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受け付けにて、荒事





 現在、水明の置かれた状況はと言うと、刺し殺すような視線という名の針の筵の直中(ただなか)と表現できるだろう。



 先程まで朗らかに話していた後ろの受け付け嬢は、今はムッとした顔でこちらを睨みつけ、正面の大男は抑えきれない怒りに肩を震わせて立っている。

 周囲にもギルド員らしき人間が続々と集まっており、冷やかしに来たらしき異世界人を威圧しながら取り囲んでいた。


(うわぁ、盛大にまずったなこりゃあ……)


 心中で、やらかしてしまった感満載の呻きを放つ。格好ばかりは失念していた。確かに指摘されれば、納得もいく話だ。大半が荒事を生業とする人間がいる組織なのだから、それにそぐわない者は当然入り込む事はできない。見た目は平凡。格好も恐らく平凡。普通を追究したため、どこからどう見ても戦いとは無縁の姿。それに加え日本人という人種の差まであるならば、そう見られてもおかしくはない。



 だが、あちらで――もしこんな組織があったと仮定し、今と同じような状況に立たされたとしても、向こうの世界であればそうそうこんな事にはならない。細身だろうが、見た目が普通だろうが、子供だろうが老人だろうが、戦う技術やその道具なんて物は掃いて捨てるほど揃っているあの世界だ。銃火器、兵器、洗練された武術、こちらの分野から言えば魔術だが、凶悪な力は幾多数多ある。



 確かにガタイの良さと物々しい格好はアドバンテージの一つだが、結局それが戦いの大きな要因にならないゆえに、外見で舐めた奴から油断を突かれて死んでいくのだ。それが魔術師ならば尚のことだ。見た目の物々しさよりも得体の知れなさ。湛える魔力の多さよりも、どれだけ神秘をその身に宿すか。それが重要な事柄である。



 故に水明は、向こうの基準を当たり前にして事に臨んだのだ。彼にとってはあまりに常識過ぎるために、見えなかった盲点だろう。

 しかし、異世界だから仕方ないと、それは言い訳にならない事だ。これは彼の紛れもない落ち度である。

 だが、ここで加盟を諦める訳にもいかない。ここでのギルド加盟は必須事項だ。ここでぐずつかずギルドカードを入手し、まともな宿にも泊まりたい。

 だが、今さら剣を買いに出直すにしても、無理があるか。顔はもう彼らに覚えられてしまっただろう。悪い意味全開で。なので、再び舞い戻っても追い返されるのがオチだ。


 さてどう打開しようかと考えていると、男が怒りに染まった目をギョロリと動かして、問い質しを放つ。


「……テメェ、自信があるんだな?」


「まあ。さっきも似たような事は言ったけど、自信がなかったらこんなとこにはいませんよ」


「そうか。じゃあ俺が試してやるよ」


 と、男は怒りを抑えるような口調でそう言ったあと、背中の大剣に手を掛けた。


 すると、今度は受け付け嬢が顔に俄な驚きを張り付け、慌てて制止に入る。



「ちょ、ちょっと待ってください! いくらなんでもそれは……」


「構わねぇだろ。ソイツも本気だっつってんだからよ」


「で、ですがギルド員が軽々しく一般の方に暴力を振るうのは、ギルド規定で禁じられています」


「いや、別にこれは単なる暴力じゃあねえし、それにギルドの規定は“一般の人間であれば”の話だ。コイツは加盟希望者だから、一般の人間の括りには入らねぇ。なら、今ここで試しても問題はないだろ?」


「それは……確かにそうかも知れませんが……」


 男に捲し立てられ、口ごもる受け付け嬢。そんな彼女を無視して、男はこちらに訊いてくる。


「テメェも本気なんだろ? なら問題ねえよな?」


「まあね」


 水明はそう男の言を認めたが、しかしため息が出るのは止められなかった。結局はこうなるのか。殺気立った状況の中だ、実力行使は多分に予想できた事態ではある。


 あとは、自身がどう対処するかどうかなのだが――


(ま、こっちはあっちの教会の連中みたいな奴等がいる訳でもなし、魔法が公に使われる世界だ。過剰な秘匿云々もないか……)


 正直、この世界でどうするべきかは、この数日の間で心変わりしていた。初めは向こうの世界と同じように魔術を頑なに秘匿すべしとも思っていたが、こちらの人間が魔術を平然と生活の内で使う以上そうも言っていられない。魔術を使われれば魔術で返すしか対抗手段がないし、いつでも自身と相手のみと言う隠蔽が容易な当事者だけの状況を作れる訳でもないのだ。そう考えれば、これからこの世界を生きていく上では魔術を人に見られず生きていくのはまず不可能だと言っていいだろう。



 それに、あちらのように奇跡のみを神秘であると定義する者の集まりである、教会――魔術の存在を良しとしない魔術師のカウンターエネミーである彼らのような存在がいないのならば、隠し通さなければならない意味は薄れてしまう。あとは、自身の秘匿を読み取られてしまう危惧のみだが、魔術系統も自分の世界とこの世界とではまるで違うし、今まで見た限りではこちらの魔術を紐解くような知識はないらしく、自分から秘跡を伝えない限りは行使しても問題はないと思われる。


 故に、ここである程度なら使っても問題はあるまい。ギルド員になる以上、いずれは通らなければならない道なのだ。いま行こうが後で行こうが結局行くなら変わりない。


 本当ならば、出来ればではあるが、穏便に済ませたかったと言う気持ちもある。

しかし良く考えればある意味この状況こそが、今の自身がギルド員に適するかの資質を最も雄弁に語れる機会でもあると言えるのだ。ここで分からせてやれば、状況の打開は叶う。


 すると、男が気にくわなさそうにして。


「テメェ、ボケッと突っ立ってるのはなんだ? 危機感がねぇのか?」


「そりゃあ危ないような状況じゃありませんからね」


 訊ねに、そう涼しげに返す。いや、それ以外に返しようがなかった。焦ったり慄いたりするような状況ではないのだ。まさか、演技でもしろと言うか。はっきり言ってそれはない。


 威圧されてはいる。だが、この程度の武威など今更なんて事はない。修羅場は潜ったの言葉通り、一通りの威圧や場の圧迫感には晒されているのだ。


 そう、いま向けられている男の武威など、向こうの世界の剣豪どものそれとは比べものにすらならないし、外なる神々を信奉する魔術師の狂気が抱かせる嫌悪感を思えば、この敵意など心地好さすら感じる。それに銃火器など近代兵器で重武装した集団に囲まれた時の危機感にはやはり慣れないし、怪異と呼ばれる異形体が発する威圧には物質的な痛みすらあるのだ。


 それを思えば、デカイ男の無造作な威圧など何ほどの事があろうか。おかしな物に晒され過ぎて麻痺しているのは分かっているが、それでも涼風にしか感じない。


 そんな自身を見て、どう思うか。物事を弁えぬガキの挑発か、周りの機微に疎い阿呆か、はたまた退くに退けなくなった強がりにも見えているのだろう。魔術師は先ほど述べた秘匿の関係上、普段から外界に漏れ出る魔力を抑制しているため、彼らには魔力があるとすら認識されていないはずだ。



 鼻を鳴らす男。



「ふん。……いくぜ。止めるかかわすかしてみな――」


 そして、彼が試験の始まりを教えるかのように口にする。そうする辺り、試すという言葉は一応本気なのだろう。ただの荒くれではギルド員を名乗れぬか。存外しっかりした場所らしい。


 と、そんな余念もほどほどにして目の前の雑事に集中する。



 ――男は背中から抜き様に斬りかかると見た。ならば、タイミングも軌道も分かりやすい。

 男の剣の柄を決着の焦点と見据え、魔力を最適化。このくらい羽虫を払いのける程度の事と、軽く指を鳴らした。


「っぶぐほぁ!?」


 そして上がる、ぱんっ、という軽快な破裂音と……可愛くない悲鳴。直前で起きた小規模な空気の爆発に、男はその身を軽く弾かれ床に尻餅を突き、柄を衝撃でもって叩かれた彼の剣はその手からすっぽ抜けて後ろへと吹き飛んだ。


 ほどなくして重なる、自重によって墜落する剣の落下音と、男の呻き声。


「うがっ! いっつぅ……く、くそ! な、なにが……?」


 俄な衝撃に身体を叩かれ、一時的に正体を失ったか。男は辺りを見回し現状を把握しようとする。


「ふぇ、ええ……?」


 そして、それを真後ろから見ていた受け付け嬢は、そんな間の抜けた困惑の声を上げていた。その驚きは、ただの冷やかしかいたずらと思っていた故のギャップか、そもそもそれ以前に何をしたかすら分からないからのものか。それは知るべくもない。

 周りも同じように驚いたようで、目を皿のように丸くしている。










「あの、いま何を?」


「魔術行使」


 やがてして、おそるおそる訊ねてくる受け付け嬢に、そんな飾り気も素っ気もない答え。

 一方やっと気付いたか。男が頭を押さえながらこちらを見る。


「魔法、か……? 詠唱も鍵言もなしに……」


「ええ」


「ほ、本当か……?」


「まあ、それ以外はなにもしてないですから」


 得意になることも、さりとて(へりくだ)ることもなく言う。

 この反応を見るとやはり、フェルメニアの驚きはこの世界でも一般的な物だったか。呪文の詠唱も、魔術を発動させるためのキーワードたる鍵言も使わずに魔術を発動させるのは、ここでも驚愕に値するものらしい。



 ――典礼魔術。場合によっては儀礼魔術や祭儀的魔術と呼ばれる、魔術形式の一つである。魔術とは言うが、数秘術、星占術など幾多ある“魔術系統”とはまた違う意味合いで使われる言葉で、定められた一定の動作や呪文を正しく行う事で発動するタイプの魔術を指す、魔術用語である。現代風に言えば、マニュアル魔術か。


 決められた法則に添って動作や呪文を行うものがこれに当たるため、現在、多くの魔術がこれに該当する。召喚術はこれの最たるものだろうし、恐らくはこちらの世界の魔法も決まった言葉を使うあたり、これに当たるだろう。


 今の水明が放った魔術は完全に典礼魔術に区分される魔術だ。指を弾くという動作で魔術が発動する事をあらかじめ魔術として定着させて、必要な条件を満たせば行使できるようにしている。


 簡素でありきたり、体系化されているため使い勝手もいい。

 そう、呪文もキーワードもなしで魔術を使う事は、あちらの世界では決しておかしい話ではないのだ。



「じゃあ、あなたは……」


「あー、そう。言うの遅くなって申し訳ないんですけど、俺って一応魔法使いみたいなもの……なんですよ」


 そう遅れ馳せの申告を詫びると、周囲から次々と困惑の囁きが飛び交う。


「あんな格好で魔法使いだと……!」


「無詠唱で鍵言もない魔法なんて聞いた事がない……」


「おい、あいつものすごい魔法使いなんじゃないか……?」



 ……やり過ぎたか。いや、こっちはいつも通り指を弾いただけだ。魔術的に考えても、動作を使って行う魔術はポピュラーなのだ。指を差して相手を呪うだとか、舞踊を使う魔術もあり、そんなにすごいことはしていないし、まずこの場合指弾以下の魔術でどうにかしろと言うにも無理がある。無視だ。ここは黙殺しよう。そう結論付けた水明は後ろを向く。


 そして、驚きを含む怪訝な視線を送ってくる受け付け嬢へ、肩を竦めて訊ねる水明。


「信じられませんかね?」


「いっ、いえ、魔法を使ったのでそれを信じられないと言う事はありませんが、魔法使いなのでしたら何故あなたはローブも魔杖も身に付けていないのですか? 魔法使いには必須の品ですよ?」


 ……?



「うん? それって魔法使いは身に付けてなきゃならない物なんですか?」


「……いえ、そう言う訳ではありませんが、一般的な魔法使いの傾向として」


「なら別に良いでしょう? 俺、そう言ういかにも魔法使いって言うナリで古風然とした物はあんまり趣味じゃないんです」


「…………」


 今の物言いはそれほど珍しいか、受け付け嬢は口をポカンと開けている。

 そして。


「しゅ、趣味じゃないって、微細な魔力の制御とか、魔術への抵抗力とか必要でしょう!?」


「確かにローブは代替品がありますが、魔杖は揃える必要もないでしょう。複雑な術式を補助する魔術品なら使って当たり前ですが、魔力を緻密に制御する技なんてその身一つで出来て当然、出来ない奴は三流ですよ」


「うああ……」


 手厳しく断じると、よく分からない呻きを発する受け付け嬢。


 それだけ強く、この世界の魔法を使う者にとっては、魔杖やローブは必需品という通念があるのだろう。フェルメニアが魔杖を持っていなかった故、それほどの事もないと思っていたが実際は違ったか。


 確かに古来より、杖と言うのは魔術師にとって欠かせない道具と言われている。歴史書の記述からは古代エジプトより始まり、神々の持つとされる独特の杖を模して、それを自身の権威の象徴と掲げているし、ケルト文化に登場する魔術の使い手ドルイドの持つ杖はあまりにも有名だろう。近代ではメイザーズのロータス・ワンドが挙げられるか。

 他にも魔術系統によって由来は銘銘異なるが、ポピュラーな魔導においても、魔術師の力を補ったり一つの魔術品として使われ、火の魔術を得意とする魔術師にはよく好まれている品である。


 自身がそれを持つことはないのだが――それはともかく。


 ローブについても、魔術的な防御効果のある品である事は、こちらも向こうもそう変わらないだろう。

 ローブも結社ではそれを背広で代替しているため、魔術的な防御は自分も用意があるし、そこに名を連ねる自身もいざという時は黒か白のスーツとコートを纏わなければならない。



 ……杖やローブ。

それらを古風と忌み嫌い、古来より伝わる正しいイメージをバカにするわけではない。ないが、さりとて現代魔術師には似つかわしくないものだろう。そう名乗ったクセに格好が古風であれば、やはり締まりがないしおかしい、ちぐはぐさで説得力にも欠けてしまう。



 そう、最早時代は変わりつつあるのだ。

 そもその流れに逆らい神秘を追うのが魔術師の正道だが、それでも科学の発達した今を生きている以上、新しい物を(つぶさ)に取り込み、自分達の力にしていかなければならないのは必須とも言うべきこと。盟主の説いたその魔導を目指したからこそ、今の八鍵家がここにある。


 魔杖を魔銃に持ちかえて、ローブをスーツやジャケットに誂え直す。無論古い物も大切だが、新しいイメージを模索することもまた、一つの考えなのだ。



 だが、彼女らに誤解を与えてしまったのは事実な訳で。


「いや、申し訳ない。格好がそんなに重要だなんて気が付かなくて」


 そう悪びれたように口にすると、男の方も慌てたように答える。


「い、いや、いいんだ。こっちも早とちりしちまって済まねぇ」


「そう言ってくれると助かります。……それで加盟に関しては構いませんかね?」


「ああ。魔法使いっつうんなら俺は文句ねえよ。あとはそっちで決めてくれや」


 歩み寄って、手を貸した。腕に引かれ、そして立ち上がった男が受け付け嬢に向かって指を差す。

 その指の先を追って、水明は受け付け嬢に一言訊ねた。


「それで?」


「は、はい。加盟については問題ありません。大変失礼をしてしまい申し訳ありませんでした」


「あ、ああ。そんな畏まらずとも……」


 見抜けなかった事を失態と考えたか、焦って畏まり頭を下げる受け付け嬢。そんな彼女に、少し戸惑いがちに口にするが、「いえ、申し訳ありません」と返されるだけだった。とりつく島もなかった今しがたに比べ、やたらきっちりしているのには少し違和感があったが、そう考え込む事もないだろうか。



 幾ばくもせず、周囲の野次馬や、水明を摘まみ出そうとしていたギルド員も元いた場所に去っていく。もう問題ないと判断したのだろう。先程の男も「悪かったな」と再度詫びを入れて戻って行った。



「……えーと、ではこちらに用紙がありますので、必要事項の記入をお願いします」


「はい」


 そう言って差し出された紙には、名前や年齢など最低限の個人情報を記入する項目があった。

 それについては特に書いて困る事もない。一緒に渡された羽ペンとインク壺を使い、早々に記入を終えて受け付け嬢へと渡した。


 受け付け嬢は暫しの間それに目を落としてから、口を開く。


「はい、スイメイ・ヤカギさん。……失礼ですが変わったお名前ですね」


「ええ、良く言われます」


 受け付け嬢の指摘に、水明は苦笑する。日本人ゆえ、ここでそれを言われるとは思っていた。まあ、中世ヨーロッパのような世界だ。それも当然だろう。

 だが、確かによく言われる事には変わりない。日本でも水明などと言う名前は珍しく、それでキラキラネームなどと揶揄された事もままあるため、どこに行っても変わった名前と言われるのはおかしな気分だが――それはさておき。





「お住まいについての記載はありませんが、どちらでしょう?」


 記入用紙を見ながらそう訊ねてくる受け付け嬢。その訊ねの通り、用紙には住んでいる場所の記載はしていない。


 勿論それは宿無しだからであり、それも今日の予定の中にあるからだ。


「この後、宿を取ろうと思ってましてまだ記入はできないんです」


「もしご希望でしたらギルドの方でも宿舎をご用意致しますが?」


 ありがたい申し出だが、今後の予定から断らざる訳にはいかない話だ。考えを述べて、首を振る。


「いえ、準備が整ったらネルフェリア帝国に行って活動しようと考えているので、メテールに定住する気はないんです」


「そうなのですか……」


 声に僅かだが残念そうな音を含ませる受け付け嬢。彼女の存念は知れぬが、滞在場所がないのは問題か。訪ねてみる。


「ダメでしょうか?」


「いえ、大丈夫ですよ。ただ、ギルドとしてもギルド員の所在を把握していないといけないので、宿を取った後もう一度ここに来ていただく事になります」


「分かりました」


「それで、スイメイさん。再度の確認になりますが、ご職業は魔法使いという事でよろしいですね?」


「はい」


「因みに扱う属性はなんでしょうか?」


 それは、受け付け嬢の何気ない問いだった。それに水明は、些かの戸惑いを覚える。


「……えと、それ言わなきゃダメですかね?」


「一応決まりですので。あ、もちろん個人情報なので公開はしませんよ?」


「う、うーん……」


「どうかしたんですか?」


 こちらの難色に、不思議そうな顔で小首を傾げる受け付け嬢。それを訊くのはここではごく当たり前の事なのだろう。 確か城にいた時、魔法を覚えたてで興奮していた黎二や水樹から、魔法使いは使える属性が生まれながらに決まっているなどと言う意味不明な話を聞いた覚えがあった。それらを全部使える二人からその事を聞いたのでやたら胡散臭く感じていたが――ともかくとして、おそらくこれはそれが関係しているのだろう。


 ギルドとして、構成員の使える魔術が何なのかを把握しておくための、自然な問いだ。


 それに、難しい顔をしたまま探り探り答える。


「得意なのは、火属性ですね……」


「火属性ですか? ですが先ほどの魔法は火属性では……」


「あ、ああ。風属性の魔術も使えるんですよ」


「なるほど。属性を二つお持ちなんですね」


「はあ、まあ……」


 そんな曖昧な返事しか返せなかった。だが、この世界風に言えばそれでもいいか。

 先ほど口にした通り、自身は火属性の魔術が得意だ。だが、火属性の魔術が得意なものに分類されるだけであって、黎二や水樹の話とは違い、ちゃんと他の魔術も行使する事ができる。


 確かに二人の話も分からない事は……なく、向こうの世界の魔術師も個々で覚えている魔術系統で扱えない属性も出てくるのは事実だ。

 だが、自身にそれは当てはまらない。カバラ数秘術――あらゆる事象や現象は数の羅列や数式によって紐解く事ができ、数の組み合わせでそれらを世界に再現できると言う理念を掲げる魔術を修めているため、火だろうが水だろうが雷だろうが液体の凝固だろうが、正しい術式とそれに必要な魔力さえあれば可能な限り全て魔術で再現できる。

 なのだが――


(属性ね……)


 ここに来てから、やたらそれが重要視されている気がする。確かに魔術で四大もしくは五大、五行などの元素論は重要な要素だ。世界を構成する基本的な概念なのだから。


 と言うよりもだ。そもそも属性というのは、扱った魔術がどの元素に分類されるかを大まかに示す指針でしかない。そこから、水は火に強いとかそんな属性の相関という考えができたのだが、自分は火属性しか持っていないから水の属性の魔術が使えないと言うものでは決してない。


 確かに生来的な相性は存在するものの、基本的な考えとして、人間は全ての属性を扱える可能性があるとされ、その中で本人が苦手とする魔術があり、その上で使えない属性が出てくると言った事態が起こるのだ。


 ――火を点けるのに、マッチではできるが火打石ではできないという人間がいるとしよう。単純に考えてその人間は、マッチを使うことができて、火打石を使うことが苦手という事になる。


 つまりここでは、そのマッチや火打石が個々の魔術系統に当てはまり、悪魔や神などの超常存在の力を借りて火を起こしたり、水明のように数字の羅列で事象や現象を紐解いてそれを再現したり、星やタロットなど占いの結果を発火として具象化したり、はたまたルーンや陰陽術を使って起こしたりと、単に扱う術の得意不得意で出来ない事が出てくると言うだけなのだ。


 故に、もし他の魔術で適性があれば、使える属性も出てくる。決して扱えない属性はないし、現代魔術師として多くの魔術系統に触れた水明から見れば、扱いにくい属性がそこそこある程度にしか過ぎない。


 なので単一の魔術系統しか修得していない魔術師に使えない属性が出てくるのはよく有りがちな話であり、もしその考えに即するのであれば、こちらの魔法使いの使える使えないの話の説明もきくだろう。恐らくこちらの魔法と言うものは、黎二やフェルメニアの使った魔術の系統がこの世界の魔術のほとんどを占める主系統。他の魔術があったとしても、そう大きい派閥ではない。


「ちなみにスイメイさんは回復魔法はお使いにはなられますか?」


「か、回復魔法?」


 唐突な問いについ、そんな素っ頓狂な声をあげてしまう。

 すると、受け付け嬢はまた不思議そうな顔をした。


「あれ、ご存知ないんですか?」


「いえ、分かるには分かりますが……」


 回復魔法ときたか。改めてそう聞くと、なんともニュアンス的に曖昧である。いや、単に言葉の使い方の違いなので、実質そこまで大袈裟に驚く事でもないのだが。しかし、回復魔法か。

 これについては治癒魔術に関するものを全て引っ(くる)めた言い方をとっているのだろう。


 これを訊ねるのも、治癒魔術が重要な能力だからか、いや、だからだ。荒事のあるところでは自分を癒す力も他人を癒す力も、必須な力だ。その理由は言わずもがな。向こうの世界でも、歴史を通して高い治癒魔術の技量を持つ魔術師は慢性的に不足している。


 これについては別に、伝えるのを憚る事もない。


「……治癒に関しては、心霊治療と錬金術、復原魔術を使ってカバーしています」


「え? シンレイ治療とフクゲン、魔法……ですか?」


「はい。そうですが……」



 一応できる事は口にしたが、受け付け嬢は戸惑ってしまう程に意味を理解出来ないでいた。まさか。


「ええと……申し訳ありませんそれらの魔法に関しては寡聞にして知りません」



 ……ですよね。



「は、はあ……」


 やはりか。やはりこれもか。なんとも言えない気持ちである。


 ――心霊治療は魔術を使って対象の傷を癒す技術である。ヒーリング、心霊手術とも呼ばれ、肉体もしくは精神体にまで干渉の対象を拡げて、病魔を取り除いたり、切り裂かれた患部を繋げたりするものだ。治癒魔術は大方がこれを指すもので、復原魔術はその名の通り壊れたものを元通りにする魔術だ。主に無機物の損壊に対し使われていたものだが、ある程度であればこれも治癒魔術のカバーに使える。


 ……そんな、よく知らない魔術はどうでもいいか。受け付け嬢は他の事を訊ねてくる。


「ですが、なぜ回復魔法に錬金まで?」


「魔法薬を作るのに錬金術を使うんです」


「金属を作ってですか?」



 どんな薬だ、それは。


「……失礼、この辺りの錬金術というのにはあまり詳しくないのですが、良ければどんな物か教えてもらっても?」


「え、あ、はい。錬金に関してはその名の通り土属性に掛かる金属を自在に操る技術を言います。大概が金属製のアイテムを作ったり、オリハルコンを加工したり、最終的には質の良いゴーレムを作ったりするのが目的だったはずです。先ほどスイメイさんが仰られた魔法薬に関してはまた別の魔法薬学の分野になりますが……」


「…………」


「あの……スイメイさん?」


「失礼。なんでもありません」



 ――あちらの世界の錬金術の大元は古代エジプト、アレクサンドリアにあった冶金(やきん)や薬学、ガラス製造、その頃の化学技術を魔術的な思想をもって集積させた巨大な学問である。不老不死の薬を作り出すのを最上の命題とし、当時のあらゆる知識の粋がそこにあったとされる。

 そこから現在の魔術に大きな影響を与えたヘルメス思想や錬金術師パラケルススの功績を経て、不老不死の薬は賢者の石と同義とされ、貴金属の錬成、ホムンクルスと言ったものまで作り出す物質再現の巨大一派となったのだが、当然と言うべきか。こちらの世界にはヘルメス・トリスメギストスやパラケルススがいないのだから、向こうの世界のような錬金術になる訳もない。



 冶金技術と、ゴーレム作製。あったとしてもその延長線上のもの。錬金術の息が掛からない魔法薬学と言う学問についてはかなり興味があるが――錬金と錬金術は別物だとこれからそこの事情に関しては慎重に発言しないと、後で困った事になりそうだった。


「……は、はあ。では、回復魔法に関しては使えると言うことでよろしいですね?」


「はい」


 頷くと、受け付け嬢は用紙にそれらの旨を記入してから、気を取り直すように咳払いを一つ。事務的な口調で話し始める。


「――ゴホン、失礼。ではこれからスイメイさんには冒険者ギルド宵闇亭の説明を一つと、ランクの計測を行います。ランクの計測についての説明はまた後で係りの者が行いますので、まず私からギルドの簡単な説明をするので聞いて下さい」



 こちらの首肯を正しく了承と受け取り、受け付け嬢は説明を始める。


「――我らがギルド宵闇亭は、主にアステル王国、ネルフェリア帝国、サーディアス連合自治州の三国で活動する冒険者ギルドです。活動内容は依頼者によって様々で、一般依頼に多い危険地域の薬草探しから護衛任務、古代迷宮の攻略、未開地域の開拓と魔物の討伐など多岐に渡ります。ここまではいいですね?」


 神妙に話を聞く水明を正面に、受付の女性は確認の訊ねを挟む。ここまではキャメリアの書庫で読んだ資料の内容とほぼ一緒だ。


 冒険者ギルド宵闇亭は、同盟三国の中で自由に活動ができる特殊なギルドである。サーディアス連合自治州に本部を置き、アステル、ネルフェリアの各地にその支部がある巨大ギルドで、各国のしがらみなく一般および国家からの依頼をこなす権利を持っている。


 今のところ質問を挟む余地もない。水明はコクリと頷いて、彼女の説明を促した。



「よろしいようですね。では先程主に三国で活動していると言いましたが……、厳密に言うと宵闇亭のギルド員はこの三国でしか活動できません。何故だかわかりますか?」


 と、質問を挟んでくる受け付け嬢。訊かれるのは意外だったが、そう難しい話でもない。そのまま単純な答えを口にする。


「他の国はこの三国にとって敵対国家ないし仮想敵国になりうるから、ということですね。それで宵闇亭の人間は簡単に出入りできない。出来たとしても、ギルドカードは使えないし使ったら危険だと、そう言うことでしょう」


「はいその通りです。ですので、この三国以外の国に行くときはご注意を。正式な手続きがない場合は例えギルド員と言えど、敵国の密偵として捕まってしまう可能性もあります。今は魔族の進攻のせいで国家間の緊張は緩んでいますが、気を付けておく事に越したことはないでしょう」


「わかった」


 これについては、かなりの確率でそうなのだろう。真剣な表情で、本当に気を付けて下さいと再度に渡って念押す受け付け嬢に、水明は諾意を示す。


「次にですが、我がギルドではギルド員の情報をランク形式で取り扱っています。ランクはEからSまであって、ギルド員はそのランクに見あった依頼を受けて頂きます。つまり、ランクEの方はランクDの依頼は受ける事が出来ない事になりますね。それでも受けたければ、依頼をこなして評価を上げ自分のランクを上げていただく事になります」


「評価の対象となる情報は?」


「色々とありますが、やはり依頼達成の実績と強さが最も大きいでしょう。こんな場所ですので、当然といえば当然ですね」


 受け付け嬢の答えに、内心頷く。

 やはり、強さやギルド員としての経験が占めるか。魔物や盗賊団などを討伐する依頼がある上で当たり前だろうし、周囲の納得も得られない状態でのグレードアップは認められないだろう。ほどほどにやっていくつもりの自分にはあまり関係のない話か。


「あと、ギルドの仕事は基本的にこちらからギルド員へ依頼はしておりません。各自掲示板に貼られたお仕事から自由に受けたい仕事を探して、決められた受け付けに申告してください。枠やランクの都合がある仕事の場合は、こちらで審査して受注の可否を決めますので、それについてはご了承ください」



 その話には、気になる部分があった。



「基本的にって事は依頼があることも?」



「よくお気づきに。そうなんです。普通のギルド員の手には負えない大掛かりな依頼や高難度の依頼がそれに当たります。それについてはこちらからその依頼に見あったギルド員を招集して、任に就いて頂くという形で当該依頼を消化しますね。まあ、大抵高ランクの方かもしくは特殊な技能を持つ方が選ばれますから、まだ関係のない話だとは思います」



「かもね」


 と、受け付け嬢の言葉に返事を曖昧に返しておく。その依頼を受けるにも、実績と信用だろうから確かに自身には関係のない話である。



「最後に、ギルドカードについてです。この後お渡しする事になりますが、身分証のような使い方もできるものなので、絶対に失くさないようにしてください。もしそれが善からぬ人の手に渡れば、悪用されてしまうこともあります。なので、手持ちの際は必ず確認をお願いします。無論悪用した場合はギルドの信用を貶めたとして断固たる処罰を行いますので、くれぐれもそのような事のなきようお願いします」


「はい」


「それで備考ですが、ギルドカードはランクごとにデザインが変わるので、ランク査定時および変動があれば一時的にギルドカードを回収します。その時には不備を生じさせてしまいますが、それについてはご容赦ください」




 そして、あらかたの説明を終えたか受け付け嬢は息をつき、口にする。


「それでは説明も終わりましたので、ランクの計測に移りましょう。あちらの扉の奥にある椅子に座って、暫くお待ち下さい」



 そう言って、上向きにした手のひらを扉の方に差し出して、どうぞと促す受け付け嬢。

 彼女の言葉に従い、水明は奥の扉へと向かったのだった。

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