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フェルメニアさんから説明がございます



 フェルメニアがどうして自分の元に来たのかがわかった水明は、自分の手元にあった葡萄水を飲み干してから、改めて彼女に訊ねる。



「それにしてもよく俺の足取りつかめたな? 途中で分からなくなっただろ?」



「それについては、元々帝国に行くと伺っていましたので、これといった問題はなく」



「なるほどな」



 自分を追いかけてくることができたのか。そういえば、城を出たあとの目的地については、アルマディヤウスとフェルメニアの二人に告げていたのだった。

 水明がその時のことを思い出していると、やにわにフェルメニアが険しい顔つきで訊ねてくる。



「……スイメイ殿、率直にお訊きしますが、道々、壊滅させられていた魔族の大軍はスイメイ殿がお力を奮われたからで間違いはありませんか?」



「ああ、俺だよ」



「やはりあの魔族の軍勢を倒されたのはスイメイ殿だったのですか」



 彼女が声と表情ににじませるのは畏敬の念だった。無理もない。あんな無茶苦茶をしたのは水明だって久しぶりだ。



「それにしても、よく俺がやったってわかったな」



 水明がそう言うと、フェルメニアはどこか呆れたように難しい顔をする。



「何をおっしゃいます。よくわかるも何も、そんな途轍もないことを出来るのはスイメイ殿しかいません。それに、あのとき、魔族の将軍が……」



 フェルメニアが口にしたその言葉は、水明には聞き逃せないものだった。



「……あんた、ラジャスに会ったのか」



「はい。平野でちょうど勇者殿と合流した際にあの巨大な魔族の将が襲い掛かってきたのですが、その時に訊ねたところ、魔術師と名乗る黒衣の男にやられたと言いまして…………あの、スイメイ殿? 如何なされました?」



 フェルメニアが話をする最中、水明が眉間を揉み始める。それは懊悩からくる頭痛を除去しようとする彼の行為であり、にわかに頭痛が襲って来た理由は言わずもがな。



「如何も何もな……すまんがいまのでいろいろ聞きたいことがガッツリ増えた。先に少し質問させてもらってもいいか?」



「はい」



「まず黎二がその場にいたってのは」



「はい。魔族の大軍が集結しているのと、スイメイ殿がそこにいると聞いたらしく、急いで帝国領内から駆けつけたと」



「ふん? 俺の居場所を分かってってのは不思議だが……まあいい。黎二がラジャスにとどめを刺したって話は俺も聞いた。やっぱりそれについては本当なのか?」



「私の見解では少し違うように思いますが、概ねそれが引き金になったのかと愚考いたします」



 水明はまるで失態を見られたように「あちゃー」と、天を仰ぐ。そして気を取り直すのも後回しにして、疲れた顔をしたまま最後の訊ねをフェルメニアにする。



「ラジャスは俺の名前を出したか?」



「名乗っておられたのですか? ……いえ、黒衣の男としか」



「そうか……」



 黎二たちには自分が魔術師であることはバレてはいないらしい。フェルメニアへの質問を終えた水明は、やけに重そうなため息を吐いたあと、店員を呼んでもう一杯の葡萄水を頼む。やがて運ばれてきた葡萄水を一気に飲み干して、悔しそうに呻いた。



「……まさか討ち損じてたとはな」



「それは悔しがるところなのですか?」



「そりゃそうだろ? 自分でケリを付けられなかったんだぜ?」



 水明がそう言うと、フェルメニアは滲ませていた呆れの感情をさらに強く出す。



「あれだけの惨状を一人で作り出しておいてそんなことを言われては、私たちに立つ瀬がありません。それにあの魔族の将軍ラジャスに雷の魔術を放ったのはスイメイ殿でしょう?」



 それに水明が頷くと、フェルメニアはその時のことを思い出すようにして、語り出す。



「魔族の将軍は我々と遭遇する前から身体から溢れる(いかづち)で消耗しており、戦いの最中も苦しみもがいていました。そして勇者殿のとどめを受けたあと、身体が雷に耐えられる限界を超え、轟音とともに跡形もなく消えました。結局魔族の将軍は勇者殿がいなくとも、死んでいたのでは?」



「まあそうだろうがなぁ……あの威力で倒せなかったってのはなぁ……」



「……私にはよくわかりません。一万近い魔族の軍勢を滅ぼしてなお、あのような強力な魔族まで倒してしまうとは」



 そこで、水明は呆気にとられたような顔をする。フェルメニアの言った言葉の中に、いま聞き逃せないものがあった。



「……一万?」



「はい。戦いのあった範囲や痕跡などの状況から推察するに、おそらくそのぐらいの数だったのではないかと」



「…………」



「スイメイ殿?」



「う、うんまあ……まあな……」



 咳払いなどを交え、見た目何とか取り繕うが、背中には嫌な汗が浮かんでいる。

 水明は内心、自分のしたことに焦っていた。一万の軍勢を倒したことよりも、その軍勢に立ち向かったことに。まさか、自分はそこまで無謀なことをしてしまっていたのかと。いや、知っていたとて引き返しはしなかっただろうが、それでもそう改めて聞くと、とんでもないことをやっていたのだと思い知らされる。


 気付くと、フェルメニアが不思議そうにしている。それを見た水明は、気を取り直して、尻拭いをさせてしまったことへの詫びを入れる。



「……まあなんにせよ迷惑かけたみたいだし、すまなかったな」



 と言うと、フェルメニアはやおら険しい顔つきになる。



「いえ、スイメイ殿に謝って頂くわけにはいかないのです……それにその件については事情がありまして」



「事情?」



「ええ。その、魔族に商隊が襲われた件、我が国の貴族にも責任があるのです」



「……聞こう」



     ★



「――ふん。なるほど、俺はそのハドリアスってヤツに、ていの良い囮にされたってわけか……」



「我が国の貴族が、異世界の客人であるスイメイ殿に害を加えるような真似をしたこと、深くお詫び申し上げます」



 水明や黎二たちの旅の裏で講じられていた策謀の全て聞いて、不快さをあらわに鼻を鳴らした水明。未だ見ぬハドリアスの輪郭を虚空に描いて睨み付ける彼に、フェルメニアは深く頭を下げた。


 しかしそれに、水明は慌てて首を横に振って、



「ああいや、別にあんたのせいじゃないから顔を上げてくれ」



「しかし」



「俺にだって落ち度はある。まあ、関係ない商隊の連中には気の毒なことをしたが……」



 そう言い尽くす前に、水明は湧き上がったやる瀬なさに言葉を奪われた。

 当然だ。これでは魔族の軍に襲われて、商隊が壊滅したことの責任の一旦は自分にもあるということになるのだ。そう考えると、巻き込まれた者たちには申し訳ない。



「いえ、スイメイ殿のせいではありません。魔族の行動が早かったこともありますが、ハドリアス公爵があのような策さえとらなければ、商隊もスイメイ殿も襲われることはなかったのですから」



「だが、そうしなきゃ今度は黎二たちが危なかったということにもなる。責任を追及すれば、まあ何とも言えないさ」



 と言って、水明は少しの間ため息に俯いたあと、ふっと決意の宿った顔を上げた。



「だが、そのハドリアスっつったか? そいつはいつかどうにかしなきゃならんだろうな」



「ど、どうにかするとは一体!?」



「まんまさ。まあ落とし前でも付けて、自由に動けなくするってくらいが妥当だろ?」



「それは報復する、ということですか?」



「まあ腹いせはな。それについては俺以外にもしたい人間がいるし、それよりもだ。何よりそいつは危険だろうよ。異世界から召喚された人間を、王様に確認も取らずにそんな風に扱うようなヤツだ。そんなことをする対象はきっと俺だけじゃあない」



「まさかミズキ殿も狙われる可能性があるというのですか?」



「あと黎二もだ」



 水明の断言に、フェルメニアは驚きに目を瞠り、しかし意見を唱える。



「レイジ殿は召喚の勇者です。まさかハドリアス卿が彼にまでそのようなことをするとは考え難い」



「いや、やるさ。話を聞いた限り、そいつは随分と狡猾なヤツだ。俺をハメるだなんてすぐバレそうなことするんだ。情の厚い黎二の怒りを買う――そうだな。自意識過剰かもしれんが、あいつなら怒ってくれるだろうよ。そんな十分考えられそうなことを、そいつはわかった上でやってるんだ。そいつの最終目的は何だか知れないが、それの達成のためならなんだってやるだろうさ」



「王国を守るために、勇者殿まで利用すると?」



「考えられないことじゃない。黎二を逃がすだけなら、俺をハメる必要なんてないんだからな。何かを画策しているとみていた方がいいと思う」



 水明の懸念を耳にしたフェルメニアは、しばらくの間呆然となったあと、また複雑そうに眉をひそめた。

 ハドリアスという貴族には警戒をしていた方がいいのは、間違いではないだろう。だが、今回のことについては何を考えてそんな回りくどいことをしたのかがよくわからない。ハドリアスが魔王討伐のため黎二を支援する立場にあるのなら、怒らせることでメリットなど発生しないのだから。


 水明はしばしの間、思考に耽る。

 やがて、そろそろ店をおいとましようかとしたとき、



「――そうだ。ときにあんた、魔術を覚える気はないか?」



 水明がフェルメニアにそう言うと、彼女は望外な言葉に身を乗り出した。



「教えて下さるのですか!?」



「俺に協力するなら、ヤバい橋も渡らないといけないことになるからな。助けてもらう対価ってこともある。あんたにその気があるなら手ほどきするぞ」



「な、なら、是非!」



 フェルメニアはこくこく、一も二もなく何度も頷いた。

 彼女も魔術の輩だ。未知のもの、特に神秘とあっては興味があるなどの話ではないだろう。




「わかった。ところで、その代わりといっちゃあなんだが、頼みがある」



 水明が提示しようとした頼みについては、フェルメニアも察しがついたようで、



「スイメイ殿にこちらの魔法を教えるということですか?」



「それもある。あともう一人、連れに魔法を教えてやって欲しい」



「お連れの方、ですか?」



「それはこれから紹介する。まず家まで行くから、ついてきてくれ」



 そう言って、水明はフェルメニアを促し、席を立った。


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