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帝国皇女。そして――



(黎二くん! また知らない人が出てきたよ! どうしよう!)



(どうしようもなにも、これは僕たちがどうにかできることじゃないんじゃ……)



 おそらくない。自分たちではどうにもできないことだろう。ただならぬ雰囲気を感じ取って不安そうな顔を向けてくる瑞樹に、黎二は宥めるように言葉を返す。

 目の前には馬に跨った女がいた。

 そう、挑むような声と共に晴れ切った煙霧の中から現れたのは、豪奢な軍装に身を固め、肩にコートのような上着を引っ掛けた――若い女だ。ウェーブがかった長い金髪を持ち、不敵に吊り上がった口元、目は他者に君臨するために生まれてきたような者が持つような厳しい形に埋まっている。

 そんな女と、その仲間なのか部下なのか。同種の軍装を身にまとった一団だった。


 だが、気になるのは。



(……馬がいるのに、誰も気が付かなかった?)



 彼らも自分たちと同じように馬に乗っている。そのはずなのに、馬蹄が地を踏み鳴らす音がまるで聞こえなかった。この馬の数で、この距離で。それは、絶対にあり得ないはずなのに。

 そんな疑問にとらわれた黎二の呟きを聞きつけたか、隣にいたフェルメニアがその疑問に答える。



(レイジ殿。あそこにおわすお方は、ネルフェリア帝国の第三皇女グラツィエラ・フィラス・ライゼルド殿下です。そして殿下は壌乱帝(ジオ・マリフィエクス)と呼ばれる帝国最強の土属性魔法の使い手。おそらく殿下にとって馬の足音を消すなど、造作もないことかと)



(でも、どうしてわざわざ足音を消して……)



(私にもそこまでは分かりません。状況から見てこちらを害する目的だったわけではないでしょうが……)



 黎二とフェルメニアはグラツィエラの登場に、眉をひそめる。

 そんな中、ティータニアが険しい表情のまま、グラツィエラへと近づいた。



「ご無沙汰しております。グラツィエラ殿下」



「久しいなティータニア殿下。息災そうでなによりよ」



 疑念と怒りがある中でも、丁寧に応対するティータニアとは対照的に、グラツィエラは強圧的な態度のまま挨拶に応じる。

 そんなグラツィエラの在り方に、ティータニアも怒りを強くしたか苦言混じりの抗議をくれた。



「殿下は先ほど自明とおっしゃいましたが、自明となどと言う前に、殿下にはおっしゃられるべき言葉があるのではないですか?」



「ほう? 言うべきこととはな。私にはとんと見当がつかんが、なにかあったか?」



「――っ、いくら同盟国とはいえ何の一報もなしに国境を越えてきて、あまつさえ麾下の軍まで引き連れてくるなど、常軌を逸した行動でしょう。まずそれについてご弁明はないというのですか?」



 ティータニアの送った厳しい視線に返されたのは、グラツィエラの嗤い顔。



「確かにな。常時ならば、詫びの一つもあって然るべき事由だ。――だが、それはそちらにも言えることなのではないか?」



「……どういう意味です?」



「言って聞かせなければ分からぬか?」



 王女と皇女の視線が衝突する。やがて、グラツィエラが鼻を鳴らして、



「自国内に魔族の大軍が現れたのだぞ? 隣接する周辺国への被害を懸念せねばならないのにもかかわらず、同盟国たる我が国に一つの報告もなくことを収めようとするのは、同盟国として問題はないと言えるか?」



「それは……魔族の進攻が早すぎて、連絡ができなかったまでのこと」



「それにしては、魔族に対する準備も整っているな。それに我が国にいたはずのそなたやアステルの勇者もいるではないか。そのくせ連絡が及ばなかったと言い訳するのだからな。いや、アステル王国の王女殿はいい面の皮をお持ちだ」



「ツッ――」



 口惜しそうに顔を歪めるティータニア。彼女の態度に気分を良くしたのか、グラツィエラは愉快そうに鼻で笑う。



「まあ、そなたは魔王を倒す道中で我が国に立ち寄っていたのだからな。自国内のことについては知る由もなかろうよ。それゆえだ――」



「だから、この件については黙れと? ですが殿下が我が国に無断で入った正当な理由には」



「同盟国の危機を知って救援に駆けつけてきたのだ。この情勢では十分筋の通った理由になるだろう。まさかまかり通らぬとは言わさんぞ?」



 と、グラツィエラは先ほどの言い様に輪をかけて高圧的に申し付ける。

 助けにきた、ということは、魔族と戦っているところに忍び寄って援護でもしようとしていたのだろうか。状況を考えればおそらくそうなのだろう。


 しかしティータニアはやたら苦そうな面持ちのまま、グラツィエラを睨み付け、



「……この件はあとで正式に抗議させて頂きます」



「好きにするがいい。だが、この件が魔族の進攻だった以上、サーディアス連合や自治州、聖庁はこちらの味方だと思うがな?」



 と、どこ吹く風である。面の皮が厚いのは一体どちらか。ティータニアの苦言など痛痒にもなりはしないと言うように、グラツィエラはそう言い放った。

 そして今度は、黎二の方を向く。高圧的な女の射貫くような視線が、頭のてっぺんから足先にまで、突き刺さる。



「お前がアステルで呼ばれた勇者か」



「……はい」



「なんだ。不愛想だな」



「これが自分の性分なので」



 と、黎二は軽く頭を下げる。

 隙を見せてはいけない相手だ。これはそう直感したゆえの素っ気なさである。グラツィエラはあまり面白くもなさそうに笑って、黎二の顔をまじまじと覗き込む。



「お前、随分と綺麗な顔をしているな」



「……それがなにか」



「いいや、顔に傷の一つもないようだからな。もしや向こうの世界では戦いとは無縁だったのではないかと思ってな。勇者と呼ばれる男にしては、いささか頼りない」



 初対面でいきなりそんなことを言ってくるとはこの女。豪胆なのか。無頼すぎる。

 と、それを聞きつけたティータニアが、慍色もあらわに、



「――グラツィエラ殿下、世界を救う勇者たるお方に、それは口が過ぎるのではないですか?」



「ふん。思ったことをそのまま言ったまでよ。それにこの惨状、どうにもそなたらがやったように思えぬしな」



 そう言葉を置いて、すぐにぎらついた視線をティータニアに向ける。



「――で、魔族はいたのだろう? 何が起こったのだ?」



「……さあ。何がおこったのでしょうね。私にも分かりかねますわ」



「ふん?」



 ティータニアの木で鼻をくくったような口ぶりに、グラツィエラは眉をひそめる。こちらも分からないのだ、説明しようにもないし、ティータニアの心情から考えて言いたくもないのだろう。やはり負けず嫌いである。



 そんな中、ふと黎二は気になってハドリアスの方を窺った。彼は何故かここに来てだんまりを貫いたままだ。彼の性格や立場を考えれば、グラツィエラに対し一言二言くらい言ってもいいようなものだが、アステルの貴族としては抗議もなく、グラツィエラが現れてからあまりに静かすぎる。

 その我関せずとした表情の奥で、一体何を考えているのか。

 もしや初めに抱いたイメージとはまた違うのか。しかしどうにも何か不自然な気がしてならない。


 黎二がそんな懐疑を抱いた矢先、唐突に異変が襲って来た。

 異変の正体である力の波に気付き、誰も彼もがそちらを振り向く。

 波動はそう、攻撃的な魔力の高まりだった。

 真っ先にフェルメニアが彼方を見上げる。



「これは……」



 彼女には正しい方向がいち早く特定できたか。長い銀髪を揺らして、高速で飛来するそれを睨み付けると、その横合いからハドリアスの声。



「まだ残りがいたか。だが――」



「――さっきの魔族たちよりも強い」



 彼の言葉の続きを口にしたのは黎二。状況の危うさを感じ取り、彼らと同じく身構える。飛来してくる魔族の湛える魔力は大きかった。そう、いままで戦ってきた魔族たちなど比べ物にならないほどに。そしてその魔族は、過たずこちらに向かってきている。

 先ほどの魔族と同じく、人間を見るや否や捨て置けんと襲い来るように。


 馬が落ち着かない。しきりに警戒して低く唸っている。戦いを予期して黎二が馬から降りると、他の者もみな同じように馬から降りた。

 来るぞ。と、そう誰かが言うまでもない。間もなく、稲妻が地を穿つかの如く落下により、黎二たちの眼前に轟音が炸裂した。

 飛沫の交じった風塵を四周へ吹き飛ばして、再び雲煙が舞い上がる。魔力の波動が小糠雨のようになって襲い掛かってくる風圧は強く、荒々しい。硬質な風が身体を打った。

 やがて視界の中に、二メートルを超える大きさの巨大な魔族が出現する。赤錆色の肌を持った巨躯。太い四肢を身体に据え付け、まるで力こそが全てだと、その身のありようで表しているかのような魔性だった。



「人間共め……もう戦力を整えていたのか」



「で、でかい……」



 巨躯から繰り出される睥睨に、誰かが息を呑んだ。慄くような声が聞こえる。



「レイジ様! お気を付けを!」



「うん。わかってるよティア。でも……」



 ティータニアの警戒を促す声に答えて、黎二は目を細めて注視する。


 飛来時より並々ならぬ力を感じたが、しかし至近でよく見れば、この魔族は満身創痍だった。全身のあちこちに傷があり、その傷口から黒いオーラのような揺らめきが淡く立ち昇っている。そして挙動に精彩はまるでない。消耗してるのが目に見えてわかった。


 言ってしまえば残りかすだ。まるで熾烈な一戦を終えたよう。いや、終えたあとに違いない。この魔族もおそらくここで戦っていたのだ。


 弱っている。だがそれでもこの魔力の量、物理的な風を伴う武威から察して、いまの自分たちには十分強敵と言えるほどの相手だった。

 その巨大な魔族に、ハドリアスが問いかける。



「貴様、ただの魔族ではないな?」



「そうよ……。俺の名はラジャス。魔族の一軍を統べる魔将の一人……」



 ラジャスと名乗った魔族の言葉を聞き、ティータニアとグラツィエラが、それぞれ驚きの声を上げる。



「魔族の将軍ですって……!?」



「ほう……ただデカいだけではないか」



 ざわめきが走る中、またハドリアスは油断なくラジャスを注視しながら、



「貴様も随分とやられているようだが、貴様らはここで何かと戦ったのか?」



「黙れ。そんなことはお前たちの知ったことではないわ……」



 ラジャスはハドリアスの言葉を疎ましそうにはねつける。声には傷の痛みの苦しみ以外にも、敗北を喫したあとのような憤懣(ふんまん)が混じっていた。


 口にしている間にも、ラジャスは臨戦態勢を作っている。打ってくるつもりか。

 他の者もラジャスの気の高ぶりに合わせ、銘々武器をかざす。



 だが、と。魔族の将軍とまみえたこの機会は逃してはならないと、黎二がラジャスに問う。



「……訊ねたいことがある」



「なんだ?」



「お前たちはどうして人間を襲うんだ?」



 そう、魔族が人間を襲う理由。それは黎二がどうしても知りたかったことだった。

 怪訝そうに顔を歪めたあと、吐き捨てるように口にする。



「ふん。そんなもの決まっていよう。貴様らの作る秩序が目障りなだけだ。だから人間は残らず殺すのよ」



「人間の秩序? そんなのが目障りって、そんなのは別の地域にある他種族の事情じゃないか。」



「違うな。貴様ら人間は蛆のように際限なく湧いてくる。それらの多くが秩序だって行動すれば、我らにとって鬱陶しいことこの上ない。ゆえに駆除しなければならんのだ」



「人間も魔族も、みんな同じ生き物じゃないのか? そんな理由で殺し合ってなんの意味があるっていうんだ?」



「意味、だと?」



「そうだ」



 問うたのは、この争いの是非。確かに綺麗事を言うつもりは黎二にもない。話し合えば分かり合える、誰とでも仲良くできるなど、馬鹿の作った幻想だ。決して相容れないものは、どこでも必ず存在する。

 それは、黎二も弁えている。だが、どうしても争わなければならない理由があるわけでもないのなら、争うべきではないはずなのだ。手を取り合えというのではない。お互い干渉し合わなければ良い話なのである。

 心配そうにするティータニアと、鼻を鳴らしたのかグラツィエラの方からは呆れ果てたような音が聞こえる。しかし、何と思われようとこれだけは得ておきたい答えだった。

 すると、ラジャスが胡乱げな視線を向け、



「……もしや、貴様が勇者か?」



「だったらどうだっていうんだ」



「く……くく、そうか……。やたらと青い御託を並べるかと思えばやはりか……。だが、好都合よ。これでやっと当初の目的を果たすことができる」



 そう、消耗を隠しきぬほどの状態にもかかわらず、ラジャスは意気強く言い放つ。

 そんなラジャスを見て、グラツィエラは侮っているのか、呆れた笑いを見せた。


「なんだ魔族。怪我はいいのか?」



「構うものか。いずれにせよこのままおめおめと帰るわけにはいかんのだ。この失態を(そそ)ぐため、勇者、貴様の首を貰い受ける! もう人間ごときに後れなどとらんぞ!」



 どこか逼迫した怒号を放ったあと、再びラジャスの武威と魔力が高まる。

 黎二は剣を向ける。次いでハドリアスも剣を向け、兵士たちも臨戦態勢に入った。瑞樹は後ろに下がっており、ティータニアも後方で魔術を待機。フェルメニアはフォローに入ってくれるか、横についてくれている。

 一方グラツィエラは静観でもしようというのか、その場で腕を組んで動かないし、戦う様子もない。ただ、戦いの場には慣れているのか、傲然とした雰囲気は崩れない。



「おい、質問に」



「貴様の話に付き合うのは終わりだ勇者ァ!!」



 ラジャスが動く。二メートルを超える巨躯が、黎二に向かって俊敏な速度で迫ってくる。

 それは風が唸り声を上げるほどの、恐ろしいほどのスピードだった。


「くっ――」



 それに合わせるように、黎二は飛び上がる。この世界に来るまででは考えられないような跳躍力でラジャスの上に舞い上がり、叩きつけるように剣を振りおろした。



「はぁあああああ!」



 気合いと共に振り落された剣の刃面に、ラジャスの拳が衝突する。手にびりびりと伝わる衝撃をぐっと堪え、黎二は剣を握る力を放さない。腕一本の拳撃が、英傑召喚の加護で得た両手の強撃に匹敵するとは。消耗している状態でこれとは万全では一体どれほどのものだったのか。

 中空にいる最中、ラジャスのもう一つの手が横合いから襲ってくる。このままでは当たると剣に込めた力を緩め、そのまま真下に身を低くしながら着地すると、豪快に出された張り手が軌道を変え、頭の上に振り落ちてきた。

 その挙動は――見てはいない。暇はない。気付けたのはひとえに、尋常ならざる感覚が生み出した直観だった。黎二は伏せるような状態から片手で地面を掴み、腕の力に任せたまま、身体を無理やり投げ出した。


 一瞬遅れて振り落ちた手が、泥を跳ね飛ばす。黎二はそれが目に入らぬよう、顔を剣で庇う。そして黎二が間髪入れず剣を叩き込もうと踏み出そうとした時、ラジャスが勢いよく地面を踏み抜いた。


「うわっ!」


 強烈な衝撃が地面を揺さぶる。踏み出しと同時に繰り出された地面への一撃のせいで、黎二のバランスが崩れてしまう。そこへ、巨大な重機と見まがう体当たりが襲い来る。

 回避は間に合わないと悟った。だから足掻きよりなによりも、剣を身体の間に盾にして、全身の筋肉を引き締め衝突に甘んじた。

 衝撃に弾き飛ばされる。全身がつぶれてしまうような錯覚に襲われながらも着地すると、直後に悲鳴のような痛みとしびれが襲ってくる。英傑召喚の加護がなければ、五体はごく簡単に砕けていただろう。


 そんな援護の余地もないほどの、ほんの僅かな間に行われた一当てはラジャスに軍配が上がった。やがて時が戻ってきたのを告げるように、聞こえてくる瑞樹の悲鳴。



「れ、黎二くんっ!!」



「……大丈夫、瑞樹、心配しないで」



 びりびりとした感覚が身体のそこかしこに蟠ってはいるが、それを叩き伏せて立ち上がると、ラジャスは何故か怒りのこもった大声を放つ。



「これが勇者の力かっ! こんなものが我ら魔族の大望を脅かす力だと言うのか! この程度で我らを倒そうなどとはおこがましいにもほどがあるわ!」



 その怒声の中にあるどこか悔しさが入り混じった失望は、一体どんな思いから端を発したものなのか。まるで何かと比べられているような、そんな錯覚すら覚えてしまう。

 再度黎二を攻め立てようと動くラジャスに、ハドリアスが前に立ちはだかった。



「邪魔をするな!」



 耳を聾するような大音声に、しかしハドリアスは無言のまま相対する。浴びせられる砲弾さながらの拳撃をかわしつつ、ラジャスを翻弄していくハドリアス。壮年を思わせないような立ち回りは力強く、機敏。隙を見つけると、ラジャスの胸にある大きな傷に過たず剣を叩き込んだ。



「ぐ、うっ!」



「ふん……」



 傷口を抉られ僅かに顔を歪めるラジャスを見ても、ハドリアスはさも面白くもなさそうだ。つまらなさそうに鼻を鳴らして、蔑むような一瞥を呉れているだけ。この強壮な魔族と斬り結んでいるとはやはりこの男、相当に強いのか。



「ちぃ! 人間が――」



 ラジャスが羽虫を払いのけるかのように,豪快に腕を振り払う。しかしハドリアスはふわりと後方に飛んで危なげなくかわし、ラジャスから距離を取った。



「どけ――」



 響いたのは苛烈そうな女の声。そうそのタイミングで動いたのは、意外にもグラツィエラだった。

 いままで静かにしていたのは、機会を見計らっていたためか。グラツィエラが地を駆けつつ、魔法の呪文を紡いでいく。



「――土よ! 其は我が暴虐の結晶! 波乱なる威を持ちて砕けよ! そして散華讃える(いしぶみ)となれ! クリスタルレイド!」



 詠唱と鍵言がラジャスの手前で投げ放たれ、グラツィエラが真下の地面を殴りつける。瞬間、小さな揺動が起こったかと思うと周囲の地面が砕け、岩が無数に隆起する。まるで石英や透石膏(セレナイト)が地面からめくれあがったかのように飛び出した巨大な岩の枝の数々は、直後なされたグラツィエラの腕の振り払いによって、全てがラジャスへと殺到する。

 岩の峰を切っ先として、砲弾のような加速、硬質であり重量物である魔法。それが、ラジャスにぶち当たる――その直前、黒いオーラがラジャスの身体と凝着したかのようにまとわりつき絡みついた。



 ……大量の岩の柱に埋まった魔族の将。やがて岩が砕け散ると、そこには以前と変わらぬ姿のラジャスの姿が。



「ほう、効かんとはな」



 先ほどの黒いオーラのまとわりは、ラジャスの防御術だったのか。オーラが解かれた巨躯に、新しくついた傷はない。ラジャスを襲撃した魔法も中級魔法以上のもの。あれだけ強力な魔法をまるで受け付けないとは、打たれ強さは尋常ではない。

 しかし、一方のグラツィエラは意外そうに驚くだけで、効果がなかったことへの焦りは微塵もない。


 そんな時だった。



「おおおおおおおおおお!」



 ラジャスが雄叫びを放つ。それはまるで身体の奥底から力を無理やり引き出しているような、命を削っているかの如き咆哮だった。

 やがてラジャスの右手に凝った闇色のエネルギーが膨れ上がり、辺りの全てを巻き込んで炸裂。衝撃波に闇色のエネルギーが混じった波動が迫る。



(まずい……!)



 ラジャスと自分までの差し渡しを再度確認して、口の中が苦くなった。十メートルの間では彼我の距離は近すぎる。その上で、当たれば無事では済まない威力の攻撃がやってくる。身体には先ほどのしびれ。まだ、動けない。防御の魔法は間に合わない。

 血の気が引いたような冷たさと、焦燥の熱がない交ぜになったような感覚が、腕のしびれを冒していく。

 だがそう、なす術もなく受けると歯噛みした時、自分の身体が何かにさらわれた。



「レイジ様! ご無事で!」



「あ、え? ティア……?」



 すぐ横から掛かった声に気が付き、まじろぐと、先ほどまでと景色が変わっていた。脳を刺激した気遣いの声はティータニアのもので、よくよく見ると彼女にしがみつかれたように抱かれていた。

 その状況を鑑みて頭の中を整理する。動けない自分をさらって圏内から離脱したのか。

 ふと見ればラジャスからかなりの距離を稼いでいる。魔法を使ったのか。間一髪だった。



「くそ……全力を以ってしてこの程度とは……なんだったと言うのだあの(いかずち)は……」



 ラジャスは気息奄々。肺腑が泣いてやまないのか、かすれた音が混じった呼気を吐き出して、何かに対して毒づいている、苦さよりも、忌々しさの方が勝っているらしく、身体の辛さは怒りに打ち負けていた。


 やがて周囲から魔力の高まりが感じられる。次いで魔法の気配が膨張し、魔法使いたちが一斉に魔法を放った。

 すぐにラジャスが数種の攻性魔法に包まれる。放たれた魔法は炎や雷など、打ち消し合わない属性同士の魔法が合わさったものだ。しかも、複数の強力な魔法使いが放ったため、その威力はグラツィエラの魔法を優に超える。

 だが、それでもラジャスは健在だった。

 ラジャスに放たれた魔法のその一切が効いていない。

 ティータニアの驚愕の声が聞こえる。



「……なんて頑強な魔族」



「ぐ、うう……」



 どれほど身体の強度が高いのか。結局ダメージを与えられたのはハドリアスのみだ。

 だが、ラジャスはいまもって苦しみに呻いている。元々、かなりの重症を負っていたのだろう。死が近づいているようにしか見えない。



「怯むな! 魔法を放ち続けろ!」



 ハドリアスの指揮の声や、兵士たちの怒号が響く――




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