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電波を探して。



 作戦会議は重要だ。

 つまり、会議ができる状況かどうかの確認は、もっと重要だ。

 もっと簡単に言えば、いちいち窓を開けなくても相手が起きているのかどうかくらいは簡単にわかればいいのに。チャットソフトとまでは言わないから、簡単な話題は電話かメールで済ませられたら楽なのにね。

「…一日一回は窓を開けろと言っているだろうが。大体、お前は数日は休みだと言っていたではないか!」

「いや…だから、面倒な時もあるんだよ。せっかくだからもう一周くらい読んでおこうと思ったところに更に新刊が三冊くらい届いたら、もうディーと話してる場合じゃないでしょ?」

「ほら、この温度差だ。何とかならないのか」

 昨日は大量購入した分に別途届いた三冊の本を加え、楽しくリレー読みして、ああ有意義な一日だったと眠りについたために怒られる本日の僕。

 毎日毎日顔を合わせなくたっていいじゃないか。

「…うーん。ちょっと実験してみようよ、ダメで元々だし」

「実験?」

「ちょっとコレ置かせてね」

 怪訝そうな顔をするディーの前に電話の子機を置く。本当はトランシーバーか何かが試せれば良かったんだけど、通じなかったら無駄金なので今あるものを使います。

「これから鳴らすから、窓を閉めてどのくらいで音が止むのか見張ってて。うるさいだけで、害はないから壊さないでね。しばらくしたら窓を開けるから」

「ちょっと待て、これはうるさく鳴るものなのか?」

「それなりの音がします」

「わかった。では防音結界を張るので少し待て」

 ぼそぼそと何か呟いたディーが、ひとつ頷いてこちらを見る。

「…え、もういいの? 何も変わったように思えないんだけど」

「大丈夫だ、これで部屋の外には音が漏れない。護衛が駆け込んでくることもないだろう」

「ああ、また槍を突きつけられるのはご勘弁願いたいもんね…」

 危なかった、二度とないと思っていた危機は意外と側にあった。窓辺を借りるだけだから大して説明しなくてもいいかな、なんて思っていた。曲者扱いされて叩き壊されたら困るからって音がすると言ったけど、また近衛に囲まれる事態は想定していなかった。僕はそっと子機をディーの部屋側の窓に置き、机の側へと歩く。親機から、内線で電話を鳴らした。ぴぴぴ、ぴぴぴ、と耳障りな呼び出し音。ディーが眉を寄せた。

 窓の向こう側であっても、問題なく電波が届くらしい。それでは続いての実験に入ります。

「ディー。そっちの窓を閉めてみて」

「わかった」

 気味悪そうに子機を避けながら、ディーは窓を閉めた。ぴぴぴ、ぴぴぴ、と音は相変わらず漏れ聞こえてくる。窓に阻まれているのでくぐもってはいるが問題はないようだ。とはいえ開閉権を握った僕が窓を開けたままなのだから、これは予想の範疇といえた。

 そして、僕の部屋の窓も閉める。

 しかし親機は相変わらず、子機への呼び出しを続けていた。

「…窓が閉じてても、電波が届くの?」

 僕の予想では、窓を閉じた途端に切電される予定だったのに。開けようと開けまいとこの向こうは異世界だということなのだろうか…。

 この窓って、直る日は来るのかな。悩みながら再び世界を繋げ、コンコンとディーの窓をノックした。すぐに相手の窓が開けられる。子機が鳴り続けていたことを確認して、僕は『切』のボタンを押した。ようやく子機は鳴くのをやめ、ディーが安堵したような顔を見せる。

「なかなかうるさいな、これは。一体何なのだ?」

「通信の道具だよ。僕がディーを呼び出してますよっていうお知らせの音なんだ。気を引けるようにこんな不快な音なんだろうね。内線の呼び出し音は特に設定ができないみたいで…」

 今度は携帯電話を手元に引き寄せ、自宅電話を呼び出して耳に当てる。すぐに子機はディーの窓で音楽を奏で始めた。内線の無機質な呼び出し音とは打って変わった、『森のくまさん』が実に楽しげに響き渡る。突然のメロディにディーは動揺を見せた。そんな顔をされても、僕は電話について「これ、繋がる、話せる」くらいしか説明のしようがない。あえて無視して子機を手に取り、通話ボタンを押す。両手を使う、一人通話状態だ。

 ここで声を発しても近すぎてよくわからないので、マイク部分を指で擦ったりしてちゃんと通じていることを確認してから、僕はディーに子機を差し出した。

「…なんだ?」

「これを耳に当てて。僕の声が聞こえてくるかどうか試して」

「耳に当てて、さっきの音が鳴ったらとてもうるさいではないか」

「今のところ鳴らないから。ほれ」

 ちょっと嫌そうに子機を耳に当てたのを確認し、僕は再び窓を閉めるよう促す。ガコ、ガタンと窓を閉めた音が携帯電話からも聞こえてくる。僕は三歩ほど窓から離れて、小さめの声を出した。

「ディー、聞こえてる?」

 小さく息を飲む音がした。通話に問題はないようだ。

「これから僕の窓も閉めてみるから。声が聞こえなくなるかどうか確認してね」

『…あ、ああ。マサヒロ、これは何だ?』

「電話だよ。…窓、閉めてみたけどまだ繋がってるね。異世界と電話できるのかな」

 部屋の外まで携帯を持ち出してみたけれど、通話が切れる様子はない。

「結構繋がってるもんだねぇ。今ね、ちょっと離れてみるからそのまま声が聞こえるか試しててね」

 了承の返事を得てから、僕は移動を開始した。階段を下り、玄関で靴を履き。家の外まで出てみても僕の携帯電話は異世界と通話を継続していた。

「…うーん。じゃあ、今度はディーが部屋から出てみてくれる? 通話が途切れたら戻ってきて」

『わかった。しかしよくわからないから、お前は何か話していろ』

「えー? 何かって言われてもなぁ」

 階段を上がって部屋に戻った僕は、首を傾げた。これでいいか。目に留まったお菓子を手に取る。

『マサヒロ?』

「読み上げます。原材料。鶏卵、小麦粉、砂糖。植物油脂。水飴」

『…何を言ってるんだ?』

「酸化防止剤。膨張剤…あれ?」

 膨張剤の途中で通話が途切れた。携帯電話を耳から離して画面を見るけれど、通話は終了してしまったようだ。僕は家から外に出られたけど、ディーがこれだけの時間で城から出るのは無理だろう。

 僕は窓を開け、ディーを待つ。ややしばらくしてから、向こうの窓も開いた。

「おかえり。部屋のどの辺まで行ったら切れたの?」

「廊下に出たら声がしなくなった」

「…なるほど。窓を閉めていてもディーの部屋の中でなら電波が届くんだ。あとは、窓を開けていた場合にどこまで電波が届くのかも知りたいところだけど…」

 それをすると、ディーに独り言を喋り続ける不審者の汚名を着せることになる。ディーが僕の部屋で喋り役をやる手もあるけれど、僕が場内を勝手にはウロつけない立場だ。さすがにヒューゼルトやマロックに試させたいとは思えない。精密機械を壊される予感しかしない。

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