距離を取りつつ会話するには
「空間魔法使いって、身を隠すものなんじゃないんですか。そんな、目の前で消えたりなんて…」
ギルガゼートが言い募る。
野生動物の如く乱獲の憂き目に遭ったと噂の空間魔法使い。そして、空間魔法を使えるせいで自身が売られた過去を持つギルガゼート。
彼にとってみれば、手の内をさらすのは身を危険にさらすのと同義だ。
そして、ルドルフェリアに引き篭もる空間魔法使い達にとっても同義のはずだ。
安全な世の中だと思えるのなら、とっくにルドルフェリアは開放されているだろう。
「リルクス君は多分、対処できるんだろうね。自分が狙われても返り討ちに出来る自信があるから、隠さないんじゃないかな。なんせ身体能力では遥かにヒューマンを凌ぐはずの獣人達が揃って勝てないっていうんだし」
魔王扱いだったし。
いや、もしくは、レディアに対してわざわざ手札を見せ、誠意を見せた可能性も…
「顧客情報は流せないけれど、もしかしたら『異国の詩人』に連絡を取ってみることは出来るかも…と言ってみたら「二日後にまた来るから詳しく聞かせるように」と言い残して消えました」
誠意なさそうだった。とても一方的な態度だった。
「うちを探すのに手間取ったそうですし、表情は動きがなくてわかりませんでしたけれど…どこか早く帰りたそうな態度に思えましたわ」
押しかけ一見さんのくせに酷すぎる。
もしかして、はよ帰ってトワコさんに会いたかっただけだろ、それ。依存系男子か。
異世界に放り出された挙句、魔王級の彼に依存されてしまうトワコさん。災難にしか聞こえない。
相思相愛なのかどうか…それだけが心配だ。ダメンズが好きな層は一定数いるから、本人を見てもいないのに不幸と断定はできないからな。
学生の頃の友人で…見た目ピュアっぽい女の子にフォーリンラブしたところ、チンピラがヒモに付いていたというヤツがいた。
逃げ出すと殴られるから別れられないと言う彼女を必死に救おうとした友人は、しかし最終的に「あのヒトには私がいないとダメなの」とフラレたらしい。
フラフラと自殺名所巡りを始めた彼を、友人皆で探したあの夏。最後は悪乗りから『女子禁制☆男だけの遊園地巡り』に旅程が変更、全員にとってしょっぱい思い出となった。
つまり何を言いたいかというと、…僕にもわからなくなってきた。
あ。アレだ、他人の恋路は他人のもの。下手に手を出して馬に蹴られると、リアルに致命傷を負う危険があるということだ。
もちろん僕は、こと恋愛に関して求められてもいないのに他人を助けるような面倒…いや、ヒーローぶった真似はしない。
っていうか、力とかないしね。むしろ助けられる側だしね。何においてもヒーロー気取りのしようがない。
「二日後って言われても、基本的に平日は僕は来ないよ。週末にならトワコさんに会ってもいいんだけど、正直、その空間魔法使いが怖いんだよなぁ」
トワコさんだけ来るってことは、なさそうだ。
今回レディアの家に一人で現れたリルクス君だが、トワコさんはその間どうしていたのだろう。
…話を聞いた際には犬耳王子が「リルクスはトワコの守備だけ異様に強固」とボソリと呟いていたので、多分相当過保護にしているのだと思う。無理矢理に軟禁とかしていないといいけど。
悩ましい空気の中、ディーがにやりと口の端を歪めた。
「思いついたぞ。まずは電話で話せばいい。先日のアレだ、マサヒロ」
さっと素早く取り出されたディーの携帯。彼はクルパカッと手の中で回したそれの画面を開き、自信満々に僕のほうへ向けた。
待ち受けが…前とは別のケー王子だ。
ええー。何かすっごい笑顔でデカイ鳥と写ってるんだけど、何なんだ。ツッコミ入れたほうがいいのかな…これ、ペットなのかな…。
思いながらも、とりあえずお返しに自分の携帯を取り出して開き、同様に相手に見せつける。
ちなみにディーの言う、先日のアレがどれなのかはわからない。
「電話で話すのはいいけど、アレって何の話?」
ディーは眉をひそめた。
意味深な言葉が通じなかったから…ではなかった。
「何だそれは。ずるいではないか」
「え。…金魚? 好きなの?」
思わず画面を自分のほうに向けて見る。
僕の現在の待ち受けは和柄に金魚である。待ち受けにこだわりはない。気に入った画像を拾ったら適当に変える。
ディーはピシリと僕の携帯を指差して首を振った。
「わん平だ。今、わん平がいた」
「…ああ、マチキャラのことか」
確かにこれは最近拾ってきた、わん平のマチキャラだ。
積極的に探したわけではなかった。ネットの波を泳いで流れ着いた先にたまたまいたのだ。
「だけど、ディーはケータイを買った当初に、マチキャラがキモイし画面内をうろつくのが邪魔だって言ったから出さなく設定してあげたんじゃん?」
「それは服を着たツヤッとした顔の不気味な動物のことだろう。何か呪詛を呟きながら徘徊していたし、マサヒロも好まないので表示していないと言っていた」
「うん。初期設定のアレ、僕の中では可愛くない分類だからな。でも、ディーは歩き回るのが邪魔だって…」
「違う。それは、奴だったからだ。わん平ならば、欲しい」
そうでしたか。そうですよね。
僕が可愛くないと思うようなものを、異様な同調者である彼が好むはずもなかったのだ。裏を返せば、僕が欲しいような物は、大体ディーも欲しいんだろう。
やっぱりディーとは、もう一回くらい勢いで世界を繋いでしまいそうな気がする。
僕の携帯を奪ったディーは、まじまじと画面を見つめている。やがて「今日は眼鏡がないので翻訳できない」と残念そうに呟いた。
わん平は概ね「わん」と「がう」と「Zzz…」しか言っていないので眼鏡があろうと翻訳はできないだろう。
「じゃあ、それは帰ってからダウンロードしてあげるよ。それで、電話は何さ。トワコさんとは会うんじゃなくて、電話にすればいいってこと?」
「違う、顔も見える電話だ」
「あー、テレビ電話すればいいってことか」
先日、ディーはボタンを押し間違えてテレビ電話でかけてきたのだ。
周囲では普及している様子もなく、カクカク動画のまま、なかったことにされた感のあるアレである。僕もその機能が付いた携帯を初めて持ったときに一度試しただけで、その後は使っていなかった。
だって別に顔見て話す必要とかないし、顔見たいんならPCのほうがカクカクしない…。
「テレビ電話って何ですか?」
レディアが食いついた。もちろん、忘れていた機能なので僕はレディアに説明していない。
「何でもない!」
そして説明する気もない。できる気がしない。
僕はそっとディーに耳打ちした。
「ディーの携帯を見知らぬリルクス君に貸してあげるってこと? もし壊されても自己責任だよ、新しいのは買ってあげないからね」
ディーは僕に携帯を返しながら厳かに発言した。
「…忘れろ、マサヒロ。提案を取り下げる」
初手から計画倒れだったよ!
しかしながらまずは電話で話してみるというのも悪い案ではなさそうだ。
壊されたらレディアが泣くという前提のもと、二日後にはモドキを一台渡してみることになった。
「リルクス君しか来なかったら、まだ研究中の魔道具だから壊さず返してくれるようにちゃんと伝えるんだよ」
「…はい、マサヒロ様…」
若干レディアがションボリしている。
せっかく作った魔道具が壊されるかもしれないと聞けば、ションボリもするよね…。