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迫る嵐、その前触れ

今回は短いです。

今回更新で改めてご報告すると書きましたが、少々ありまして勝手ながらご報告は次回更新時とさせていただきます。



 水明たちの帝国での拠点、その一室。そこに設置された神秘的な光を放つ魔法陣(サークル)の上で、レフィールは片膝を突き、一人祈りを捧げていた。



 跪いたまま一切不動であるその姿はまるで、神に祈りを捧げる敬虔な信徒のようであり、その神からの恩恵を待っているようにも見える。いや、彼女は女神アルシュナの教えとその存在を信じているため、ような(・・・)は適切ではないだろう。清浄な蒼の光芒が薄暗い部屋の中の調度品を茫漠と照らし出すそのさまは幻想的で、何人たりとも侵してはならないと思わせるほど、美しくあった。


 ノックの音が部屋に響く。レフィールが薄目を開けそちらを向くと、扉の向こうから水明の声が通ってきた。



「レフィール。どうだ?」


「ああ。だいぶいいよ。君の作ってくれた陣のおかげで、かなり調子が戻ってきた」



 その明るい声に、水明は「それは良かった」と軽い安堵のような息を吐く。



「どうかしたのか?」


「ああ、どうやらなんかあったらしくてな。みんなで話すから、呼びに来たんだ」


「……なんだろう、良い予感はしないな」


「俺もだ」



 響いてきた同意から、ドア越しに肩を竦める水明の姿がレフィールの目に浮かぶ。

 膝立ちの状態から立ち上がった彼女は水明と連れだってリビングに向かう。するとそこにはもうフェルメニアや黎二たち、お付きの騎士たちも集まっていた。

 皆でリビングのテーブルを囲むように席を取ると、フェルメニアが切り出す。



「先ほど町で情報を集めてきたのですが、気になることを耳にしました」



 鬼気迫ると言わんばかりに険しい表情のフェルメニアに、合いの手の訊ねを入れる水明。



「どうした?」


「広場近くにいた軍人の話を盗み聞きしたのですが。リリアナの居場所が判明したということを話していまして」


「先生、それじゃあ」


「ここが割れたかってことか……」



 来るべきときが遂に来たかと、水明は息を吐く。時間の問題とはわかっていたが、こうも早いとは。



「白炎殿。それは確かなのですか?」


「はい、姫殿下。まじゅ……オホン! 魔法を駆使し、南広場に置かれた本営の奥から得た情報なので、まず間違いはないかと」



 フェルメニアはティータニアの訊ねに答えると、再び続きを語り出す。



「そして、話はそれだけではありません。なんでも、リリアナに関わった人間を一毛打尽にするため、今日の夜にでも仕掛けるのだとか」


「ということは、帝国――グラツィエラ皇女は私たちのことも捕えるつもりなのだな」



 どこか不機嫌そうに、レフィールが唸る。確かに居場所が割れたというのなら、リリアナを匿っている人間も捕まえようというのは自然な流れだろう。


 しかし――



「あの勇者が家の周りをうろついてたのは、このためかね……」


「エリオットが?」


「たぶんそうだろ」



 水明は、黎二の訊ねに同意する。あのタイミングでのエリオットの到来はいささか不自然だった。彼にとって水明がどこに住んでいるのかなど、至極どうでもいいことなはずなのに、気になって見に来たなどとはあり得ない。だが、それが今日の夜の作戦が決まってその下見にきていたというのなら、得心がいく。どこからリリアナの居場所の話が出てきたのかは――まあ、予想はつくが。


 すると、レフィールがフェルメニアに訊ねる。



「フェルメニア殿、グラツィエラ皇女は出て来るのか?」


「え? ええ、おそらく、出てくるではないかと」


「ほほう……。そうか、なるほどな……」



 まあ、妥当といったところだろう。あんな気性の持ち主が、出てこないはずがない。だが、レフィールは先ほどからやたらとこの件に食いついてきている様子。小さくなって愛らしくなっているはずの彼女の表情が、いま一瞬やたらと剣呑なものになったようにも水明には見えた。



「水明くん、どうするの?」



 瑞樹が訊ねると、水明が答えを返す前に、リリアナの震え声が通る。



「やはり、私が出頭すれば……」


「んなことはさせんよ。それに、いまリリアナが出て行ったところでもう遅い」


「ですが! ……それでは、皆さんに迷惑が、かかります」


「気にするな。いちいち迷惑とか考えてたらな、この世界生きてなんかられねえぞ?」



 そう言って水明はリリアナに不敵な笑顔を見せると、彼女は恐縮そうに俯いた。一方でレフィールが、水明の方を向く。



「リリアナのことは全面的に同意するが、スイメイくん。これからどうするんだ?」


「犯人を捕まえに行く」



 水明がレフィールに用意していた方策を答えると、一瞬室内にざわめきが走った。



「ホントはもっと情報を集めてから接触したかったんだがな。そうも言っていられない」


「水明、黒幕には当たりを付けてるってさっきも言ってたね。その相手が本当に犯人だっていう確証はあるの?」


「十中八九な。どうも俺にはそいつしか考えられん」



 黎二の確認に、水明が自信を持って答えると、今度はティータニアが問いかけてくる。



「捕まえに行くのはいいですが。それで、全てが片付くのですか?」


「全てっていうのは難しいかもしれん。まあ、早めに夜逃げしとく準備はしておこうぜ?」



 考えなしがするような笑いを見せる水明に、レフィールとフェルメニアはやれやれと言ったため息を吐く。すると再び、ティータニアが、



「それでスイメイ、犯人のところには全員で行くのですか?」



 ティータニアの不思議な言い様に、水明は一瞬呆気に取られる。



「は?」


「なにを間の抜けた顔をしているのです? 策はあるのかと訊ねているのですよ?」


「……もしかして、協力してくれるのか?」



 水明が目を白黒させていると、ティータニアは何を言っているんだという顔になる。

 そして、黎二も呆れたような声を出して、



「それすっごく今更だよ水明。そんなの当たり前じゃないか」


「そうそう、困ったときはお互い様でしょ? 宿に困った私たちに部屋を貸してくれたじゃない」


「だけどそれじゃあお前らがこれからやりにくくなるだろ……」


「いいよ。それに、いつも迷惑かけてるのって僕の方じゃないか。僕が我がまま言って、水明がそれに付き合うのがいつもの流れだろ? だから、お返しみたいなものと思ってくれればいいよ」



 黎二は朗らかにそう言うと、一転、決意に満ちた顔になり、



「それに、見て見ぬ振りはできないから」



 黎二の声が、部屋の中に響く。満を持して放たれた言葉は、とても頼もしくあった。


 それに、水明は観念した様子で頭を掻く。



「……ぁー、黎二の名言が出ちまったな」


「これじゃあ、テコでも動かないよね~。水明くん?」


「だな。……そうか」



 微笑み掛けてくる瑞樹につられて、水明の顔に笑みがこぼれる。そして、



「……じゃあ、そうだな。黎二たちが協力してくれるんなら、お言葉に甘えようかね」



 場にいる全員が快い頷きを見せると、椅子に座っていたリリアナが慌てて立ち上がる。



「すいめー、あの人を捕まえに行くなら、私も連れて行って下さい」


「……俺はリリアナを戦わせたくはないんだが」


「ですが……」



 食い下がるリリアナに、水明はしばし沈黙する。相手はこの件の黒幕であり、曲がりなりにもリリアナを操った者。あまり接触はさせたくない。

 だが、目の前にる少女の瞳には、懸命な光が宿っていた。決着を自分でつけることは出来なくても、見届けることだけはしたいという強い意志。

 その決意の表れには、さすがの水明も折れるよりほかなかった。



「魔法は使わせないぞ?」


「わかっています」


「大変な目に遭うかもしれないぞ?」


「覚悟の上です。私は、逃げたくはあません」


「本当にいいんだな?」


「はい」


「……わかった。よろしくたのむ」



 そう言って、水明は夜の戦いに向けての作戦を語り始めた。




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