機械は人足り得るか

作者: oruto

 十七年前、私は一つの罪を犯した。

 後悔した事はない。もし、あの決断をした十七年前に戻ったとしても、私は同じ事をするだろう。

 しかし、その一方で、悩み続けてもいるのだ。

 あの決断が正しかったのかを。


 十七年前の話をする前に、私の妻の話をしよう。

 私と妻は、幼少期から兄弟のように育った、いわゆる、幼馴染という関係だった。

 そして、妻は生まれた時から不治の病を抱えていて、成人は出来ないと言われていた。

 私がその事を知ったのは、中学生の頃の話で、その時から、妻の事を異性として意識するようになった。

 病気を抱えていながら、周りの人を笑顔にするような、キラキラとした笑顔を浮かべていた妻に、羨望と、恋心を感じていた。

 高校生になって、私は妻と付き合い始めた。

 その頃から、妻の病気は徐々に悪化し始め、病院に通う事も多くなっていたが、それでも、妻の笑顔は陰ることはなかった。

 そして、成人出来ないと言われていた妻が二十歳を超え、私は大学を卒業した。

 もう、その頃には妻は一年の半分以上の時間を、病室の中で過ごしていた。

 余命が長くない妻の為に、私は大学の間に貯めた貯金を使い、妻にプロポーズをして、妻との結婚式をした。

 いつも笑っている妻の泣き顔を見たのは、あの時が初めてだった。

 その一方で、妻の病気は刻一刻と悪くなっていった。

 そんな中のある日、妻が子供が欲しいと言った。

 妻の体は、既にかなり衰弱していて、安全に子供を孕んで産むことが出来る状態では無かった。

 しかし、妻と私が愛し合った証が欲しいと言われてしまっては、私に拒むことは出来なかった。

 子供を孕んだ妻は、お世辞にも安泰とは言えない状況になった。

 ただでさえ衰弱した体に、胎児を支える余力などあるわけがなく、医師からは堕胎するよう勧められたが、妻の意志は固かった。

 そして、十七年前、妻は子供を産むのと同時に、この世を去った。


 妻は、私に子供を遺してこの世を去った。

 生まれた子供は女の子で、妻が生前考えていた名前が付けられた。

 だが、現実は非情だった。

 衰弱した妻から生まれた娘は、一週間しか生きられないと、医師から宣告されたのだ。

 妻の忘れ形見が一週間しか生きられないと知った私は、医師のせいでも無いのに、彼を罵ってしまった。

 今考えてみると、申し訳ない事をしたと思えるが、しかし、そんな私の姿を見た彼は、一つの提案をした。

 その提案は、まさに悪魔の契約だった。

 娘から、生き物のしての体を奪い、代わりに機械としての体を与える、そうすれば、娘は生き延びる事が出来る、と彼は語った。

 生後数日しか経っていない、生き方を十分に知らない幼児にのみ施す事が出来るそれは、つまり、生き物としての娘を殺すに等しい事だった。

 それでも、私はその提案を受けた。

 人としての道を外れても、妻との証を失う事は許容出来なかった。


 その日から、私の、娘の為だけに生きる日々は始まった。


 機械となった娘だったが、心は人間のまま残っていた。

 その結果、私は娘を人間そっくりに成長させる必要があった。

 そのためには、毎日の微妙な調整が必須であり、仕事を続ける事が出来なくなった。

 仕事を続けられなくなった私だったが、生活するための資金に困る事は無かった。

 なぜなら、この提案をした医師が、生活資金を工面してくれたからだ。

 彼としても、機械として生きる娘のデータが欲しかったのだろう。

 私は、隠れ蓑として、小さな家電修理屋を営みながら、娘を大きくする事だけに苦心する生活が続いた。

 二足歩行が出来るようになる日、初めて喋れた日、歯が生え揃う時まで、全てを私が決めた。

 そんな生活が続く中で、私は悩むようになっていった。

 成長から、体の特徴まで、全て決められて作られた娘は、本当に人間で、私の娘と言えるのだろうか。

 その悩みは、娘が小学校に通うようになってさらに大きくなった。

 娘は、作られた結果、とても愛らしく、みんなに愛される容姿になった。

 それが、自然に成長した結果ならば、娘は、私にとって自慢の娘になったと言える。

 しかし、それらは全て私によって作られたものだ。

 多くの人が私の娘を褒めるたび、私の悩みは深くなっていった。

 中学生になると、娘は愛らしい女の子から、綺麗な少女へと変わっていった。

 妻とそっくりな娘は、妻のように常に明るい性格に育った。

 その娘の姿形に、私の妻への想いが、全くないとは言えなかった。

 自分で形成した分、私の願望によって、娘が捻じ曲げられてしまったと感じるようになっていった。

 さらに、綺麗な娘は、男の子から告白される事が多くなった。

 本来であれば、第二次性徴を迎えているて、異性に興味が出る年頃である。

 しかし、機械の娘には、第二次性徴のような成長は出来ても、第二次性徴を迎える事が出来ない。

 娘は、異性を愛する事が出来ないのだ。

 告白を全て断る娘を見て、私は間違った事をしたのではないかと感じるようになった。


 娘が高校に入学し、十七になり、成長させる必要が無くなった。

 未だに、娘は異性を好きになった事が無い。

 私のエゴで娘を歪めてしまったのではないか。

 十七年前の罪が、私を永遠に苦しめ続けている。