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男の矜持とは…



 トワコさんは幾度かの遣り取りの後、ディーの書斎…ではなく持ち込んだテントの窓から僕の部屋を通り、自分の家へ向けて旅立っていった。

 羨ましそうにしていたギルガゼートもちょっとだけ部屋に入れてみた。

 部屋を見せるだけで命の恩人の機嫌が取れるならば、安いものだ。

 しかし、面倒くさくなりそうなレディアの侵入は固くお断りしておいた。

 残念ながらトワコさんちは決して近い場所ではなかったので、飛行機を使っての帰省となる。

 うちが田舎なこともあり、空港への移動には更に電車の本数が少ないという不便が加わった。都会に居住しておらず申し訳ございません。

 彼女は帰郷が叶わないと思っていただけに、そんなことは構わない、国内であるだけ喜ばしいと笑っていた。

 確かに、もし僕が海外居住者だったら、日本に帰ろうにもパスポート問題まで生じたんだよね。

 多少なりと縁のあった相手なので、幸せに生きてほしいとは思う。名前の不憫さ込みでも。

 だから僕は帰郷祝いとして、せめて電車代と飛行機代、昼食代等をと都合してあげ…つまり今月僕の財布はもう簡単には開かないよ。パーティーチキンを2セットも買うんじゃなかった。

 この半端ない危機感ったらもう、もう。

 当分は通販番組で如何にタカ○社長が方言マジックを駆使しても屈さない自信があるね。

 ましてや彼氏持ちの女の子を相手に、男の矜持なんてくだらないものだよ。

 そう理性がブレーキをかけているのに、なんか払っちゃう。不思議。そして近年稀に見る驚嘆の金欠。

 …男とはかくも愚かである。


「そういうわけで、ディーは僕にご飯をくれてもいい。ギブミー晩ご飯」

「何がどういうわけだったのかはわからないが、夕食を食べていないのか? 構わないぞ。すぐに夜食を作らせよう」

 ゆすりたかりの類、柾宏です。

 ディーが侍女さんを呼びつけ、軽食を2人前発注している。

 そうでした、ディーに頼むということは周囲の人が余計な仕事を増やされるということだった。

 更には珍しく頼られたのが嬉しいのか、なぜかご機嫌のディー。

 いや、言ってみただけで、一応非常食のカップラーメンは数個備蓄してあるんだよ。まだ生き延びられるのに、たかって悪かったよ。

 …なけなしの罪悪感が痛むので、あまり切りたくはなかったカードを切ってみる。

「ねぇ。全然急がないんだけど、というか資金の関係上来月以降にしてほしいんだけど、ディーってそのうち一泊二日くらいでこっちに出てこれる日ってある?」

「…マサヒロ、何を企んでいる?」

 今にも窓のこっちへ飛び出してきそうなワクワク顔と、発言が一致していない。

「犬耳王子がいた間の緊張、抜けてないの? 素直に、何のお誘いかって聞けばいいのに」

「うむ。泊まり込みの誘いなど初めてではないか。遠出なのか?」

「そこそこにね。ディーが見たことないもの、たくさん見れると思う」

 目のキラキラ度が増したよ。素直だなぁ。

 ああ、ダメだ、ついに半身飛び出してきた。

 邪魔くさいので押し戻そうと試みるが、細マッチョはびくともしない。

 仕方がないのでこちらが少し身を引きつつ、机に放りっぱなしだったチケットを取って、ディーに見せてあげた。

「観光地のアミューズメント施設のフリーパス&ホテル宿泊のペアチケットが、ふたっつ。だからヒューゼルトの他に1名様まで同行可能だよ」

 多少微妙なのが田舎クオリティ。

 そしてこのアミューズメント施設、予定を立てただけでカップル破局という強烈なジンクス持ちである。

 しかしながらこのジンクスに打ち勝ち、破局せずにデートを遂げた場合には他のどんな障害もかわして結婚できるといわれており、年齢上昇傾向の女子の来場希望が絶えない。

 嘘だと思うだろう? そんなジンクス。

 しかしなんと今回ダブルデートする予定だった知人が、もの凄い修羅場を繰り広げた結果2カップルとも破局したという本気の曰く付きペアチケッツ。

 傷心過ぎるが捨てるのも惜しく、かといって他の面々に会い渡すような日も二度と来ない、と僕にくれたものだ。重い。

 他の友人知人が面倒くさがって全く話を聞いてくれなかったところ、たまたま仕事帰りにばったりと出会った僕が、長々と付き合い愚痴を聞いた…そのお礼だそうだ。

 とはいえ切り上げよう切り上げようとするタイミングを上手に逸らされ続けた結果であって、こちとら善意どころか本意ですらない。

 あの日は終電にはギリギリで乗れたものの、疲れ果てて即就寝。

 窓を開けなかったため翌日ディーに怒られたのだが、僕は自分でも驚きの気の短さで逆ギレした。(なぜかディーが謝った)

 …平日に、残業からの、まさかの苦行5時間だったんだ。確かに逆ギレもやむなしと思う。

 メッチャ呪われていそうではあるが、元手はかかっていないし、男祭りで使うなら問題もないだろう。

「何だかわからないが、楽しいのだろうな?」

 翻訳メガネでチケットの文字を読みながらも、内容の理解には至らないディーが問う。

「多分ね。あ、くれぐれも今月はダメだよ、ディーにご飯たかるくらい金欠だからね。給料日の後にしてよ」

「わかった。それと、給料日まで夕食は用意してやるので安心しろ」

 そこまでしてくれなくても大丈夫なんだけど…まぁ、いいか。節制ついでに僅かなりと軍資金を確保しておくか。

 王子様は下々の財布事情など省みず土産を買いたがるかもしれないからな。お兄ちゃんに。


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