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どこの?



 そうして二日後の夜、電話はかかってきた。

 折りしもディーとポテチを食いつつ、空間魔法の可能性を語り合っていたときのこと。

「…ねぇ、名前の表示って、ディーの携帯の電話帳に依存するんだったよね?」

「そうだ」

 今のところ、中継機とディーの携帯がモドキ達の要石となっている。

 なにせまだ試作中なので、様々な機能を試すには基本の携帯を仲介したほうが上手くいくのだそうだ。

 そのため、全てのモドキは完成した時点でディーの電話帳に登録されている。

 「クロノ」「赤稲」「まるい」等が並んでいるのを見ると一見、人名のようだがもちろん機体の色や形だ。

 高性能なディーは、翻訳ドッグタグパワーと実際に僕が喋る言葉の音、そして貸したマンガからコツコツと分析を続け、ひっそりこっそり日本語を学んでいる。格好付けなので不完全なうちに口にすることはないのだろうが、そのうちツラッと日本語喋り出しそうで怖い。

 漢字は適当に予測変換を使用しているらしい。たまに「我照」「ツノダ」なんかがあって、「え、割れてる? …つ、角だと!?」と疑問に思う。アンテナやらを差しているのか、それともレディアの感性が爆発した激しい形状なのか…問い質す勇気はない。

 日本語や入力が面倒になってしまったのか、誤入力を直すことができなかったのか、「+めわy」とか意味不明なヤツもある。

 油断してるときに見ると普通にブハッといくので、やめてほしい。

 当初の心配とは裏腹に、充実していく電話帳。見た目だけでも華やかになって、本当に良かったね。ぶっちゃけ、ほぼレディアってことだけど。

 ちなみに今回先方へ貸し出したモドキ自体の電話帳には、僕しか登録されていない。

 他者への掛け間違いは起こらないはずだ。

「この着信、マオウって書いてあるんだけど…」

「魔王なのだろう?」

 それにしたって、カタカナだと風邪薬に入っている感じがするよ。

 リルクス君のイメージが魔王よりもだいぶ漢方に寄った。怖くなくなってきた。

「はい、須月です」

 深呼吸ひとつのあと、僕は落ち着いて電話を受けた。

『………』

 まさかの無言電話とな?

「もしもーし。リルクス君ですか、トワコさんですかー」

『…む』

 小さな声は、男のもの。初リルクス君である。

「リルクス君ですねー」

『…そうだ。お前は誰だ』

「須月 柾宏ですが。僕に用事があるからかけてきたんじゃないの?」

 電話帳登録が一件なのに、誰にかけたつもりだったんだ。

 訝しげな僕に、ようやく向こうは納得したらしい。

『名字は知らなかった。詩人マサヒロでいいんだな?』

「ああ、成程。そうだね、マサヒロです」

 須月ですって出ちゃったわ。

 てか一日詩人しただけで異世界ジョブは固定されてしまったのだろうか。

 ただの会社員である僕には歌で敵を麻痺させたりダメージを与えたりとかはできないのだが…あと、本当は魔法使いがいいな。属性玉をぶつける魔法使い(物理)ならギリギリ名乗れるんじゃない?

 しかしながら落ち着いて聞いてみると、相手の声は、えらく感情の起伏がない。

 好戦的とか殺されるかもとか犬耳が言うから、出会い頭に殴られるような気がしていたけど、電話で話す限りは僕に怒ってはいなさそうじゃないかね。

 そんな安堵から僕は、事情は大体聞いてるよー、なんて気安い調子で話しかけた。

「実はこの間、ディーニアルデ王子と知り合ってね。トワコさんと僕の故郷が同じかもしれないから、お話したくて僕を探してるって聞いたんだよ」

『…あいつと会ったのか?  スオウルードではなく、エルシェンへ向かうと聞いていたが…』

「なんか護衛部隊が途中で突然、襲撃部隊になったらしくて。命からがらこの国に逃げ込んだらしいよ」

『相変わらず馬鹿だな。まぁ、話が早いからいいか』

 心配してあげないのかと訊いてみたが、淡々とした声は無情な肯定を返す。

 曰く、ディーニアルデ王子はなぜか変化スピードが異様に速い。普通の獣人が満月の夜の狼男の如く『ワオーンと吼えたらモサモサと毛が生えてくる』みたいな変身速度ならば、犬耳王子は『ワンッと吼えたらポンとワンコになっている』のだとか。

 なので、四つ足ダッシュをかけるのがメッチャ早い。家犬なのでサイズもそう大きくないため、一旦人込みに紛れてしまうと探すのは困難らしい。

 どうやら、あちらの王子も逃げの早さには定評がある。

「僕の歌を理解していたんなら同じ世界から来ているんだとは思うけど、国が同じかどうかまではわからないよ」

『トワコがこの魔道具を見て「『docono?』って! 同郷者の仕業に決まってる、ホントにどこのだよ!」と泣いたところを見るに、やはり出身地は同じなのだろう』

「ああ。そういえば初期の頃、悪ふざけでレディアに書かせたな…律儀に全機に書いてるんだ」

 モドキに記したアルファベットは、誰にも読めない僕の渾身の一人ギャグだったのだが。

 通じたということは日本人(仮)なのだとしても。まずいぞ、泣かれたらしい。

 よく聞くんだ、僕。一見感情の起伏はないが、実は彼女を泣かされて怒ってはいないか?

 耳を澄ましてみたけれど、澄ました途端に途切れる会話。

 …リルクス君から、積極的な話題の提供はなさそうだ。

「えーと。ねぇ、トワコさんって、名字は何ていうの?」

『名字がトワコだ』

「あれ、そうなの」

『トワコは自分の名前が嫌いだから、基本的に名乗らない』

 珍名さんなのだろうか。

 考え込む僕に放られる新たな情報。

『ちなみに、トワダコから田んぼをひいてトワコだと言っていた。俺には理解できなかったが、思い当たることはあるか?』

 …十和田湖から、田んぼをひいて十和湖…。

「ああ。うん。日本人だなってことがわかった。同郷だわ。で、名前のほうは?」

『トワコがお前に名乗っていない』

「…あ、そう。で、今、トワコさんは?」

『泣いて寝ていた。…起きた』

 くっ。リルクス君は会話をする気があるのかないのか。これが素なのか、実はやっぱり怒ってるのか。

 何にせよ、会話の聞こえないディーがつまらなさそうにソワソワしているのでそろそろ切りたい。

「それじゃあ今後のことなんだけど…、あれ? リルクス君?」

 締めに入った僕の言葉に、しかし反応はなかった。

「…もしもし? もっしもーし? 聞こえてる?」

 急な無言に、思わず耳から離して携帯の画面を確認するが、状態は通話中だ。

「おーい、リルクス君? あれぇ? …変だな、切れたわけじゃないよな?」

『…っ、あ、だいじょぶ、ですっ』

 聞こえたのは涙声。

 いつの間にチェンジしたのか、電話の向こうはトワコさんだ。

 しかも、泣いている。リルクス君へ呼びかけた僕の声に、何か威圧感とかございましたでしょうか。

 やばいぞ、そろそろ魔王が降臨なされるのではないかね。そっと通話を切ったほうが僕の身のためなのではないだろうか。

 かといって泣いてる女の子に「そんじゃまたねー」なんて明るく言い放つのは、空気の読めない僕にさえ躊躇われる。

「えーと。お電話口はトワコさんでいいのかな?」

 翻訳ドッグタグの力を借りなくても通じている母国語。トワコさん以外に誰がこうも日本語で喋ってくるというのか。

 わかりきってはいても、段階を踏むということが必要なのだ。

 そしてどうか味方になって下さい、トワコさん。魔王からは庇ってもらわないと困る。

『…は、い。トワコといいます。ま、まさひろさん…です?』

「はい、須月 柾宏と申しますー。はじめまして、こんばんはー」

 揉み手をせんばかりの勢いで、僕は明るい声を出す。ディーが驚愕の目で僕を見ている。

 わかっているよ、だけど電話なのに笑顔を繕ってお辞儀をしてしまうのが日本人というものなんだ。



 僕らは週末に会う約束をした。

 会合場所は、追って連絡すると伝えている。簡単にお城には入れてもらえないというし、都合も聞かずレディアの家に勝手に集合するわけにはいかない。それ以外の場所…例えば城下のカフェなんて僕が詳しいわけがないし、ましてやヒューゼルトに相談もせずにそんなとこに決めたら今度こそ僕に穴が開く。兵士ビームで。

「ところでさぁ。今さっきの会話で思ったんだけど…」

「ああ。多分私も同じことを考えている」

「…やっぱり?」

 僕は窓枠に頬杖をついた。

 難しい顔をしたディーが、腕組みをする。

「ディーの部屋に入れないよね、トワコさんとリルクス君」

「うっかりしていたな。私が許可をしようとも、公式な召喚状でも出さないと一般人が城に入れるわけがなかった。身元のよくわからないトワコとリルクスに送る公的な理由はない。ディーニアルデの従者とするにも、国からの証明となるものがなければな」

「だよね。ギルガゼートですらここになんて入って来ないもんね。ちなみに、逃げ隠れ中の犬耳にそんな余力はないよね」

「一旦ディーニアルデを無事に国に帰さないことには、トワコとリルクスの証明を出すのは無理だろう」

 僕の場合は、あからさまに部屋同士が繋がっているから、対処せざるを得なかったんだ。僕が自由に動けるようになるためにと、王様とだって謁見したけれど…そもそもトワコさんはスオウルードで保護したわけでもなければ、対応しなければディーに直接何かがあるわけでもない。例えどんなにディーが駄々をこねたところで、トワコさんに城内をうろつく許可を出すための謁見セッティングなんてまずできない。

 可能性があるのは、ディーニアルデ王子を使った外交からのお願いだ。しかし外交である以上、スオウルード国に何かしら見返りがなければいけない。

 …何でもかんでも親切でやってあげていたら、国なんて回らない。そういうことだ。

「まず、トワコさんとリルクス君が僕らに危害を加えない前提がないと、本当は会うのも難しくないの?」

 ヒューゼルトが許可しないんじゃ…と言いかけた僕に、ディーは頷いた。

「そうだな、しかしそれについてはディーニアルデを同席させる。犬の姿で袋に詰めて持って行けば、そうそう襲撃もあるまい」

「…運搬方法に外交的な問題があると思います」

「そのまま獣人を歩かせたら目立つぞ。かといって馬車など出してスラムに行けば余計に目立つ」

「レディアがスラムになんか住むから悪い」

「それをいうと彼女が居場所をなくすに至る経緯からになるのだがな」

「ディーが王子だから悪い」

「ふむ。八つ当たりにも程があるな」

「はい!」

「…マサヒロ…素直に返事をすればいいというものではない」

 とりあえずはレディアとヒューゼルトに話をしてもらうことにして、僕は窓を閉めることにした。

 まだ、平日なんだってば。


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