魔法、使ってみたかったな…。
とりあえず部屋に戻ることが許された僕は、渋るディーとお別れしてのんびりまったり怠惰を満喫。休暇の予定はもう決まっているんだから、イレギュラーは困りますよ。
…そんな風に思っていた時代が僕にもありました。
「…馬鹿な…。読む速度が上がっているだと…。休暇はこれで持つ予定だったのに。全然足りなかったじゃないか…」
休暇に合わせて買い込んだ、大人買いコミックと、シリーズ物の小説が。食事も忘れて読みふけったとはいえ、たった九時間で尽きてしまうとは。
最近は日々の疲れで眠かったりして読む速度が落ちていたのかな。それとも今日の機嫌の良さを…連休のテンションを侮っていたのか。一巻からのエンドレスループと、面白かったシーンからのフェイバリット読みを繰り返せば、休暇の間中飽きずにこれを読み続けることは可能なんだけれども。
「読み終わると、また新しいのが欲しくなっちゃうんだよなぁ…」
蔵書を増やすということはそれなりに場所が必要になるということ。そして、気に入った本は売りたくない。本棚が埋まることはあっても、隙間を空けることはなかなか難しい。珍しくもない、本好きのジレンマだ。
溜息をついて見上げた壁掛け時計は午前零時。そしてお腹が減ってきた。ジャンクなものほど食べたくなるという魔の時間帯だ。
「どうせ何度読み返してもあんまり飽きないし、飽きたら飽きたで奥にしまっといて、忘れた頃に読み返したらまた楽しいからいいんだけど。本に関しては『燃費悪い』って言葉は使えないんだろうけど、的確な言葉が思い浮かばないよなぁ…『不経済』は無駄遣いじゃないつもりだから物悲しいし」
大体、これしか趣味がないんだから。本来なら給料注ぎ込んだっていいんじゃないかな。むくむくと沸き上がる欲望を、忍の一文字で抑える。ダメだぞ、僕は完全に出世しないタイプなんだから、ちゃんと貯蓄に回さないと。老後が怖いからね。最悪ホームレスになったとしても、本は読みたいし。しかも漫画喫茶とか図書館じゃなく、手元に置きたいし。
「冷凍ピザでも焼くかぁ…」
立ち上がると、長時間同じ姿勢をしていたせいであちこちがギシギシする。伸びをしつつ、ふと思いついて窓に目を遣った。
こんな時間だ、当然向こうは寝ているだろう。カーテンを開ける僕は、ちょっとウキウキしている。
窓に貼るシールみたいな奴を買っておけば良かったな。いや、切り抜きみたいなものでもいい、とにかく夜の間に何か貼って悪戯してやろう。スーパーのチラシから安売りのバナナでも切ってテープで貼るか。キャラクターの絵ばかり探して、ファンシーな窓にしてやるのもいいな。もしこちら側からあの窓を開けられたら、ついでにピザをお供えしといてもいい…ダメだな、冷えたピザなんて悲しい。別の物にしよう。どうせ向こうは書斎なんだから、こっちの窓を大きく開けたってディーは起きない。あのスイートルーム野郎、寝室は別だからな。
ガラスに映る悪い顔をした自分から目を逸らし、窓をスライドさせる。
満を持して現れる金髪碧眼。
「…ちょっ…なんでいるのさ…」
暇なの? いや、早寝なんだよね?
「お前こそ。驚いたぞ。なぜこんな時間に起きているんだ、お前は」
待機していたわけではないのか、本当に驚いた声で彼は言う。ディーの手元で、黒い塊が瞬いて消えた。
「…何、今の…。…魔法? 魔法だな!」
本当にあるんだ!
えー、僕もやってみたい!
「しぃっ! 夜に騒ぐな鳥頭っ」
「こっそり夜中起きて特訓してんの? だから早寝なの? 意外と努力家さんなの?」
「ニヤニヤするなっ。勘違いするなよ。闇属性を練習するならこの時間が一番精霊が集まりやすい。だから、そうしているだけだ」
「ほほう、そうなのですかぁ。四精霊の祝福持ちって聞いたから、てっきりディーは魔法には苦労しないのかと思ってましたぁ」
「それはまぁ…四大属性についてはな」
「…才能砕けろ…」
「おい、呪うな」
本当は声高に言いたかったけど、騒ぐなって言うから静かに言ったのに。
「ねぇ、今のはどんな魔法なの?」
「ただの魔力の維持練習だ、魔法ではない。そうやって精霊と親和性を高めていけば、魔法の発動に成功しやすくなる」
「どうやるの、僕にもできる?」
意気込む僕に、ディーはスッと目を細めた。何、なんで急に睨むんだい。異世界人のくせに生意気だ、みたいな?
しばらくすると、ディーは小さく首を横に振った。
「できない。お前には魔力がない」
「ない? 少ないとかじゃなくてゼロ?」
「ゼロだ。魔力も属性もないから精霊からの好意がない。祝福があれば己の魔力でなく、精霊自身の力を借りる『精霊使い』という道も試せるのだが」
「き…嫌われてる的な?」
「いや、精霊はお前に無関心だ。魔力がないものは至極稀にいるが、普通は祝福があり、精霊使いとなるから…その属性魔法だけは使えるものなんだ。だが、お前にはそれもない。やはり異世界人だからだろうか。魔法が使える可能性が一切ない人間など、私も見るのは初めてだな…」
…悲しい。思わず力が抜けた。床に手と膝をつけ俯いた僕は、決して悪くない。orz
く、悔しくなんかないぞ。下手に魔法なんか覚えて日常生活で使っちゃったら、完全に化け物扱いされちゃうもんね。さっきのディーみたいに手に黒い塊なんかつけてたら、会社クビになるかもしれないもんねっ。
「…いいや、もう。気を取り直してピザ焼いて食う。溶けたチーズの幸せが心の傷を忘れさせてくれるもんね。ばいばい、ディー。秘密特訓の邪魔してごめんね」
「おい。その台詞を残して立ち去るなど悪意しか見えんぞ。…うむぅ…。そうだな、お前自身が魔法を使うというのはやはり難しいが…魔道具を探すというのはどうだ。魔石を使って動かすものなら、魔力がなくても…」
「ディーの分もピザ焼いてあげるね!」
「よろしく頼む」
魔道具かぁ、どんなものなのかなぁ。でも、僕でも使えそうな魔道具って、なんかライターしか想像できないな。
例えディーが自信満々な顔してライターを持ってきたとしても、僕は素直に喜んだ顔をしよう。そうしよう。