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お出かけしよう!:前半戦


 ギルガゼートはとっても嬉しそうだ。

 用意した子供服は、ボーダーが覗くフェイクレイヤード。胸にワンポイントの黒猫がついている。そして例によってズボンは諦めて自前のもので来て頂いた。

「…そちらのほうが格好が良いな」

 不満げなのはディーだ。

 ギルガゼートはどうしたって家にある服ではサイズが合わないから、仕事帰りに会社の近くで買ってきたんだ。サイズについては、本人の服を一枚借りてって店員さんに見繕ってもらい、事無きを得ている。

 会社近くということは都会なので、子供服もオシャレであった。近所のショッピングセンターでの購入であれば、もっと可哀想なことになっていたはずだ。

 とはいえ僕のオシャレ服はディーには小さいし、ヒューゼルトに至っては兄の太め体型時の服なのだから、大人は我侭を言ってはいけない。有りもので我慢するんだ。

「僕のTシャツが気に入らないんなら、いつでも返してくれて結構だよ?」

「それとこれとは話が別だ」

 返す気はないのかよ。

 心配になってきたな、今回の二日目の服は貸しただけのつもりだけど大丈夫かな。やっぱり借りパクされちゃうのかな。

 Tシャツとか浮くからそっちで着ることもないんだろうに、なぜそんなにも欲しがるのか。

 ディーは強奪する一方だが、ヒューゼルトは毎回律儀に洗って返してくるんだぞ。

「とりあえず、出発しようか。ギルガゼートも荷物は大丈夫だね?」

「はいっ」

 身軽なギルガゼートの背には、僕のお下がりのメッセンジャーバッグ。

 空間魔法を付与しているので見た目に反して着替え等がぎゅぎゅっと詰めてある。

 これも当初は貸すだけのつもりだったが、渡したときにものっすごい喜びようを見せられてしまったので、まぁ別に今使ってるものじゃないからそのままあげた。

 こちらもディーには妬ましそうな目を向けられた。しかしディーは前に僕が貸した鞄をそのまま自室に持ち帰ってしまい、こちらでのお出かけ時にウキウキと持ってくるので、何も言う権利はないのだよ。

 ヒューゼルトは剣を下げてこなかった。

 来日するのには不要だとようやく納得してくれたんだな…と思っていたら、剣が収納された指輪の試作を付けていた。

 それを知ったのが車に乗って30分以上も走った後だったので付けたまま行くことにはなったが、初めての武器持ち込みに僕は冷や冷やしている。警察のご厄介にならないといい。

 ヒューゼルトは指輪型魔道具の有用性に納得していたが、僕はコンチクショウという思いでいっぱいだ。あの時あんな提案をした僕を殴りたい。

「…え、朝ごはん食べて来てないの…?」

 助手席にて結構な音で腹を鳴らした王子様に、僕はびっくりした。

「うむ。どうせならこちらで食べたいと思ったものでな。つい楽しみで早起きしてしまったので、いつもより空腹気味なのだ」

「言ってよ! お腹を鳴らす前に言って! ヒューゼルトがメッチャ怒ってるじゃないか!」

 あの目は殿下に恥をかかせやがって、という目だ。

 ディーは既に僕の前でトマト汁を口から飛ばしたりしているので、実のところ腹の音くらいは恥のうちに入らない。まぁ、言わないけどね。

「…他の人は? もしかして全員食べてないの?」

「ぼくも、殿下が食べて来るなと言ったので、食べてません」

「私は食べてきているが、毒見はする」

 ヒューゼルトの言葉に疑問を覚えた。

「…それ、ギルガゼートが毒見係でもいいんじゃないかな」

 いや、別にヒューゼルトにだけ食べさせないとかそういうことではないんだけれど。

「子供を毒見に…。マサヒロ、どうしてお前は時々鬼畜なんだ…」

 本気でそう思っているらしいクソ真面目護衛兵の視線が、痛い。

「ち、違うよ。別にギルガゼートに何かあってもいいって言うんじゃなくて、何も起こりようがないの! ギルガゼートが毒見係でもいいくらい安全なの! っていうか、こっちでは毒見なんて必要ないの!」

 そんなドン引くことないよ。安全に対する認識の違いだよ。慌てて弁解する。

「しかし…何かあってからでは遅いのだぞ」

「そう案ずるな、ヒューゼルト。第一、王族たるもの多少の毒でどうこうなるような育ち方はしておらん。問題あるまい」

「いや、絶対に毒を食べさせられたりしない、大丈夫。もしそんなことがあったら僕を斬ってくれて構わないし、体調が悪くなったら病院に駆け込めばどうにでもなるよ」

 だから観光地で食べ歩く楽しみを奪うのはやめるんだ。やることなくなる。

 食中毒だったら、毒見しようがしまいが全滅だしな。…なんて思いはするものの、そう口にしたらヒューゼルトが何も食べてくれなくなりそうなので黙っておく。

 しかしこの外国人達が万が一病院にかかったら、僕は大ピンチだ。お財布様、保険外治療であっさり破産の予感。

「…そこまで言うのならば何か確信があるのだろうな」

「うん。絶対大丈夫。絶対だね!」

 渋々ながら、ヒューゼルトは了承した。チキンな僕が斬ってもいいとまで言ったので、嘘を言ってはいないと思ったようだ。

 …実は乗りや勢いというものであって、本当に斬られるのはごめんなんだけど、今から取り消したら怒られるのかな…。

 遠い目をしている間に、ディーの腹から幾分控えめな切ない音がした。

 何にしてもちゃんと朝食が必要な人と、詰め込む必要のない人がいるというわけだ。

「…んー。ハンバーガーでいっか」

 信号2つ向こうに現れた看板に狙いを定める。

 ドライブスルーは無理であろう。メニューやマイクにキャッキャして、いつまで経ってもスルーできない予感しかしない。後続車の迷惑になる。

「えっとね、肉がパンに挟まってる的なヤツ食べよう。挟めるのは牛、鳥、魚かな。みんな、どれがいい?」

 入店前に大雑把な傾向を聞いておく。

「マサヒロは何にするのだ」

「僕は挟まない。軽くパンケーキにする」

 朝からハンバーガーは、ちょっと僕には重たい。

 しかしポテトは食う。絶対にだ。

「ふむ。…ならば…何を勧める?」

「照り焼きバーガーだね」

 ジャパニーズ・テリヤーキは外国人にも人気のはずだ。

「では、私はそれにする」

「ヒューゼルトとギルガゼートはどうする?」

 後部座席組は考え込んでいて返事が返らない。

 そうこうしているうちに店についてしまった。入店したところで、全員から白い目で見られる。

「マサヒロ。あれはどう見てもメニューだろう」

「そうだけど?」

「種類がたくさんあるではないか」

「牛と鳥と魚からでも選べない君らに、たくさんのメニューを提示する気など起きない」

「…たくさん説明するのが、面倒だったんだな?」

 はい、その通りです。

 ふと、ギルガゼートが僕の服の裾を引っ張ってアピールした。

「決まったの?」

「はい、魚にしてみます。おいしいですか?」

「うん。僕は好きだよ」

 にこっとギルガゼートは笑う。残りは護衛兵一人だ。

 振り向いてみると、彼は憮然とした表情をしていた。

「え、どうしたの。何か気に入らない?」

「殿下と同じものにするべきだと思ったのだ。だが…」

「どうせならヒューゼルトは鳥にしてみろ、美味しかったら私も食べたい」

「…どれを選んでも、結局そう仰るような気がしていました」

 毒見以前の問題であった。大丈夫、ハンバーガーでなんか死なない。

 飲み物はあったかいのと冷たいのどっちがいいかと聞いてみたところ、温度ではなく「紅茶」と言われたので、天邪鬼にアイスティーにしてやった。レモンとミルクはお付けしない。

 ギルガゼートだけはちゃんと「冷たいの」と答えたのでオレンジジュースにしてあげます。



 肘と膝に転倒防護用のプロテクターをつけ、ヘルメットを被った姿は…申し訳ないが、なんか笑える。

 四輪バギー初体験の異世界勢である。

 歌えないカラオケや、ルールを理解しないままガーター必至のボウリング、彼らにとっては謎過ぎるセグウェイ体験なんかよりはいいかと思ったんだが…そう、選べるほどのものなど大してありはしない。

 ここは、あくまでアミューズメント施設であって、遊園地ではないのだ。

 でもドラゴンの背中に駆け上がってガッチャンガッチャン剣を叩きつけるような人が、ジェットコースター乗ってキャーッて言うとも思えないからいいよね。

 係員さんのレクチャーを、かいつまんでゆっくりと繰り返して説明してあげる。

 ちょっと係員さんが申し訳なさそうな顔をしているが、決して早口で聞き取れなかったわけじゃない。彼らには日本語が普通に理解できないだけです。

「見た目はマサヒロの車に似ているのだが、運転方法は違うのだな」

「タイヤが四つあるところしか似てないと思うけどねぇ…」

「…十分ではないか?」

 それは括りが大きすぎないだろうか。

 ギルガゼートは係員さんが付きっ切りで身振り手振りを交えて教えてくれている。ディーは安全確認のため、何となくヒューゼルトが乗りこなすまでは待機だ。

 そして、ヒューゼルトは既に結構乗りこなしていて、ちょっと怖い。

 この人達って、教えたらすぐできるの、何なの? チートなの?

 自動車どころかメカもないはずなのに、馴染むの早い。

「そろそろ私もいいだろう、ヒューゼルト」

 我慢しきれず上下運動が加わっているディーに、真面目な顔をして護衛兵が頷く。

「大体理解しました。危険な程のスピードも出ないようですし、殿下でしたらすぐに慣れるでしょう」

 真面目な顔をしているけど、頭にヘルメットを乗せているので、やっぱり何かおかしい。

「マサヒロ…なぜ笑っている。なぜ、お前は乗らない」

「…何でもないよ。僕は前に乗ったことがあるから、今日は写真係だよ」

 本当だよ、乗ったことがあるよ、小学生くらいのときに。

 ヒューゼルトはしかし、僕が彼らの格好を笑っていることに気がついている。

 気にしなくていいってば、何となくおかしいだけだから。でも安全には必要なものなんだからさ。

 微笑ましく見ていたら、いつの間にかギルガゼートも乗りこなしていた。

 ディーもようやくヒューゼルトにコツを聞きつつ、実践することができている。

「…マサヒロ、これは」

「持ち帰れないからね」

「しかし」

「ダメです」

 ぐぬぬ、とディーが唸った。思いのほか、楽しいらしい。

 僕が買ってあげられるとしたら、予算的にも通れる窓のサイズ的にも子供用のオモチャの車である。2歳くらいの子が乗って、足で地面蹴って進んだりするアレだ。ディーが乗ったら笑うわ。

 僕は写真を取ってあげつつ軽い暇を持て余していたが、皆はなかなか楽しかったようで、予定時間があっという間であったらしい。

 もっとやりたそうだけど、時間は有限なので切り上げます。それに、延長には別料金がかかるのだよ。

 次なる目的はと周囲に視線をめぐらせる。

 案外彼らを遊ばせるのは気を使うのだ。

 ゲームコーナーに放り込んだらいくらお金があっても足りないし、下手をすると意外な怪力を発揮するので、万が一にも機械を壊すようなことがあっては困る。

 彼らには極力受身でも楽しめるもの、そうでなければ荒い扱いに耐えられる機械等でなくてはいけないのだ。

 ボウリングでさえ、転がせずに床にゴスッとやったボールが穴を穿ってしまうのではないかと思っているよ、僕は。

 とりあえず室内へと移動する。ジュース飲んで一旦休憩でもいいと思うんだけどね。

「あっ! マサヒロ、あれは何だ、あれだあれ!」

「どれ…って、なんでディーが大喜びなんだよ、あれは子供用! ギルガゼートなら遊んでもいいヤツだ」

「…なん…だと…」

 衝撃的な顔をしたディー。その青い目が捉えて離さないのは、モコモコふわふわと揺れる布っぽいものでできた、ドでかいキノコ。ドーム型のエアー遊具だ。

 ギルガゼートは遊んでいいなんて言って期待させて、身長制限とかあったら困るな。

 出ている看板に注意書きがないか、僕は目を細める。

「…ふわふわ森のキノコハウス…小さなお子様には保護者の付き添いが必要です」

 僕が読み上げた看板にはそのように記載されていた。

 聞いた途端に、ディーはがしりとギルガゼートの腕を掴む。

 勝ち誇ったような、その笑顔。

「…殿下?」

 困惑のギルガゼートに構わず、ディーは少年の小柄な身体を担ぎ上げる。

「残念だったな、マサヒロ。保護者枠は私がいただいた!」

「…ぇ、お、ちょっとぉ!? 僕は保護者枠なんて狙ってないよ!? っていうか、ディー! 大人の方はダメだって、そこキッズコーナァー!」

 しかし既に追いつけるわけのない速度で駆け去ってしまっていた。

 呆然とする僕を、ヒューゼルトがひょいと小脇に抱えて走り出す。

「うおっ!?」

「何を呆けている、護衛が側を離れるなど有るまじき事だろうが」

 ヒューゼルトさん、僕は護衛ではありません。しかしながら係員の制止を振り切ってドーム内に突撃した外国人がいる以上、僕も知らぬふりはできないだろう。

 ずぼりとドーム内に突入していった彼らの速度に、唖然としている係員さん…に、僕は近付いた。

「大変申し訳ありません…今突撃した外国人(パツキンども)は僕の連れなんですが、大丈夫だったでしょうか…」

「あ…ああ、はい、あの…。いらっしゃいませ、今は遊んでいる子供さんもいませんでしたので、大丈夫ですよ。子供達が遊んでいるときは、大人はお断りしているんですけど」

 ちゃんと靴も脱いで行ってくれてますし、と苦笑い。抜かりない王子だな。

 しかしなんと、キッズコーナーなのに大人も遊ばせてくれた。さすが客の少ない娯楽施設、規則がゆるいぜ。

「ご入場の2人様で千円になります。お支払いはあちらの窓口でお願いします」

 案の定このコーナーはお1人様500円の別料金であった。

 子供の目を引く大型遊具は、世のお父さんお母さんの財布の紐を緩ませる定石である。

 しかし、まさか王子がトラップにインしていくとは僕も思わなんだ。

「ヒューゼルトは遊ばなくていいの? 入ってきてもいいよ」

 払ってあげるよ、もう一人分くらい。

 出入り口の気圧差で強風に煽られながら内部を覗いていたヒューゼルトは、首を振って僕の隣に戻ってきた。

「特に危険はなさそうだ。私は外で護衛していたほうがいいだろう」

「生真面目君だな」

「あのような床では不意の襲撃に対応しにくそうだ」

 ぼよんぼよんと楽しげに跳ね回るディーとギルガゼートへの、客観的な感想である。

 所在なさげに保護者待機コーナー(ビニール窓の向こうで遊ぶ子供達の様子が見られます)のベンチに腰を下ろす僕。

 その横で腕組みをして立っているヒューゼルト。

「座らないの?」

「護衛だからな」

 …危険はないというのに。


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