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市場通りで



「マサヒロ!」

 とてもいい笑顔のギルガゼートが、抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ってくる。

 無理だよ。飛びついてきたら、僕は普通に転ぶからね。その速度で近付くな、そろそろスピードを緩めるんだ。

 両手を前に突き出して、どうどう、とアピール。

 気付いたのだろうギルガゼートはニコニコしたままスキップからの並足となってストップ。

 …あれ、スピードダウンにスキップ必要なくない?

「マサヒロ! お久し振りです!」

 僕的には大して久しくもないのだが、空気を読めない僕にすらわかる、会えて嬉しいアピールだ。

 左右に振る尻尾を幻視しそうなくらい。どこぞの王子より、彼のほうがよっぽどワンコだ。

 そして結局、相変わらず僕の庇護欲は特に目覚めない。

「うん、こんにちは。市場で会うなんて珍しいね、買出し?」

「はい! もしかして、これからレディアのところへ行きますか?」

「うん、その予定。もうすぐディーとヒューゼルトが戻ってくると思うから」

「…そういえば、マサヒロを置いて一体どこへ?」

 彼らは突然、魔石を購入しに行ったよ。

 異世界人の「もうすぐ、すぐそこ」は信用できないと学んでいたので、僕は待機させてもらった。エコモード柾宏ですが、何か?

 誘拐されたらどうするんだ、と憤慨し始めた少年を生ぬるい目で見つめる。

 寸止め奴隷同士だから、危険と言えば誘拐って発想は理解できるけど。正直、あの事態ってのは特殊だ。

 子供や金持ちや有名人なら警戒していいかもしれないけど、無名の一般人を人目につく場所でさらっても意味ないだろ。

 …ないよね?

 そう、それに王子達が脱走徘徊するから、治安は良いはずだったな。警備兵が日々色々と綺麗にしてるから。

「一般的な成人男子は、街中で意味もなく誘拐されないよ。前のは、森で遭難したせいだ」

 常識がわからなくなってきたけれど、僕はきっぱりと言い切る。

「そんなこと。マサヒロは弱いし、それにあんまり大人にもみえません!」

 まさかのディスリスペクト。

 後ろから斬り付けられた気分ですよ、ギルガゼート君。

「でも大人なんですけど!」

「あ゛っ!?」

 悔しかったので、大人気ないとわかっていても、僕は神速のデコピンを決行した。

 田舎育ちのデコピンとしっぺを舐めるなよ。幼き頃に娯楽少なき少年少女は、飽くことなく速さと強さを求めるのだ。

 アルプス一万尺なんかの手遊びもスピード勝負だ。いと速き者こそが英雄。

 あと、僕はわりと警備兵とかに見知られてるから、本当に誘拐されないと思う。

「マ、マサヒロは弱いのに、変な小技は強いんだね…」

 涙目のギルガゼートが額を押さえて俯いている。頑張っていた敬語もすっ飛ぶ痛さのようだ。

「うん。でも実は自分の指先も痛める諸刃の剣だよ。今、僕も結構痛い」

「だめじゃないか!」

 仕方ない。僕に身体的な強さはないのだ。

 瞬発力には自信があるが、体力がないから速さも持続しない。スタートダッシュだけの男です。

「楽しそうだな」

 爽やかに笑いながらディーが登場した。もちろん、その背後にはヒューゼルトが付き従っている。

「誘拐されずに待てたようで何よりだ」

「ディーまで言うか」

「冗談だ。大がかりな組織の手のものならまだしも、ただの犯罪者がのうのうと過ごせるほどここの警備は甘くないからな」

 マロックとレディアによりしっかりと教育を受けたギルガゼートは、一礼と共に素早く一歩下がる。

 始めはディーの『王子』って肩書きに怯えてプルプルしてたのに、すっかり成長しちゃって、まぁ。

 …額が赤いからイマイチ真面目に見えないけどね。

「魔石買えた?」

「急だったので品質はそれなりの石だがな。まぁ、使えるだろう」

 どんな魔石がいい魔石なのかはわからないけど、レディアの家に行く前に急に買ったのだ。何か注文したい魔道具を思いついたのだろう。

 深く考えずに頷きを返して、レディアのところへ向かう。

 尚、レディアの家に着いても、ギルガゼートの額の赤みは引いていなかったので少し反省しました。



 しかしながら、僕らがすぐにレディアの家に入ることは出来なかった。

 扉を叩く前にヒューゼルトからストップがかかったのだ。

 護衛兵は、理解できない僕をギルガゼートに押し付けた。

「一応、守れ」

「はい」

 あの…どうして僕が子供に押し付けられる挙句、その子供もまた僕の護衛に乗り気なのかな。

 僕は今日もちゃんと防犯グッズを持ってますよー。ヒューゼルトさーん。

 片手を振ったりレッグバッグをポンポン叩いてみたりしてアピールするも、彼は無視している。声をかけようとすると、しっしっと手をひらひらされるので視界には入っているのだろう。黙っていろというご様子だ。

「どうしたんだろう?」

 僕がこっそり呟くと、ギルガゼートもよくわからないというように首を振った。

 ディーは何か察しているようだ。

「こちらへ」

 しばらくすると、ヒューゼルトはディーを促して家の裏手へ回った。僕らもヒナ鳥のように後をついていく。

 今にも剣を抜きそうだったヒューゼルトが、ふと表情を緩めた。

「ギルガゼート、様子を見て来い」

「はい」

 返事をしたギルガゼートは不安そうに僕を見る。

 子供を突入させなくても…と言いかけたが、ヒューゼルトが仕方なさそうに僕の腕を掴んだ途端にギルガゼートが裏口へ向かって歩き出したので、僕も理解した。

 ギルガゼートの不安は突入に対してではなく、さっき守れと言われたはずの僕を置いていくことだ。

 大丈夫ですよ。今の僕は防犯グッズの使用だけでなく、いざとなったら謎の棒で属性玉をぶつけたり、羽衣でふよよっと浮いて逃げたりとかもできるんで。

「ただいま戻りました」

 室内へ声をかけたギルガゼートに、返る声は少し時間がかかった。

「レディア、戻りましたが…何かありましたか?」

「…お帰りなさい、ギルガゼート。えぇ、その…先程まで、お客様がいたのですわ。無事に買えましたか?」

「はい。…レディア、お客様をお連れしたのですが、ここへ通しても…?」

「私は殿下へデンワします。お客様は中にお通しして構いませんが、対応はお願…」

「邪魔するぞ」

 自分への連絡と聞きつけた途端にズカズカとディーが上がりこんだ。

 おおぅ、裏口から、家主の許可を得る前に押し入るとは。ハイレベルの傍若無人さだな。

「リルクスとトワコが来たのだな?」

「殿下!  …ええ、いえ、来たのは男性のみです、名乗りませんでした。彼が、彼がリルクスなのだとしたら…」

 不安そうに、レディアはこちらを見た。

「リルクスは空間魔法使いです。目の前で消えました」

 …ヤバイ、魔王(仮)に勝てる要素が見当たらなくなってきた。


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