着信…ありだよ…
見知らぬ誰かからの着信。なのに、表示された名前は「マホ」。
…誰ですか、0*0-0000-****って。アスタリスク表示がされるとか、どう見てもホラーです。だってつまり僕の携帯がバグったか…もしくは、かけてきている存在がバグってる。怖い。
第一、友達でない限り、あだ名でのアドレス登録はしていない。そして、マホさんという友人には心当たりがない。
着信音は汎用設定の『森のくまさんロックアレンジ』。意外にも激しいそのビートがクマソウルを熱く感じさせる、お気に入りの一曲だ。見知らぬ番号からの着信は、取らずにただただ一曲聞く…同じ番号から二回かかってきた場合は用事があるんだろうなと判断して出るんだけどね、かけ直しまではしない。
どんぐりが山頂から直滑降で滑り降りてくるような『どんぐりころころロックアレンジ』もある。こっちは汎用設定のメール着信音だ。不快な迷惑メールも何となく許せるどころか、待ち遠しくなる始末だ。
…なんて言ってる間にも、着信は鳴り続けている。ヤバイ、そろそろ熊さんが牙を剥くってくらい鳴ってる。
これは本当に用事のある人だな。ホント、誰なんだよ、マホさん。
「もしもし」
恐る恐る携帯電話を耳に当てる。
ザザッと微かなノイズ。
『…え?』
「もしもーし?」
『あ、あの?』
「どちら様?」
相手は意外と普通の女の子の声。ホラー展開がなかったことに、まず安堵した。ガラケーの画面からなんか出てくるとか、そういうのは要らないんで。耳に当ててるから出てきてても見えないけど…あれ、それってつまり横っ面に攻撃的なダイブをかまされるってこと?
僕の思考が横滑りしている隙に、相手は簡単に正体を告げた。
『は、はいっ、こちらは美女ですっ』
「あ。え? レディア?」
『あぁぁ、良かった、マサヒロ様ですよね!?』
「わぁ、驚いた。なんで僕の携帯にかけて来られるの? そして、なんでマホなの?」
『マホ…? 何の話ですか? もうっ、せっかく魔道具の試作が完成したと思ったのに、突然よくわからないことを言うから、言葉も通じない知らない人に繋がっちゃったのかと思ってすごく動揺しましたっ』
ああ、もしもしの意味がわからなかったから、かけてきたくせに動揺した態度だったのか。何の不審者かと思ってこっちが動揺したよ。
でも、言われてみれば、もしもしって何だ?
うぅん、確かいつかどこかで読んだ…って、今はそんなことはどうでもいい。
「レディア、ディーはどこに行ったの? そっちは大丈夫なの? 戦争が起きたとかじゃないよね?」
一番聞きたいのはそれだ。何か特殊な危険が、皆に降りかかっているのかどうか。
そうだったとしても…きっと、できることはないのだけれど。
知らず携帯を強く握り締めて、僕は相手の言葉を待った。
『大丈夫です。実は昨夜ドラゴンが現れまして…』
「また!?」
『ま、またというか…恐らく以前にマサヒロ様が襲われたものと同じ個体だと思われます』
そんな言い方をすると僕が単体で狙われたみたいじゃないか。
違うよ、僕の敗因は迷子だからね。ドラゴンじゃないよ。
あぁ、また余計なほうに思考が逸れる。混乱するとどうもダメなんだ。
「お城とか、被害は大丈夫なの? 怪我は?」
『あ…いえ。王都に現れたわけではないのです。エアデ砦から昨夜救援を求められ…砦の場所はおわかりですか?』
おわかりなわけがない。
でも、場所なんか別にわからなくてもいい。あ、無関心はやめようと思っていたんだっけ。あとでディーに地図を見せてもらおう。
「どうしてディーが行ったの? ドラゴンって兵士じゃ無理な相手なの?」
『そうですね…砦の兵士も腕の立つものが揃ってはいるのですが、今回は大分苦戦しています…。好戦的なドラゴンで、話も通じないとか』
「…ドラゴンって話できるんだ?」
『年月を経た個体であればあるほど、賢いと聞きますわ。とにかく和解は無理なので討伐せねばならないそうです。ただ、エアデ砦は国境に近くて…下手をすると隣国に侵略の理由を与えかねないのです。ドラゴンが隣国に入り込めばこちらの手落ちなどと因縁をつけられかねないですし…砦自体が機能しなくなれば純粋に侵略を考えてくるかもしれません。四大精霊の祝福を持つ殿下が前線に至れば、速やかな討伐となりましょう。また、外交問題に発展した場合であっても、いち早く対応が可能ですから』
さっぱりわからないが、とにかくディーがしなければならないお仕事なのらしい。
第何次異世界大戦とかが起こったのではないようで、とりあえずは安心する。
「ディーは、大丈夫かな。さっき少しだけ電話は繋がったんだけど」
『はい。マサヒロ様には説明する暇がなかったので、経緯を伝えて安心させてほしいとの連絡を受けまして、魔道具の話も未説明でしたが急ぎご連絡させていただいた次第です』
そうだったのか。
溜息をついた僕はソファに腰を下ろした。
「安心しろということは、ディーにとっては大したことじゃないと思っていい?」
レディアの返答には、ほんの少し間があった。
『…そうですね』
「ちょっと…ちゃんと安心させてくんない?」
『いざとなったらギルガゼートが殿下を離れた場所へ転移させる手筈になっています』
「余計不安になるわ」
苦笑して言うと、電話の向こうから困ったような雰囲気が伝わってきた。
レディアも不安なのかもしれない。
「ギルガゼートも戦場へ行ったの? 大丈夫なの?」
『…はい。幾つも魔道具を持たせました。マロック師匠の弟子で、魔道具職人見習いという肩書きでついていきました。魔導師にはなれなかった私のせいで…心無いことを言われるかもしれないとは…伝えてあります』
「そんな意味じゃないよ、子供だけどドラゴンと戦うだなんて、大丈夫なのかなって言ったの。レディアは立派な魔道具職人なんだから何も恥じることはないと思う。翻訳ドックタグも作ってくれたし、なんかの棒も作ってくれたし、今日だってそっちの世界では初となる電話で僕と話しているんでしょ? ねぇ、電話、作ってみてどうだった?」
彼女の作品について問えば、少し肩の力が抜けたらしい。
調子を取り戻したように軽やかな声が返る。
『まだまだですわ、マサヒロ様。だってこれは試作品ですもの。機能として、携帯電話と声の遣り取りができる…それだけです。まだ刻印が多すぎてそのような薄い板状にもなりませんし、パタパタと開いたり閉じたりも致しません』
何か罪悪感が掠めるな…別にわざわざパカパカにしなくてもいいんですけど。スマホ与えなくてすみませんね。この技術は最新じゃあないんです。
本当のことなど言えるはずもないので、僕は何でもない声を取り繕う。
「リアルタイムに声を届けられるようになれば色んなことが便利になるから、頑張ってね。ギルガゼートに買い物頼んだとき、家を出たあとでも頼み忘れたものを買ってきてもらえるよ」
言いたくはないけど、戦争でだって有利になるよ。情報が素早く届けられるってことは、報告のスピードアップだけじゃなく、臨機応変に複数部隊を動かせるってことだ。一セットのトランシーバーだけでも、適切な人が持てばこっちでは脅威極まりないと思う。
多分そういうことにもレディアは気づいているだろう。それでも、僕の言葉に笑って頷いた。