お出かけしよう!:後半戦
「ベッドは2個あるから、ディーとヒューゼルトで使ってね」
僕の言葉に対する目線はしかし、否定的だ。
「マサヒロ達はどうするつもりなのだ?」
「床に布団敷くんだよ。だからディーはベッドのほうがいいだろうし、ついでに言うと2人は布団から足はみ出してもアレだからベッド組でいいと思う」
日本のお布団は日本人サイズだからね。
あと、ヒューゼルトと床で枕を並べるのは何となく嫌だ。夜中に寝ぼけて目を覚ましたら、カッて隣で目を開けてそうで怖い。
「ギルガゼートは平民だし、僕と一緒に床に布団敷くんでも大丈夫だよね?」
「はい、一緒に寝ます!」
なぜか嬉しそうだけど、布団は別だよ?
ディーは眉を寄せている。
「私も床に」
「おやめ下さい、殿下」
「足長組は黙ってベッドで寝なよ。仕えてる主人が床じゃ、ヒューゼルトも床にするって言うしかなくなるだろ」
床で寝たい王子様って何なの。不満げに僕を見てくるけど、こう答えないと「ベッドがあるのに殿下を床に…」ってヒューゼルトの目からビームが出るじゃないか。
それに、ディーも隣に寝かせるとうるさそうだな。
テンション上がってずっと寝なさそう。でも隣にヒューゼルト置いといたら多分早めに寝るだろう、盛り上がれなくて。
もしこれが旅館で全員床に寝るとか言ったら、ディーのテンションは最高潮になってしまったことだろう。良かった、ホテルで。
ペア宿泊券×2ではあったのだが、ホテル側に事前に「日本語の通じない外国人達と泊まるので4人一部屋にしてくれないか」と交渉したところ、普通にOKが出た。
これは決して間違いではなかったな、と思う。
ポットのお湯をカップにジャコジャコ出してしまってからドリップコーヒーを眺めているディーを見て、心底そう思う。
「やめて、今僕がやってあげるから、ドリップコーヒーを無理にカップに突っ込もうとしないで」
ティーバッグじゃないから。閉じた袋状のものを沈める方式じゃないから。
油断も隙もない、と思いながらお湯をポットに戻し、ドリップコーヒーの注ぎ口を開けた。
興味深そうな視線を一身に浴びつつ、お茶出しマシンとしてせこせこ湯を注ぐ。
「今日はここに宿泊して、明日はそのまま帰るのか?」
「いや、吹きガラスでコップ作りに行こうと思うよ」
言った途端に皆の目が見開いた。
うん。そっちの世界ではガラスが高級だったよね。
うちの玄関で風除室に慄いたギルガゼートに対し、既に過去慄き済みの二人が何事もないように宥めてる様ったら…。
「旅先の思い出は、ただ買うよりも何か作ったものが手元に残ったほうが楽しいだろうしさ」
全員体験できたほうがいいだろうから、子供にもできる程度のことで、メールの単語すら打ち飽きる王子が飽きず、そして生真面目な護衛兵が護衛にも意識を向けていられる集中レベルのもの。
簡単で目新しく、体験したことがなく、飽きないうちに終われるもの。
ちゃんと考えてる僕、偉いよ。誰も褒めてくれないから自分で褒める。
「持ち帰れるのか?」
「冷ます時間が必要だから、あとでうちに送られて来るんだ。ディーとヒューゼルトにはすぐ渡せるだろうし、…ギルガゼートにもちゃんと届けに行くよ」
ギルガゼートには渡しといてもらおうかと思っていたんだけど、あまり不安げにこちらを見るもんだから、思わずそう言ってしまう。
「レディアにも、お土産渡しに行かなきゃならないしね…」
忘れていたけど、お願いして面倒見てもらってる子を連れ出しておいて、自分で渡すお土産もないってのはね。
「ニラはダメって言ってました」
「わかってるよ、あれは…そう、ニラは身体にいいからレディアにも健康でいられるようなお土産を探すねって意味だ、言葉の綾ってやつだよ」
「無理しなくていいと思います」
「そうだね、言っておいてなんだけどそうするとお守りしか思いつかないし、きっと喜ばないね」
文字の読めないディーがうっかり安産祈願なんて買ったら目も当てられない大惨事だ。
異世界勢にはまだミステリアス・ジャパニーズカルチャーは早い。
神社仏閣には、さぞや興味がないことだろう。
ディーの目がものすごく真剣だ。
「…あのね。まだ、デザイン選ぶ段階なのに…そんな全力じゃなくても…」
真剣に、見ているのは作るコップのデザインだ。
背の高いグラスにするか低くするかから始まって、持ち手をつけるかどうか、ヒビや気泡を入れるデザインにするか、色は何色にするのかとか…。
「今なら期間限定でこっちの色からも選べますよ」
店員さんはそんなことを言って、悩む王子を更に惑わす。
僕も多少は悩んだけど、ディーほどじゃないなぁ…。
「このように悩むのも普段はできないことなのだぞ」
そう言って苦笑するディーの言葉が信じられずにヒューゼルトを見遣るが、護衛兵は首肯する。
「このように様々な色のグラスなど見たことがないうえに、模様まで選べるのだから悩みもするだろう。仕事中の殿下は悩む素振りを表に出されない。交渉ごとで迷いを見せれば相手に付け入る隙を与えるからな。…こちらで作るグラスの色くらい好きに悩ませてあげてほしい」
僕は以前に背の高いオレンジ色のグラスを作ったので、今回は低いヤツにした。晩酌もしないのにロックグラスだ。でかい氷入れて麦茶を飲んでくれるぜ。
いや、別にお酒は飲めるんだけどね。一人晩酌の趣味がないだけで。
デザインだってわかってるけど、ヒビや気泡は何か割れそうで怖いから入れない。色は青緑っぽくて底だけ斑に白っぽい。
ちなみにギルガゼートは僕とお揃いの色違いで緑を選んだ。僕が選んだ瞬間に「じゃあ、それの緑にします!」という潔さだ。
この子が女の子だったら、心配なくらいの俺色への染まりぶりである。
まぁ、男の子だし。ノーと言える子だし、自分の意志がないわけでもないからいいか。
「よし、決めたぞ」
ようやくディーは悩み終えたようだ。
持ち手つきの背の高いオレンジ色のグラスをグラデーションにして、ヒビ模様を入れるコースである。欲張りさんめ。
「マサヒロの家にあったオレンジのグラスが綺麗だったので、そういうのが欲しかった」
それはどうもありがとう?
ヒューゼルトは持ち手のない背の高いグラスになった。期間限定色の濃い青と水色と黄色の模様が底についたヤツ。
随分長く受付ゾーンに留まっていたが、店員さんはニコニコしていて嫌な顔はしなかった。良いお店である。ウキウキ外国人達だから大目に見てもらえたのかもしれない。
やがて案内されたのは炉に火が入った工房で、ディーとギルガゼートのテンションが上がる。
ヒューゼルト? うん、普通の態度。
でも彼まで盛り上がることは恐らくない。クソ真面目護衛兵は、周囲が盛り上がるほど己だけはと警戒度を上げるのだ。望んでなさそうだから、別も僕も彼がゆったりすごせるようにとは気は使わない。
「じゃあ始めは僕が行きまーす」
誰からやりますかー、という店員さんに、僕が率先して挙手。
ずるいとか言われるかと思ったけど、ディーは大人しく僕がレクチャーを受ける様を見つめる。
ギルガゼート、僕の写真は撮らなくてもいい。
息をゆっくり吹き込んで、店員さんの指示のもと、経験者である僕はそつなく終了。
「では、次は私だ」
「殿下」
「ヒューゼルト、ガラスは繊細だからディーの落ち着きが残ってるうちにやらせてあげて」
あまり待たせると意気込んで失敗しそうなので、ディーの順番にしてもらう。ヒューゼルトは迷ったが、その前に僕がやっているで、とりあえず引き下がる。
おい、警戒はわかるが店員さんに鋭い目を向けるのをやめろ。店員さん、ちょっとビクついてるよ。
慌てて僕はヒューゼルトの後ろから膝かっくんしてやる。
ヒューゼルトがそんなにまで先にやりたかったのだと勘違いした店員さんは笑っている。大丈夫、これでディーのグラスは失敗しないだろう。
しかし不意を突かれたヒューゼルトの、恐ろしい目は完全に僕に固定された。
…ぼ…僕め…、無茶しやがって…。
「ゆっくり! もっとゆっくり吹いてください!」
「わぁ、ディー、ゆっくり吹いてって!」
大丈夫かな、ディーのグラス!
ギルガゼートとチェンジして戻ってきたディーは微妙な顔で僕に告げた。
「あやつが棒を回すので、口がもげるかと思ったぞ」
「どんだけ強く棒に口当てて吹いてたんだ…」
「もうちょっと強く吹いてくださいねー」
「ギルガゼート、もう少しだけ強く吹いてみてってー」
最後にチャレンジしたヒューゼルトは他者の様を存分に観察していたせいか、店員さんから「完璧でしたよ!」と褒められていた。雰囲気で察していたようなので、あえて通訳はしてあげていない。
あとはぶらぶらと観光地のお土産が買えそうな場所をうろつくだけである。
ディーがオルゴール館に引き寄せられたのは、まぁ、予想の範疇だ。ギルガゼートの目がキラキラしちゃったので、お安いのを買ってあげた。
当然、妬ましそうな目を向けてきた王子様にもお安いのを買ってあげた。しかし始めに示したオルゴールは馬鹿高かったので諦めさせた。ディーは無駄に目が高いので困る。護衛兵はオルゴールには興味がないようだ。
レディアのお土産にはとんぼ玉のついた髪飾りにした。
何だかディーも欲しそうにじっとしていた。
…とりあえず欲しいのが髪飾りでないことだけはわかる。
「お兄ちゃんのお土産?」
問いかけてみると、ちょっと目を瞠ったあとにニッコリと笑う。
「そうだ。ガラス玉は綺麗なのだが、髪飾りはちょっとな」
「とんぼ玉な。一番手軽なのはストラップだけど、そっちでつける機会ってあるの? ものによっては男でも平気な首飾りとかもあるけど」
王子がつける首飾りとしては微妙かなぁ。
悩みながら店内を回る。
なぜかヒューゼルトとギルガゼートまで悩みながら、とんぼ玉を見つめていた。
いいよ、とんぼ玉はお高めだけども、そこのご当地キーホルダー(¥380)よりは余程いい思い出になるだろうから買ってあげるよ。予備費はあるよ。
このためだけにディーに夕食をたかり続けたと言っても過言ではない。
…ちょっと過言だったかな。
「恐ろしく精巧で綺麗だな」
「ヒューゼルトさん、あの…それはお高いので諦めてください…」
いちまんえんは、いちまんえんはいけません。
「もちろんだ。それにこのような精巧な花模様では私が持っていても仕方がない」
確かに男性向けの柄ではなさそうだ。
しかしヒューゼルトが見ていたのはちょっと女性向けっぽい柄の多いコーナーだったので、そっと探りを入れてみる。
「彼女にあげるんじゃないの?」
「特にそういった女性はいない」
「募集中か」
「募集はしていない。仕事で手一杯だ」
あ、うん、納得。
ギルガゼートは黒猫のストラップをじっと見ていた。
「それにする?」
「あ…いえ、ぼくもう、オルゴールも買っていただいたので…」
遠慮深い…。ディーの図々しさに慣れると、ギルガゼートがいい子に見えてくるから不思議だよ。
いや、ディーは別に悪いんじゃなくて、王子様育ちなだけなんだけどね。
流石にそうそう周りにいないので面白いですよ。
「大丈夫だよ、それなら買ってあげられる値段だからね」
「…じゃ、じゃあこれにします」
了解、と返して手元の買い物かごに黒猫ストラップを入れたら、既に5個くらいストラップが入っていた。
言ったそばから、これである。
「ディー。こんなにどうすんのさ。1個に絞りなよ」
「選べなかったのだ」
「せめて2個に絞りなさい、自分とお兄ちゃんの分に」
「…くっ…悩ましいな」
「うーん。仕方ないな、最後の手段としては、ヒューゼルトの分を含むんなら3個でもいいんじゃない?」
「そうか! ヒューゼルト、お前の分は私が選んでも構わないか?」
護衛兵はあっさりと承諾していた。
本当にいいのだろうか、彼らの関係はこれで。パワハラではないのだろうか。
選びたいだけで、手元に残したいわけではないらしいディーは上機嫌であった。
上機嫌ではあったが、5個から3個まで絞り込むために、僕らはもう少しこの店で足止めを食うことになる。