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無事に合流できました。



 透明度の高い結晶の中を、太陽光がすり抜ける。プリズムを通したような七色の光。反射や屈折を繰り返したそれは、伸ばした先で更に別の結晶を輝かせた。

 実に幻想的な光景だ。

 これです。これを見に来たんですよ。

 一般人が入れるのが青い水晶が生えている領域までだから、世間には青水晶の森という名が広まっているらしい。しかし実際には森に生えている水晶は一色ではない。そのため、ここの関係者や定期的に赴く王族などの間では、色には触れない水晶の森という名称になっていたのだ。

「嬉しそうだな、マサヒロ」

 ディーが満足げに目を細める。

「うん。一時はどうなることかと思ったけど、来て良かったよ」

 僕の言葉に、少し離れて控えていたヒューゼルトが息をついたのが見えた。きっと、またしばらくこちらに来なくなると思われていたに違いない。

 ディー達は、森の奥にある迎賓館に宿泊していた。ディーが「ギルガゼートを含め、連れである彼らも宿泊すべき。むしろ自分の客だ」と強く主張したため僕らも泊まれることになったが、本来は急に旅の途中で増えた身元もよくわからない寸止め奴隷を泊めてはくれない。しかも小汚れていたので、迎賓館側にちょっとしょっぱい対応をされた。まったくもって当たり前だ。

 しかし遠慮と策略半分で「テントくれたら僕とギルガゼートは邪魔にならないところでキャンプするよ」と言ったところ、ディーが好奇心全開の目でこちらに加わろうとしたために迎賓館側も認めざるを得なかった。迎賓館を前に、王子にキャンプされるなんて前代未聞だ。王子の非常識も話題にはなるだろうけど、下手したら「王族がテントより気に入らなかった迎賓館」って周りに取られちゃうもんね。


 来る前には公務とだけ聞いたあとは全く深く追求しなかったのだけれど、今は少しだけ、こちらのことに首を突っ込んでおくのも悪くないと思っている。


 僕は荷物からデジカメを取り出しつつディーに話しかけた。

「ディーってここに何の用事で来たの?」

 関わらないために訊かないという僕の基本姿勢を知るヒューゼルトとレディアは、心底驚いた目を向ける。ギルガゼートは緊張しっぱなしでそれどころではない。ディーも驚きはしたようだが、彼は持ち直すのも早いのでほとんど気にならない程度の間で会話に復帰してきた。

「この森の水晶は、森の奥にいる精霊が育てているんだ。水晶を分けてもらい、精霊への挨拶や魔力提供を王族が行うのが慣わしだ。大体は兄が来ているな。今回はマサヒロを同行させようと思ったので、私が受け持つこととなった」

「…ディーじゃなくても見えるの?」

「ここの精霊はな。精霊にも高位と低位がある。通常、魔法に借りるのは周囲に満ちている低位の精霊の力だ。彼らは単体ではそれほど力がない。存在が希薄ゆえに、人間側に余程の魔力がなければ姿を見たり声を聞いたりはできない。しかし高位の精霊の力とは圧倒的だ。彼らは誰しもが見え、声が聞こえるほどの密度を持っている」

「僕でも見えるの?」

 周囲の息を飲む音に、僕は片手をひらひらと振る。

「会いたいって言ってるんじゃないよ、例えば魔力の全くない僕でも見えるのかというだけの話」

 公務で王族が挨拶するタイプの人になんて会いたいわけがないじゃないか。

「…どうだろうな。正直、魔力の全くない人間なんてマサヒロ以外に直に見たことがないので、確かなことは言えないな」

「ですよねー」

 乾いた笑いを押し込めた。景色を見回しながらシャッターを切っていく。誰に見せることもできない光景だが、僕のPCの癒しフォルダに入れておこう。

「…何をされてるんです? それは一体何です?」

「うん、思い出作りー」

 興味津々のレディアはスルーだ。

 説明が面倒くさいのだろうと察したディーが笑っている。当たり前じゃないか、CDプレイヤーでさえ質問責めにされたうえ、答えられないことの多い役立たずみたいな目で見られているのに。カメラの説明だって、何一つできないよ。

「マサヒロ、もう少し進むと池がある。そこもなかなか綺麗だぞ」

「マジで? 行きたいです」

 頷いたディーが案内してくれる。ヒューゼルトは「王子に案内させるなんて…」と思っているのだろう。鋭利な視線が突き刺さってくる。僕は別に誰が案内してくれるんでも文句はないんですけどね。

 やがて現れた水辺は、実に壮観だった。

 色とりどりの水晶がアーチのように木々の間にかかり、降り注ぐ光がキラキラと水に反射している。息を飲むような美しい光景だ。しかしさすがは王子のお勧めスポット。近づいて光の反射が落ち着いてみれば、凪いだ水面に周囲の水晶が映り込むという二段構えの感動が待っていた。僕のテンションは簡単に限界値を突破する。

「すごい! メッチャ綺麗! 結構なお手前で!」

「私の手前と評されるようなものは何一つないがな」

「写真撮ります! 皆で撮ろう! 並んで並んで!」

 真っ先にカッコ良く見える角度で構えたディー。わぁいと意味もわからず並んだレディア。どうせ碌なことではないのだろうと、ちょっと嫌な顔をしているヒューゼルト。緊張しつつも促されるまま端っこに加わるギルガゼート。皆さん、行動一つにも性格が良く出ております。

 異世界リュックから三脚を取り出して素早く設置。カメラを位置調整し、タイマーをセット。カメラ慣れしてない人々だから動いちゃうかもしれないし、三連写くらいにしとくか。

「目線はここだよー。十数えたら映るからね、一番いい顔して待機だよ!」

 シャッターを押して、すぐさまディーの隣へ滑り込む。ギルガゼートが不安げな顔をした。彼の隣に行くべきなの? だったらもう一枚撮る前にギルガゼートもディーの横に配置するか。

 そんなことを考えている間に、ぴかっとフラッシュが光った。

 ヒューゼルトが素早く剣を抜いて構える。

「やめて、壊さないで! あれは光るのが正解なの!」

「…ならば先に言っておけ」

 うるさい奴め。何と返したものかと思ったが、そんなことは写真を確認した瞬間に吹き飛んだ。一枚目は普通だが、二枚目、三枚目のヒューゼルトが見事に剣を構えている。しかも凛々しい表情で。

「ぷぷー、ヒューゼルト、真顔で剣構えて映ってやんの! 気合全開一人ファンタジー! 普通はハンパな姿勢が映ると思うんだけど、動きが素早すぎて間に合っちゃったのかな」

「…何を言っているのかよくわからないが、馬鹿にされたことは理解した。大変に気に入らない」

「気にすることはない。良く撮れているぞ、ヒューゼルト」

 レディアも見に来ようとしたので、もう一枚撮るからと皆を再整列させた。見せるのはいいけど、長引いたら困る。その前にもう一枚撮ってしまったほうがいいだろう。

 ギルガゼートをディーの横に配置したら、プルプルしだした。この間に僕が入ると言ってもプルプルが止まらないので、諦めてレディアの横に配置し直す。

「十数えたら映るからね! いっくよー」

 皆は律儀に十カウントしているのだろうか。笑み崩れた僕はいつもの癖でピースサイン。すると周囲もなぜかつられたようにピースし始めた。破顔したところでフラッシュが光る。

「なんで皆、急に真似したの?」

 堪らず問えば、「何となくつられた」が二票、「聞いたことがあったから」が一票、「それが無難なポーズなのかと思った」が一票。期せずしてコスプレ現代っ子みたいな集合写真が撮れてしまったが、これはこれで悪くない。

「帰ったら印刷して配るね。ディーは部屋に飾るだろうから写真立て買ってきてあげるけど、他に写真立てで欲しい人いる?」

 希望を取ろうと思ったが、印刷も写真立ても何だか理解してもらえない。そうだよね。写真立て…写真って思い切り言っちゃってるもの。異世界には写真なんてありませんもの。

「…えぇと。今の皆のポーズを絵にしたものを配ります。部屋に飾っておける形で欲しいか、絵だけでいいか、挙手!」

 二対二。レディアとディーが写真立て、ヒューゼルトとギルガゼートが印刷のみだ。ヒューゼルトが「そんなもん要らない」と言わなかったのが正直意外だった。


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