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はぴば!



「はっぴばーすでー、とぅーみー…」

 微妙に開けた窓の隙間。顔半分だけ覗く僕。

 ディーは固まっている。

「はっぴばーすで、とぅーみー♪」

 元気良く窓を全部開ける。

 受け入れの早い男・ディーは早速持ち直した。

「はっぴ、ばぁすでー、でぃーあ、まさひろーぉ」

 ディーの目が少し細くなった。

「はっぴばーすでー、とぅー、みいーぃ」

 拍手をいただいた。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



 …歌う僕を遮らないのは気遣いか何かなのだろうか。

 こっちはツッコミ待ちだったのに、真顔で拍手をくれたディー。とりあえずは礼を呟き、僕は傍らに置いていたケーキ箱を取り出した。

 ときめきのワンホールである。

 こんなときでもないと、ワンホールのケーキなんて買わない。というか、まぁ、普段は誕生日でも買わない。だって一人だと食べ切れなくて、しばらく朝ご飯がケーキになっちゃうからね。

「マサヒロは誕生日だったのか」

「うん、一昨日ね」

 僕の言葉にディーが眉を寄せる。

「…一昨日だと。昨日も一昨日も顔を合わせているではないか。なぜ当日に言わないのだ」

「ケーキは金曜日に買ったほうがいいと思って。なんかこう、気分が解放的なときに?」

「ケーキはいつ買ってもいいが、誕生日は先に言えばいいではないか…知っていればプレゼントを用意したものを」

「いいよ、プレゼント欲しくて誕生日を打ち明けたわけじゃないし。あと祝われると相手の誕生日も覚えてて祝わなきゃいけなくなるだろ。忘れたら非道な奴みたいな顔されるしさ」

 とりあえず、誕生日にかこつけてディーにケーキを食べさせようとしただけなのでいいんです。

 もちろん、僕が食べたいケーキを買ってきた。しかしワンホールともなると余るに決まっているので、最初から半分にして押し付ける算段だ。そうまでしてワンホールを買う必要があるのか…そんな疑問を抱くのは、ロマンが足りない証拠だ。なぜなら、男には時として馬鹿なことをやらなければ気が済まない時があるからだ。

 バケツプリン然り、巨大お好み焼き然り。そしてどちらも引っ繰り返すのに失敗して悲劇が起こる…ロマンとはそういうものだ。

 誰しもやっていると僕は信じている。

 まぁ、僕がそんなことをやったのは友人が主に作業してくれる学生の頃までですけど。一人でやるわけないじゃないか、プリンが皿からはみ出しても一人じゃ笑いもできない。一人でバケツプリン作って零して、黙々かつ粛々と片付けるなんて、ひたすらに狂気を感じるよ。

 それでもロマンを求める心は燻るので、手間のかからない購入戦へと突入したわけだ。大人になると、手間より金で済まそうとするものだよね。定期収入万歳。むしろ体力のほうこそ金で買いたい。

「美味そうだな」

「ここのケーキは案外甘すぎないから、ワンホールは無理でも半分くらいは意外と食えるよ」

 もちろん甘さ許容量が決壊したときのためにカップうどんも用意してある。

 僕は女子ではないので、夜の九時を過ぎてもダイエットなど考えない。金曜の夜とは何をしても大体許されるのだ。

 でも虫歯は怖い。

「そちらの世界は色んなものが美味いな。私は今まであまりケーキを好まなかったのだが、これならば食べられる」

「ああ、そういうのあるよね。僕も昔ケーキって嫌いだった。僕が嫌いだったのはバタークリームのケーキだったんだって知ったのはつい最近。くどいし、チョコはパキパキしてるし…そのせいか僕、アイスのチョコも上っ面パキパキしてる奴苦手」

 ちなみにバタークリームのケーキは母の好みだったらしい。父も兄も特に文句を言わずに食べていたので、苦手だったのは僕だけなのかもしれない。

 飾られていた小さなシュークリームを口に入れる。

 でかい食べ物もロマンだけど、小さいのも面白いと思う。うずらの卵の目玉焼きとかね。自分では作らないけど。

 ディーが口へ運ぶフォークも、乗せられた一口分がでかい。

 気に入ってくれたようで何よりだ。

「そういえば、マサヒロ。今度レディアが携帯電話を預けてほしいそうだ」

 言われた意味がわからなくて、僕は首を傾げた。

 ふっと笑ったディーがどこからか取り出した携帯電話をくるりと回し、ぱかりと手の中で開いた。

 …練習したの、それ?

「内部に刻印を刻めばお前の携帯電話も中継機に対応できる」

「えー。…って、ケー王子だ! 何その待ち受け! なんで自分の兄ちゃん待ち受けにしてんだよ!」

「他に写すものがなかった。自分の顔よりはマシだと思った」

 仲良し兄弟め!

 まぁ、マロックじーさんやヒューゼルトが待ち受けでもどうかと思うけどさ。

「撮らせてくれるのならばマサヒロに変えてもいいぞ」

「いやだよ!」

 ちょっと残念そうな顔をするな。

 しかし、異世界モノであるカメラ機能を見せびらかすわけにもいかなくて、撮れるものが限られてしまっているんだろうなとは予想が付く。

「動物とか撮ればいいじゃないか」

「馬くらいしかいないぞ。あと、精霊は写らなかった」

 ああ、電化製品と相性悪そうですよね。オカルト的な意味で。

 試しに撮ったという馬の写真を見せてくれたけど、…馬をあおりで撮るディーの感性よ…。すげぇ威圧感だよ、馬。世紀末覇者の愛馬みたいだよ。

 …何か可愛い写メでも撮るために、猫カフェとか連れてってあげたほうがいいんだろうか…。


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