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商隊護衛



 朝の一件から数時間後。水明は現在、以前に衣類店で買った現地の服に身を包み、片手には向こうの世界から持ってきた施術済みの鞄を携え、メテールの外周を囲む背の高い壁の外にいた。


 宿で準備を終えた後、朝食を取り、商隊の出発時間まで暇を潰した水明。レフィールは外出中で別れの挨拶やちゃんとした謝罪はできなかったが――まあ縁があればまた会う事にもなるだろうと、集合の時間に合わせ宿を発った。



 そして城壁門脇の詰所で各種手続きを終えて、今ここにいる。

 城壁門から続く街道脇のこの辺が、依頼を出した商隊との集合場所。

 なのだが、その前に。


ふとそこから後ろに振り向いて、何とはなしにそこにそびえるそれを見上げる。



 王都メテールを常に守ってきた守備の要たる壁。間近で見るのはこれが初めてだった。



 これがメテールの外周をぐるりと囲む巨大な守りだ。

 王城ではなく都市を守るための壁だが、これも城壁と呼んで相違ない。向こうの世界でも、中世代は町の周りに砦や城の守りと同じような型の城壁を建て、防御とするのが主流だったのである。


 そのため、矢を防ぐため設置された外壁上部の凸の部分マーロン、矢を掛けるための凹の部分エンブライジャも存在している。



 こちらの世界もこれで迫り来る外敵――軍隊や各武装勢力、こちらの世界特有のものと言えば野良の魔物から都市を守っているのだろう。



 だが――



(ドロテアが新素材って言ってた通り、魔力に対する防備はないみたいだな)



 と、城壁を見ながらドロテアの言葉を思い出す。その通り、メテールを守る城壁に使われているものは、ギルドの訓練場に使われていたような魔力に強い素材とは異なるものだ。

 パンテオンに使われているような古代のコンクリートを、灰色煉瓦で覆っただけの防壁。おそらく魔法に強いとされるものは最近発見された新素材故に、歴史のある都市には使われている訳もなく、量も少ないため補修もできていないのだろう。



「これじゃあ強力な魔法をガンガン撃たれたら終わりなんだろうな」



 攻撃的な魔法に晒されれば、術式防御も強度もない物質はすぐ壊れる。ちょっと技術をあてがった程度の石壁なら尚更だろう。


 その偉容に反して、この世界にあるものとしては心もとない気もする。いくら規模が大きくても、壊れる物は壊れるのだから。



 ……まあそんな事を気にしても意味はないのだがと、水明は首を振る。都市の防御力など自身には関係のない事なのだ。自分には自分の城壁もあることだし、いつまで見ていても仕方ない。



 そんな風に城壁に馳せた思いを振り切って近場を見ると、そこには人だかりがあった。



 身なりは普通だが小綺麗な服を着た集団と、二十人前後の武装した集団。数は合わせて数十人規模。それに加え荷馬車が数台ある。



 もはや移動する集落と言って差し支えないそれは――いま自身が目的としている商隊だった。



 商隊(キャラバン)。向こうの世界では、長い輸送路の区間にある危険性である略奪や暴行から商人や商品を守るため、複数の商人や輸送を生業とする者が共同で組織した集団を言う。


 キャラバンのリーダーは大概が交易商人と呼ばれる都市と都市を結んで現地の商人に対し品物を卸して利鞘を得る卸商が勤めており、隊員はその交易商の下にいる者や、移動を聞いて集まった行商人で構成されている。


(まあ、いかにもそれらしいか)



 見た目は、向こうで得た知識から想像していたものと一致する。目の前にあるあの集まりを見る限りでは、そう向こうの世界と変わるものでもないらしい。


 ただ、周りをかなりの数の武装した集団で固めているのは、違いらしい違いと言っていいか。

 見れば鎧を着こんだ戦士や魔法使いも幾人か見える。それこそ、レフィールのような女の剣士の姿も。


 二十人には満たぬ数だがそれでも多いと思われる。



 それなりの数の護衛を用意しないといけないのは、恐らくはこちらの世界特有の危険である魔物と言ったものの存在があるからだろう。

 ここは文明の程度も低く、向こうとは違い様々な脅威がある場所だ。ある程度の武力が揃わなければ、都市間、国家間の旅さえままならないそんな世界であり、あちらの世界のように飛行機や鉄道で一発と旅行がお手軽にできるような場所ではない。



 整備された道は次の町まで一本。外灯などあるはずもなし、水場や宿を確保するにも手間取るだろう。



 それを考えれば、改めてあちらの世界がどれだけ住みやすかったか知れた気がする。



 そんな便利さ不便さの差にううむと一人唸りながら、水明は人だかりの中にいた恰幅のいい商人風の男に歩み寄る。

 受け付けでの話が合っていれば、宵闇亭に依頼を出した依頼人はこの男で間違いはなさそうだ。








「何かご用ですかな?」


「冒険者ギルド宵闇亭に所属するスイメイ・ヤカギと申します。本日はこちらの商隊の護衛依頼を受け、参りました」



 そう事務的な口調で出会いの挨拶を述べると、商人の男は胡乱げだった顔をぱっと得心顔に変え、返す。



「ああ、これはこれはご丁寧に。私、この商隊をまとめておりますガレオと申します。あなたが回復魔法を扱うヤカギどのですな。この度はこちらの依頼を受けて頂きありがとうございます。クラント市までの道程、怪我人が出た際には何卒よろしくお願いします」



「いえ、こちらこそよろしくお願いします」



 差し出された手を握り返して、そう穏やかなやり取りを終える。

 だが直ぐ、ガレオが些か困惑気味な視線を向けてきた。



「ヤカギどのは魔法使いと伺っておりますが、その出で立ちは……」



「これですか?」



「え、ええ。どう見てもそれらしい格好ではないので私もその……」



 順当に、困惑したか。



「あはは、あまり魔法使いという感じの服装は好きじゃないんですよ」



 と、不自然さのない作った笑いを交えて言うと、ガレオは一転値踏みするような視線を向ける。



「ほう、それは一体どうして?」



「なんというか、魔法使いの格好でガチガチに固めると、偉ぶってる感じがしましてね」





 そう、それは水明がこの世界の魔法使いを見て思った忌憚のない意見だった。ここ数日、この依頼に参加するまで町を出歩いたが、その折り、魔法使いや魔法使いギルドなども見る機会があった。


 その時に得た印象がそれだ。些か、偉ぶっている、と。

 確かに目にした全ての魔法使いがそうだと言うわけでもないし、それが悪いと言うわけでもない。だが、やはり未だ道半ばの身としてはその真似をするような感じがまとわりつき、気が引けるのだ。


 神秘に身を置いているからと言って、偉いとか、人間的な価値が高い訳ではない。

 それにああ言うのを見ると向こうの世界にもいた古風然と威張りくさった魔術師を思い出してしまい、例え周りの反応があろうと、常に魔法使い然とした服装をする気にはなれなかった。



 ……それも、父や盟主という魔術師を見てきたためなのだろうか。

 あれらも存外に特殊なのだが。



「おお、そうでしたか。……いや、実を言うと私もそう言う方々というのはあまり好きではなくてですな。ご用向きの時はこう、いつも態度が尊大でして」




「そうですか。やっぱりどうにも肌が合わなくて」


「いやいや、分かりますとも。私としても丁寧な対応をして下さる魔法使いの方に来て頂き、嬉しく思います」



「あ、ちなみに杖とかはちゃんと持ってきてるんで、ご心配なく」



 さすがに、これは真っ赤な嘘だが。



「おお、そうですか。では何も心配ありませんな。道中よろしくお願いします」



「はい」



 こちらが返事をすると、ガレオは会話も早々に切り上げて、他の商人のところへ行ってしまった。

 他にも段取りがあるのだろう。出発前だ。まとめ役が忙しないのは仕方ない。



 そんな折、後ろから聞き覚えのある声が掛かった。



「……もし、スイメイくんか?」



「え? あ、グラキスさん?」



 振り向くとそこには何故か、ここにいるはずのないレフィール・グラキスの姿があった。


 懐疑に駆られ、訊ねる。



「どうしてここに? 確かグラキスさんの出立はもっと後だったのでは?」



 そう、湧いたのはそんな疑問だった。

 宿に泊まっていた時、彼女も同じ宿をとっていたため、当然彼女とは何度か話をする機会があったのだが、その時に聞いた話では、彼女の出立は諸々の理由でまだ先になるとの事だった。



 にも関わらず、何故ここに旅をするような風体でいるのか。甚だ疑問である。


 すると、レフィールは頷いて。



「ああ、そうだったんだが、二日前に受けた依頼が思いのほか実入りのいいものでね。金銭が予想以上に早く貯まって、予定を繰り上げたんだ」



「じゃあ必要だって言ってた経費はもう?」



「ああ、問題なくなった」



 訊ねると、レフィールは落ち着いた微笑みを見せる。

 宿での話の中で、彼女は旅費と魔導院に入るための初期費用が必要であるため、帝国に向かうのはメテールで稼いでからと言っていた。

 旅費はどうにでもなるとして、魔導院に掛かる金額が高いらしく、直ぐには行けないと言っていたのだが、それが解消されるとはよほど高額な報酬の出る依頼だったのだろう。



「……ちなみにどんな依頼だったんです?」


「魔物の討伐だよ。ここから少しばかり離れた場所に突然強力な魔物が現れてね。それを討ちにいったんだが、緊急で出た依頼だったから報酬も高かったのさ」



「強力な魔物?」



 気になる事を聞き、訊ねる。こちらが護衛の仕事を探している合間に、そんな物が出たのか。



「そうだ。セミ・ジャイアントだ」



「セミ・ジャイアント……」



「ああ」



 ……そう口にして、レフィールはそれ以上話さない。説明なし。

 こちらも分かっているような(てい)で話しているらしい。



「……と言うのは?」



「……む? スイメイくんは知らないのか? セミ・ジャイアントだぞ?」



「はい。俺のいたところには、そんなのはいなかったもので」



「そ、そうなのか……いや、うん……そういうこともあるのか……」



 意外だと、驚きの顔をされてもどうしょうもない。こちらはまだ常識の乏しい異世界人。知らない事は沢山ある。ジャイアントと名前の付く限り、巨人だとは推し量れるが果たして。



「うん。セミ・ジャイアントは巨人種の亜流だよ。単眼で、真性の巨人には大きさは劣るがそれでも一般的には強力とされる類いの魔物だ。腕力にものを言わせるような奴で、一体いれば小さな砦くらいは簡単に落ちる。そうだね……おとぎ話にもよく出てくるんだが、東の方では馴染みのない魔物なのか……」



「ええ、まあ。……というかそんなの倒してたんですねグラキスさん」



 ほうと吐いた感嘆の息に、少々の呆れが混じる。砦一つ落とすとなるとかなり危険な部類だろう。淡々と説明してくれてはいたが、そんなのを倒して且つ自慢も興奮もない辺り、この少女も相当ではないか。



「まあ私一人じゃないがね。何人か討伐メンバーを組んで倒しにいったから、私一人の活躍など微々たるものだよ」



 謙遜するが、その落ち着きよう。額面通りには受け取れない。


 しかし――



「ちなみにですけど、それってそんなに出てくるものなんですか?」



 セミ・ジャイアント。物語に出てくるサイクロプスを一回り小さくした怪物をイメージしながら、そんな疑問を投げ掛ける。突然とは言ったが実際どうなのか。

 そんなのが頻繁に出没する世界だったという話を突きつけられるのは勘弁して欲しいなとげんなりしつつ、レフィール回答を待つと。



「いや、小物ならまだしも、さすがにセミ・ジャイアントほどのものはそうそう出てくるものでもないよ。そもそもこの辺りではああいうのが生まれる環境がないからね」


 という事は偶然が重なって出没したのか。そう考えていると、レフィールが。



「だが、偶然とも言いがたいんだ。出てきたものがものだからね」



「ふむ……」



 ……レフィールその言葉に、思惟を巡らす。確か城にあった魔物の生態を考察した資料によれば、強力な魔物の発生には二、三個ほど説があった。

 自然の淀みなる現象が発生することにより突然強力な魔物が出現する自然発生説や突然変異説、あとは魔族が眷族を生み出す際に生まれる知能の低い魔族が強力な魔物と定義される説がそれとされる。


 個人的には一番最後の説が信憑性が最も高いものと思っていた。前者二つは偶然性が高いが、最後のだけはいかにもらしいからなのだが、ならば――



「魔族がいる」



 レフィールがどこでそのセミ某と戦ったかは知れぬが、後者で言えばそう言うことになるだろう。



 しかし、呟きだったからだろうか。返事がない。



「グラキスさん?」



「……ああ、かもしれない」



 ――そんな、遅れ馳せの同意に目を向けると、どこか一点に視線を向けたままのレフィールが。

 その瞳には爽やかなものから打って変わって、負に淀んだ陰影が。

 今の会話に何があったか。昏い埋み火が灯っている。



 ……眉をひそめるこちらに気付いたか、ふっと陰鬱なトーガを取り払うレフィール。



「なんでもない。気にしないでくれ」



「はあ……」



 何か、彼女なりに思う事でもあるのだろう。

 そう考えながら、レフィールに困惑の返事をすると、彼女は急に言い難そうに所在ない仕草で。


「あの……」



「……?」



 その声は、さっきまでの凛とした声ではなかった。そう、どこか恥ずかしそうな、年相応の少女が発する消え入りそうな呼び掛け。



「どうかしました?」



「いや、その……だな」


「……?」



 レフィールは躊躇いがち。よく見れば顔をかすかに紅潮させている。どうしたのか。そう小首を僅かに覗き込むように傾げると、意を決したかレフィールは。



「そ、その、朝はすまなかった。ぶつかった挙げ句見苦しいものを見せてしまって……」





 俯きながら、恥ずかしさに喘ぐレフィール。朝の件を、向こうから切り出されてしまった。

 謝られるが、しかし考え事をしていたこちらにも落ち度はあるわけで。つまり。



「え、いや……こちらこそ不注意ですいません。俺の方こそ曲がり角なので気を付けるべきだったのに」



「いや、あれは私が周りを見ていなかったから悪いんだ。君が気にするような事じゃない。すまなかった」



 レフィールはそれは違うと首を横に振り、重ねての謝罪。

 そんな彼女に対し、訊ねる。



「……あの、何かあったんですか?」



「それは……すまない」


「……いえ、こちらこそ不躾な質問でした。いまのは忘れて下さい」



 話せない。そう口にするレフィールに、食い下がらずにすっぱりと、答えを聞くのを諦める。

 朝のあの状況だ。元々聞いていいかも分からないような込み入ったものだろう。気にはなるが、さすがに根掘り葉掘りは野暮である。



「で、では、私もこの商隊のまとめ役に挨拶をしてくるよ」



 場の空気に耐えられなかったか。そう口にしたレフィールは返事も聞かず、そそくさとガレオのところへ行ってしまった。




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