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続・窓の向こうに変な人がいます。



 ディーが帰って来ません。

 電話も来ません。



「どうなってんだよ、超怖いよ、ホント大丈夫なの?」

 あれから一週間。繋がらない窓の代わりに、異世界からは一日一回レディアの電話が来る。

 僕からかけてもレディアの電話には繋がらない。…うん…何せ番号がアスタリスクだもんね…無理だよね。でも向こうからはかけて来られるという不思議。オカルティック・テレフォン。

『一応…ギルガゼートからの報告は今日もちゃんと来ていますし』

「え、今朝の話? なんて言ってた?」

『損害多し』

「うあぁ、怖い!」

『怪我人は多いようですが、死者はあまり出ていないようですわ。殿下が戦っているお陰でしょう』

 レディアは自宅待機だ。携帯電話モドキをギルガゼートに持たせているが、モドキはまだ試作段階のため、僕やディーの元祖携帯にかけることを想定して作られている。そのせいなのか、モドキ同士の通話には難があり…分刻みどころか秒殺でブチブチ切れてしまうらしい。うまくいっても数秒しか話せないって…電話と言っていいのかな、それ? 対策としてメール機能も作ったとレディアは胸を張っていたが、文字数制限がとてつもない。モドキの現実は、どちらかというと昔懐かしポケベルさんのようだ。

 しかしディーの部屋に中継機っぽいものを置いているので僕とも繋がるし、ディーの携帯とも繋がるのだそうだ。そしてディーの携帯は中継機に対応するよう、いつの間にか魔改造されていた。外から通話できたのはそのせいだ。

 現段階の使い勝手はどうあれ、レディアの情熱による異世界文明開化が小規模ながら凄い。頑張れ、技術の日進月歩。

『ある程度戦うとドラゴンが逃げるので、追跡するのが大変なようです。相手は空を飛びますからね。探して、遭遇しては戦って、また逃げられて…と一筋縄では行かない状況なのだとか』

「消耗戦かぁ…逃げないように捕獲できればいいのにね」

『現地でも試しておりますが、縄をかけても引き千切られてしまうのですって』

「ふうん。ワイヤーロープでも送ってあげられればいいんだけどね」

『そ…それはどんなものです?』

「…言葉通り、ワイヤーのロープでしょ。金属の細いヤツを撚り合わせて作った丈夫な縄じゃない? でも、言ってみただけだよ。ロープを引き千切るような力なら、ワイヤーロープが千切れなかったとしても抑えてる人がスッ飛んじゃうよ」

 トラックやクレーン車は冗談でも送ってあげられない。

 しかし、レディアの創作意欲か何かに火が付いたようだ。

『私、考えたいことができましたので失礼致しますわ』

 彼女が早口で言うと、何を答える間もなく通話は切られてしまった。

 …ちょっと、ションボリする。

 正直、向こうの状況が見えないままにヤキモキしているというのが辛すぎる。ディーのことだから大丈夫だろうなんてのん気に考える頭の隅で、言うほどディーの実力なんて知らないよねと冷静な意識が掠める。

 お届けできないシナモンを詰めたままのカバン。手を伸ばして、無意味に開け閉めしてみる。

 入れっぱなしだったメモ帳を発見して手に取った。ペンを片手に、現状を整理しようとページをめくる。ドラゴン、と一言既にメモってあった。…それ以上、書くことが思い浮かばない。前後の数ページをちらりと見て、メモ帳をカバンの中へと戻す。

 開けっ放しの僕の窓と、閉ざされたままのディーの窓。まだ城には戻ってないんだからこの窓が開くことはない。わかっているけれど、何となく、気になって窓を視界に入れている。

「…何とか、開かないかなぁ…」

 大体、開閉権は僕にあるんだから、開きさえすれば向こうへ行けるんじゃないかな。

 いやいや、非力で開けられないから困ってるし。それ以前に行っても何もできないのがネックなんだし。

 立ち上がってはウロウロ。そして座り直す。

 試みようと手を伸ばしかけ。窓に触れる前に思い直してやめる。

 そんな動作を何度か繰り返すうち、自分の行動が馬鹿らしくなってきた。檻の中のゴリラじゃあるまいし。それに何だよ、この手の動き。エアDJみたいじゃね? いや、こうしたほうがそれっぽい?

 気分が乗ってきたので、ついついそのまま奇妙な踊りを始めてしまった。オマケで変顔もつけようじゃないか。

 なんかテンション上がってきた。足の小指がベッドの端を掠めて、ちょっと冷や汗。ぎりぎりセーフ感に更にテンションアップ。

「あ、閃いた」

 謎の棒で風属性の魔力に何とかしてもらえないかな。台風で木が倒れたりするんだし、僕の筋力よりは強そうだ。

 壊さないように細心の注意が必要にはなるだろうが、物は試し。

 変顔で踊ったままの僕は、勿体つけて棒を取り出し、風魔力をファサッと出す。そして指揮者のように操る。窓枠の隙間に風を引っ掛けて、いざフィッシング…


 ガタンと音を立てた窓に、我に返る。


「…何をしている」

「こっちの台詞だよ」

 向こうのほうが一瞬早かった。変顔を、何でもない顔に戻すのが。

 僕はその場に膝をついた。自分がまたしても、やってしまったことだけはよくわかった。

 異世界が二重に繋がった。

 僕の窓からディーの窓を開けると、ディーのテントに繋がるよ! やったね!



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



 ディーの眉間には険しい渓谷が存在していた。僕もまた、彼の顔をまともに見ることはできない。

 異世界と繋がるには、同じ行動を同じタイミングで異様な数こなしていなければならないことを知っているからだ。

 まさか同じペアで、おかわり可能な事象だったとは。

 一度繋がった人は、もう繋がらない…なんてこともないんだね。宇宙の法則は乱れっぱなしだと思うね。

「お前と気が合うことだけはよくわかった」

「僕も、お前が大変に残念なことだけはよくわかった」

「…言えたことか?」

「馬鹿。金髪碧眼の王子が、あの変顔だぞ。あれを見た瞬間後悔したね。暴いてはいけないものというのがこの世にはあるね。僕は世界に向かってごめんなさいしたかった」

「ストレスが限界だったのだ。もう己を隠し通せる気がしなかったが、誰かに見られては現場の士気が下がる…止むを得まい」

「テントの窓開けたら見られちゃうじゃんか」

「見られぬ程度にうまく開けるギリギリさにこそ腕が試されるのだ」

 …いっそ可哀想である。

 残念な性格に生まれてきたのは、何も彼のせいではないのだ。

 むしろ、よく二十三年も漏れ出る程度で隠してきたと褒めてあげてもいい。

 僕? それこそ一人の部屋で何をしたところで構わないでしょ、どうせ社会不適合者だもんね。

「怪我人も結構出てるって聞いたけど、大丈夫なの?」

「さすがにドラゴンが相手だ、一筋縄では行くまい。叙事詩ならば国を滅ぼされてもおかしくはないのだから」

 大事じゃないかよ!

 唖然とする僕に、ディーは苦笑して見せた。

「えぇと、そちらの世界では強い冒険者ならそれなりに狩れて、ドラゴン素材で鎧を作るのかと思ってました」

「現実にはあまり出遭う魔物でもないのでな。英雄、勇者、ドラゴンスレイヤー、どれを取っても物語の主人公だ。命知らずが探したところで簡単には見つからないし、まして単身挑んで勝てるわけがない」

「ちょっとぉ…」

「しかし今回に限っては勝てなくもない、と思う」

 どういうことかと眉を寄せる僕の前で、無意識なのだろう、疲れた溜息をついたディー。

 …一週間ドラゴン追っかけてるんだ、疲れるよなぁ…。

「…ちょっと待って。今日はもう戦わない?」

「探索に出ている兵から連絡があればまた襲撃をかける。何しろ、国境に近づきすぎている…そろそろ仕留めたいところだな」

 隣国も警戒しているようで、国境に兵を集めているらしい。手を貸してくれればもっと早く片付くかもしれないのにね。国同士だと簡単に行かないのかな。

「そっちって花火あるの? 鳥獣対策用なら脅かすくらいのこと、できるかもしれないよね。国境側から狙えば、こっち側に戻ってこないかな」

「…ハナビとは何だ?」

「なさそうだね。それなら、ドラゴンも見たことなくてびっくりしてくれるかも。攻撃はできないけど、国境越えない手伝いくらいになればいいよね」

「マサヒロ。ハナビとは一体…」

「んーと、花火はねぇ。火薬…あれ、火薬はあるの?」

「それは何でできているものだ?」

 え。知らぬ。

 火薬は火薬だ。説明できる気がしない。

 どこかで読んだ気もするが、半端に教えて危険物を作られても厄介だ。調べてまで教えるのはメンド…いや、えぇと異世界にとって良くないことかもしれないし。必要があれば勝手に発展するはずだ。うん。

「まぁ、気にするな。とりあえず、遊ぶ用も買ってくるね。鳥獣対策用の花火は多分じーちゃんとこにあると思うから、ちょっと行ってくる。ついでに何か欲しいものある?」

「コメが食べたい」

「おい、なんで日本人化した」

「戦地の前線には主食でもないコメなどないのだ。城にいるならば取り寄せるが、こんな場所で我儘放題に振舞うわけにはいかない」

 眉間のしわを深めるな。音声さえなければ深刻なことを話していそうに思えるのに、本当に残念です。

「おい、閉めるな」

 窓を閉めようとしたら怒られた。

 いつもならお断りするところだが、ディーの窓をもう一回開けるのも面倒なので今回は快諾する。

 その代わり、有事には必ず向こうの窓を閉めるように約束してもらった。帰宅して、部屋にドラゴン突っ込んでたら、絶対泣く。

「おやつと飲み物セットくらいは近くに置いといてやるけど、部屋を荒らすなよ」

「もちろん入る気はない。ここを離れるわけにはいかないからな。ただこの景色には心和むのだ」

「やめてよ、僕の部屋は保養地でも癒しスポットでもないよ!」

 絶対にこの部屋を明け渡したりしないからな!

 手癖の悪い王子を信用しきれず、警戒も露に言うと、ディーは晴れやかな顔をした。

「…何なの、その顔」

「久々の遣り取りに和んだ。もう少し戦えそうな気がする」

「お前、どんだけストレス溜まってたんだよ…」

 変顔で踊るくらい、だろうね。わかってはいるが、諸刃の剣なので口にはしない。

 

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