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精霊が祝福しました



 ディーが頼んでいた魔道具ができたので、レディアのところまで引き取りがてら、ギルガゼートの様子を見ようというのが本日の趣旨です。

 渡されたのは見覚えのある形状をした棒。

 点火棒と魔操棒の訓練はこれのためだったのか。

 説明を受けたモノを振り回そうと握り締めた途端に眩い光に包まれた僕は…直前までの驚きと納得を振り捨てて、困惑。

「精霊がこうも興味を示すとはな」

 いや、プレゼントが嬉しくないわけじゃないけれど。

「ディー…なんかこれ…、ねぇ、もしかして結構厄介な事態なんじゃないの?」

 満足げなディーとレディアに、僕は問いかける。

「意外にも、大変な武器になりましたわね。自分が作った魔道具が未知のものになりましたが、鑑定結果には満足です」

「目指したものは玩具だったのだがな。とりあえず、所有者がマサヒロだから構わないだろう。全く、マサヒロは本当に面白いな」

 渡された謎の棒は、四つの魔石それぞれに込められたディーの属性魔力を使用する。操作の基本が点火棒であるため魔力のない僕にも四種の属性の基本動作が可能…つまりディーが補充した魔力で、火と水と土と風を出現させることができるというわけだ。魔操棒の特徴も含んでいるため、僕一人でも属性玉のジャグリングが出来るようになる…だけならば、良かったんだけど。そこまでなら、本当、素直に喜んで見せたんだけど。

「僕が装備したことで…?」

 自分の眉がハの字を描いていることに、さすがの僕も気がついている。

「ああ。私とレディアが試したときには起こらなかった事象だ」

「常識が簡単に揺らぐ…これが異世界人なのですね」

 ちょっと責められているような気がする。彼らは笑顔なので、予想外の事態に動転した僕の被害妄想なのかもしれない。少なくともこんなの、僕のせいでは決してない。ないはずだ。


 精霊達は、なんと祝福を与えたのだ。


 …僕ではなく、棒に。


「四属性の祝福が物に宿るなど、伝説の剣以来の快挙だぞ、マサヒロ」

「祝福が宿る瞬間なんて初めて見ました。魔道具職人として誇らしいですわ」

 ちなみに精霊は相も変わらず、僕には無関心だそうです。僕にくれたら魔法を使えるようになったのだろうに…棒に祝福って何なんだい。

 自分が棒以下の存在だと言われているような気がしています…精霊の野郎め…。

 この棒(何て呼んでいいのかわからないのは皆が同じらしい)はディーが僕に点火棒の話をした頃、思いつきで発注したものらしい。別で作ってくれるつもりだったからライターをくれなかったなんて。ケチだと誤解していてごめんよ…。

 でも、二人してこの棒を「マサヒロの」とか「マサヒロのソレ」とか半端な呼び方するの、やめてください。貶められてる気がするんで。僕のはこんなもんじゃないんで。

 えーと、他にも貰ったんでそっちの話に切り替えよう。

 色んなお礼を兼ねてオマケを作ったと、ギルガゼートが空間魔法を付与したレッグバッグをくれたのですが、これがすごく手が込んでる。こんなサイズのくせにバッグインバッグみたいになっていて、それぞれ小銭入れ貴重品入れと分けつつ、大切な防犯グッズ達も嵩張らない。開けても一見普通の袋に見えるようにフラップポケットになっているので「チラ見したら中が真っ黒」ということもない。レッグバッグだから僕が外して置き忘れない限り盗まれることもない。至れり尽くせりの安心設計。

 ちょっと心配したものの、空間魔法のかかった荷物入れは高価だけど、珍しすぎて危険とかいうほどのものではないのだという。例の迫害された一族が信頼できる相手に卸しているのでそれなりの数は出回っているらしい。ダンジョンからも出たりするそうだ。

 ただ、デザイン性と使い勝手は比ぶべくもない。ギルガゼートと、そのサポートをした人々が自重していないからだ。出回っているものは普通、ギルガゼートの財布みたいな「ガバッといっぱい入るだけの袋」なのだ。

 そんなギルガゼートはすっかり魔道具職人の弟子として定着しており、今、レディアからの課題に取り組んでいる。

「間違って生き物が入らないように設定するのは基本でしょう。それに荷物入れとしては使っちゃいけないって言うなら、最初から剣しか入らないようにしなくちゃ。それから、一本しか入らないのは大前提でしょ、鞘なんだから。でも、入れる剣は何でもいいの? これって決めた剣が一つあるなら、他の剣をしまえちゃまずい」

「うーん…制約が多すぎる。この指輪のサイズでは印が刻みきれないわ」

 白熱討論会サード…しかし本日のレディアの対戦者はディーではなくギルガゼート。

 課題の趣旨が理解できない僕は、そっと「何の話?」と二人の間に割り込んでみる。

「空間魔法をそれとばれないように使うって言ってたから、まず条件の洗い出しだよ」

「…条件付けをして、容量や出入りするものを限定するのです。何も指定しない空間魔法は危険ですから…ええと、近くにあるからって入れるつもりのないものまで吸い込んだり、入れたものが取り出せないようでは本末転倒でしょう?」

「この世界のアイテムボックスって、要は細かな設定ができるブラックホールなんだね…」

 近くにあるものを吸い込むと聞いて、掃除の際に誤って机に置いてあった十円玉を掃除機で吸ったことを思い出した。悲しくなりながらゴミまみれの十円を探した、あの日の切ない記憶。

 それより、生き物が入らないように設定ということは、本来は生き物も入るものなのか。有事の際にアイテム袋に飛び込んで難を逃れるとか…いや、アイテム袋ごと持ち去られて絶体絶命だよな。

「ちなみに生き物を入れた場合、袋の中と外で流れる時間ってどう…」

「だめだよ! 上下左右もわからない真っ暗な空間に放り込まれたら…知性の高い生き物であるほど発狂する危険が高まる。保管や保存の空間魔法なら、中から自由に出たりはできないよ。出し入れは外の持ち主が行うんじゃないと、袋を引っ繰り返したら大量の中身がそのまま全部出ちゃうってことじゃないか」

 発狂って。さらっと怖いことを言わなかったかな、今。有事のシェルターとか、絶体絶命どころの話じゃなかった。素人判断は怖いってことだね。

 時間経過がどうなるのかってのは、水に入れなくても釣った魚を生簀状態で持って帰ってこれるのかなぁとか、その程度の軽い気持ちだったのですが。

 生き物の話からは意識をそむけて、僕は別の思い付きをレディアに話す。

「刻印だけどね。そんなにあれもこれもって書くんじゃなくてさ、シンプルにしたらどうかな。剣の目立たない場所にマークを入れて、このマークのある物だけ入りますって条件にするの。それならマーク自体が漏れない限り、別のものは何も入らないんじゃない?」

「あ。成程!」

「今まで使ってた剣を入れたいって場合でも、預かってちょっと彫ればいい。でも隠せない位置に彫るのなら、幾つか彫って実際に機能してるのは一つだけとかカモフラージュしないといけないかもね」

 レディアがメモを取っている。…そんなに珍しいことを言ったつもりはないんだけど、大丈夫かな…。


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