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自動ドアは危険物。



 トワコさんは現在21歳の女の子。異世界に来たのが三年前なので、18歳での来訪となる。

 ディーニアルデ王子は輪郭から飛び出たヒゲを、時折ちょいと右手で撫でながら話す。

 おのれ、あざと可愛い。

 ふわふわの魔力に負けないように、僕はヒューマンタイプの犬耳王子を思い起こした。犬を愛でたい気持ちは一瞬で蒸発し、ものすごく冷静になれた。効果は抜群だ。

「友人の魔法実験中に誤って僕が飛び込んだんだがね。その過程がありながら、魔法のない世界の人間と行動が重なるとは思わなかった」

 魔法に巻き込まれたことが、どうやって条件として重なったのかと周囲は首を傾げる。しかし、続く話を聞いてみれば、どうやら僕には理解できた。

 ディーニアルデ王子はその日、従者に追いかけられていたらしい。多分碌でもないので、追われた詳細についてはあえて訊かない。彼が駆け込んだ庭では、友人が魔法の実験中。おい、友人、王宮の庭で何してんだ。それって僕がこの城の庭でなんか工作でも作ってるようなもんであろう。工作より危険だろうに、よく怒られないな、友人。確かに色々大らかだね、獣人。

 それはそれとして、ディーニアルデ王子は起動直後の魔法陣の中へ勢い余って突入したらしい。

「地上から、三階の高さまで上下移動する陣だったみたいでね…ただ、まだ人を入れる予定ではなかったものだから、三階の高さのところで効果が切れて放り出されたんだよね」

 他の人達は対になる状況を想像できずに首を傾げていたが、何のことはない。こちらの世界ではトワコさんが、誰かに追いかけられつつ、エレベーターで三階まで上がったのだろう。

 そして、悲劇は起こる。

「トワコはこちらに踏み出して、床がないことに悲鳴を上げた。空中で鉢合わせた僕は咄嗟に獣型に戻って…」

 いや、なんでそこでディーニアルデ王子が犬になったのかは理解できない。

「一緒に落ちそうな可愛い犬がいるのを見て、トワコはもちろん反射的に抱えた。友人は、僕に落下速度を弱める術をかけた。結果的にトワコと僕はゆっくりと着地したんだ」

 けれども、トワコさんが出てきたのはエレベーターだ。

 ドアは背後にて、自動で閉まった。

 元より三階の高さに急に現れた扉だ。開かれたまま固定されているのでなければ、そんな扉に対してアクションを起こすことなど出来はしない。

 彼女は、帰り道を失った。

「泣きながら何か言っている女の子に衛兵が剣を突きつけてね…いや、ホントどうしようかと思った。僕らもなんで彼女がここに現れたのかわからないし、異世界人だってこともすぐにはわからなかったし」

「目の前で世界が繋がったのに?」

「繋がったんだろうけどもさ。異世界と繋がるなんてとても稀なことだよ? そういや小さな頃のおとぎ話で小耳に挟んだことがあるかもねっていうくらいしか記憶にないのに、そんな可能性をすぐに思いつくわけないじゃない。常識的に見れば、トワコは言葉の通じない不審者でしかない。衛兵だってトワコのこと、新手の暗殺者かなって思うよ」

 ましてやトワコさんは落ちてきたのだ。僕とディーのように現実逃避して窓を二度開けして確認とか、そんなことをする暇はなかった。

 残念ながら、許可も得ず王宮に現れた人間というのは大抵は害意ある侵入者だ。だから、彼女は疑われた。ましてや紛れ込んだのは獣人の国で、彼女は人間…存在が始めから異質なのだ。

「…まぁ、王族の側に異世界人がいるのを初めて見た兵士は、そうなのかもね。僕だって槍を突きつけられたしな」

 僕が幸運だったのは、兵士に囲まれるより先に、魔道具で言葉が通じていたこと。

 そして、ディーに僕を庇う意思があったこと。

「いやー、僕に出来ることもなかろうし、無視して部屋に帰ろうとしたんだけど、友人に怒られてね。…まぁ、友人も僕らが空中で出会って落ちて来たのは見ているから、転移魔法の暴走じゃないかなーということで方向は決まったけど。事情がわかるまではどうしようもないから、トワコはとりあえず牢に入れてみたんだ」

「この犬耳、本当にひどいな!」

「だって場所は王宮だし、言葉は通じないし、不審者だし、僕は王子だから周囲は守るし…ね?」

「全てが僕にも当てはまる事態だったというのに、この落差。…僕、ホント、繋がったのがディーの窓で良かったよ」

 もし僕と窓が繋がったのがこの犬耳王子だったら、更に挙動不審で空気が読めない僕は、即日死刑にでもなっていたかもしれない。

 うん。トワコさんが不憫でならない…。

「犬耳王子のせいで、こっちに来ちゃったのにね。フォローなしとかね」

「最終的には友人がフォローしたし、繋がったのは僕のせいではないと思う」

「異世界の一般人の女の子と同じ行動をしたんだから、どう考えても王子のほうが悪いんじゃないかな?」

 男としても、王族としても何かしら間違っていたのだろうと思わざるを得ない。

 追求したところで過去の行いは取り戻せないので、可哀想な目に遭ったトワコさんのその後の話をお伺いする。

「今はね、僕の友人が面倒を見ているんだ。マサヒロを探して、2人でこっちに向かったはずだよ」

「そうなの?」

「…でもトワコが帰れるってわかったら、彼は君を殺してしまうかもしれない」

「物騒! まさかの殺害予告いただきました。でも、わかった。これ、話が読めたわー…」

 不思議そうなディーを横目に、僕は溜息をつく。

 どうしようかなぁ。トワコさんを帰してあげたい気持ちが一気に半減したな。

 もしものときは守ってくれるよう、くれぐれもディーとヒューゼルトにお願いしておこう。

「彼って言ったよね。つまり犬耳王子の友達は、好戦的人種の上、トワコさんに惚れてるんだろ」

 僕は思い人との仲を引き裂かんとする悪役というわけだ。

「えっ、マサヒロ、リルクスのことを知っているのかい?」

「いや、知ってたら驚きだよね」

 犬耳はもう少し考えて喋るといい。好感度の低下は、もはや可愛いだけでは許されないところまで来ている。

 見え隠れした命の危機に、ちょっぴり殺伐となりつつそんなことを思う。

「それでそのリルクス君は何の獣人なの?」

 ライオンとかだったら僕が本当に死んでしまうかもしれないから、引き受けない方向にしよう。

「あ。えぇと、その…リルクスは一応、人間だよ」

「あれ、そうなの?」

 だったらヒューゼルトが何とかしてくれるかも…

「うん、我が国の獣人達が誰一人勝つことの出来なかった、魔王みたいな人間だよ」

 ダメだこれ。ドラゴンを倒せるディーに、全力で魔法で戦ってもらわないとダメだ。


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