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子供にも甘やかされた。



 でかい。ドラゴン、近くで見ると、でかすぎる。

 あんぐりと口を開けて空を見上げる僕に、「動けないなら帰れ、邪魔だ」と冷静な声が告げる。意地悪なことを言うのは大体、ヒューゼルトだと相場が決まっている。

 でもまぁ、普通に邪魔だよね。

「大丈夫です、マサヒロは守ります」

「そんな余裕があるのなら殿下をお守りしろ、ギルガゼート」

「殿下もお守りします」

「わぁ! ギルガゼート、逞しくなったね!」

 思わず振り向いた僕に、寸止め奴隷だったはずの少年がにっこりと笑う。なんということだ、完全にドラゴンと戦えそうな表情をしている。

 いや、実際この一週間ディーの側について駆け回っていたのだから、今更改めてドラゴンを見たからといって怯んだりはしないのだろう。

 …その前からレディアとマロックに揉まれて、ある程度図太くなっていたかもしれない。出会った頃の(僕以外に対する)ちょっとおどおどした雰囲気はもはや微塵もなかった。

 アレかな、経験が少年を成長させる、みたいな…ああ、経歴も主人公か、準主人公級くらいの濃さかも。

 僕にも分けてください、その主人公補正的な強さ…あ、平穏が一番だし、やっぱりいいや。今のなしで。

「マサヒロ、どうする。お前が帰るのならば道具を寄越せ。私がハナビとやらを鳴らして、さっさと殿下の護衛に戻る」

 いかにも民間人な僕がちょろちょろしているとどうなるかわかったものではないので、皆に認知されているヒューゼルト君が「殿下指示のドラゴン方向転換策の実行者」として付いてくれている。

 僕が参戦したせいで主の元を離れねばならなくなった護衛兵は、実は結構不機嫌だ。

 ディーは既にドラゴンの背後に待機していた。方向転換してくれるかどうかはわからないが、僕が不参加ならば今までと何も変わらずドラゴンを追い回す消耗戦だ。

「大丈夫。これは3Dだと思い込むよ!」

 残念だが、僕には妄想力しか持ち合わせがなかったので、そっちを活用することにした。

 信じるものは救われる。思い込みが全てを救うのだ。救われた気になれれば、誰が何と言おうと勝ちなのだ。つもり貯金も得意な僕になら、きっと思い込める!

 ガスバーナーを持ち込むと緊迫した皆様の心に更に余計な動揺を与えるかもしれないので、お役立ちの謎の棒を使います。

 火の魔力を出して、鳥獣対策用花火に点火。精霊の祝福の効果というものは全く感じられない、何も変わらない。なんとなく片手間に祝福したんじゃないのかな、精霊。

 まぁ、いい。えーと、確か向きは高めがいいんだよね。直接手伝ってはいないけれど、じーちゃんについて見ていたことがあるので大丈夫。異世界なら警察にも怒られない。

 …あれ、僕が花火くすねてきたら、もしかしてじーちゃんが誰かに怒られるのかな…管理的な意味で。うわぁ、どうしよう、ごめんなさい。あとでケーキ買ってくよ!

 今からでも予備で持ってきた発射台と笛ロケット花火に変更…いやいや、もう点火しちゃったから。余計なことは考えずに、花火の先を…えーと、説明書きは…害獣にぶつけないように。頭上で破裂するようにして威嚇すると良いでしょ…う…


 ぱぁん


 次の瞬間、周囲に響いたのは、びっくりするほど大きなドラゴンの悲鳴。


「マサヒロ!」

 ヒューゼルトが僕の腹を素早く掬い上げた。

 鼻の穴を直撃されたドラゴンが、大変なお怒りで僕をターゲットロックオン。

「そりゃ怒るよね。鼻の中で大音量でパーンて鳴ったら」

 鼻の粘膜も強いのか。あのでかくて黒い鼻からは、鼻血は出ていない。殺傷するつもりで放ったわけではないのだから、怪我をさせなくて良かったと言っていいのか…。でも手を下すのが僕じゃない予定だというだけで、息の根を止める前提なのに、それは変だよな。

 ドラゴンは他の人には目もくれずに僕だけを追尾してきた。すごい。なんというスケールのでかい映画だ。

 …現実逃避する以外にどうしろって言うんだ…。パニックも通り越して、なんか感覚が麻痺したみたいだよ。

「参ったなぁ、目測を誤ったみたいで。なんせドラゴンってでかいからさぁ…」

「悠長な!」


 …ぱぁん


「なぜまだ攻撃をする!」

「いや、これ、何発か出るもんだから。途中では止まんないから」

 僕だって生き物に直接花火を向けたくなんてないから、一応逸れるように頑張ってるじゃないか。

 …でも、耳元でパァンでなったからか、余計に怒らせているようなんです。たまに急降下で襲ってくるのが、カラスに襲われたときみたいで既視感。

 しっかしヒューゼルト、足速いな。攻撃を避けて逃げるのもうまい。僕が自分で走って逃げてたら、もう三回くらい食われてるわ。

 守りますとか言ってたギルガゼートは全然ついて来れてない。守ってくれれない。いや、子供に守ってもらうつもりだったわけじゃないけど。悪いけどどちらかというと、王子の護衛を任されるほどのヒューゼルトのほうが安心だしなぁ。


 …ぱぁん


「いつ止まるんだ、それは!」

「…何発だったかなぁ、これ。今、揺れてて文字が読めないからわかんない」

 ヒューゼルトは僕を睨まない。そんな暇がないからだ。

 だけど、僕を担いだヒューゼルトはディーの元へ向かっている。ということはドラゴンは国境に背を向けて飛んできているので、作戦は成功ではないかね?

「計画通りだね」

「引っ叩くぞ」

 大口を開けて急降下するドラゴン。

 三連発だったらしく沈黙した花火の先を、浮かべた水玉に突っ込んで完全消火。レッグバッグに収納。

 僕というお荷物を抱えたまま華麗なステップで牙をかわしたヒューゼルト。その横をすれ違うようにディーが走り抜けた。

「ここまで引き摺り下ろすとは上出来。良い高さだぞ。これなら上れる」

 そんな言葉を残したディーは、魔力で出した壁を蹴って三角飛び。ドラゴンの上へと駆け上がった。

 ドラゴンも身をくねらせて邪魔者を振り落とそうとするが、王子はまるで英雄のように剣を振りかざす。

「…こちらもやはり固いな」

 叩きつけた剣が鱗に弾かれて火花を散らした。マジか。剣が通らないのにどうするんだ。

 そう思っていると、ディーの周囲に赤い光が輝いて。すぐに手に持つ剣へと光が収束する。真っ赤に色を変えた刃に、僕は大興奮だ。

「ふおぉ、魔法剣! 魔法剣だ! カッコイイ!」

「黙ってろ!」

 余裕のないヒューゼルトに叱られる。ディーを背に乗せたまま、ドラゴンは相変わらず僕を狙っていたからだ。

 しかし赤くなったディーの剣は攻撃力が上がったらしい。時折、鱗の破片が降って。ギャワギャワと喚くドラゴンはようやく危機を感じたのか、ディーへと牙を向け直した。

「片付く。行け」

「はい」

「…え、何?」

 ヒューゼルトは僕を肩から下ろして小脇に抱え直す。胃袋がヒュッとして僕が黙った一瞬に、再び駆け出した。

「ヒューゼルトっ…」

 オエッとなりそうになりながら、何とか声を出した。

 ドラゴンと直接対決なら、逃げ出してる場合じゃないんじゃ…。

「大丈夫だ、周りの兵も動いた。私もすぐ手伝いに行く」

 ようやく追いついてきたギルガゼートが息を切らせている。

 ヒューゼルトは僕を放り投げ、慌てたギルガゼートが両腕を伸ばした。けれど当然、少年は受け止め損ねて押し潰される。僕はそんなに厚みがあるほうじゃないけどねぇ、一応成人男子だし。飛んできた人間を子供が受け止められるわけないじゃないか。…ごめんよ、ぶみゅっと妙な声が下から聞こえたけど、僕にとってもこれは不可抗力なんだ。

「…あぁ、もう。ごめんね、ギルガゼート、大丈夫?」

「いぁ、はい、うん、えーとえーと、この辺が痛いかも」

「わぁ、怪我した? 困ったなぁ、ヒューゼルト、薬なんて…」

「あ、マサヒロ、ここです、ここ! ここ痛い!」

「えぇ? …あぁ、うん、まぁ…ちょっと擦り剥いたね?」

 子供が転んで擦り剥いた、みたいな傷を指差して言い募る様を不可思議に思いつつ、原因は僕なので一応頷いてみせる。

 不意に背後で上がった歓声に振り向きかけると、必死の形相でギルガゼートがしがみついてきた。

「え、何?」

「足! 足も痛いです! ここ!」

「マジで? 折れてないよね、捻ったとか?」

 ドラゴン近辺で足に怪我を負わせたりしたら逃げられなくなるじゃないか。元凶ヒューゼルトどこ行った!

 恐る恐るギルガゼートの足を触ってみるけど、相手は平然としている。

 えー? 何、足首じゃないの? ここ痛いって言わなかった?

「終わった。とりあえずテントに戻るぞ」

 背後からディーの声が聞こえて、僕は座ったまま肩越しに振り向く。ギルガゼートは素早く立ち上がってピシリと姿勢を正した。

 …足、大丈夫そうだね。

「立てるか」

「僕は怪我してないからね。ヒューゼルトが僕をギルガゼートに向かって投げたんだよ、だからギルガゼートのほうが怪我したよ」

 言いながら、僕も立ち上がった。ズボンの汚れを叩いて払う。

「ふむ。悪かったな、ギルガゼート」

「いえ、その…聞いておりましたから」

 謎の会話に眉を寄せると、ディーの後ろにヒューゼルトが現れた。文句を言おうとする僕の顔を見て、相手のほうが早く口を開く。

「今回は歩けそうだな」

 一瞬意味がわからなかったけど、すぐに理解した。

「…あー…。成程」

 彼らがやってきた方向に目を向ければ…ドラゴンの尻尾が見える。人だかりができていて、死体は見えない。

 つまり、僕にドラゴンの最期を見せたら腰を抜かすと思って、意識を逸らすため放り投げたと…ギルガゼートも聞かされた上での、引き止め要員だったわけだ。道理で変だと思ったよ。

 …反論すべきかな。

 でもなぁ。動物を殺す場面だろ…うぅん、確かに無理かもしんない。


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