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見た目は重要でした



 黎二達が城を発って数日後。今後どうするかという程度の計画は立った水明は一人、王城キャメリアを出た。


 当たり前だが黎二達の出立の時のように大掛かりなパレードや見送りはなく、旅の始まりは寂しいものだったが、そこは別にどうでもよい水明。アステル国王アルマディヤウス、そしてフェルメニアに出ていく旨を告げ、静かなのはこれ好都合とばかりに王都メテールに降り立った。


(いや、まさかお金を渡されるとは思わなかったな……)


 心中、些かの困惑を呟いて、ずっしりと重い麻袋を顔の前まで持ち上げ揺すると、金属の擦れる音と澄んだ響き。水明は城を出る際に、大臣グレスから二十数枚の金貨の入った袋を手渡されていた。


 そう、出しなの事である。大臣から心底見下したような眼差しと、陛下に感謝しろとの恩着せがましい言葉、無駄飯食らいが減るなどの嫌味をぐちぐち聞かされ、結果手切れ金のようになったそれを押し付けられ、追い払われるように城門から出されたのもつい先ほど。


 そして話によればどうやらそれは、国王アルマディヤウスの計らいらしく、大臣からそれらしい事を仄めかされた。



 予想していなかった事態に、弱ったように頭を掻く。


(いいって言ったのにこれとは、国王様は俺なんぞに恩義でも売っておきたかったのかねぇ……)


 支援は、一度謁見の間で断った。それでも自身に何かを寄越そうとするのは、やはり何かしら考えがあると勘繰ってしまう。無論、あの王様のこと。これが悪賢さの透けるようなものではなく、単純な好意ありきのものなのであろうが、正直あまりしがらみと言うものを作りたくないこちらにしては、やはり素直に喜べないものだった。

 例えば、助けたから、危なくなったら助けに来いとか、アステルと繋がりがあるとか吹聴されるとか、しがらみの例はそんな具合だ。実際ストレートにそう言う訳ではないだろうが、だがそれ故に質が悪いのも事実。

 こちらの良心と甘さを利用して、そうになり易くなるように仕向けたものである事はまず間違いないだろう。情けは人のためならずの言葉通り、実際は自分か自分達のためのこれは布石だろう。



「は――したたかだな。ま、そうじゃなきゃ王様なんてやってられないのか……」


 面と向かってでは金貨を突き返される事態を勘案に入れてか、向こうも向こうで直接顔を合わせてでなく、大臣に渡せば突っ返す事もないと考えたのだろう。確かに、あの不機嫌状態のバーコードに王の好意を突っ返せば、出立前に何が起こるか分からない。対処は出来るが大事は御免、平穏無事に出ていきたいこちらにしては、素直に受けとるしかなかった。

 そう、貰うデメリットが多少なりとあれば話は違ったのだが、こちらにそれが全く無いのがまた返しにくい要因となった。貰い物は金銭だ。お金は今後大量に必要になる。

 旅費に拠点の入手に魔術品の作成に日々の食糧にと、挙げれば切りがないくらい。故に金銭はいくらあっても困らないのだ。今の自分にとっては泣き所だ。天秤にかければ、受け取ってしまうと言うもの。


 それにしがらみができると言っても、別にこれを受け取ったから何かを強制されると言うわけでもなく、それは完全にこちらの良心まかせ。何かあっても、何か頼まれても、自分さえよければ無視すればいいだけの話なのである。


 問題は果たしてそれを、自身が出来るかどうかなのだが。


 ……金貨と一緒に入っていた手紙に目を落とす。上等な紙に、これだけはどうしても受け取って欲しいとのお詫びの言葉。それを見て心が揺れている自分に、思わずため息が出てしまう。


 だが――いや、だからか。国王陛下には感謝せねばなるまい。今はもう遠く離れた城門に向き直り、水明は改めて頭を下げた。



「狸親父め」


 やはり、悪態を忘れないのがこの男。



       ☆



「……よし、これでどこからどう見ても一般的だな」


 城から出て暫くして、衣類を販売する店で手早く衣服を調達した水明は、身なりがようやく周囲に溶け込んだのを確認してほうと一息ついた。


 これは、当たり前の感性であればの話だ。

 中世代のヨーロッパを彷彿とさせる町並みや人々の中で生活するには、さすがに学生服では違和感がある。それは当初から感じていた――と言うよりは普通に考えていたことだ。それが黎二達勇者一行ならその姿が勇者の証として見られるだろうが、これから一般市民として生きる水明が現代の服装などをしていれば、悪目立ちが過ぎる。スーツを着なければいけない時ならいざ知らず、普段の生活までそれはいただけない。


 そのためこの時代のニーズに添う衣類の調達は急務で、水明がまず真っ先に向かったのは衣類店であった。持ち合わせは当初こちらに持ってきた高校の教科書などを売って工面しようとしていたのだが、結局は先ほど貰った金貨を両替屋で銀貨に崩したものを使う事となった。



 周囲を歩く同年代くらいの若者が着る服を参考にして買い求めたので、値はそれほど掛からず、それなりのもの。やはり現代の服の着心地からは格段に質が落ち、やたらと生地がゴワゴワするが、それを両立させる事は不可能に近い。


 だがこれでもう、見た目を気にする必要はなくなった。



「で、次は冒険者ギルドか……」



 服の袖の感触を確かめながら、水明は次の目的地である冒険者ギルドへと歩を向ける。


 水明が衣類店の次にそこを目的地と選んだのは、身分証になる物を手に入れる事が先決と考えたからだった。冒険者ギルドに加盟、登録すれば、冒険者としての自身の身分が確立する。これは今の自分には必要事項だ。


 自分の力で生活しようと城から出るのはいいが、城から出ればその場で自身の身分は王の客人から完全な浮浪者になってしまう。


 所詮自身は異世界人、旅人と嘯くのも手ではあるが、結局周りからすれば得体の知れない者に過ぎない。そうなれば諸々、都合の悪い事が出て来たりもする。衣食住に関してはその最たるものだ。現代と同じで、身分という観念はファンタジーのこの世界でも生活に直結する。いや、現代とは違い、身分や外見でしか相手を判断する要素がない以上、身分を正しく証明してくれる物品の存在の欠如は現代社会よりも致命的かもしれない。

 確かに魔術師である水明には、魔術という尋常ならざる技があり、それを用いればどうとでもなることだ。だが、魔術を使って偽りを重ねていれば何かの拍子でそれが剥がれた時、そのツケは当然自分自身で払う羽目になる。

 役所に行ってそこそこの金銭を納めれば市民権も得られるが、定住する訳でもないので却下。


 アステルを出るのは決定しているから今すぐここでそれを得る必要性は高くはないかもしれないが、しかしやはりどこに行って生活するにも身分証は大事であり、早く取得して置くことに越したことはないのだ。

 それに、これから行く冒険者ギルドの特性上、アステル王国で加盟しようが目的地であるネルフェリア帝国で加盟しようが都合関係のない部分もある。


 さてその冒険者ギルドと言う場所。キャメリアの書庫で漁ったギルドの資料によれば、他のギルドと違い、誰でも登録が出来るらしい。

 他のギルド――例えば商人ギルドならば、商人が集まり安定した商品や通商ルートの確保ができるし、職人ギルドならば、職人達が登録して物資の調達や依頼が安定するメリットなどがある。だが、大概のギルドはその恩恵を受ける前に手間があり、ある程度の下積み経験と後見人が必要になるのだ。



 しかし冒険者ギルドはそれがない。着の身着のまま向かえるお手軽組織――と言うのは言い過ぎかもしれないが、仕事をこなす実力があればなんとでもなるのだ。


 しかし舐めてはならない。ここに必要なのは腕っぷしと信頼だ。仕事は信頼がないと任せられないし、舞い込むのは危険な仕事ばかり。魔物の討伐や未開領域の探索など。当たり前だが普通の人間は依頼を持ち込む以外、利用する事はない。必然、戦える者しか登録ができないのである。



 しかし、魔術師である水明が何故、魔法使いギルドというものが存在するにも関わらずここを選んだかと言うと、それには魔法使いギルドの特殊性が挙げられる。魔法はこの世界では剣技に並ぶ大きな戦力だ。当然国家間の争いでは魔法は重宝されるし、その元締めと言って憚らないだろう魔法使いギルドは、その国の戦力である。

 故に、基本的にギルド員の魔術はその国のために使われる事となる。



 自身の魔術やその研究を、理念の合致する結社以外で利用される気など更々ない水明には、その選択肢は最初からない。

 そしてそんな側面もある魔法使いギルドのギルド員は情報漏洩の観点から、他の国への移動にも制限や手続きがある。これは水明の目的にもそぐわない。

 つまり魔法使いギルドは他のギルドとは違い、その国家お抱えの民間組織であるため、それなりに自由の効く他のギルドに比べて身分証明書であるギルドカードを取得する旨味がないのだ。


 宮廷魔導師フェルメニアの発言やその魔術、魔術を教わった黎二達の話を聞いた限りでは、魔術系統という概念すらこの世界には存在しないようで、魔術の技法が無闇に流れてしまう可能性は――自身が教えない限りはないだろうが、一応その辺りの懸念もある。特別な用がない限りはかかわり合いになるべきではない場所である。


 そんな考えを振り返りながら通りを歩いていると、間もなく冒険者ギルドらしき場所に到着する。

 周囲の建物と同じような木造建築で二階建て。

宵闇亭と、まるで料理屋か酒場のように名前を大きく誇示した看板が据えられ、プレートメイルを着付けた守衛が二人、扉の前に立っている。

 造りは他の建物とさほど変わりはないが、あからさまな違いと言えば、その敷地面積の広さだろう。

 ここ異世界の都市というのは、このメテールに限らずだろうが、侵略者や魔物などの外敵の侵入を防ぐため二十メートルを軽く越える背の高い壁に覆われている。そのためそれを作る関係上、都市の敷地は限られ、中に作られる建物も二階建て三階建てはざらで一戸当たりに対する面積もせせこましいものとなっている。


 その上でのこの冒険者ギルドの立地、面積だ。大通りからは一本外れるが、目に付きやすい場所にあるし、他と比べれは大きな敷地を擁している。両方を国から与えられたのならば、その重要性は言わずもがなだろう。



 そして改めて周りを見ると、この付近は他の通りとは違い、物騒な格好をした人間がちらほらいる。まるでゲームやアニメの登場人物を連想させるような鎧を着込んだ戦士然とした大男から、フェルメニアのような魔法使いめいたローブを身に付けた線の細い男女の組、いわゆるクレイモアと呼ばれる広刃の大剣を背負ったら男もいるし、人間の頭なんてトマトよろしく軽く潰せそうな凶悪なメイスを持った人間なども見掛ける。


 現代社会ならば銃刀法違反その他諸々で逮捕されてもおかしくないが、ここでそれはあるはずもないもの。この世界の人間にとって、武器は生活に必要な品のカテゴリーに相当するのだ。自衛しかり、狩猟しかり。誰がどんな武器を身に付けていようと、咎められる法律は存在しない。

 だが、やはり些か剣呑ではある。一歩二歩踏み込むだけでピリピリとした空気を味わえるのだ。

 現代社会を生きた水明にとっては新鮮なものがある。


 そんなやたら物騒な周囲を眺めながら、冒険者ギルド宵闇亭の扉の前まで向かい、間もなく到着する。扉の両脇を固める守衛からは何も言われないため、どうやら場違いではないらしい。そのまま会釈して進むと、了解の意か軽く片手を上げる守衛。


 彼らに見送られ、扉を開けて中に入った。


 そして――冒険者ギルド。

 よく昔から語られるファンタジー世界にありがちなこの施設は、大概その内装が酒場を元にしたものだ。中世代の居酒屋が酒を供するだけの施設でなく、よろず屋、集会場と言う側面を持っていたため、大雑把に括れば何でも屋に相当することもない冒険者ギルドもそんなイメージと繋がって、冒険者ギルドイコール酒場となったのだろう。

 実際はそうでもないだろうと考えて中に飛び込んだ水明だが現在、宵闇亭の内装がかなりそのイメージに近くあり、はあと感嘆の声を上げていた。


 正面には依頼者やギルド員の相談を受ける窓口があり、それに並ぶための長椅子。横にはニュースペーパーらしき報知誌のような物を置いておく台があり、依頼書を張り付けた掲示板もある。

 そしてホールの大部分を占めるのが、酒場らしき構造の一画だ。脚の高い丸テーブルや長机。オーク製の樽が山と詰まれ、まだ日中にも関わらず赤ら顔をした物騒な格好の連中が、葡萄酒や麦酒らしきものを片手にわいわいとやっている。

 現代を生きる者にとっては、だいぶ奇妙な光景だった。



 感心なのか呆れなのか分からないような声を吐きながらそれを横目にして奥へ進むと、受け付け近くの長椅子に注意書きの貼った表記板があった。その注意書きには、御用の方はこちらに座ってお並び下さいへとこちらの世界の文字で丁寧に書いてある。


 長椅子には、順番待ちで既に何人かが受け付けを待っていた。水明もそれに倣いそのまま、順番待ちの最後尾へと向かう。


 長椅子に腰を掛けると、隣は女性だった。しかも、滅法美人な。

 その女性を見て、水明も、ほうと思わずため息のような嘆息を出した。


 鮮やかな真紅の髪を腰まで流し、凛々しい面差しには朱に染まった鋭い瞳。顔立ちや格好は気品を備え、白を基調に所々燃えるような赤の入った軽鎧に身を固めているが、線は細くおそらくはその鎧の中にたおやかな肢体が隠されているのだろう。脇には女性には不釣り合いと思える長剣を携えている。 ゆったりと、しかし盤石に椅子へと腰掛ける姿から、その余裕と泰然さが見てとれた。何かに例えるならば静かな剣か。


 剣術をかじっただけの自分にも分かるほど、隙はない。ならば、相当の使い手か。背格好と顔立ちから年は同じくらいに思えるが、一概にはそう思わせないような雰囲気があった。


 隣の女性。プレイボーイならば一声掛けずにはいられないような相手だろうが、綺麗だなの印象を抱くのみで済ませる水明。職業柄、秘密だらけで女の子との縁をあまり築く事ができないので、そうそう自分からは関わらないし、関われない。……関われても物騒な子達ばかりなのだが……それはさておき。

 さてと順番待ちの徒然(つれづれ)をどうしたものかと考えていると、意外にも彼女の方から声を掛けてきた。


「――もし。すまないが宵闇亭はよく利用するのかな?」


 そんな、たおやかな声が響く。

 です、ます口調ではないが、狎れるような口調でもなく、慇懃さを感じ取れるそんな話し調子。いい身分そうな姿にしては十分丁寧な方であり、それはこちらに向けられたものだった。


 まさか声を掛けてくるとはと思いもよらない水明。馴れ馴れしい調子ならば喋りもそう合わせるが、どうやらそれとは些か違った手合い。少し戸惑いがちに、しかし同じく丁寧に返答する。


「いえ、それが全く。実を言うとここは今日が初めてなんですよ」


「それは奇遇だ。私もこういうところに来るのは初めてでね。加盟するにはここに並ぶので良いのか少し迷っていたんだよ」


「それなら問題ないと思いますよ。こちらの窓口とは違って依頼を受ける人達はまた別の所に窓口があるようですし」


 と言って水明は酒盛りをしている一画の奥を指差す。そこにもこちらと同じく窓口があり、ギルド員と思われる人間が集っていた。


「あなたも冒険者に?」


「ああ。戦う事にしか能のない女だ。日銭を稼ぐには、ここが一番良いと思ってね」



 剣を軽く叩き、明るい自嘲を交えながら口にした彼女。やはり、戦いを生業とするらしい。見た目からして戦士然、騎士然としているのだ当然と言えば当然だろう。 すると、そんな彼女が唐突に名乗り出す。



「私はレフィール・グラキスと言う。良ければ君の名前を伺いたい」


「は?」


 何を言っているのか。訊いているのか。突然名乗って名乗り返せと言われる事態に、怪訝な声を上げてしまう。

 丁寧な口調であったが、答えるにはいきなりだ。単に隣に座った者同士、名前を名乗らなければならないような間柄ではない。


 すると、レフィールはバツの悪そうな表情を浮かべ口にする。


「いや、すまない。急に名乗れと言われて戸惑うだろうが、一応これには理由があってね」


「……何か?」


「そう警戒しないでくれ。今日の朝一番で救世教会に出向いた時に、私を名指しでアルシュナの託宣があってね。今日はこうやって近くにいる者と名前を交換しているんだよ」


 と、そうレフィールはため息混じりに口にする。問われる方も億劫な話だが、どうやらこれには訊いている本人も億劫らしい。

 救世教会と言えば、女神アルシュナを第一神として崇める、この世界で最も多くの信徒を持つ宗教だ。謁見の間でも、魔王某の名前や行動についての託宣の話が出たが、彼女もその託宣を訊いてこんな事をしているのか。


「どうしてまたそんなお告げが?」


「それは私にも分からないんだ。ただメテールの司教様のお話では、今日私の近くを訪れた者となんらかの関わり合いを持てとだけ、アルシュナの託宣があったと伝えられたんだ」


「それで、俺の名前を?」


「その通りだ」


「託宣でねぇ。なんとも胡散臭いはな……失礼」


 あまりに抽象的な託宣についそんな本音が出てしまい、内心慌てて訂正する。多くの信徒を持つ話の通り、女神アルシュナの名の出てくる話を無下に扱うのはこの世界においては良くない事とされ、周りの不興を買うらしいのだ。


 教会に出向くような人間の前で言うには相応しくないかと、自身の不徳を悔やんだが、しかしレフィールは優しげに笑うだけだった。


「ふふ、確かにそうだが、それは気を付けた方がいい。私は別に構わないが、敬虔な教徒に聞かれればあの長ったらしい説教されてしまことになるぞ」


「気を付けます。軽率でしたね」


「うん。まあ、その託宣を聞いて思わず異を唱えた私が言える義理ではないのかもしれないが」


「え……?」


 丁度真横にある顔を、思わず目を点にして見てしまう。つまりはいま口走った“あの長ったらしい説教”と言うのは、朝に体験済みなのか。


 レフィールはまた、自嘲気味に笑っていた。


「全く、いつものお祈りのはずがあんな事になるとはね。お陰で予定よりも時間がずれてしまったよ」


「それはお気の毒で」


「まあ、身から出た錆だ。愚痴をこぼしても仕方ない」


 と、そんな風に、これも戒めだと口にした彼女に訊く。


「じゃあ今日はずっとこんな風に?」


 近くに来た者に訊ねているのか。そう何とはなしに訊ねてみると、レフィールは顔をふっと澄ましたものに戻して頷く。


「ああ、君で十人目だ」


「それは……大変でしたね」


「全くだよ。託宣を説明するまで、少しおかしな者と思われたり、……その、はしたない誘いかとも思われたりもしたんだ」


「ああ……」


 鬱屈としたため息を吐くレフィールを前に、半ば納得したような声を出す。

 おかしな者と思うのはどうかは分からないが、確かに彼女ほどの美人に声を掛けられましてその名を訊ねられれば、用心深い者でない限り、男なら女性からのお誘いではないかと舞い上がってしまう者もいるだろう。

 彼女のこの重そうなため息も、そんな誤解を何度もされた経緯があったから故のものに違いない。



「それで、どうだろう? もし差し支えなければ君の名前を教えて欲しい」


 そして居住まいを正したレフィールの、改めての訊ねる声。

 それに、さてどうしたものかと――悩むまでの事でもないか。託宣での巡り合わせは奇縁も奇縁だが、彼女の言う通りこの出会いは一期一会のものかもしれない。

 名前くらい教えても別に障りはないかと、口にする。


「スイメイ・ヤカギです」


「ヤカギ君か。済まないな私に下された託宣に付き合わせて」


 申し訳ないと詫びるレフィールに対し何の事はないと首を横に振って、そして訊ねる。


「いえ、構いませんよ。ですが、救世教会の託宣と言うのはよくある事なので?」


「いや、私もよく教会には出向くが私にはこれが初めての事なんだ。敬虔深い信徒にはよくあるそうだがね」


「へぇ……」


 彼女の答えに、関心無関心のどちらともつかないような声を出す。国を動かすようなお告げを出したりと思えば、はたまた個人に対してもお告げを下す、救世教会。その意図は、神のきまぐれなのか、託宣を出す個人の趣味か。

 どちらかは分からないが、いずれにせよ託宣ならば、降神術を元にした超常存在の介入か、何らかの占事、占術という個人の魔術に限られる。それは司教とやらがペテン師でない場合に限っての話になるが――



「お次の方どうぞ」


 と、水明がアルシュナの託宣について考えを巡らせていると、受け付けの方から声が掛かった。レフィールの隣の人間はもういない。したがって、次に受け付けに向かうの彼女。


「どうやら私の順番が回ってきたようだ」


 そう言って立ち上がったレフィールに対して、見送りの言葉を掛ける。


「いってらっしゃい」


「ああ、君の依頼もすぐ解決するといいな」



 レフィールはそう言って、受け付け嬢の元へ向かって行った。



「……?」


 はて、何故依頼なのだろうか。水明がその事に気付くまで、あと幾ばくかの時間が必要だった。


       ☆



 長椅子に座りながら順番を待っていると、レフィールの方の話は決着したか、受け付け嬢に奥へと通された。恐らくは奥で面接でもやるのだろうかなと考えつつ、これで自分の番だなと軽く居住まいを整えると、受け付けの女性のお呼びが掛かった。


 どうぞの声に立ち上がり、受け付けまで歩く。


「――いらっしゃい。冒険者ギルド宵闇亭メテール支部にようこそ。……ええと、ここに来るのは初めてですよね?」



「ええ。わかります?」

 初見を言い当てられ、それを朗らかに返すと、受け付けの女性はにこやかな笑みを向けながら、悟った理由を口にする。


「ええ、ギルドの中を興味深そうに見てましたからね。初めて来た人はみんなそうです――それで、ご依頼ですか?」


 そんな、向こうからの訊ね。ギルド員の窓口が別にあり、この窓口は依頼の方が圧倒的に多いためそんな問いなのだろう。

 こちらの話を促してくれる彼女に、当初からの目的を口にする。


「いえ加盟でお願いします」


 言うと、受け付け嬢はキョトンとして。


「……はい?」


「いやだから、ギルドへの加盟でお願いします」


 聞き逃したからだろうか。二度聞きよろしくなぜか俄に目を丸くした受け付け嬢に、そう再度の希望を伝える。

 すると受け付け嬢は、何を悩むか。難しい顔を張り付けてから眉間を指で揉んで、やがて大きなため息を吐いて丁寧だが苛立ちを含んだ口調で訊ねてくる。


「あの……失礼ですが、ここを冒険者ギルド宵闇亭と知ってそうおっしゃっているのでしょうか?」


「そうですけど、何かおかしいとこでも?」


「ええ、おかしいところだらけですね」


「……?」


 先程までの取っ付きやすそうな対応から打って変わって、そんな素っ気なさ。何故、そんな断言をされなければならないのか。こちらは正しく自分の希望を伝えたはずなのに。

 しかもその上、受け付け嬢は注意まで投げ掛けてくる。


「……もしふざけてるのでしたら、早々にお引き取りを願います。私たちは冷やかしやおふざけに付き合っているほど、暇ではありませんので」


「???」


 怒られた。おかしい。何故か。水樹に見せて貰った小説のパターンならば、ギルドの加盟は多少のやり取りを経てもすんなりと登録できていたはずだ。確かに娯楽小説を鵜呑みにする気はない。ないが、加盟希望のレフィールは何事もなく直ぐに奥に通されていた例もある。

 全く問題がなかった彼女と自分に何か違いでもあるのか、それとも何か重大な見落としがあったのか。キャメリアの書庫で読んだ書物や資料にも、必要な書類や資格は何もなかったはずだ。


 そんな風に、苛立ちの溜まりつつある受け付け嬢を前に自身の落ち度を省みていると、後ろから怒りの籠った野太い声が掛かった。


「おい、小僧」


「?」


 浴びせられた声に後ろを向くと、そこには自身よりも十から二十センチメートルは背の高い巨躯の男が立っていた。間近で一見して、聳え立つ山のよう。背中には巨剣を吊り下げ、それを扱うだろう腕も足もまるで丸太のように太い。そんな如何にも戦士と言った風体の男。


 呼んだ後の話の続きか、怒気と威圧をその身に滲ませながら口にする。


「お前、いま加盟希望って言ったな?」


「え、ええ」


「そうか。今ならここでのその発言は冗談だったって事で済ましてやるよ。だからさっさと帰るんだな」



 忠告か。はたまた最後通告か。額に血管を浮かび上がらせ、そんな追い払いの文句を口にする。

 しかし、こちらも退く訳にはいかない。ここへの加盟はこの世界に足を踏み出す第一歩。社会に溶け込むためにやらなければならないのだ。

 なのでここは、できるだけ怒りを刺激しないように、穏便な態度で対応に臨んだ。



「いや、だから俺は本当に先程の女性みたく加盟をですね」


「本気で言ってんのかテメェ。そのひょろっちいナリで、俺達と対等に渡り合えるって言うのかよ」


「はい」


 そうですが、何か。

 そんな自信がなければ、こんなとこには来はすまい。先ほど言われたように冷やかしならば話は別だが、無論自身はそうではないのだ。それにここで言う魔法使いならば、別に身体の見た目など二の次。細身でいても関係はない。この男はどうにも言うことが的を外れている。


 だが、一方で男は自身が事も無げに認めた事をお気に召さなかったようで、盛大な雷を口から放った。


「ふ、巫山戯たことほざいてんじゃねえぞガキが! ここは戦士や魔法使いの来るところだ! テメェのような戦いも知らなそうなガキが来るような場所じゃねぇっ!」


「む? 俺だってそこそこ修羅場は……」


 潜っている。魔術師としての戦いならば相応に積んだ身だ。そう口にしようとして、はたと気付く。今しがた男が口にした言葉は何か。戦士、魔法使い。そう確かにここはそんな連中が来る所だ。


 問題はない。そこに問題はないが、良く良く考えれば彼らが何を以てそれを判断しているかが、肝要であった。



「戦士? ……ああっ!!」


 自身は先刻、服を新調したばかりでその格好はメテールの一般市民に似せたものになっている。勿論それは町を出歩いて平和に暮らす人々の物であり、決して鎧や兜を着けたような物々しい格好ではなく、当然剣すら持ち合わせてはいない。


 そんな人間が冒険者ギルドに加盟したいと言えば、普通ならどう思うか。彼らのような反応が全く正しいのではないか。ここは異世界。自分達のいた世界とは違い、概ね見た目が判断基準に成りうるのだ。



 そう、水明は自分の格好と言うものを完全に失念していた。



「――しまった。着る物か。服買って浮かれてたな……」



 ああと、自身の失態を嘆くがもう遅い。済んだ後の後悔は、祭りの終わった後の山車よろしく、何の意味も持ち合わせない。ただ、敵意と苛立ちに満ちた視線が、周囲から注がれるのみであった。






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