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小さな女の子は助けましょう


 ――図書館が、ない。


 帝都フィラス・フィリア。常に皇帝の命令でのみ動く、統率、管理の行き届いた常備軍があり、自国、他国からも武の都と言われる帝国の首都。軍隊が常駐する都と聞けば武骨な印象を受けるが、学問に関しても秀でており、情報の管理も素晴らしく、他国に誇れる大図書館もある。遡れば建国時に書かれた書物まで蔵書しているほど。調べ物をするにはうってつけである。

 そう、水明は家を出る前に聞いたのだが――都市内を探しても探してもそれらしき建物は一向に見つからない。この場合は見つけられないと言った方が正しくあるが。



「ありゃ……?」



 別に水明が方向音痴というわけではない。確かにアステルの城キャメリアでも迷ったことはあるが、それを抜きにしても、このフィラス・フィリアという都市は構造がわかりにくいのだ。主な通りはいいのだが、枝分かれした道に入ってしまうと、どこまで行っても彷徨っても、住宅しかない。入り組んでいるためおかしな方向に行ってしまい、引き返すほかないし、この迷路のような街並みを抜けられない。



 ふと立ち止まり、周りを見る。横手をずっと突き進むと歓楽街、この先には鮮やかな赤レンガの住宅街がある。はてどうしたものか。これでは英傑召喚に関する情報を仕入れることはできない。

 折角、召喚陣を解析するための環境が整ったというのに、このていたらくとは。

 変な意地を張らず魔術でも使ってどうにかしようと考えた、その矢先――



「邪魔、です。いい加減、どいてください」



 独特な区切りを使う、聞き覚えのある愛らしい声が聞こえる。しかし紡がれた言葉は平坦な声音に隠しきれない苛立ちを棘と織り交ぜたもの。水明が振り向くと、そこには見覚えのある姿をした少女の姿があった。

 赤紫色のツインテールと、装飾の凝った眼帯、異世界にありながらゴシック・ロリータという奇抜な格好。やはり、見覚えがある。と言うよりそうそう忘れるものではない。

 そう、そこにいたのは詰所で出会った少女、リリアナ・ザンダイクに相違なかった。だが、いまはどうやら一人ではないらしい。彼女の前にはフード付きの赤茶がかったローブをまとった男が二人、向かい合うように立っている。見たところ聞いたところのいずれも、仲好く話をしている様子ではない。

 ローブの片割れが、まるで聞き分けのない子供を諭すように、リリアナに向かって言う。



「先ほどお伝えしたことを、あなたのお父上に、あなたから言ってくれればいいのですよ」



「くどい、です。私は大佐の方針に、口を挟める立場にありません」



「そこをどうにか。大人しくしてほしいと申し上げているのです」



「何度も同じことを、言わせないでください」



 男は丁寧に頼み込んでいる。それに対しリリアナは益体もないことだと言うが、男に引き下がる様子はない。すると、もう片方のローブの男が、挑発的に声を尖らせ、



「俺たちがこんなに頼んでも、聞けねえって?」



「そうです。ですから――」



「じゃあしょうがねえな。お前には痛い目見てもらおうか」



 赤茶フードの片割れは、己の外周に魔力を発露し、そう暴力に及ぶ前の不穏当な決まり文句を口にする。瞬時に(かいな)と同じ程度の長さの杖を出した。それに対しリリアナは、怯えることも驚くこともなく、ただ目を細めて問い質す。



「私を十二優傑の一人、と知っての上で、そんなことを言うのですか?」



「は? 帝国の人間兵器だ? どいつもこいつも大仰なんだよ! 所詮お前なんぞガキだろうが!」



「こちらの頼みを聞いていただけないのなら仕方ありません。せいぜいお父上に泣きつくことです」



 ……子細は知れぬが、どうやら目の前ではトラブルが巻き起こっているらしい。端的に言って、幼い少女をいじめようとする碌でもない大人の図か。リリアナが軍に所属しているらしいことを考えれば、そうではないのだろうが。



(でも子供だしなぁ……)



 こんな場面に遭遇して、引き返すのもあと味が悪い。助けてあげる義理などないが、見過ごす理由もない。見える位置まで歩み出て、気だるげに声を掛ける。



「あー、お取込み中悪いんだが」



「なんだお前?」



「あなたは……」



 三人が一斉に水明に振り向く。どれも表情が異なっており、不良が因縁を付ける時の歪んだ顔と、怪訝そうな顔、そして見知った顔を見つけた時の驚きにも似た顔。それぞれある。



「こんなところで小さな女の子をいじめようってのは、いい趣味してるなアンタら」



「んだぁ? 関係ねぇヤツは引っ込んでろよ!」



「そうもいかないだろ。こんな場面に居合わせちまったらさ」



「はて、こんな場面とは?」



「大人が子供をいじめてる場面だ」



「どういう風に受け取るかは君の勝手ですが、君はこのローブを見た上でそんなことを仰るので?」



「そのだっせぇ色のローブがなんかあるのか?」



 慇懃な口調の男が自分たちの実力を匂わせるような発言をするが、基本水明には知ったことではない。自慢げな声音に対し嘲弄を以ってして答えると、慇懃な口調の男の顔は一瞬で苛立ちを通り越したものへと変わった。



「ぎ、ギルドの高ランク所有者に与えられる特別なローブのことも知らない田舎者が……」



 そんな中、リリアナが警戒の混じった声を掛けてくる。



「なんの、つもりです?」



「んあ? 通りがかったところで変なことになってたんでな」



「首を、突っ込んだと? あなたには、まったく関係のないことです」



 と、リリアナは突っぱねる。巻き込むつもりはないからさっさとどっかに行け。お節介を煙たがるような態度の裏にそんな深意を隠して言う彼女。

 それをぶっきらぼうな口調の方が聞き咎めたか、



「なんだ知り合いかよ?」



「いえ別に――」



「ああ、ちょっと前に知り合ってから、少し親しくさせてもらってるんだ」



「っ――! あなたはっ!」



 白々しい嘘をぬけぬけと言ってのけると、リリアナが気色ばんだ。彼女には見えないようにぺろりと舌を出す。こちらを思って、無関係を貫こうと言うのだろうが、もうこちらの腹は決まっているのだ。かかわる気は満々である。



「そうか、無関係ってわけじゃねえのか」



「なら、君にも痛い目を見てもらう」



 二人の言葉と共に、高まり始める魔力。慇懃な口調の男も杖を出し、臨戦態勢か。帝都というところは思っていた以上に物騒な街なのかもしれないと心の中でげんなりしつつ、男たちから視線を外すと、呆れたように横目を向けるリリアナがいた。



「……馬鹿なのですか、あなたは? あのまま知らぬふりをしていれば、無関係でいられたものを。というよりも、無関係でしょう。馬鹿です」



「馬鹿馬鹿って酷いな。小さい女の子を見捨ててどっかに行くとか、今日の夢見が最悪になりそうだからヤなだけなんだよ。というか一体どうしたんだこれは?」



「あなたに関係など、一片もありません。さがっていなさい。相手は帝国の魔法使いギルドでも、高ランクの使い手です」



「それも遠慮しとく」



 と、水明がリリアナの命令を拒否した折、



「話なんかしてる余裕なんてあるのかよ?」



 と嘲笑いの混じった指摘を浴びせ、粗野な口調の男が術式を編む。膨張する魔力は何かに奉じられているかのように放出された端から消え、術式の構築速度が飛躍的に加速する。エレメントの介入で完成の早まりつつある魔法に、次いでそれを喚起する呪文詠唱。



「――炎よ。レッドブレイズ!」



 ほとんど鍵言のみの魔法か。刹那も置かずに燃え上がった炎の柱は、粗野な口調の男が腕を八文字に振ると、それに連動して動く。その腕の動きを最後に炎の形成はまとまったか、剣が如く変わったその炎を粗野な口調の男はリリアナに向かって振りかぶる。襲うは向かって左側から。眼帯をしているリリアナにとっては死角だ。

 しかし、リリアナはそれを寸でのところで回避し、炎剣は地面に叩きつけられる。辺りにはね飛ぶ炎の欠片。



 その振りかぶりと回避の応酬が数度にわたって繰り返されると、辺りは炎の赤と、焦げ臭い臭気でいっぱいになった。

 炎剣がかすめたのか、リリアナも服の一部が焦げている。



「へ、口ほどにもねぇじゃねえか人間兵器。防戦一方じゃねえか? はは、やっぱりてめぇの功績なんざ、嘘なんだろ?」



「戦場で作られた武勇など、所詮いいように作られた話というわけです。君のような子供が戦場で活躍したなどと、やはりローグ大佐が自らの地位を向上させるため

に偽った賢しい創作なのでしょう」



 反撃をしないことを嘲るか、リリアナに侮りの言葉を投げる男たち。そんな彼らの発言に、リリアナの気配が一瞬剣呑に揺らぐ。だがそれに男たちは気付かず、一方リリアナは一転呆れが混じったいつもの声音で、



「死角狙いな上、かすった程度で、いい気に、なるとは……」



 彼女がそう口にした途端、男たちに対する圧力が大きくなる。リリアナの所業だ。水明もこれは受けたことがあるが、詰所の時の比ではない。魔力の密度を最大限にまでして、場の支配権を奪うつもりだ。魔術師同士の争いに置いて、魔力の行き届く範囲というのは大きな意味を持つ。自分の支配領域が広がれば、相手の魔術の発動を阻止ないし阻害できる。



「んなもんで……」



 粗野な口調の男も悪態をつく余裕くらいはあるのか。たじろぐ傍ら、慇懃な口調の男が呪文を詠唱する。



「く――舐めるな! 風よ、汝その悠久なる……」



 風の魔術。おそらくただの通りすがりの自分は眼中になく、リリアナ狙いだろう。そう予測を付けた水明は人差し指に魔力を込める一方で、周囲の事象を操作する。



 ・・・・・・・・ ・・・・

「ちょっとそこの炎、借りるぞ」



 と、隣の席の友人に消しゴムでも借りるかのように気安く気軽に、辺りに散った余剰した炎を指先の前に構築した魔法陣の中心に集めていく。炎は元々そうあったわけでもないのにまるで早戻しでも掛けたように違わず水明の指先へと集い、赤の色濃い炎へと集束した。



「な……あ? お、俺の炎が!?」



 にわかな驚愕に心奪われる粗野な口調の男。水明を睨み付け、驚きの入り混じった声音で詰問する。



「お前、何しやがった⁉」



「別に。言っただろ? 借りるってな」



「そんなことできるわけ……」



 ない、か。水明はそう、男の言葉の先を推し量って、呆れたように息を吐く。



「ここの連中はあれだな。どこに行っても自分の目の前にある神秘(しんじつ)を否定しやがる。普通は、まずどうしてそうなったかを考えるべきじゃねえのかね」



「なにをごちゃごちゃと! 何しやがったか言いやがれ!」



「借りるっつったろうが。術式を細かくするかもう少し制御を密にしろよ。それじゃあ無駄(あそび)が多すぎるじゃあきかないぜ」



 水明が吐き捨てると、慇懃な口調の男が中断していた魔法を編み直す。



「――風よ。汝その悠久なる」



「飛べ」



 それに対し水明は、奪った炎を牽制に撃ち出していく。無論慇懃な口調の男が編んだ風の魔法など、密度の高い炎の前では微風(そよかぜ)が如きもの。魔法で編まれた風圧は、魔術に変わった炎が起こす気流に呑まれ、敢え無く消失。



 そこで水明は間髪入れず動く。親指と中指が合わさった照星代わりの谷間を通して、慇懃な口調の男の腕を、水明の視線が貫くとほぼ同時。パチンとフィンガースナップの小気味良い音が響く。男の魔杖が爆裂の前に砕け散った。そして見える、跳ね飛ばされた腕にがら空きの体。



「消えた――」



 気体化すると時を同じくして聞こえる、驚愕の声。煙となった身体は瞬時に慇懃な口調の男の前に到達し、再構築と同時に相手のみぞおちに一撃与える体制を整えた。

 押しつけられた手のひらには、すでに齟齬のグローブが嵌められている。魔力を流し込むと魔術品としての効果が発露。身体の奥にまとめられた神経の束、神経叢が齟齬のグローブの効果により伝達ミスを犯して、激甚な悲鳴を上げる。

 苦悶の絶叫は上がらなかった。上げる間もなくショックで意識を手放した男は、その場に白目を剥いて倒れ伏す。

 隣に目を向けると、粗野な口調の男の方は強大な魔力に押しつぶされたらしく、リリアナの前で泡を吹いて倒れていた。

 全て終わったことを確認して、リリアナが一言。



「場所を、変えましょう」



     ★



 男たちを打ち捨てたまま、水明とリリアナは先ほどの出来事について知らぬふりができそうなところまで場所を移した。上流区画より少し離れた場所、レンガ敷きは灰色に変わって久しい区画の道端で、足を止めた二人。

 スカートに付いた土ぼこりを払い、リリアナが不本意だとでもいうように棘のある声を浴びせてくる。



「まったく、要らないお節介とはこのこと、です」



 と、若干腹立たしげな言葉。水明はそれを無視して、彼女に訊ねる。



「で、さっきの奴らはなに?」



「あなたには、関係のないことです」



「まあそうだな」



「それと、あなたはここで何を、しているのです?」



「なにって別に、出歩いているだけなんだが? 確か――リリアナだっけ?」



「あなたには名乗った覚えが、ありません……あなたはどうして私の名前を、知っているのですか?」



「ん? そんなもん……」



「そうですか。わかりました。最近憲兵が良く検挙する、つきまといが趣味の、残念な方ですか。それで今日もここに……」



「ちげえよ。詰所の係りの兄さんに聞いたんだ。どうしてつきまといになる」



「わかっています。ちょっとした冗談です。この私がつけられるはずがありませんから」



「お前な……」



 平坦な声音に自信を滲ませ、瞑目。クールな所作を自然に取り合わせ、つーんとした表情をするリリアナに、水明は疲れたように肩を落とす。真面目な顔で冗談を言うなというのだ分かりにくい。

 リリアナの態度に困り水明がおかしな息を吐いていると、一転、周囲の魔力が急激に高まる。次いで周辺に毒や酸が肌を冒すような感覚を持った気配が蔓延る。先ほどとは違う、詰所であった時と同じ、これは、



「そろそろ答えて、もらいましょう。あなたはここで、何をしているのですか?」



 リリアナはじっとりとした目を鋭く変えて、そう訊ねてくる。

 視界にある街並みは背景は、まるで熱せられたアスファルトの真上でも透したように陽炎の中にあり、時を移さず、リリアナが高めた魔力の影響からくる揺らぎで、周辺が一望漠然と霞み渡った。

 圧力にものを言わせた詰問だ。

 その変化に触発されるように水明は不敵な笑みを作ったあと、欧米人のように肩を竦めて軽口をたたく。



「なんだ。外国人は歩いてちゃダメだってのかよ。ちゃんとこの国に住むために手続きもしたんだぜ?」



「ここは、上流区画にとても近い場所です。用もなくうろうろしていると、不審者と思われても仕方がない。答えなさい」



「さっきのヤツらの方がよっぽどだと思うがな」



 リリアナは有無を言わせぬと言ったところだ。確か帝国少尉と言ったはず。彼女も軍人ならば、この職質めいた仕事も業務の一環なのだろうか。それについては腑に落ちないが部分もあるが、それはまあいいとして。

 別に頑なになる必要のない水明は、軽口を吐いた体から様変わりして、大人しく白状する。



「図書館をさがしてるんだ。帝国で有名なでっかいの」



「帝立大図書館、ですか」



「ちょっと調べ物があってな。ほれ、これなんだが……」



 と言って、水明はリリアナにでしなにジルベルトから貰った手書きの地図を見せる。



「……どうして教えてもらえるようなていで、いるのですかあなたは。私に気安く訊ねないで、ください」



「いいだろ、教えてくれよ。お菓子買ってあげるからさ」



「いりません。子供扱いしないでください。あとそれ、地図が間違っていますよ」



「む……」



 なんだかんだ言って指摘が入る。いいやつらしい。だが、間違っているとは何事か。水明が顔をしかめていると、リリアナは地図をよく見直したのか、「やはり間違っています」と断言した。



「……あの合法不良ロリめ。嘘教えやがったな」



 水明が住む地区の区長である、ジルベルト・グリガ。レフィールと気が合ったのか、暇を見つけては家に遊びに来て、水明と憎まれ口を叩き合っているのだが――それが関連して、この日は図書館へ行くと告げると地図を描いてやると言って快く描いてくれた。機嫌が良かったのだろうがそれはともあれ、口調から少々豪放な性格

とも思ったが、蓋を開けてみれば随分と大雑把な性格だったらしい。



 リリアナの「通りを四つ間違えています」との言葉に、水明は「マジかい」とため息を吐くことしかできなかった。あと、ジルベルトに対する怒りとか怒りとか罵りとか。



「えっと、じゃあここからどう行けばいいんだ?」



「だから、私は」



「わかった。進呈するお菓子を三つに増やしてやろう。ならいいだろ?」



「なぜお菓子で、釣ろうとするのですか」



「お菓子じゃお気に召さないのか。じゃあおもちゃとか方がいいのか?」



「あ、あなたは……」



 話を聞き入れない水明にプルプルと震えだすリリアナ。しかし益体のない解消されることはがないと悟ったか、ゴリ押しをした水明の勝利を告げるかのように、彼女は聞こえよがしなため息を放つ。



「……わかりました。案内するので、付いてきて下さい」



「ごめんな。お菓子は絶対買ってあげるから、それで勘弁してくれ」



「いりません。用が済んだら、即刻私から離れなさい」



 にべもない。




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