ガラケーですが、何か?
聞き分けのない子供のようになってしまった。
…どうしてこうなった。
睨み合う僕ら。一触即発の空気。
「なぜだ。一つくらい私の願いを聞いてくれても良かろう」
「だからね、一回払って終わりじゃなくて継続的なお金がかかるんだよ。それが高額じゃなかったとしても僕が払う義理はないでしょ。ついでに言うと高額になった場合が困るんだよ。浮かれてやりそうじゃないか、いかにも。時報とか延々と聞いてそうじゃん。あとね、かけちゃいけない番号だってあるんだよ、警察とか消防とか。僕の名前で携帯買って、悪戯されたらまずいでしょう」
「禁止事項は守る。だから用意しろ、金なら支払うと言っているではないか」
「だからどうやってさ。あとね、勤務中に僕にかけてきたってダメなんだよ、出ないんだからね」
ディーのお願いは、本来なら可愛いものだ。
部屋の中でしか使えなくてもいい。面白かったから、携帯電話がほしい。
言いながら、しかし、彼は僕の携帯電話を奪い取ろうとしたのだ。恐ろしい。手癖悪いにも程があるだろ。寄越せ、嫌だよ個人情報入ってるんだぞ、なんて言い合って金髪碧眼の王子と頬を引っ張り合う事態になるとは思わなかった。二人の頬が真っ赤になったところで、いい年をしてやることじゃないとお互いに思い。取り合えず落ち着いて話し合おうと、携帯電話を窓の真ん中に置いて、僕らは窓越しに交渉テーブルに着いた。
いくら使用頻度が少なかろうと、これを渡すことは断固として拒否する。新しく買ってあげるとしたって、延々と僕がディーの通話料まで面倒見るのはどうなのか。あれ、電波が通るならネットも繋がっちゃうの? 繋がっちゃったらディーは読めもしないのに高頻度で見るに決まってるじゃないか。読めないから余計に画像や映像を狙い歩くぞ、きっと。パケホーダイなの? 僕ですら『ネットしない、電話ほとんどかけない』の最低限プランなのに?
えぇと、僕はアレだからね、こんなちっちゃい画面でネットやってらんないから。PCで腰を据えて遊びたいタイプだからっ…。
そして僕がガラケーである以上、ディーにスマホは渡さない。絶対にだ。
「禁止事項は守ると言っているだろう。お前は、これは国民のほとんどが持っているものだと言ったではないか、ならば言うほど高級なものでもあるまい。いくらあれば良いのだ。手間賃も欲しければくれてやろう。金貨か。何枚あれば足りる? お前がこんなに金にうるさいとは思わなかった」
この野郎。僕がケチだと思っていやがる。
よろしい、ならば現実を良く見るがいい、その青い目ん玉をかっぴらいてな!
「…根本的なことがあるんだよ、ディー。僕の国は僕の国のお金しか使えないの。これだよ」
財布を取り出し、僕は中身を窓辺に並べていく。一円。五円。十円。百円。…五十円玉と五百円玉がないな。千円札。あ、五千円札もない。一万円札。
それを見ていたディーの目が、悲しそうに揺らいだ。なんか、可哀想になるくらい。ホントにお前、電話に夢中で現実が見えてなかったんだね。
「…理解した。まずは外貨の獲得が急務なのだな…それができなければ、頼むことはできない。私が悪かった」
「買ってきてあげるのは大した手間じゃないんだよ。でも、僕は王子様と違ってお金持ちじゃないからね。面倒見続けるなんてことはできないよ」
ものすごくションボリされている。ええー…どうしよう、ここまでへこまなくてもいいんじゃないの…。
うぐぐ、でも僕は決して高給取りじゃない。軽い気持ちで長期の出費をお約束なんてできない。
「金貨。そうだ、そっちの金貨って一枚何グラムくらい?」
「…グラム?」
「別に金貨じゃなくアクセサリーでもいいんだけど、金なら買取してくれるところはあったはずだよ。行ったことないから本当に適正価格で買ってくれるのかどうかは知らないけど…こんな田舎でも、確か近くのショッピングセンターにお店が入ってたと思うな。一応調べてはみるけど、万一ぼったくられても許してくれるんなら換金自体はできるかも」
チラシとかよく入ってるし、CMもよく見る。最近業者が増えているんだろう。ハズレ業者を引く可能性も大いにあるけど。会社の付近の業者も探してみるか。過疎地の自宅近辺よりは、信用できる業者が当たる可能性があるかもしれない。
「ぼったくられても良い、とは言えないがな。一応調べてくれるか? 私もどの程度用意できるか確認してみよう」
ようやくいつもの笑顔を取り戻したディーにほっとした。
もしも本当に金売りでこっちのお金を使えるようにする気なら、ディー用の口座でも作ってきちんとお金を分けておかないといけないな…。
ぼんやりと僕が考えていると、ディーが咳払いで気を引こうとしてくる。
「なんだい、遠回しだな。普通に呼べばいいのに」
「機微のわからない奴め…。マサヒロはどうなんだ?」
「どうって…何が?」
「お前がこちらで欲しいものはないのかということだ。私はお前と違って金はあるからな。多少の我儘も聞いてやれるのだぞ」
おやおや、偉そうに胸を張っちゃってるよ。
つい鼻で笑った僕に、ディーは怪訝そうな顔をする。
「嫌だよ、それ、どうせ税金でしょ? 無駄遣いしていいタイプのお金じゃないよね」
「…何…?」
「ディーが個人で稼いだお金からだったら好意もいただくけど、僕はそっちの国のことを知らないからな。下々が苦しい生活をした中から出された税金でディーが豪遊してるようなら、僕は嫌だな」
「…豪遊などしていないぞ」
「でもさぁ。王子としての仕事も微妙に脱走してるしさぁ。せめてちゃんと仕事してたら、ああ給金なんだねって気持ちで見守ってあげることもできるんだけどね。毎日仕事して帰ってきて、高くはない給料貰ってる僕としては、ディーの仕事に対する姿勢には閉口するな」
ディーは眉を寄せた。意地悪言ってるのはわかってるけど、下々のものとしては苦言を呈してあげることも優しさだと思うんだよ。私服を肥やしてすっかり嫌われきった王族なんてのは、クーデターの対象でしかないんだから。そっちの下々の意見は聞けないだろうから、僕くらい教えてあげるのはいいと思う。
考え込んでしまった様子を見て、僕も苦笑した。物申したいことだったんだから後悔はないんだけど、せっかく元気になったところだったんだから、今じゃなくても良かったのかな。そんな風にも思う。
空気が読めないと、こういうときに苦労するよね。…ダメだなぁ…。
「そういえばディーって今日はもう予定ないの?」
「ん? そうだな、特に何もない」
「じゃあ、今日はカツ丼買ってきてあげようか」
「…ヒャクエンビキなのか?」
「違うけど、僕は今日カツ丼が食べたい気分なんだ。だからもしディーも食べるんなら一緒に買ってきてあげてもいいよ」
「では、頼む」
にっこりと笑った。知ってはいたけど、ディーの機嫌はものすごく簡単に直せるんだな。お互い様なんだけどね。