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それはつまりアンデッド。


『今日は窓を開けないから、もう寝ていいよ』

 そう伝えたせいで、相手は混乱してしまったようだ。

 既にいつもならば開けている時間。

 突然だから、悪かったとは思う。

 鳴り響いた着信音に、僕は携帯をぱかりと開いた。


『なガつ有゜』


 …ファッ…?

 差出人は、ディー。

 なんか色々混ざった謎メール返ってきた。え、解読できないぞ、何だコレ?

 っていうか、電話できないほど混乱したの? なんで無理してメールで返してきたんだよ。

 …何か尋ねられているのか…? それとも、『わかったよ』みたいな、もう返事要らないタイプのメールなのか?

 悩んだ結果、僕は目の前にある窓を開けた。

 そして、この窓は開くはずとばかりに頬杖ついて待ち構えている金髪碧眼。うん、いると思ったよ。

「マサヒロ。何か急ぎの仕事でも入ったのか?」

「いや、見たいテレビが…。っていうか、コレさ、何言おうとしたの?」

 携帯電話を掲げて見せると、ディーは一つ頷いた。

「うむ。『何があった?』と書いた」

「書けてませんね! ちゃんと見直ししようよ!?」

 どう見たって『ながつありマル』だろ。見知らぬ言葉だよ?

 翻訳メガネだって仕事しないだろ、コレじゃあ。

 ディーは、ふっと目を細めて微笑んだ。あ、碌なこと言わない感じの笑顔だ。

「面倒だったのだ。もうボタンを押し疲れた」

 やっぱりね!

 返信の速さは評価するけど、速さだけだからね。意味通じないメールは、メールの意味ないからね。

 僕は『ディーフォルダ』を作ってこのメールを移動させ、更に保護をかけた。

 いつか彼のメールが上達して、忘れた頃に見せてやろう。ながつありマルを。

「大体、押し過ぎると始めの文字に戻ってしまうのがいけない。それに、戻るかと思いきや小さな字になるのもいけない」

「いやいや、全否定すんな。押し過ぎても戻らなかったらどうしていいかわからないよ」

 苦笑しながら言葉を返し、それから僕はハッとして掛け時計を見上げる。

「あぁっ、もう始まっちゃうじゃん!」

「何?」

 慌ててテレビのリモコンを手に取り、ボタンを操作。

 滅多にテレビをかけない僕が、久し振りに見たいと思った番組。何気なく新聞のテレビ欄を広げたら載っていたので。

「…なん、だ、それは」

「夏の風物詩、怪奇現象特集~」

 だけど近年は似通った番組と映像ばかりでちょっと食傷気味なのが玉に瑕。小中学生くらいの頃が一番面白い番組が多かったような気がするのは、素直に楽しめる年齢だったせいなのか。それともただの懐古主義なんだろうか。

 ディーが固まっていることに気がついたのは、僕が珍しくもソファに腰を下ろしてテレビと向き合ってからだ。いつもはベッドでゴロゴロするかパソコン机に向かうかだから、ソファの使用頻度は低い。しばしば荷物置き場になってる。

「…ディー?」

 テレビを凝視していたディーは、僕を強い目で見つめた。

「え、何? 何のアイコンタクト?」

「危険はないのか?」

「ないね。何が危険だと思うの?」

 しばし考えたディーは、徐に靴を脱いで、窓枠を乗り越えた。

「おい」

「その箱の中身はアンデッドではないのか」

「…あー。…あぁ? ああ!」

 そっか、テレビ初体験だったか!

 ただでさえ見ないテレビなのに、そういえば窓にばかりかまけていて、最近は全然使っていなかったかもしれない。そんなテレビだから、地デジ化する際には買い替えをすごく迷った。まぁ、大分経ってから結局買い換えたんだけどね。

「これはねぇ…なんて言えばいいんだろ。あ、アレだよ、デジカメ。アレの仲間。アレの、絵じゃなくて動きも記録できるバージョン」

「…動きも…?」

「まぁ、デジカメでもムービー撮れるんだけど」

 僕はテレビをチラチラと見ながらデジカメを引っ張り出す。CM入ったからまだ大丈夫だな。

 モードをムービーにしてREC!

「ディー、右手上げて。下げて。両手上げて。右下げない。やっぱ下げる。はい、いいよ」

「…今のは意味があるのか?」

 手旗信号みたいな動きをさせられたディーが眉を寄せるが、構わずにデジカメの画面を彼に向けて再生する。

「ほれ。こういうこと」

 青い目がまん丸になっている。

「こういうのを撮る仕事の人達がいて、この黒い箱に映してくれてんの」

「マサヒロ。こ…」

「テレビは買ってあげないよ。さすがにちょっと異世界生活を侵食しすぎだろう」

 テレビ見てポテチ食ってゴロゴロする王子とかになったら困る。

 っていうか、コンセントとアンテナ線、うちから取ることになるよね。線が挟まってて窓が閉まらなくなるよね。

 ワンセグ? あーあー、聞こえない。

「いや、しかし…」

「ダメ。無理」

「でも」

「いけません。それに、テレビ見ても何言ってるかわかんないんだろ?」

 ディーは悔しそうな顔をした。

 僕らが会話できるのは、翻訳ドッグタグの力だ。

 …ということを実はすっかり忘れていたけど、天啓のように閃いたので、言い訳が立って良かった。

「座れば? ちょっとぐらいなら通訳してあげるよ」

 番組が再開されたので、僕は自分の隣を見もせずにぽんぽんと叩く。

 おお、心霊写真コーナーか。最近はオーブが多いな。正直、埃じゃないかと思うけど、どうなの。

 ディーは何が楽しいのかわからないという顔をしながらも僕の隣に腰掛けている。

「これは写真を撮ったとき、その場にはなかったはずのもの…つまりオバケが映ったって話だよ」

「ふむ。写真を撮った場所が呪われているということか」

「場所なのか撮った人なのかはわからないけどね」

 害意なく偶然映り込んだという場合もある。

 しかしファンタジーにとって心霊写真はスリルの足しにはならないようだ。

「浄化してしまえばいいのではないか? 余程の年代物のアンデッドでもなければ光属性の魔法を使えるものに頼めばすぐだぞ」

 興醒めだよ。風物詩が、出てきた途端に浄化されてしまうなんて…。

 

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