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ようやく言葉が通じましたがそれだけでした。


 別に彼はドーナツを欲していたわけではなかった。

 しかしながら、それがわかったのは、茶髪の男が戻ってきてからだ。

 というか、ものっそいヒゲのじーさん連れてきた。何なの。卑怯すぎるよ、仲間増やしすぎだよ。こっちはオンリーロンリーなのにどういうことなの。

 相変わらず茶髪の男は警戒心が強いらしく、ドーナツ君(仮)を僕に近づけようとしない。代わりのように進み出たじーさんがこちらに向かって金色の輪を渡してきた。

 …えぇと、本物の金かな。そんなわけないよね。くれるのかな。それとも、売りつける気なのかな。

 それによって僕の取るべき態度が大きく違う。給料を詐欺に捧げるわけにはいかない。なぜなら先月ネットショッピングしすぎて…今月の財布の紐は鉄壁なんです。

 なんてことを考えていたら金の輪を手の中に押し込まれた。押し売りです、怖い。

「腕に嵌めろ。持っているだけでも効果はあるが、貴重なものなので無くさないように身に着けておけ」

 じーさんは日本語を喋った。

 僕は驚愕に顔を歪ませながら、手首に輪っかを装着する。金ピカ。成金みたい。初めて知ったけど、僕、金色似合わない。

「まさか私の部屋の窓が異世界に繋がる日が来ようとはな」

「不用意に近づいてはなりません。もう少し距離をお取りください!」

「はははっ、お前は心配性だ。私が負けると思うか。マサヒロは案外ひ弱だぞ?」

 うるさいやい。

 というか、突然全員が日本語を喋り出した。ヤバイ、さっき吐いた暴言、実は通じてたのか!

 これは多分、アレだ。なんか壮大なドッキリだ。異世界とか言い出したドーナツ君(仮)はさっきまで、うにゃうにゃ言って一人で爆笑してたオモシロ君(オブラートを使用しました)なんだからな。こんな俺様っぽい口調が素だなんて信じない。…あっ、肖像権! 差し止めを要求するぞ、TVカメラはどこだね。僕は決して公共の電波にもネットの波にも泳ぎ出さぬからな!

 そんな拒絶心から僕の手は無意識に窓を閉めようとしていたようで、ドーナツ君(仮)がさりげなく窓の縁に手をかけてきた。ぐぬぬ、馬鹿な…僕が両手でアイツが片手なのに動かない…力が拮抗している、だと…? っていうか待ってゴメンナサイ押し負けてる片手相手に押し負けて…はい、スパァン来たー! 二度目の負傷!

「しゃがみ込んで、何をしている、マサヒロ」

「うるせぇよ、痛ぇっつーの、このドーナツ! 豪快アメリカンか!」

「ドー…? 馬鹿、ドーナツじゃない、ディーエスだ! 私はディーエシルトーラという名だが、呼びにくければ愛称であるディーエスで良いと言ったのだ!」

 何だよ、全然違うじゃないですか、やだー。とんだ任○堂。

 うにゃうにゃ言ってると思ったのは、名前が長くて聞き取れなかったのか。

「じゃあ、もうディー君でも良くね?」

「あぁ、もう何でもいい」

 こうしてドーナツ(仮)改めディー君となった金髪碧眼。名前の確認だけで一苦労だよ。異国の方のお相手は慣れていないのでそろそろお暇したいのですが…。

「さて、ようやく言葉がわかるようになったのだ、是非そちらの世界の話を聞かせてくれ!」

 にこにこと笑う金髪碧眼、警戒露な茶髪、ヒゲがファッサ~なじーさん。そして既に疲れ果てた僕。

 この人達、ただのフリーダムなアメリカン達にしか見えないんですけど…あ、異国の方と交流したこととかないんで、どこの国の人とか全然判別できないけどね。フリーダムといえばアメリカ、みたいなイメージの話なんですけどね。

 無邪気なディーに、かける言葉は決まっていた。僕は力を振り絞って微笑む。

「だが、断る」

「何だと!?」

「そもそも人のうちの窓に取り付いておいて何を勝手なことを言ってるんだよ。僕はまだ掃除の途中なんだよ、空気の入れ替えをしたくて窓開けたのに、全然入れ替わんないから。お部屋同士で空気を交換して何になるというのか!」

「…ふむ」

 ふと、ディーは考え込むようなポーズを取った。そして、閃いたとばかりにこちらに笑みかける。

「よし、侍女を貸してやろう。それで問題ないな?」

「大問題だよ、このドーナツ!」

「ディーエスだ!」

 堪えきれずに溜息がこぼれた。うん。窓がイカレた時から、今日が平和に終わらない気はしていました。

 じーさんがするりと前に出てきた。思わず口を噤んだ僕とディーの顔を見比べながら、ヒゲを一撫でする。

「マサヒロ、といったか」

「須月 柾宏です」

「わしはマロック。魔導師じゃ。これは王子の警護であるヒューゼルト。おぬしの部屋の窓がこちらの世界と繋がったことについて、詳しく知りたくはないか?」

 僕はディーを見た。ディーも、僕を見た。

 窓の不思議。それより先に問い質さねばならぬことが出来た。

「今、王子って言いましたか」

「うむ。ディーエシルトーラ様はこの国…スオウルード王国の第二王子である」

 気のせいだろうか。視界の端でドヤ顔されているような気がする。

 いやいや、僕は権力には屈しないよ。ヨイショしようとしても空回ってスッ転ぶタイプだから。もうそういうの諦めた部類だから。ダメ社会人だから。

「…ディー王子?」

「なんだ。あぁ、態度なら改めなくとも良いぞ。異世界人に対してそこまで狭量では…」

「イケメンなうえに王子とか何なの、ドーナツ。滅びろ」

「態度改めろよ、王族相手に滅びろとか言うな」

「美形なんて朽ち果てればいいのに。金髪碧眼のイケメン王子って何だよ。僕は凡愚代表として物申すよ!」

「…褒められたのだと思っておこう。私の心の平安のために」

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