消えた。
そしていつの間にやら出ていた皿にぽふりと乗った。
…いや、あれ、誰も食べないんじゃないかな?
「火傷したんじゃない? 冷やさないと…」
状況についていけない僕の台詞に、ディーが素早く水の玉を出して放る。水はリルクス君の顔面を強襲した。
ちょっと…皆どうしちゃったの。
顔を引きつらせながらも、僕にはフライパンを揺することしかできない。
トワコさんと再会したときに、揚げかま形の火傷とか顔面に残してたらどうすんの。
多少なりと動揺でもしたのか、しばし手間取りつつもリルクス君は水を消し去り、右手のひらをこちらに向けた。
「よせ、何もしない、マサヒロにも近づかない」
ごしごしと袖で水気を拭った顔にはかまぼこの形はないが、一部赤みが残っている。
魔王と呼ばれる男にダメージを通したよ…。勇者はギルガゼートか、かまぼこか。
言ってる間にかまぼこが焼ける。
レディアが僕の視線に気付いて皿を用意してくれたので、今度は焼き上がったかまぼこを無事に皿に移せた。
レディアんちのフライパンは小さいので、一気に焼けなくて面倒。
3枚目を焼きながら、僕はリルクス君に問う。
「トワコさん、帰る前から言ってたよね、身の回りの整理したり遣り残したままの事を片付けたりしたいから3ヵ月後くらいに戻るって」
「できるだけ早く帰るとも言った」
「携帯買ってもらって、レディアに改造してもらったよね? 会話してるんでしょ?」
「昨夜も話した」
「トワコさんに直接早く帰って来いって言ったの?」
「……ゆっくりして来いって言った」
カッコつけやがって!
やがて焼き上がったかまぼこを皆で食べることになったけど、やっぱりギルガゼートが警戒してる。
まるで初めて会った頃のヒューゼルトのような威嚇ぶりだ。
不思議に思っていると、レディアにそっと袖を引かれた。
「結果的には無事でしたけれど、前回マサヒロ様は刺されたではありませんか。ギルガゼートだけではなく、殿下もヒューゼルトも二度とあのようなことはごめんだと言っておりましたわ」
もちろん私もです、なんて言われて、僕は誤魔化し笑顔でマイ醤油をテーブルに置いた。
うん。
いやいや。
忘れてなんていなかったよ、刺されたこと。ホント、ホント。
「とりあえず、食べなよ。せっかくだしさ」
マイ箸も持参した僕の周囲では、皆がフォークとナイフでかまぼこをお上品に食べている。
リルクス君の顔面にぶち当てたかまぼこはリルクス君が責任を持って食べた。床に落ちてないし大丈夫だよ。
「第一さぁ、リルクス君は玄関からピンポン…ノッカー叩いて入ってくることを覚えたらいいじゃないか」
「…なぜだ」
「常識だからだろ」
不法侵入に疑問を抱かない男、超怖い。
同じ空間魔法使いでも、うちのギルガゼート君はそんなことしないのに。
「僕やトワコさんのいるとこでは、常識が少なめの方は割りと嫌われるよ。ましてや行方不明の娘がようやく帰ってきたって言うのに、また数ヶ月で送り出さなきゃなんない親御さんからしたら、ただでさえ挨拶にも来ないうえに常識もなく自己中心的なだけの外国人に娘を渡すだなんて反対されても仕方ないんじゃない。もし、せっかく会えたご両親に彼氏との仲を反対されたら、可哀想なのはトワコさんだよね?」
「挨拶…が必要なのか…?」
「挨拶とは限らないけど。リルクス君がどういう人かって聞かれて素直に話したら、多分向こうの親は反対するよ。家に勝手に入ってきたり、いきなり他人に危害を加えたり、おまけに無愛想で言葉足らずでしょ。いいとこって何? あ、言わなくていいよ、僕は別に知りたくないから。でも少なくとも僕らの国では魔法の強さとかアピールポイントになんないからね」
リルクス君は静かにショックを受けているようだ。
表情の変化はあまり見られないが、手からナイフが滑った。
「トワコさんが気持ちよく家を出て来られるようにするためには親御さんの心配を少しでも減らすべきなんじゃないの。やっと再会した親と喧嘩して家出同然で出てきたら、トワコさんはずっと未練を抱えて過ごすことになるじゃん」
まぁ、多分リルクス君のことを「愛想はないけどトワコさんに一途で、普段は要人警護をしている高給取りです。偉い人にも一目置かれてます」って紹介したらそれなりに好印象な気もするけど。
闖入者があったものの、祭りはつつがなく終了した。
レディアにあげた髪留めは大変喜ばれ、すぐにつけて見せてくれるというホッコリぶりだ。
しかしギルガゼートはオルゴールの存在をレディアに秘密にしているらしい。
見せる⇒解体の流れを極端に恐れているようだ。
オルゴールってこっちにはないのかね? ありそうなもんだけど…。
しかしながら子供の秘密を保護者にぶっちゃけるなんてことはしない。
しばしば、ディーとヒューゼルトを見ているだけに、僕は絶対にしない。