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窓の向こうに変な人がいます。



 何気ない休日のことだった。

 朝は寝坊をして、パンとコーヒーで朝食を済ませて、久し振りに部屋の掃除。机はザラザラ、フローリングの上をころころと綿埃が転がるといった程度には久し振りだったので、これはマズイと窓を開けたんだ。

そうしたら、あら不思議。

開けた窓のすぐ向かいにもう一つ窓が。

そしてそこには口を「あ」の形にしたまま固まる金髪碧眼の男が。


…僕は迷わず、窓を閉めました。


「落ち着け、落ち着け」

窓から離れて、じっと眉を寄せる。

透明なガラス戸の向こうには、ご近所の家や電柱やらのいつもと変わらない景色。

うむ。どうやら僕は疲れている。白昼夢でも見てしまったようだ。そう、窓の向こうはお隣りの家の家庭菜園。大丈夫。すげぇ量が成ってるけど、決してトマト盗んだりしない。黙っていれば食べきれないお隣りさんはお裾分けをくれる。汚名着ずとも手に入るよ。

いや、そうじゃない。違うよ。実は結構混乱してるけど、落ち着いたふりしてた。

深呼吸して、窓に手をかける。

お隣りさんの畑、見えてる。大丈夫。

からりと窓を開けた。

…うん。

やっぱり、そこには僕と同じように険しい顔で男が。金髪碧眼が。石造りの壁についた窓に手をかけて。確実に存在。

「…こんにちは」

諦めて、僕はぺこりと挨拶をした。都会ならまだしも、こんな田舎で。なんでお隣りの窓がゼロ距離なんだよ。

頷いた男は口を開き。

うにゃうにゃうにゃにゃっ…みたいな音を立てた。あぁ。コレ完璧に外国の方です。

「…さようなら」

意思の疎通は無理である。

僕は再びぺこりと頭を下げて、窓を閉めようとした。しかし相手はうにゃうにゃと言葉を発し、慌てたようにうちの窓を手で止める。

何してくれてんだ、挟むぞこの野郎!

必死に閉めようとする僕と、必死に開けようとする男。しかしながら相手のほうが力が強い。なんてことだ、この僕が…事務職の僕が負けるだと! ボールペンより重いものは持てません、趣味は読書とネットです!

「あぁっ、クソッ、負けたぁっ!」

半ば悲鳴のような声を上げ、僕は床に沈んだ。力負けした挙句に靴下がツルッといったのだ。スパァンと叩きつけられた窓に、挟まれたのは僕の指だ。割合に痛い。

男は相変わらず何か話しかけてくるが、欠片も理解できない。ごめんよ、僕にわかる外国語はクーゲルシュライバーだけなんだ。

僕は片手を男の顔の高さに掲げた。相手はちょっと目を開いて言葉を止める。僕はゆっくりと首を左右に振った。

「お前が日本語を学んでから来い。英語が世界の共通語だと思ってんじゃないよ。日本に来たら日本語で話しなさいって」

相手にもこちらの言葉は理解できないだろうと思って、強気に言う。

実のところ、別に向こうも日本にいらしたつもりはないんだろうなと、わかってはいる。相手はようやく、言葉が通じないことに納得してくれたようだ。小首を傾げて何かを呟く。不意に、彼は自分の背後に向けて大きめの声を出した。これはつまり。

金髪碧眼は仲間を呼んだ!

茶髪の男が現れた!

「ちょっとぉ…二対一は卑怯だ、ずるいぞ。ぅあぁ、あいきゃんと、すぴーく、いんぐりっしゅ! えぇい、森へお帰り!」

茶髪は驚いたように僕を見ると、金髪を背に庇おうとする。抜きかけた腰の剣を金髪が押さえ、うにゃうにゃと会話する。

混乱しかけていた僕はしかし、彼らを前に、うっそりと眉を寄せるよりなかった。

「こ…コスプレイヤー…だと…?」

鎧だ。剣だ。そしてマントだ。

どうしよう。あの完成度。すげぇな、海外のオタクは気合いの入り方が違う。でもできればチェンジで綺麗所の美女、そして際どい衣装をお願いしたい。異国の美人はプロポーションも段違いだからな。老けるの早いけど。

気がつくと茶髪の男は立ち去っていた。

金髪碧眼は腕組みをしてこちらを見ている。僕も、真似して腕組みをしてみた。無言。沈黙。そして真顔の僕ら。


ついに、どちらともなく吹き出した。せっかくの休日の昼間に、不可解に巻き込まれつつ何してんだか。声を上げて笑う彼は、どうにも悪い奴に見えない。

「僕は須月 柾宏。柾宏。マサヒロ」

自分を指して、そう名乗ってみる。

「マサヒロ?」

彼が僕を示して繰り返す。頷いて見せると、にっこりとイイ笑顔が返ってきた。そして同じように彼自身を示し…何だかわからんことを喋る。僕は戸惑った。

おい。名乗れよ。

しばらくして彼は笑い出した。なに一人でウケてんだよ。ええぇ…全然面白さがわかんねぇな…異国のジョーク、半端ない。

「ドーナツ」

 そして彼は一言、お菓子の名を上げた。

 …あの…窓、閉めていいですか?

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