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作戦会議2

 ミアーゼンのとある喫茶店にて。



「貴様、賊と背格好が似ているな。一緒に来てもらおうか」


「人違いです。知りません。僕は善良な一般市民です」



 昨夜の影響だろう。巡回中の兵士に見咎められた水明は、厳しい声を掛けてくる兵士につれない態度でそう返す。

 だが、そう簡単に兵士が引き下がるわけもなく――



「そんな言い分がまかり通ると思うのか! 取り調べを行うからいまから付いて来い!」


「やだやだやだやだ! 僕しらないもーん! 関係ないもーん!」


「スイメイ殿、それはいささか……」



 喚き立てて、水明は子供のように手足をじたばたさせる。それを同じ席で見ているフェルメニアは、呆れで肩を落とし、何とも複雑そうな表情。

 だがやはり巡回の兵が引き下がることはなく、彼に白い視線を向けるだけ。



「そんなことをして何のつもりだ」


「…………いやね、子供っぽくダダこねれば呆れて帰ってくれるかなと……」


「ダメだ。付いて来い」


「いやだから違いますって。俺は侵入者じゃありませんから」



 水明が口にし終えた直後のわずかな合間、彼の瞳が赤く輝いた。



「う、うん? そ、そうか……?」



 発露した強暗示に視線と意識を持っていかれ、兵士の意志がほだされていく。それに、同席していたレフィールがダメ押しとばかりに、ルメイアから貰った連合での身分証を見せる。



「憲兵殿、これを見ていただけないか?」


「……そ、それは剣士の最高位を示す身分証⁉」



 レフィールがさりげなく出した身分証を見て、素っ頓狂な声を上げる巡回兵。まさか疑わしい男の連れがこんな物を持っているなど露ほども思わなかったのだろう。その驚きっぷりとやり取りが、水戸の副将軍を題材にした時代劇を連想させる。



「その者は私の連れです。この剣にかけて保証しましょう。私が信じられないと言うのであれば、宵闇亭のルメイア殿に確認をしていただければよろしいかと。この証明は彼女からいただきましたゆえ」


「七剣の……これは失礼しましたっ!」



 そのルメイアも、当夜は侵入していたと言うに。何とも皮肉な話である。

 だがやはりそれを知らぬ兵士は、やけに畏まった態度で店から出て行った。



「ありがとう。助かったよ」


「いいや。私は別にスイメイ君を助けたわけではない。私は彼を助けたんだ」


「助けたって、俺は悪い魔法使いかよ……」


「先ほど魔術をかけようとしたくせに何を言ってるんだ君は。それとも、君は自分で自分のことを良い魔法使い思ってだといるのか?」


「うぐ……」



 そう訊かれると、そうだとは言えない水明である。するとレフィールは、説教顔を一転、朗らかなものに変える。そして、



「冗談だ。君は良い魔法使いだよ。私が保証する」


「お、おう……」



 手のひらを急に良い方に返されたことで、水明は照れたように返事をする。急に来られるのは、反則だった。

 ――現在、水明たちは軽食を提供する茶店のような店に集まっていた。

 と言っても全員ではなく、いるのは水明、フェルメニア、レフィールの三人だけ。リリアナは当初決めていた待ち合わせの時間に遅れており、彼女だけここにはいなかった。

 一方、すでに集まっている三人はというと椅子に座って一様に眉を寄せて思案顔をしている。

 椅子に座って丸テーブルを囲みながら、芳しくない表情をしてうんうんと唸る中、フェルメニアが重い口を開く。



「……これと言って役に立ちそうな情報はありませんでしたね」


「だな。まあ費やした日数が二、三日だけじゃ当たり前っちゃあ当たり前だろうが……」


「宮殿に賊が侵入したという話しか聞けなかったな。勇者についても、みな同じようなことしか話さなかった」



 水明がミアーゼンの宮殿に入った翌日から、彼は初美についての、延いてはミアーゼンについての情報を集めるべく、フェルメニアたちにその手伝いをしてもらっていた。

 初美の状況を確認するため、再び宮殿に侵入することはもはや確定事項なのだが、入る前に出来ることは済ませておきたかったし、やはり水明にとって気がかりなのは彼女の状態だった。



 あの夜彼女は、記憶喪失であることを会話の中で告げてきた。そのため、どうしてそうなったのか、本当にそれは記憶喪失なのかを事前に調べておくべきと結論し、二日に渡って聞き込み調査に時間を割いたのだが、結果は芳しくないまま。

 勇者の情報については緘口令でも敷かれているのかみな口々に強い、美人などの、簡潔な情報しか持っておらず、まるで参考にはならなかった。



 テーブルに顎を預け、弱り顔をふにゃふにゃにさせてため息を吐く、やわらか水明。



「しっかしここまで何も聞けないとはなぁ……」


「まったくだ。大抵噂話程度は持っているはずなのだが……」



 おかしい。異世界の住人にとって勇者は自分たちの世界を救う英雄であるため、誰にとっても気になる存在だ。そのためほとんどの人間が勇者の情報を仕入れているのだが、彼女の言う通り聞き込みでは噂話さえ出て来なかった。

 侵入の件についても同じで、情報統制がしっかりしているらしく、都市の住民には知られていない様子。宮殿に賊の侵入を許しあまつさえ取り逃がしたなどという醜聞、広めたくはないだろう。街を巡回する兵は格段に増えたようだが。



 渋い顔、苦い顔を揃えるそんな中、ふとフェルメニアが水明に訊ねる。



「スイメイ殿。向こうの世界では、こういったときはどうしていたのですか?」


「行きつけの情報屋を使ってたな。コネ……情報を金で融通してくれる繋がりがあったから、情報で困ったってことはほとんどなかった」


「なるほど情報屋ですか……」



 蛇の道は蛇。餅は餅屋である。情報収集に関しては専門家に頼るのがベストだが、それにはレフィールも思うところがあるようで、



「そういった類の手合いは金か相応の付き合いがないと駄目だろうからな。ルメイア殿に掛け合えば紹介はしてくれると思うが……」


「情報代は吹っかけられるでしょうね」



 フェルメニアの言う通り、そういう相場のないものを商売で扱う者は、繋がりがないと大概がこちらの足もとを見る傾向にある。特に切羽詰まっている場合に顕著であり、運良く商売っ気のない情報屋に当たればいいが、商売っ気のない情報屋とかいう胡散臭い存在は、都市伝説でもあり得ないだろう。



「まー俺のとこも金はやたらと吹っかけてくるヤツだったんだけど」


「行き付けなのに親しくはしていなかったのか?」


「親しいのかどうかはわからんが、お得意さんではある。でもがめついヤツでね」



 ドイツはフランクフルトにある非合法のマリファナカフェを主な活動場所とするその情報屋は、耳が良く、情報屋としては一級で、水明もよく利用している。だが、要求金額も一流というお高いおまけが付くため、素直にいいとは認めたくなかった。



「どんな方なのですか?」


「何でも食うおかしなヤツ。たぶん人間。いや違うな、万が一人間かもしれないってところかね。きっと人じゃないわアレは」


「は、はあ……?」



 フェルメニアの困惑声を聞きながら、ふと思い浮かべる。あの大食い野郎も碌でもないと言えば碌でもない。いや、向こうの知り合いの中でまともな知り合いを探した方が苦労するのではなかろうか。魔術界に限っての話だが。

 水明たちがそんな話をする最中、茶店のドアベルが鳴る。

 三人とも釣られて玄関の方を振り向くが、しかし入り口には誰もおらず、気配を辿ってやっとその正体が判明する。



 現れた気配に目を向けたと同時に、椅子が引かれる音。最後の一人であるリリアナが席に着いた。



「戻ったか」


「はい。たったいま。あと、すいめーのくれた、めもちょうはとても便利でした」



 表情には出た感情は薄いが、リリアナは驚き、感心した様子。手分けして情報を探す前、全員に白紙の帳面を配ったが、どうやら役に立ったようだ。



「三人はどうでしたか?」



 リリアナの訊ねに、それぞれが答える。



「俺はあまり有益なものは得られなかった。結局今日もダメダメ」


「私も同じだ」


「話してくれるのですが……ほとんどが信憑性の薄い噂や、突飛な脚色がされた話ばかりです。頼みの綱の救世教会からの情報もあまり芳しくなく、お手上げでしたね」



 一同、色よい返事がない。一方でリリアナの方は成果があったらしく、



「私も多くは聞けませんでしたが、いくつか」


「ほんとか?」


「はい」



 訊き返す水明に、頷くリリアナ。そう不安のない表情で返事を返した彼女は、メモ帳を取り出してまとめた情報を述べていく。



「――やはり勇者ハツミ・クチバの情報は、市井にはあまり出回ってはいないようです。それについてはすいめーたちも感じたことでしょうが……」


「おかしいよなぁ」


「はい。すいめーの言う通り勇者の情報が出回っていないことは不可解です。住民単位で情報を持っていないのは百歩譲ってあるかもしれませんが、教会が勇者についての情報を持っていないのはまずありえないことですから。通常、大抵は勇者に教会の人間が付くか、そうでなければ教会と縁故の深い人間が従い、活動の報告が詳しくなされるため救世教会が勇者の情報を多く持ちます。レイジさんはあの状況ですのでいささか例外的な部分はありましたが、今回の場合はミアーゼン王室がハツミ・クチバの情報を独占しているからだと思われます」


「国がか?」


「おそらくは教会からの口出しをされていない状態で、いち早く手柄を挙げたいのでしょう。ミアーゼンの思惑が透けて見えますね」



 それでいつもは手堅く情報を持ってくるフェルメニアが、ボウズで帰ってきたのか。

 しかし、今日のリリアナはいつになく舌が滑らかだ。いつもはたどたどしく喋るのだが、もしかすれば仕事の報告のときなどは、これが普通なのかもしれない。



「それでハツミ・クチバについてですが、魔法の方は使わない型の人間らしく、すいめーは知っていると思いますがかなりの剣の腕前を持っているそうです。剣技が……確か、くりかにゃだりゃにげん……げんげんげん?」



 自分の言ったことがしっくりこないリリアナは、眉を寄せておかしな顔。「うん? うん?」と首を二度三度ひねっている。



「倶利伽羅陀羅尼幻影剣だな」


「それです。あと、やはりすいめーが話した通り、ハツミ・クチバは記憶喪失なのではないかと思われます」


「そこは裏が取れたのか?」


「一緒に戦った兵士たちが、よく彼女が仲間たちに自分の記憶に関することや、不安を漏らしているのを聞いていたようですので、記憶に関して問題が起こっているのは間違いないでしょう。すいめーの言う通り洗脳という可能性も見ておいたほうがいいかもしれませんが、英傑召喚の加護を持つ勇者に魔術ではなく魔法を使っての洗脳は、技術的に考え難いです」


「そうだろうな。魔法よりも上位の力を与っている勇者が魔法でどうこうされるのは、真っ当に考えれば無理な話か」



 こくんと頷くリリアナに、水明がふとした疑問をぶつける。



「それにしても、兵士たちはよく話してくれたな」


「兵士たちから魔族討伐の武勇伝を聞いたのです。基本話したがりはどこにでもいますし、そういった方は話に熱が入ると他のことまで喋ってくれますから」


「なるほど。おだてて話させたと」


「私のような年頃の者には警戒も薄いですしね」



 と、澄まし顔で言って退けるリリアナ。自分の容姿を利用するあたり、この手のことはもう完全に一流のスパイらしい。普段は人見知りだが、仕事となれば喋り方と同じでそれらしいものできるのだろう。

 さて、得るものは十分だと思い、水明が彼女に礼を言おうとした矢先、



「では、ここからはハツミ・クチバの仲間である各個人についての情報を。まずラムシールの武術師、ガイアス・フォーバーンです。彼についてはもともと名が知れているので、能力についてはあとにします。少し前、ラルシームが魔族の襲撃に遭った際、ミアーゼンの宮殿に駆け込み国王に派兵を直訴。そのとき国王からは色よい返事はもらえなかったのですが、ハツミ・クチバが助力を申し出、それから彼女のよい仲間になっていると聞きます。二人目は自治州の魔法使い、セルフィ・フィッティニー。彼女については謎が多いですが、ハツミ・クチバを召喚するために自治州から呼ばれた魔法使いとのこと。風と氷の魔法が得意で、自治州では「風雪」の二つ名を持っています。そしてこれは私見ですが、得られた情報の断片から考察するに、ハーフエルフなのではないかと思われます。エルフとハーフエルフの見分け方は大佐流になりますが、これについては確定ではないかと」


「…………」



 よくもまあそんな情報がぽろぽろと出てくる。というよりは、この場合調べて来られると言った方が正しいか。なんにせよ、水明もフェルメニアもレフィールも揃いも揃って口を開け放ち、呆気に取られてなにも言葉を挟めなかった。



「――三人目、彼女の最後の仲間になりますがヴァイツァー・ラーヒューゼンです。ミアーゼンの第一王子にして王位継承順は一位。紫雲の二つ名を持つ七剣の一人で、前年の七王剣武の儀においてはティータニア・ルート・アステル殿下と熾烈な戦い繰り広げ、善戦のまま敗北した剣士として有名です。ハツミ・クチバの剣の腕にほれ込んだらしく、従者のように付き従っているそうです」



 リリアナが、初美の仲間の情報まで調べてくれたことに驚く水明。



「……そんなことまで調べてきてくれたのか」


「必要だと思ったので」



 しれっと言って退けるとは、さすが元情報部所属である。今更ながら、彼女が十二優傑に名を連ねていた意味がわかったかもしれない。



 リリアナも相当なものだが、他にも面白い話が飛び出してきていた。



「にしてもさっきの話にも出たが、ティアってすごいんだな」



 七剣の一人。しかも剣の国の王子に勝利しているとはさすがである。あれだけの腕前があるなら、まあそんなこともあるだろうなと思える域になってしまっているわけだが――



「姫殿下は、数年前に起きたシャルドックとアステルの小規模な戦に参加し、朝駆けにてシャルドックの軍を殲滅。そのときの様子から、夜と共に並み居る敵を切り裂いたとして、勇名が轟いているのです」


「なるほど。それで薄明って二つ名が付いてるのか」


「はい」



 フェルメニアは自国の姫の武勇が誇らしいらしく、豊かな胸を張っている。

 そして七王剣武の儀とやらを知っているのか、レフィールが続けて口を開く。



「しかもその大会でティータニア姫はルメイア殿に次いで三位という結果だった。あの歳で三位につけたことで話題にもなったな」


「あと、アルマディヤウス陛下も以前は七剣に名を連ねていたんですよ」


「王様……って、タヌキすぎんだろあのオッサン。そんな強かったのかよ……」



 それはさすがに寝耳に水だった。ティータニアがあれだけ強いのだ。独特の剣技だったとはいえ、アルマディヤウスが強いことは十分考えられるが――しかし、言ってはなんだがアステルは結構没個性的な国かと思っていたが、意外にも剣が強い国だったらしい。



「ちなみに一位は?」


「ええと……その、それが結構な問題でして……」



 何故か言い難そうに言葉尻をすぼませるフェルメニア。一位の剣士に一体どんな問題があるというのか。水明がそれを訊き出す前に、リリアナが遠慮がちに声を掛ける。



「フェルメニア、その、まだ続きがあるのですが……?」


「あ、いいですよ。ですが何の情報ですか?」



 リリアナ。これ以上まだ何か情報を仕入れてあるのか。水明たちが注目すると、彼女は再び口を開く。



「はい。宮殿の警備状況に関してです」


「え゛!?」



 驚愕で変な声を出す水明。一方、レフィールがリリアナの能力の高さに半分呆れたような難しい顔を見せる。



「……り、リリィ、そんな情報も取ってこれたのか?」


「……? これが一番必要で重要だと思いますが?」


「…………そ、そうだな。確かにそうだ」



 確かに、と同意するレフィール。リリアナの指摘はもっとも過ぎて、みなぐうの音も出なかった。

 それも、もともと誰も仕入れられるような情報ではないとたかを括っていたためだが、まさか調べてきてしまうとは。



「やはり昨日すいめーが宮殿に入った件で、城の警備は強化されているようです。朝方は各所に二人増。夜は三人増で、頻繁に交代が行われています。不審者との入れ替わりを防ぐためですね。宮殿周囲の巡回も増えているようで、夜間は実力の高い剣士、魔法使いを多数、巡回兵として配置しているようです。すいめーには取るに足らないことだと思いますが……」


「ま、それに関してはなんとでもなるな」


「はい。そしてハツミ・クチバ本人の警護状況なのですが、あれから常に警護が付けられているようです」



 だろうなと、フェルメニア、レフィールも頷く。あの夜の失敗で予見されていたことだが、やはり――



「少し面倒になったな」


「ですね」



 唸る水明にフェルメニアが同意する。警護が付いているのなら油断はできない。こちらは話をしに行くだけだが、向こうは敵と見做しているため、露見すれば即座に攻撃をしてくる可能性もある。水明もあまり乱暴な手段に訴えたくないだけに、会話の成功難度はかなり上がったと言えるだろう。

 すると、リリアナはこれが重要だとでも言うように、アンバーカラーの左目を細め、



「ただ理由はわかりませんが、以前からハツミ・クチバは夜遅くなったあと一人になることがあるらしいです」


「それ、マジな話か?」


「私が聞いた限りではですので、もしいまもそれが続いていれば、二人だけで接触することも可能なのではないかと」


「そうだな……」



 確かにそれなら、接触から会話に安全に持ち込める。当然彼女から抵抗は受けるかも知れないが、荒事になってしまう可能性は各段に下がるだろう。

 にしても――



「…………」


「……どうしました?」



 じっと視線を向ける水明たちを不思議に思い、その意味を問いかけてくるリリアナ。しかし、訊きたいのはこっちの方である。どうやったらそんな深い情報まで仕入れてこれるのか。



「いやー、さすが本職はちげぇなって」



 水明がそう賛辞を送ると、フェルメニアも同意するように言う。



「今後こういうことはリリィに任せましょうか」


「そうだな。リリアナ、なんか飲むか?」


「はい。久しぶりにいっぱい喋ったので、喉が渇きました……」



 確かに、今日はいつになく話をしてもらった。そして情報集めも行っていたため、かなり疲れただろう。

 水明が店員に蜂蜜水を頼むと、リリアナが控えめな様子で訊ねてくる。



「あの、すいめー、役に立ちましたか?」


「ああ、立ちすぎるくらい立ったよ。ありがとう」


「良かった、です」



 嬉しそうにするリリアナの前に、蜂蜜水が運ばれてくる。

 水明たちはしばらく店内で休憩したあと、会計を済ませて店を出た。

 店外に出ると、空はもう燃えるような茜色に変わっており、西日がきつい橙の輝きを放っていた。

 そして、日が落ちる前には宿舎に戻ろうと、四人で談笑しながら通りを歩いていると、不意に見覚えのある二人を見つけた。



 前方から並んで歩いて来たのは、修道着に身を包んだ桃色の髪を持つネコ科の獣人の女性と、リリアナや小さいときのレフィールほどの背丈で瑠璃色髪、頬から首筋にかけて刺青のような線が入った少女。



「え?」


「あらあら?」



 水明と、獣人の修道女の目が合う。そして同期したのは、思い掛けない偶然に遭遇したときのような声。

 そうその女性たちとは、帝国で出会った救世教会のシスタークラリッサと、ドワーフの女性ジルベルト・グリガだった。

 知った顔を見て、水明が反射的に声を掛ける。



「クラリッサさんじゃないですか」


「まあまあスイメイ様。こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」


「ご無沙汰しています」



 そう言ってクラリッサに軽く会釈をする水明。彼女に対し敬意のある挨拶を終えると、彼は隣を見て、



「ごうほ……じゃなくてジルベルトも一緒なのか」


「なあおいテメェ陰湿幼児性愛者。いま何言いかけたよオラ? しかも呼び捨てにするとはどういった了見だ? あぁん?」



 水明の言い様が気に入らず、メンチを切って食って掛かるジルベルト。そんな彼女を煙たがるように、水明は手をひらひらさせる。


「はいはいうるさいうるさい」


「お前クララとアタイとで対応が全く違うぞ?」


「人のことを散々変態だのなんだのって言うからだよ。で? あんたこんなところで何してんだよ?」


「そんなのお前にゃ関係ないね。そっちこそ何してんだよ?」


「ああ?」


「おお?」



 目を三角にして睨み合う、水明とジルベルト。彼らがいがみ合っているのを余所に、フェルメニアがクラリッサに挨拶をする。



「ご無沙汰していますシスター。先日は助かりました」



 帝国の宵闇亭で仲裁に入ってもらったことへのお礼を告げる彼女に、優美に礼をするクラリッサ。



「いえいえ。銀髪の方も、ご無沙汰しておりますわ」


「フェルメニア・スティングレイと申します。シスタークラリッサ。どうぞお見知りおきを」



 睨み合いを続ける方とは対照的に、こちらは会釈を交わし、平和なやり取りそのものである。

 そんな中ふとどうしたのか、気が付けばジルベルトは目をまんまるにさせていた。その視線は、どうやら水明の後ろに向いているらしく――



「レフィ―……ル?」


「……う、うん。久しぶりだな、ジル」



 ぎこちない笑顔を見せ、ジルベルトに挨拶をするレフィール。そう言えば帝国での一件が終わる少し前から、彼女たちとは会っていなかった。

 クラリッサも気が付いたか、不思議なものでも見たように小首を傾げている。



「あら? あらあらあら?」


「お久しぶりです。シスター」



 レフィールがクラリッサに挨拶をしていると、ジルベルトがいま現在絶賛驚愕の真っただ中と言うように取り乱して叫ぶ。



「お、お前やっぱレフィールなのか!? どういうことだ!? なんでこんなに大きくなってるんだ!?」


「え、ええと、それはな」


「レフィールちゃん。しばらく見ないうちに随分と大きくなりましたね」


「いやシスター、そういうことではなくてですね……」



 とぼけた様子で両手を合わせて成長を喜ぶクラリッサ。彼女の対応に困るレフィールと、すかさず突っ込むジルベルト。



「このボケネコが! 成長したどころの話じゃないだろうが! いくらなんでも大きくなり過ぎだっての! というかレフィール、これは一体……」


「これには事情があって……というかジル、君には何度か話したと思うが?」


「ん? んー…………ああ! そういやぁ確か前に元の姿がどうとか言ってたなぁ。子供の与太だと思って聞き流してたが……」



 レフィールから聞いた話を思い出して、そうあっけらかんと言って退けるジルベルト。聞き流したとは何とも適当なことだが、そんな彼女の悪びれずけろっとしている態度に、やはりレフィールはがっくりと肩を落とす。



「君も大概酷いな……」


「気にすんなって! もとの姿に戻れて良かったじゃないか! ……まあアタイはさー、レフィールが大きくなったこと気にするけど……」



 ジルベルトは朗らかな態度から一転して、あからさまに顕著な落胆を見せる。



「どうしてだ?」


「はぁ……だってアタイの可愛いレフィールがアタイより大きくなったんだぜ? ……あの何とも言えない抱き心地が味わえないとは……」


「アンタ人のこと変態呼ばわりしといてそれかよ……」



 水明が呆れ声で突っ込みを入れる。会うたび会うたび幼児性愛者と難癖を付けられたが、自分の邪な念を棚に上げてのことだったとは。



 するとジルベルトは顔を般若のように変えて、



「うるさいド変態! アタイはいいんだよアタイは。アンタみたいに心が穢れてないからな。っと……それよりもだレフィール! いますぐ前みたいに小さくなれ! そしてアタイに抱きすくめられろ!」


「ジル! 無茶を言わないでくれ!」


「無茶じゃない! いいから早くするんだ!」


「じ、ジルぅ……」



 ちょこちょことまとわりついて騒ぎ立て、無茶難題を突き付けるジルベルトに、レフィールは泣きそうな声を出して弱り切った様子を見せる。お気の毒である。

 一方、水明の後ろに隠れるともなく引っ込んでいたリリアナが、対岸の火事でも見ているような視線を向ける。



「レフィール、大変ですね……」



 すると、彼女の存在にクラリッサが気付いたらしく、首を傾げて覗き込んできた。



「あら? そちらの方は……」


「あ、ええと彼女は……」



 咄嗟に上手いことが言えず、しどろもどろになってしまう水明。彼女も帝国に住んでいるため言い訳に困ったのだが、意外にもクラリッサはリリアナのことを知っていたらしく。



「帝国軍のローグ大佐の娘さんですわね」



 言い当てられたことに、目を丸くするリリアナ。



「私を、知っているのですか」


「いつもお父上さまがお祈りにきていましたので、存じておりますわ」


「大佐が……」



 それについては、リリアナも知らなかったらしい。そう言えば帝国の教会に初めて行った際、レフィールと一緒にローグの姿を見た覚えがあった。それが関係して知っていたのだろうと水明は思うが――

 ジルベルトのほうもリリアナのこと、そして事件のことも知っていたらしく、掛ける言葉に困りつつもリリアナに気遣いの言葉をかける。



「あー、なんだ、事件じゃ災難だったな」


「いえ……」


「アタイも帝国に住んでるからな。もしなにかあったら力になるから、遠慮なく言えよ」


「……ありがとうございます」



 ジルベルトも察してくれているのか、肩を叩いてくる彼女にリリアナは謝意を示して頭を下げる。なんとなく気まずそうなやり取りが終わったあと、ジルベルトは水明を見上げて訊ねた。



「で? お前らどうして連合にいるんだ?」


「観光だよ。帝国の事件も落ち着いたし、気晴らしにみんなで出かけようってことになってね」


「へぇ? お前の提案にしては随分と殊勝じゃないか」


「アンタはいちいちな……」



 口角を吊り上げ、侮った笑みを浮かべるジルベルトに、水明は苛立ちでこめかみをひくつかせる。一言も二言も多いのが勘に障る女だと思っていると、レフィールが、



「シスターやジルたちはどうして連合に?」


「私たちは仕事を兼ねて観光です」


「クララとアタイは昔から仲が良くてな。アタイは武器屋街に知り合いのドワーフがいるから、挨拶回りすることになってて」


「私は連合の救世教会の視察がありましたので、都合を合わせてミアーゼンに一緒に訪れたのです」


「そうだったのですか……」



 二人の説明に、訊ねたレフィールはほう、と感心の息を吐いた。

 そしてしばし道端で世間話をしたあと、二人は水明たちが来た方向へと歩いていく。

 夕暮れの向こうに去っていく彼女たちを見送ってから、水明は驚いたような表情を見せた。



「いや……変わった偶然もあったモンだな」


「そうですね。まさかミアーゼンでシスターたちとお会いするとは縁があります」



 水明の呟きに、フェルメニアが頷く。

 するとレフィールが暗くなり始めた東の空を見上げた。



「私たちもそろそろ戻ろう。もう暮れ時だ」


「はい」



 リリアナの返事に合わせ、日が暮れる前にと水明たちは宵闇亭の宿舎へ急いだのであった。





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