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提案:ライターの訓練。



「これは点火棒。この魔石の力で火をつける魔道具だ。台所などで使う」

 ホントにライターを持って来る奴があるか!

「…そ、そうなんだ、ありがとうっ」

 なんとか笑顔を取り繕って手を出すが、ディーは小さく首を振った。

「貸してやるだけだ。使えるまで練習しろ」

 なんと。ライターだった挙句にくれませんよ、と。ケチだなぁ。

 イラッとした僕は、仏間からライターを持ってきて「代わりにあげるね」とか大人気ないことをやるべきか悩みました。そんな僕の内心の連続舌打ちを聞き取ったのか、ディーは更に言葉を続ける。

「これに慣れたら、次はこちらの魔操棒だ。先程の魔力で出した火を操る」

「…なんかさぁ、もうちょっとカッコいい名前にならなかったの? 点火棒とか魔操棒とか、そのまんまじゃん。仲間に甘塩棒とか錆芯棒とかウマイ棒があっても驚かないレベルじゃん」

「わけのわからんことを言うな。道具の名前にこだわる意味がわからないし、別に私がつけたわけではない。そんなことはどうでもいい、話を続けるぞ」

 バッサリ。僕は色々突っ込み待ちだったのに。やはり異世界人にはハードルが高かったようだな。

 でも、確かにどうでもよかったので、落ち着いて頷きを返しておいた。

「マロックの話では、今まで魔力に触れたことのないお前がこれらを扱うのは少し難しいらしい。しかしながら過去の文献でも異世界人が魔道具を扱っている記述はあるので、特段不可能ではないだろう。もしお前に時間があるなら、訓練場の隅で練習しろ」

「訓練場? わざわざ?」

「一応魔道具だから、結界内で練習したほうが安全だろう。ここで練習してうっかり机を燃やされても困る。こちらの人間なら子供でもそんな心配はないのだが…精霊がここまで無関心なお前が魔力に関わって、精霊達がどんな反応をするのか予想できん」

 どんだけ無関心貫いてるんだよ。精霊、感じ悪いなぁ。

 どうする?と言うようにディーが小首を傾げたので、僕は靴を取りに行くことにした。

「ディーも付き合ってくれるんでしょ? さすがに何かの容疑者の僕を一人で歩かせないよね?」

 窓枠を乗り越えて、二度目の異世界ログイン。

 部屋を出るなら誰かに僕の部屋を見られても困る。何となく、ディーの窓を閉めてみた。むむ、意外と固いな。王子の部屋が立て付け悪くて良いのか? いや、つらっと閉まられたらギロチン的に手が持っていかれる可能性があるから、このくらい渋くてもいいのかな。こういう上下に開閉する窓って初めてだから、普通なのかどうかわからないな。

「容疑ならもう晴れている。しかしまだ身分が審議中なのでな…目立たぬように近衛の制服でも着せておくか」

 制服って…ヒューゼルトのアレでしょ。つまり、胸当て的な鎧がついているのですよね。

「ダメじゃないかな。アレにこのスニーカー履いたら、大分おかしいよ?」

「…面倒だな、私の服を着せるか」

「はっはっは、王子服とか超ごめんだ。悪目立ちするわ!」

 王子が連れている、王子の服を着た見慣れない奴。鎧にスニーカーより悪いことが起きる予感。

「よし、やめよう、諦めよう」

 僕は窓を開けなおした。

「お前はすぐそういう…」

「…あれ…」

 文句を言おうとしたディー。けれど僕もディーも、言葉が続かない。

 開けた窓の向こうには青空が広がっていた。

「…ちょっ…、と、ななな、なにゆえっ?」

 振り向いてディーの両肩をがしりと掴むと、ぺいっと振り捨てられた。おい、せめて動揺を分かち合おうよ!

 怯える僕を尻目に、王子は落ち着いた動作で窓を閉め、そしてもう一度開ける。立て付け全然悪くないな。もしかして、ただの僕の力不足でしたか。

 再び開いたその窓は、見事に僕の部屋へと繋がった。

「…ふぉ…?」

「ふむ。この窓は私にしか繋げられないということか。良かったな、マサヒロ。私は向こうに引きずり込まれても助けが来られないが、お前はこちらに引きずり込まれると私にしか帰してやれないということが発覚したぞ。実に興味深い現象だな」

「頼むから、僕が来てる間はお兄ちゃんと逃走しないでね!」

 あんまりディーに意地悪したら、帰れないトラップ張られそうで怖いな。…あ、でも「今日はカツ丼が百円引きの日だよ、約束してたし、買ってこようか?」とか言えばものすごく素直に帰してくれる気がする。全く問題ないですね。

「僕の窓も他の人が開けたら、こっちには繋がらないのかな」

「…かもしれないな。試してみるのか?」

「この窓を開く人選にはしばらくアテがない」

 暗殺者が来る予定もないしな。べ、別に呼べば来る友達くらいいるし。ただ、妻帯者とか悪いし、何となく誘うの面倒だから呼ばないだけだし。あと可能性があるのは親だけど、彼らは『ぶらり☆退職祝いの旅』に出ていてしばらく帰りません。電話も手紙も来ません。メールはたまに来ますがタイトルに全文詰めてくるので途中で切れてて何書いてきたんだかわからないし、京都の写真と浅草の写真が並んで添付されたりしていて、現在どこにいるのか特定はできてません。


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