通りでの激突
通りで衝突したフェルメニアたちと、グラツィエラたちは、現在は帝都北門近くの広場まで戦場を移し、膠着状態へと陥っていた。
戦場は現在、北側と南側で線引きがなされ、魔法の撃ち合いになっている。戦端を切ったフェルメニアが、まず初めに魔法を放ち、それに次いで瑞樹やティータニアが魔法を開いたということも要因に上がるだろう。広場を中心点にして見えない線を境に、黎二とエリオットの二人以外は突出を避けて戦っていた。
広場に響く詠唱、そして破壊音と爆裂音。レンガ敷きが砕けて舞い飛び、炎の魔法の残り火が、そこかしこで夜を照らす。
ティータニアが兵士や魔法使いに魔法を撃ちこみながら、騎士たちに指揮を飛ばす。
「みな間を置かず魔法を撃つのです! ルカは防御の魔法を! ロフリーは魔法を放ちつつ前線を圧迫しなさい!」
飛んでくる魔法を回避、及び防御を繰り返し、じりじりと前に出つつ、魔法を使って兵士たちの前線を圧すティータニア。そんな彼女に、炎の魔法を撃ち終えた瑞樹が近づく。
「ティア! 私も防御に回らなくても平気⁉」
「こちらは任せて下さい! ミズキはいままで通り火属性の魔法を撃ち込んでかく乱を!」
「うん!」
ティータニアの指揮に、瑞樹は返事をして、また炎の魔法を兵士たちの周りに撃ち込む。さすがに直接は当てられないため、牽制するほかないのだ。
一方、相対する兵士や魔法使いたちだが、やはりティータニアがいるとやりにくいらしく、大きな魔法は撃てず、かといって彼らも七剣の一人であるティータニアの実力は知っているため、接近戦にも出られない。彼女の周囲はお付きの騎士が固め、防御も堅固である。
炎の魔法を撃ち込む瑞樹に、水の魔法が放たれる。
「わっと!?」
水弾をかわした瑞樹は、すぐに飛んできた方向を向く。エリオットのお付きであるクリスタが、彼の方から離れ、瑞樹を射線に入れていた。
そして、間髪容れず、クリスタが呪文を唱える。
「――水よ! 汝、荒ぶる水塊となりて、集い、弾けよ! 撃て、アクアヴュレット!」
「――風よ! 汝は我を守る堅固なる盾なり! その苛烈なる渦の前に全てを弾け! ボルテックスオブスタクル!」
飛来する複数の水弾から身を守るべく、瑞樹は防御の呪文を唱える。多方向からの正面に激しい気流が流れ込み、渦を成す。その渦に飛来した水弾は散らされ、弾かれた。
だがそれに構わず、クリスタは再度詠唱し、
「ちょ、ちょっと、よくそんな数撃ち込めるね⁉」
「当然です! 私はエル・メイデの特級魔法神官――な?」
周囲を飛ぶ水弾に泣き言を言った瑞樹に、クリスタが返す途中だった。瑞樹は無詠唱で炎の魔法を放ち、水弾を全て蒸発させた。レンガ敷きに着弾した炎が、豪快に爆裂する。
「ごめんね! 強い人だとあんまり手加減とかできないから!」
「さすがは救世の勇者と共に召喚されたお方、やりますね」
「うん。褒めてくれてありがとう」
戦場で友誼をかわす敵同士のように、称賛とお礼を交わす二人。そんな彼女たちを見て、ティータニアは魔法を撃つ合間に呆れたような声を出す。
「何故和やかになっているのですか……」
和やかにしているのは、どちらかといえば瑞樹の方だが。
そしてもう一方、フェルメニアとグラツィエラの戦いも、すぐに決着とは行かず、一進一退の攻防が続いていた。
広場南側から、グラツィエラの土魔法が放たれる。だが、フェルメニアはそれを防御の魔法で迎え撃った。フェルメニアが呪文を唱えると、彼女の足元に魔法陣が浮かび上がり、周囲に魔力光の壁が構築された。刹那、土砂の津波がフェルメニアを襲い、やがて収まると、やはりそこには無傷のフェルメニアがいた。
「――さすがは白炎のフェルメニア殿。この程度の魔法などものともせんか」
「当然です。これでも王国を代表する魔法使いですので」
そう、不敵に
いまのところ、彼女とグラツィエラの戦闘は、グラツィエラから放たれる魔法をフェルメニアが防御し、前に出られないように牽制するに終始している。
格闘術を使うグラツィエラも、無理に接近してこない。フェルメニアが牽制と防御に力を割いており、しかも彼女がいる位置は、ティータニアが一瞬で飛び込める間合いにある。不用意に接近戦に持ち込めば、七剣の一人に背後を見せることになるのだ。
ティータニアに剣を使う意思はないとはいえ、彼女たちにそれを知る術はない。
しかも、周りでは黎二とエリオットが飛び交う魔法を顧みず、付近一帯を縦横無尽に動き回って戦っている。彼らの戦いに下手に巻き込まれれば、隙を大きく作りかねないため、そう言った理由もあり、接近戦は憚られているのだろう。
フェルメニアが短い詠唱と共に魔法を放つ。
「――炎よ! 飛べ」
「先ほどから気の抜けた魔法ばかり――」
フェルメニアの放つ牽制の魔法を見て、グラツィエラは拍子抜けしたような声を放つ。先ほどからフェルメニアが攻撃に消極的なため、戦いをしているという気がしないのだろう。
グラツィエラは身体に魔力を漲らせた状態で、炎を受ける。炎はまともに当たったが、しかし防御の魔法を使ったわけでもないにもかかかわらず、彼女の服には毛筋ほどの焼けあともついてはいなかった。
(やはりこの程度の魔法では、グラツィエラ殿下に効果は望めないか……)
フェルメニアは状況を計っていた。どの程度力を出せば、グラツィエラが本気になるかを。そしてやはり、簡単な牽制程度では、グラツィエラを本気にさせることはできない。
(なら、そろそろ)
秘めた算段を解放するため、フェルメニアは黎二たちの方に目を向ける。彼女が意識を傾けるのは、戦いの状況ではなくエリオットの魔法――
★
鳴り渡るのは、鋼と鋼がぶつかり合う荒々しい音ではなく、まるで鉄琴を打ち鳴らしたような澄んだ響き。剣と剣が打ち合っているはずなのに、聞こえるのは高い耳鳴りにも似た音であり、破壊音が響く広場の中ではそれが最も長く残る音であった。
無論この戦場で剣を使って踊っているのは、黎二とエリオットの二人のみ。
この二人だけは、広場南と北の境界にとらわれず魔法の飛び交う中で戦っている。黎二は、制服の袖をまくり上げ、エリオットはすで鎧を身にまとって完全な戦闘態勢に入っている。
不意にエリオットは持っていた盾を捨てて、剣を両手持ちに扱うと、黎二の剣を止める。そして何を思ったのか、鍔ぜり合いの最中、バレルヘルムの奥からくぐもった声が響かせた。
「まさか同じ勇者に選ばれた人間と戦うことになるとはね」
「僕も予想なんてしてなかったよ」
剣に力を込めながらであるため、返した声は多少ぎこちない。するとどうして剣に込められた力が、緩められた。そしてエリオットは鎧の中で微笑んでいるかのように。
「剣術は素人に毛が生えた程度みたいだけど、やっぱり強いね君は。センスがあるよ」
穏やかな声で話しかけてくるエリオットに、黎二は怪訝そうに訊ねる。
「なんのつもりだい?」
「なに、君とはあまり話ができなかったからね。少し話をしたいと思っただけだよ」
「こんな状況で話なんてするようなものじゃないと思うけどね」
「そうかな? 話はできるうちにしておかないと、悔いが残ったりもする。話ができそうな相手とは、ちゃんと会話しておくのがぼくの信条なんだ」
そう言って彼は、「男と話すのは我慢が必要だけどね」と本当か嘘かわからないような言葉を付け足した。
「エリオット。君は聖庁で呼ばれた勇者だって聞いたけど、何故グラツィエラ殿下の言うことを聞くんだ? 勇者なら、聞き続ける必要なんてない」
「これは今回限りのことさ。勝負に乗って、負けてしまったからね。約束は守らないと」
「――にしてはあまりやる気がない様に思えるけど」
黎二がそう指摘すると、エリオットはとぼけたように、そして少し楽しそうに言う。
「さあ? ぼくはそんなつもりはないけど?」
「嘘だね」
黎二が断じると、彼は笑って、とぼけにかかる。
「君がそう思うのなら、そうかもしれないね。僕だって本当は女の子をいじめるのって、好きじゃないから。無意識に手を抜いてるのかも知れないなぁ」
女の子とは、リリアナのことを言っているのか。口笛でも吹いていそうな物言い。ふと、エリオットが手を抜いている間に、横を見る。彼の従者である魔法使いの少女クリスタも、どこか瑞樹に合わせて戦っているような節があった。ということは、
「君もしかして、今回のこと、わかって」
「――いや、真相はわからないよ。だけど、あんな熱い怒りを持っている男が、理由もなく悪に与するわけがない。女の子のためにボロボロになる男ってのは、そう悪い奴じゃないからね」
エリオットは「別にあの男を評価してるわけじゃないけど」と、付け足す。
「でも、だからといって君に負けてあげるつもりはないよ?」
「当然。そこまで手を抜かれるのは逆に腹が立つ」
黎二とエリオットは話を終え、鍔ぜり合いを止めて離れる。エリオットの動きが少し鈍り、剣が帯びた雷が弱まり始める。身体強化と付与魔法の効果時間が切れそうなのだろう。
それを見て取った黎二が、
「先生!」
「援護を期待しているのかい? でも、彼女の相手はあのグラツィエラ殿下だよ?」
フェルメニアに叫んで合図をする黎二に、エリオットが暗に不可能だと告げる。
一方、黎二が呼び掛けたフェルメニアは、彼の声をしっかりと聞いていた。そしてその上で頃合いだと言うように、まだ距離を取っているグラツィエラに対し攻性魔術を構築する。
魔法陣を足元に現界させ、刀印を作って
「――我が欲するものは、猛威の嵐の前にあり。風よ吹きすさべ。絶望の叫びを上げよ。全ては我が眼前にのさばるあまねく何もかもを絶やさんとせんがために……」
陶酔の余韻を残す詠唱後、魔法陣が一層の輝きを見せ、描いた六芒星を中心に周囲へ突風がまき散らされる。静けさに身を置いた場面から一転、その強すぎる風圧の中で吹き飛ばされそうになるのを堪えるようにしながら、フェルメニアは鍵言を解き放つ。
「――魔の風よ!」
圧縮された空気が解き放たれ、強烈な衝撃波が辺りを襲った。樹木は圧力に仰け反り、炎の魔法も、水の魔法も、兵士たちの魔法も全部レンガ敷きごと吹き飛んでいく。
グラウネックエアの衝撃を一身に受けたグラツィエラは、しかしそれを凌ぎ切った。
ダメージは受けた様子だが、まだまだ余裕はあると言うように振る舞うグラツィエラ。
「――いやいや、侮っていたようだ。白炎殿。このような隠し玉を持っているとはな」
「やはり、受け切りますか……」
呻くフェルメニアに、グラツィエラは「無論」と言い放って、侮りの視線を呉れる。
「白炎殿。そろそろ貴公も息切れをする頃合いではないか?」
「言ってくれますね。ですが、殿下も私を捉えきれないご様子。そんなちまちまとした魔法の使い方では、一生掛かっても私を倒すことはできませんよ?」
その挑発的な物言いに、グラツィエラは喜悦を浮かべるが、まるで面白くもなさそう。
「――言うではないか。
「それくらいやっていただかねば、私は倒せないということですよ」
「いいだろう。そこまで言うなら我が魔法、とくと味わえ」
フェルメニアの挑発に堪え切れなくなったグラツィエラは、いままで出し惜しみをしていた転移の魔法に訴える。
「――我求む。彼方より飛来し、此方に相見えんものを。我が呼び声は世に
鍵言と共に、夜空の境界がぐにゃりと捻じれたように歪んで、曖昧になる。大質量の転移を察知したフェルメニアが、まず叫んだ。
「来ます! 方々、安全圏まで回避行動を! 回避後は全力で魔法を行使して下さい!」
その声に合わせ、ティータニアやその周りにいたお付きの騎士たち、クリスタと魔法を撃ち合っていた瑞樹、そして黎二もエリオットから距離を取った。
直後、空から現れる岩塊。南広場のときよりも大きさは控えめだが、十分な脅威。それにフェルメニアは全力の魔力行使を敢行する。
「あまねく風をその伝えとし! 揺らぎに映えるその炎を御もとへと! 我が声よ届け! 汝、白く染まりしアイシム! 我が声よ届け! 汝あらゆる厄災を振り払えしアイシム! 白薙炎!」
フェルメニアの白薙炎が岩塊に向かって飛んでいく。水明に作り変えてもらった対象を燃やすための魔術を受け、その温度の如何にかかわらず岩塊が燃え尽きた。
「先日の魔法か! だが一発凌いだ程度では防ぎ切ったことにはならんぞ!」
その荒々しい言葉と共に、再び転移魔法の詠唱をしたグラツィエラは、また岩塊を空に呼び出す。そして連続行使をするのか、言葉を紡ぐのを止めない。
そして、一方の黎二たちは――
「レイジ。どうやら帝国のお姫様は決めにかかるようだね。向こうも決まりそうだ」
「それはまだわからないよ」
「ふん――? その言葉の根拠はよくはわからないけど、策でもあるのかな? まあ、いい。あるならあるでぼくには関係ないことだ。こっちはこっちで決めてしまえばいいだけのこと」
そう言って、エリオットは女神の加護を受けた身体にさらに強化を施し、呪文を詠唱する。
「いくよレイジ。
鍵言の響きが消えた直後、エリオットのオリハルコンの刀身が雷を帯び、突き出された切っ先から電撃が放たれる。
「なに――?」
「なんだと!?」
その戸惑いの驚きが発せられたのは奇しくも同じ陣営からだった。
その声を発したのは、エリオットとグラツィエラ。
エリオットはたったいま雷の呪文を詠唱し、しかし魔法が発動しなかった。
一方で、フェルメニアに魔法を放ったはずのグラツィエラも、何故か自分の魔法が発動しなかったことに目を白黒させている。
魔法行使の失敗がタイミング良くグラツィエラ側に起こった。
そしてその不発の影響を真っ先に受けたのが、エリオットだった。黎二と切り結ぶ最中での魔法行使だったゆえ、すぐに黎二が距離を詰める。だが、
「――ッツ。甘いよ!」
叫ぶエリオット。そう、距離はまだ彼に分があった。魔法が使えない状況から、即座に切り替えて、黎二に向かって突きを放つ。
だがそこで黎二は、エリオットに向かって走る足でレンガ敷きを蹴りつける。飛来したレンガ敷きを剣に当てられたエリオットは、突きの軌道を逸らされ、そして走り込んできた黎二が、打ちかかる。
「せいっ!」
「が――ッ!?」
黎二の持ったオリハルコンの剣の柄が、エリオットの側頭部をしたたかに打った。衝撃でエリオットの身体が二回、三回と地面を転がる。
「エリオット様!」
黎二の耳にクリスタの悲鳴が届く。しかしそれに気を取られることなく、彼はグラツィエラへと一直線に向かう。彼女はフェルメニアの策が功を奏し、まだ魔法は使えない。慌てて拳を構えるが、振りかぶられた剣に対してでは、遅すぎた。
「非礼すること、先にお詫びしておきます――」
先んじて謝罪をしてのち、間に合わせの拳を剣の腹で思い切り弾き飛ばし、そのまま足払いを掛けてグラツィエラを倒す。尻もちをついた彼女の喉元に、黎二は剣を突き付けた。
「僕たちの勝ちですね」
「馬鹿な……こんなことが……」
グラツィエラの驚きは、黎二の勝利宣言よりも、魔法が使えなくなったことに対してか。未だ彼女は困惑を浮かべている。
そして、その答えを求めるように、フェルメニアの方へ首を回した。
「なんだ……何故魔法が使えなくなった!? 貴様ら一体どんな魔法を使った!?」
それに、フェルメニアは、
「別に魔法が使えなくなるような魔法は使ってはいません。魔法を使えなくなったのは、単にグラツィエラ殿下が魔法を使い過ぎただけです」
「使い過ぎた、だと……馬鹿な、私は魔力切れなど起こしてはいないぞ!」
「でしょう。ですが、グラツィエラ殿下のお使いになる魔法は、英傑召喚の術を元にして作った魔法ゆえ、エレメントを用いた魔法ではありません。そのため、殿下の魔法はエレメントの肩代わりがなく、場の隠秘学的エントロピーを大幅に増大させ、マジック・メルト現象が起こってしまったのです」
「い、いんぴがくてき……まじっくめる……なんだそれは?」
「隠秘学的エントロピーとは、一定の場の『神秘的な法則を確立させようとする要素』と『科学的な法則を確立させようとする要素』が乱雑になった状態の尺度のことです。これが増えすぎると、術式の処理能力が間に合わず、マジック・メルト現象が起こり、魔法が発動しなくなってしまうのです」
「だが――」
「だが『いままでそんなことは起こらなかった』でしょう? 先ほどの巨石を転移させる魔法を使った上で、エントロピーを増大させる魔法を使われたことがなかったから――」
フェルメニアはグラツィエラに語りながら、水明にこの現象を教示されたときのことを思い出す。