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意図的に距離を置こう。



 ディーニアルデ王子は犬だ。

「…ということは、獣人の王様は犬なんだね。犬王国、ちょっといいね?」

 ディーに問いかけると、微妙な沈黙。ちなみに、当のディーニアルデ王子はここにはいない。

 ディーはどうやら残念な本性を隠したい様子で、無意識に自分を大解放してしまうような私室に、好んでディーニアルデ王子を入れるつもりはないらしい。イコール、書斎の窓越しに交流するだけの僕と犬耳王子とはもう、基本的に接触がないということだ。

 僕の膝を守るため、犬耳王子が国へ帰るまでは窓を乗り越えないでおこうと思う。

「王様は何犬なんだろうねぇ。ディーニアルデ王子は、スピッツとポメラニアンの中間みたいな可愛さだったよね」

 人型になんてならなければ良いのに。

 怪我と疲労で毛並みがぱさついていたとはいえ、犬姿に騙された僕が、ディーに回復魔法をねだってしまう程度には可愛かったのだ。

 考えてみたら、獣人族の国には色んな犬種がいるに違いない。精悍なシェパードから愛嬌のあるハスキー、プルプル震えるチワワまでいるのかもしれない。

 うわぁ、ちょっと楽しそう。

「王は山犬だ。第一王子が山猫で、第二王子があの犬だ」

「うん!?」

 犬もふもふ王国に思いを馳せていた僕に、衝撃的な言葉が寄越された。

 父親が狼でお兄ちゃんが猫で弟が家犬?

 嫁は何なの? 猫なの? 犬なの? 重婚で腹違いなの?

 あまりのカオスに唇を引き結んだ僕と、説明に困って眉を寄せているディー。

「国にも犬だけがいるわけではない。獣人と呼びはするが、魚の獣人さえも存在するらしいぞ」

「…それって、人魚? それとも半魚人?」

「知らん」

 っていうか、魚は獣じゃないじゃないか。それでも獣人と言えるのか。解せぬ。

 知識のない僕相手にどこから話そうかと迷っていたディーは、結局種族的な説明から入ることにしたらしい。

「ディーニアルデの国は初代国王が山犬であった。そのせいか、王族には山犬が生まれやすい。しかしながら獣人は相手が猫でも犬でも鳥でも子を成せるせいか、子は必ずしも親には似ないことがある。獣人そのものの血統が既に多種に混ざりすぎていて、いつどの種類に先祖返っても不思議はなく、犬同士の夫婦から猫が生まれることすらあるようだ」

 異種族婚と思いきや、種族は「獣人」で一括りだから問題はないのだとか。

 犬夫婦から生まれる猫は、しかしどう考えても産院で取り違えられているようにしか思えない。

「…なんか…納得いかないね。それ、浮気は疑われないの?」

「獣人というものは、人間より色々と大らかなようだぞ。驚くくらいにな」

 否定も肯定も返ってこない。何について大らかなのかは追求しないほうが良さそうだ。

「ディーニアルデはああ見えて、意外と優秀なのだ。そして、王子が二人いれば起こるのが継承争いというものだ。今回の怪我もその関係だろうな。元々、あれは兄弟仲が良くない」

「…第一王子に殺されかけたってこと?」

「第一王子が、というよりは取り巻きによる暴走だろうな。継承争いを煽るのは、いつだって思惑を持つ周囲の者なのだ。王が山犬、第一王子が山猫、第二王子が家犬。継ぐのに相応しいのは犬か猫か、山か家か…そういうことらしいが」

 もふもふ継承戦争…口元がほころびそうになる響きとは裏腹に、流血沙汰という悲しさよ。

 仲良くすれば良いのに、と言いかけた僕は、ディーとケー王子も既に通った道なのだと気付く。

 ディーは確か七歳で継承権の放棄を宣言したはずだ。子供ながらそうせねばならないと感じるほどの、何かはあったのだろう。

 かなり昔に終わったことではあるけれど、聞いてもいいことなのかどうかはわからない。

 今、兄弟仲が良いのだから、蒸し返さないほうがいいのかな。

 ほんの数秒の間にそんなことを考えて、僕は別のことを口にした。

「それで、ディーがワンコ王子を匿うことで国の立場が悪くなったりはしない?」

「亡命されたわけでなし、非公式とはいえ外遊に来た他国の王子を受け入れるくらい問題はなかろう。…ところで、ディーニアルデという名は言いにくいのか?」

「ディーエシルトーラとどっこいどっこいの言いにくさだね。長い」

「…そうなのか」

 何だか少し不満そうである。

 心の中ではディー君とディーニ(D2)君だなって思ってますよ。不敬罪を恐れて言わないけどな。

「ディーと犬耳王子は仲良いの?」

「普通だ」

「…うーんと、己をさらけ出すほどではない?」

「さらけ出しては外交に差し支える」

 自分を的確に理解していると褒めてあげたらいいのか、外交に差し支えるほどに残念なことを慰めたらいいのか…。

 僕はそっと目元を指先で押さえた。もちろん、特に濡れてはいない。

「そうだ、マサヒロ。録音と再生の魔道具が一応の完成を見たのだ」

「おお。おめでとう」

「そこで、一曲…」

「いやだよ」

「安心しろ、楽士に弾かせた演奏も録音してあるのだ」

「聞けって」

「お前がどうしてもと言うから、ディーニアルデに回復魔法をかけてやったな」

「…クソ。あの犬耳、疫病神だったか」

 僕の意識は、対価という名を借りた羞恥プレイへと向ききってしまった。

 それにより、犬耳王子の存在はあっさりと記憶の海の端っこ、かつ深いところへゆっくりと沈んでいった…。


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