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夜更け、まず最初の遭遇



 夜更けの帝都。その通りの一つを、水明、フェルメニア、リリアナの三人が歩いていた。

 水明に寄り添うフェルメニアが、ふと周囲を見回し、場の不自然さに警戒の声を漏らす。



「静か、ですね」


「戦闘が起こるのを見越して、あらかじめ退去でもさせておいたんだろうな」



 いまの街の様子を見て、水明は憶測を告げる。フェルメニアの言った通り、街はいま静寂の内に沈んでいた。通りに人っ子一人いないのは、夜間の無用な出歩きを禁じているという性質上、当たり前だが、いまの通りには、そこを囲む家々からも人の気配が感じられない。冴えた夜気が吹く音と、自分たちの声音や足音だけがやたらと大きく感じられた。


 不意に、リリアナが手を引っ張ってくる。



「すいめー。あれを」


「早いな。もうおでましか……」



 リリアナの指し示した方向を向くと、多くの影。南広場まで真っ直ぐ伸びる通りから、強歩の足音と共に、兵士たちの姿が現れる。



「……スイメイ殿。本当にリリアナと二人だけで大丈夫なのですか?」


「問題なし。お陰様で損耗したアストラル・ボディも十分なくらいに回復したからな。あとは標的を捕まえてくるだけだ」



 二人がそんな話をしていると、兵士たちは距離を置いて立ち止まる。見た通り、兵士は相当な数であり、武装に至って物々しい。その後ろには魔法使いの部隊も控えている。やがて、兵士たちの垣根が割れ、そこからグラツィエラとエリオット、クリスタが現れた。



「こいつはおそろいで」



 水明が軽口で出迎えると、それにグラツィエラが応える。



「久しいな。スイメイ・ヤカギ。その後、具合はどうだ?」


「お陰様で治りが遅れて大変だったよ。つーか、今日はまた随分な数連れてきたな」


「相手が相手だからな。相応の準備をしてきたまでだ」


「そいつはまた大きく評価してくれたモンで」


「ぬかせ」



 水明の謙虚が空々しいと、グラツィエラは鼻白んだように吐き捨てる。すると今度はエリオットが口を開く。



「……まさか、君が彼女を匿っていたとはね」


「意外だったか?」


「当たり前だ。いくらなんでも被疑者を匿うなんて思うはずもないだろう?」


「ま、確かにそうだな」



 これ見よがしに大きく肩を竦める水明に、エリオットは差し向ける青の瞳を鋭くさせる。



「何故、犯人を匿っているんだ?」


「話せば長いな。だが、そう悠長に説明してやれる暇もなくてな」


「どういうことだ?」


「これから、この昏睡事件の黒幕を捕まえに行くのさ」



 隠し立てもせずあっさり目的を告げると、鼻を鳴らす音が聞こえる。グラツィエラの不満の表れか。すぐに彼女は糾弾するような声音を放つ。



「白々しい。貴様も共犯ではないのか?」


「じゃねぇって言っても、聞きゃあしねぇんだろあんたはよ?」


「こんなことをしていれば、当然だろう」



 そう断じたグラツィエラは、黒鋼木(ブラックウッド)のガントレットを打ち鳴らして、身構える。早速、始めようと言うのか。身体に闘気が漲った。



「今宵は貴様の力、とくと見せてもらうことにしよう。前回は、不完全燃焼だったからな」


「残念だが、そういうわけにもいかなくてな」


「何?」



 応じない水明に、グラツィエラが怪訝な表情を向けたとき、見計らったように横合いの路地から人影が現れる。しかして、その人物とは――



「――ああ。これはこれはお久しぶりです。グラツィエラ皇女殿下」



 建物の角から出てきた人影、それはアステルの勇者、遮那黎二だった。

 意外な人物の登場に、エリオットが、驚きの表情を見せる。



「君は……」


「……ふん、勇者レイジか。帝都に来ているとは聞いていたが、何故こんな夜更けに街を出歩いている?」


「最近昼間はどこも人が沢山いて窮屈だったので、夜の静かな街で涼みたくなりましてね。それに、いるのは僕だけではありませんよ?」



 黎二がそう言うと、彼の後ろから瑞樹やティータニア、武装したお付きの騎士たちが出てくる。



「――っ、ティータニア殿下、これはどういうことだ?」


「どういうことだとお訊ねになられましても、私はレイジ様が涼みに行きたいとおっしゃったので、着いて来ただけですが」



 とぼけに合わせるティータニアに対し、向けられたグラツィエラの切れ長の目が刃を宿す。あまりに都合の良い展開に、さすがに作為を感じたか高圧的に問い質すグラツィエラ。



「なんのつもりだ?」


「なんのつもりも何も、僕たちはただの通りすがりですよ。それよりもあなた方こそ、こんな夜更けにどうしたんですか?」


「そこにいる男と白炎殿、そしてその娘を捕まえるのだ」


「捕まえるとは物騒ですね。彼らが何かしたのですか?」


「貴様も帝都で起こった事件のことは耳にしてよう。その娘には事件の犯人である疑いがあり、そこの男はその娘を匿っていた」



 すると黎二は、聞こえよがしな大声を放つ。



「そうなんですか? 僕はそんな話聞いてないなぁ。どうなの、水明?」


「さあなぁ? それについては俺もよくわからないんだよ。俺たちが事件の犯人だっていう心当たりなんてこれっぽっちもないしな。――あぁ! もしかしてアレか? あんたら大して結果が出せねぇから、それを誤魔化すために、俺たちを犯人に仕立て上げようとしてるんじゃねぇのか?」


「あーそれは良くないね。ああ、実に良くないことだと思いますよ」


「ダメだよなぁ」


「うんうん。本当にダメだ」


「…………」



 とぼけ通そうとする水明の調子に合わせ、同調する黎二。そんな息の合った二人の掛け合いを見て、グラツィエラは彼らが友人同士であることも、口裏を合わせていることも悟ったか。忌々しげに視線を向ける。



「貴様ら……」



 一方エリオットは何が面白かったのか、笑いを堪えている様子だった。おちょくられるグラツィエラを見て、楽しくなったのだろうか。

 ふとその後ろで、いまのやり取りを見ていた瑞樹とティータニアが呆れの半眼を水明たちに向ける。



「……なんていうか、ね。これはさすが親友同士の息の合いようって思うけど」


「ええ、二人ともすごく白々しいですね……」



 呆れ返っているのは、彼女たちだけではない。フェルメニアもお付きの騎士たちも、咄嗟に出た胡散顔を変えずにいる。

 ひとしきり三文芝居を演じ終えると、黎二がその端正な顔を凛々しく変えて言い放つ。



「きっぱりと言わせていただきます。グラツィエラ皇女殿下。そういう横暴なのは、勇者として見過ごせません」


「なんだ見過ごせんとは。まさか我らと戦うというのか?」


「もちろん。そういうことです」



 黎二の断言を聞いて、これはどういうことかとグラツィエラはティータニアの方を見る。しかし彼女は、つーんとお澄まし顔。取り合う気はないと言った風に視線さえ合わそうとはしない。



 黎二がオリハルコンの剣を水平に引き抜く。切っ先を伝った光沢が燃えるような残光を閃かせて、まるで耳鳴りにも似た澄んだ鉄琴の音を響かせた。



「――悪いですが彼らが黒幕を捕まえるまで、ここを通すわけにはいきません。どうしても通りたいとおっしゃるならば」


「ふん、押し通れということか。では、貴様が私の相手をしてくれるのか?」


「いいえ、グラツィエラ殿下の相手は、私がいたします」



 黎二にかけたその問いには、フェルメニアが前に出て答えた。



「白炎殿が? ふん、それはそれで面白そうだ。先日は貴公に一杯喰わされたからな」



 挑むような不敵な笑みが、フェルメニアに向けられる。

 一方、フェルメニアも、琥珀色の瞳に炎を灯し、胸を張った。

 やがて、ティータニアや瑞樹、騎士たちが散開する。その後ろを通って、水明とリリアナは目的地に抜ける路地裏へと入って行った。




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