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予期せぬ再会



 変態との遭遇における危機を、黎二に救ってもらったレフィールは、彼らを引き連れ拠点の近くまで来ていた。黎二たちが水明の知り合いと分かったため、いまは彼らを引き合わせるために拠点へ案内している。



「――じゃあレフィールちゃんは、水明と一緒に帝国に来たんだ」


「むう……ちゃん付けはあまり嬉しくないんだが……まあいい。そういうことなんだ」


「あれ? でもレフィールちゃん。その頃ってまだあの辺りには魔族がいたはずだよ?」



 瑞樹の呈した疑問に、レフィールは相応の誤魔化しを余儀なくされる。



「う、うんまあ、ちょうど上手く魔族から逃れることに成功してな。クラント市まで避難して、ネルフェリアに到着したんだ」


「そうなんだー。もしかしたらどこかでニアミスしてたのかもしれないね」


「クラント市の入市名簿の確認まではしていませんでしたからね。スイメイはまだクラント市に到着していないとばかり思っていましたから、盲点でした」



 ティータニアが失策の頭を抱えている横で、瑞樹は長いこと抱えていた憂慮がなくなったと言うように、晴れやかな顔で安堵の息を吐く。



「でも良かったぁ。水明くんが無事で」


「ああ、本当に。相変わらず悪運が強いというか、何というか……」


「まったく、『俺は危険なことはごめんだ!』とか言ったクセに何してるんだかもうっ」


「でも、それもいつものことじゃないか。最初は文句言うけど、何だかんだ言っていつも最後は首突っ込んでるし」


「そうだよねー」



 黎二と瑞樹は心の底から嬉しそうに水明の無事を喜び、彼の人となりの話をしている。すると、レフィールもその話には通じるものがあると言うように微笑んだ。



「話を聞く限り、気の置けない友人たちだとは感じていたが、思った通りだったようだ」


「私は水明くんとの付き合いは四年くらいだけど、黎二くんは五年とか六年だよね」



 といっても一年、二年の違い。いずれにせよ、二人ともいわゆる幼馴染みというものだ。やれ水明はツンデレだとか、お人よしだとか、クールになり切れないだとか、結局は三枚目になるのだと、そんな風に彼についてあれやこれやと話をしていると、目的の場所に着いた。



「――着いたぞ。ここだ」



 角を曲がると、レフィールにはもう見慣れた路地裏と袋小路が出現する。以前は汚濁に塗れ、常にすえた臭いが漂ってきていたその場所も、水明がよくわからない掃除をしていまはすっきり。来た当初の汚れや淀みが影も形もなくなり綺麗な路地裏となったばかりか、椅子やテーブルが設けられ、一種憩いの場のようになっている。



「このようなところに住んでいるのですね。路地を回ってきたのでもっとかび臭い場所を予想していたのですが、意外です」


「綺麗なんだね。こういうところってもっとじめじめっとしてるイメージがあったけど」



 他との景観の差異に意外そうに目を丸めるのはティータニアと瑞樹。いままで薄暗く、汚い場所だったのが一気に明るくなったように感じたからだろう。全体的に白いのは水明が周りの壁に粉末状のアラバスターをこれでもかと塗りたくったからだ。何でも、あまり家の周りが汚すぎると、良い気が入ってこないのだとか。



 外に置かれた椅子やテーブルにも、カビないように魔術をかけているらしい。自分の生活範囲は徹底的に手を加えねば気が済まない気質である。

 家の前まで来ると、レフィールが扉を開ける。



「いま戻った」



 すると、迎えにはフェルメニアが出てきた。料理をしていたのか、まさかのエプロン姿である。



「レフィール、戻りましたか――え?」



 あたかも彼女が見せたのは、まさに意表を突かれたという驚きよう。彼女はレフィールの後ろにいる面々を見て、動きが止まるが、それは黎二たちも同じだった。

 遅ればせて、ティータニアが声を上げる。



「白炎殿⁉」


「ひ、姫殿下に勇者殿にミズキ殿⁉ 何故ここに……?」



 と、つい咄嗟に疑問を口にしてしまったことに気付いたフェルメニアは、はっと我に返り、すぐに身に付けていたエプロンを取ってぶん投げる。後ろの方へものすごい勢いで飛んでいくエプロンの行方を見送るわけでもなく、彼女は玄関口に設えていた姿見に振り向いて、髪を、耳の横に垂らしたおさげの位置を、顔を、その他もろもろを俊敏な動作で確認し、いつもキャメリアに登城するときのように真面目でクールな面持ちを作ってこうべを垂れた。



「……いえ、皆様方、ご無沙汰しております」



 しばし、目上の者へ対する礼の時間が終わるとフェルメニアは顔を上げる。そして、レフィールに琥珀色の視線を向け、



「レフィール。どうして姫殿下たちと一緒なので?」


「おかしな人間に絡まれていたところを助けてもらった。そして名を訊ねると、聞き覚えのあるものだった……というわけだよ」



 偶然……というか奇縁に、驚いた表情をするフェルメニア。そんな彼女に、黎二は不思議そうに訊ねる。



「先生、どうしてここに? 先生はアルマディヤウス陛下の勅命を受けていたはずですが」


「ええと……そうですね。詳しくは、中で話しましょう」



 と、彼女が入室を促すと、その後ろから気だるげな声が響いてくる。



「おーい、誰か客かぁー?」



 次いで、玄関に顔を出す水明の姿。やがてフェルメニアのいる先にいる黎二たちを見つけると、まるで幽霊でも見たような表情と変顔が混ざったようなしかめっ面になった。



「は……?」



 時間の流れから取り残された彼に、声を掛ける三人。



「久しぶり、水明」


「やっほー、水明くん」


「ご無沙汰してます。スイメイ」



 三者三様の挨拶を聞いて、やがて響いたのは水明の絶叫だった。



「はぁあああああああああああああああああああああああああ⁉」



     ★


 黎二たちと数奇な再会を果たした水明は、その出会いの妙にひとしきり驚いたあと、そのまま彼らをリビング案内した。

 人数が人数なので全員でテーブルを取り囲むというわけにはいかず、黎二、瑞樹、ティータニアの三人はテーブルに着き、お付きの騎士たちにはその後ろに席を用意。フェルメニアはティータニアがいるので、同じテーブルに着くことを憚って水明の後ろに控え、レフィールは大人数の到来に不安げな様子を隠せないリリアナに付いてソファに座っている。



 未だこの来訪が意外だという風に目を白黒させている水明は、一度そこにいる面々を見回して切り出す。



「いやー、まさかレフィールが黎二たちを連れてくるとはな……」


「僕も、まさかレフィールちゃんが水明の知り合いだったなんて思いもよらなかったよ」


「ほんとだよ。人の縁って不思議だね」



 瑞樹が合いの手を入れると、水明の顔が急に意地の悪い物に変わって、ニタリ。



「なんだお前。これも星々の導きによる……とか言わないのかよ?」


「もう! 来てそうそういじわる言うんだから水明くんは!」



 過去を蒸し返す水明の顔が憎たらしいと、瑞樹はぷんぷんしている。その姿を、微笑ましいと笑顔をこぼす水明と黎二。無論他の者はそれがどういった意味なのかわからず不思議そうにするばかりだが。

 黎二の横に腰かけるティータニアも、水明の後ろに控えているフェルメニアに、親しげな声を掛ける。



「クラント市を出立したあとのことが気がかりでしたが、白炎殿の任とはスイメイのことだったのですね」


「は。国王陛下に命じられ、スイメイ殿に微力を預けています」


「そうですか……やはり、白炎殿は責任感がお強いですね」


「え? あ、いえ、私は国王陛下に命じられたゆえ……」


「またまたご謙遜を。白炎殿はスイメイを召喚してしまった責任を取るために、スイメイに助力することをお父様に願い出たのでしょう? そうでなければ危険を冒してまで帝国にまで足を運ぶことはありませんからね」



 と、訳知った風に言うティータニアに、黎二も「さすが先生です」と言って同調する。


 うんうんと誇らしそうにしているがこの二人、だいぶ深読みのし過ぎである。



「あのときてっきり私は、白炎殿は魔族の軍団を壊滅させた者のところに向かうのかと思っていたのですが……予想が外れましたね」



 そんなことはない。とは言えない面々。レフィールもフェルメニアもティータニアの勘の良さを垣間見て、何とも言い難い表情をしている。



「水明はどうして帝国に?」


「帰る方法を探してるんだよ。それで旅をしてる」


「なるほどね。それで城から出たんだ。じゃあ、そのあとは?」


「知ってると思うが、レフィールと一緒に商隊にくっ付いていってな。途中で商隊の連中とトラブって別れることになったんだが、森を抜けてクラント市に出ることができたのさ」


「じゃあ、魔族とは?」


「ま、ちょっと出くわしたくらいさ。そこからなんだかんだあって、一緒に暮らすことになって――」



 そんな風に、胡散臭い笑顔や妙に自信満々のしたり顔を駆使し、もっともらしい経緯を並べていく様子は、黎二たちには真実っぽく聞こえたらしい。

 しかし瑞樹が突っ込みどころを見逃すはずもなく、


「……なんだかんだで可愛い小さな女の子と一緒に暮らすことになったってどういうことなの水明くん」


「あーそれでそこにフェルメニアが来て魔法を教わってるってわけだ」


「水明くんさりげなくスルーしたね……」



 瑞樹のジト目攻撃を見て見ぬ振りして、水明は淀みなく言葉を並べていく。それを聞いているフェルメニアとレフィールは、なんとも胡乱そうな表情で内密話。



(……よくまあ平然とそんな嘘が出ます)


(……まったく、ちょっとした横道ならさすがと言ったところだな。褒められるようなことではないが)



 もちろん評する心は感心ではない。一切顔色を変えず、さもそうだったように話す水明に、呆れ交じりに口にし合う二人。事情を知る者には白々しく聞こえるが、しかし知らぬ者にはそれらしく聞こえるらしい。ある意味これも魔術なのかと、疑わしさでいっぱいだ。

 一通りの話を終えると、黎二が離れたところに置いてあるソファにちょこんと座ったリリアナに、目を向ける。



「そういえば、あっちの子は?」



 紹介はしてくれないのか。そんな問いに水明は、困ったように後ろ頭を掻く。



「こっちは……まーわけありでな」



 言い難いが、言わなければならないジレンマ。各々の注目が向くと、先だってリリアナが立ち上がり控えめな様子で頭を下げた。



「リリアナ・ザンダイクと申します」


「リリアナちゃん、だね。……あれ? リリアナ・ザンダイクって確か……」



 黎二にはその名前に聞き覚えがあるようだ。天井を仰ぎ、頭上にある記憶の蟠りの中から、符合する名を探している。

 どうやら、騒がしさの坩堝にある街中でも、手配の話は飛び交っていたようだ。

 一方そこはさすがというべきか、有名どころは押さえているらしいティータニアが、



「……帝国十二優傑の一人ですが、いまは指名手配されているはずです」


「そっか! そういえば確か何かの事件の犯人だって聞いたよ⁉」


「水明、そんな子をどうして保護してるんだ?」


「……さっき言ったろ? わけありだって」


 水明はため息と共に大きく肩を竦めて、黎二たちにことのあらましを話し始めた。




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