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勇者出立



 ご無沙汰しております。

 そして沢山のご感想ありがとうございます。返事を書く時間を上手く作れないので返せませんが、全て読ませて頂いています。

 誤字や脱字、語句の意味を履き違えての使用の報告や改行のご指摘に関しましては、ある程度書き貯め余裕ができたら一気に修正しようと考えています。沢山見つけて書いていただいている方、本当にありがとうございます。申し訳ありません。



 ――アステル王国、王城キャメリアその大城門の前。そこに、王国兵の隊列、音楽隊、上等な騎士達を前後に控えさせて、きらびやかな戦車に乗った黎二、水樹、ティータニアが現れる。

 彼らがこの門を潜れば、王都メテールに住む人間達が初めて彼らを出迎え、そしてその旅を見送ってくれるのだ。


 これから魔王討伐の第一歩である城下町でのお披露目パレードに向かう彼らに、水明は些か遺憾そうに口にする。


「ついに、来ちまったな」


 そう、水明が口にした通り、遂に来てしまったのだ。この時が。旅立ちの日が。パレードが終わればそのまま、黎二達は何名かの騎士達と共に魔王討伐への旅に出る。 来てしまったと、未練に思う感情が表に出るのも、無理はないだろう。

 しかし、一方で黎二と言えば、晴れやかな顔。これからの旅に何らかの期待を抱いているのか、それとも身体を縛る緊張をその顔の裏にひた隠しにしているだけなのか。何れかは判然としないが、そんないつもの彼らしい顔のまま、口を開く。


「行ってくるよ」



「軽く言うのなお前も」


 残念そうな視線を胡乱そうな眼差しへと変えて水明が口にすると、黎二は至極真面目な顔をして否定する。


「そんなことないさ。これでも結構考えたんだよ? あの時の返事はやっぱり間違いだったんじゃないかってさ」


「いや、間違いだろ。どう考えても間違いだろ」


 遠い目をして宣っても、雰囲気には飲まれない。いつもの自分の通りに突っ込みを放つと、ティータニアがどうしたものかと胸の前で両手を握り合わせる。


「スイメイ様……」


 彼女はアステル王国の王女。無論否定的な言葉に対して心境は複雑だ。彼女も討伐は肯定するが、国王と全く同じくとはいかないだろうが罪悪感めいたものも持っているのだろう。

 憂いに瞳を揺らす彼女の肩を、不安よ消えろと軽く叩いてから、黎二はこちらに向かって意思も強く口にする。


「ううん。違うよ水明。僕が行く行かないに関わらず魔族軍は人間領に進攻してくるんだ。だから、帰れない僕らには逃げる場所はない。なら、いつかは魔王と戦わなきゃならなくなるんじゃないかな。絶対とは言えないけど。だから、今のうちに色んな敵と戦って強くなれば、いざその時が来ればそれなりの対処が利くはずだ。もちろんそれは魔王を倒す事を視野に入れての話だけど」


 滔滔と思いを伝える黎二。討伐に行くと無茶を口にした手前、やはりある程度今後のプランは考えているか。見通しは悪いとしか言えないが、魔王との戦いは彼らにとっては避けられないものという考えになっているのならば、それは悪くない対処法だろう。

 それでも、意地悪を抜きにして話の奥へと突き進む。


「黎二は逃げてりゃいつか誰かが倒してくれるとは考えないのか?」


「僕にはそんな考えで都合良く事が進んだ試しがない。たぶんだけど、そのあてが外れたら僕らは死んでしまう事になると思うよ」


 楽観がないのは、いい考えだ。


 だが――


「いっつも前のめりでぶち当たって行くもんなお前」


「ダメかな?」


「嫌いじゃないが、今回ばかりはそれはやめた方がいいと思うぞ? 町の不良とか暴走族とかとは訳が違う」


 いま引き合いに出すのは以前のこと。日常はなんだかんだ黎二の正義感に付き合わされて、そんなバカ共やアホ共と争う事態になったりもしたのだ。

 結局はそれも黎二の腕っぷしと生来の気っ風の良さでどうにかしてしまうのだが、今回ばかりは相手勝手のまるで違う魔族某である。同じように上手くいく確率は当たり前だが低い。


 しかし黎二は自信を持って口にする。


「それなら今の僕にもそれが言える」


「……ほんと、あー言えばこーゆー、だよな」


「ははは」


 こちらのやれやれ顔を見て、愉快そうに笑う黎二。気心の知れたやり取りを楽しく思うか。確かに悪くない。

 そして考えを最後まで口にした黎二に、それを聞いた自分の答えを言う。



「……お前の考えは分かったよ。死にに行くんじゃなくて、ここで生き残るためって言うんなら俺がお前に言うことは何もない。ただ、無茶はすんなよな」


 考えを巡らせているのは分かった。無謀は無謀でも、ただの無謀ではない。生きるために行動を起こすのであれば、それはちゃんと生への執着を産み、結果行動にも伴っていく。だが、それでも念押さずにはいられない。

 すると黎二は少し真面目ぶった様相で。



「大丈夫。この後すぐに魔王の所まで乗り込んで――」


「おい」


「ははは、嘘だよ。なりよりもまず、強くならなきゃね」


 呆れの入った突っ込みを放つと、軽い冗談だと笑う黎二。真面目な場面なのにこうも話の腰を折ったり冗談を織り混ぜたりするのは何故か。


 いや、彼はちゃんと不安と言うものを持っているのだろう。張り詰めていてばかりでは心が辛いから、所々でガス抜きがしたいのだ。だから、話の合間合間に笑い飛ばしては緊張を和らげている。

 それを不謹慎だとは罵れない。どうして怒ることができようか。勇者だということで四方から注がれる、これはしがらみと重圧に対する抵抗なのだ。


 だからこちらは大真面目に、黎二の耳にだけ聞こえるようにこれはささめきごとだと口にする。


「……ヤバいと思ったら水樹連れて逃げまくってどっか隠れとけよな。勇者になったからって、漫画や小説みたいに都合良く倒せる保証なんてないんだからさ」


「……分かってる。でも、やれる限りの事はするつもりだよ」


「頑固な奴」


 それは譲れないのかと、水明がそう呆れの溜め息を吐くと、今度は一転訊かれる方だった黎二が問うてくる。


「これからどうするんだ、水明は」


「俺はアレだ。城を出ようと思ってる」


「え……?」


 初耳か。いや、初耳だ。黎二達に今後の計画については何も言っていないのだ。当然、彼の両脇を固める水樹もティータニアも、こちらの打ち明け話に狐につままれたような顔をしている。


 そんな中、三人を代表して訊ねたのは水樹。驚きに心配を滲ませ訊いてくる。


「水明くん、 お城を出てどうするの?」


「いや、特に目的っていうのはないんだ。外で暮らしたいんだよ」


 真面目な顔の裏で白々しい水明。

 すると黎二は些か切迫したような表情で訊ねる。


「生活は?」


「仕事でも探してどうにかするさ」


 黎二に答えると、ティータニアが。


「スイメイ様。城に居れば生活は父上が保障してくれます。無理をして出ていく必要はありませんよ?」


「かもしれませんが、それでも出ていきたいのです」


「何故です? いくら王都の治安が他よりは良くても、異世界から呼び出されこちらの知識や英傑召喚の加護のないスイメイ様には、城の外は安全とは言いがたいものです。城を出る利点があるとは思えませんが……」



 確かにティータニアの言う通り、自身の力や目的を知らなければそう言う考えにもなるのだろう。


「いやあ……失礼を承知で申し上げると、城の居心地が悪くてですね」


「あ……」


 バツの悪そうな顔。それで察してくれたか。ティータニアの耳にも自身の風聞は入っているらしく、意味に気付き黙ってしまった。

 すると、黎二が不機嫌さを隠そうともせず。


「僕が言って来ようか?」


 どういう意味か。まさか今から城の一人一人に言い聞かせる気なのか。それはいくらなんでも無茶苦茶と言うものである。


「いや、いいよ。立つ鳥が後をしっちゃかめっちゃかにしてどうするよ? そんなことしたら絶対こじれるからよせ」


「う……だけどさ」


「いーから。ちゃんと今後のプランも練ってる」


 と言うと、疑問ありげに水樹が訊ねる。


「プランって、お金はどうするの?」


「教科書とか使わなさそうな物を売るんだ」


「そんなの売れるの? 文字は全部日本語で書かれてるんだよ?」


 水樹の怪訝そうな訊ねには、答えを用意していた。無論、根拠も売り付ける自信もある。

 故に、ティータニアにお墨付きをと訊ねた。


「売れますよね?」


「はい、問題はないでしょう。むしろ魔導書か何かと誤解した商人が好事家の貴族に高値で売り付けるため、飛び付いてくるかと……」


 以前、ティータニアは教科書を見ていたはずなので中身も知っている。彼女はこの世界の人間だ。その意見に間違いないだろう。

 日本の教科書は確かにこちらの言葉を使用していない。だがそれ故、内容が解読できない不思議な書物になるのだ。しかもデザインがしっかりしているならば、重要な書物と誤解する者もいるだろう。


「あとはこっちら吹っ掛けて、値を上げられるだけ上げるだけさ。それで当面の生活費にするよ」


「……ねぇ水明くん。それ、詐欺なんじゃないの?」


「騙す訳じゃないんだ。別に構わないだろ?」



 と言いながらも、思う。我ながら悪どい、あこぎだ、と。だが、それでも別にいいはずだ。転売する人間も儲けられるし、買った人間も悦に入れる。それに吹っ掛けると言っても、馬鹿みたいな値段で売るつもりもない。


「大丈夫なの?」


「まあな」


「ほんと?」


「ほんとだって。今後の計画も一応立ててあるし」

 そう言うと、水樹は複雑そうな顔を作った。納得できていないのだろう。彼女達と一緒にこちらの魔法や武術、一般教養を身につければそんな顔もしなかったのだろうが――その分、自分に必要な知識を手に入れていたのだ。仕方ないし、心配されてもどうしょうもない。


 なら、うやむやにしてしまおうか。

 そんな考えの下、まだ憂慮らしき顔の強ばりを拭えない水樹に対して、指摘する。


「と言うかさ、俺の心配してくれるのはいいけど、水樹も自分の心配をしたらどうだ?」


「だ、大丈夫だよ! 私は魔法が使えるようになったんだから」


 そう、水樹も黎二と同じく魔法を身に付けているのだ。ティータニアの言によるとそれに関しては黎二に匹敵するほどの実力を持っていると言う。彼女にも心配は要らないかもしれないが、水明の話の焦点はそこを指しているのではなく。


「俺が言いたいのはそれだ。魔法だ。お前魔法使えるようになったからって、昔みたいなことするなよなって話。なあ、黎二?」


 その問いの真意を知る友に同意を求めると、彼は弱ったように笑うばかり。


「あ、あはは……」


「すっ、すすす水明くんっ! それは言わない約束だよっ!」


 一方で水樹はと言うと、顔を真っ赤にさせて俄に慌てだす。それは水樹にとって思い出すのも憚られる思い出だ。黎二と三人、出会ったばかりの頃のある意味手のつけられない状態だった水樹のヒストリーである。


 それを知らないティータニアは、きょとんとしながら首を傾げてこちらを見る。


「昔みたいなこと、ですか?」


「ええ」


「水明くん! それ絶対言っちゃだめだからね! 絶対だよ! フリじゃないんだよ!」


 もはやここに来てから一番とも言えるくらいに必死な水樹。そんな彼女に助け舟と、黎二が幼子のように不思議がるティータニアへ、それは訊いてやるなと申し述べる。


「水樹も色々とあるんだよティア」


「気になります」


「気にしないで! これは私たちだけの重大な秘密なの! シークレットガーデンなの! 誰も知ったらいけない危険なの!」


「それなら、尚更私にも……」


 と、仲間はずれの不満と僅かな悲しさに、面持ちを堅くするティータニア。やたら仲間を意識する彼女へ、そろそろ水樹の足跡から話題の焦点を逸らしてあげようかという意味も込めて、訊ねる。


「それはそうと、王女様も魔王討伐に行かれるなんて、大丈夫なんですか?」


「あら、安く見ないで下さいスイメイ様。私とて、王宮で魔法を修めた身。きっとレイジ様の役に立てますわ」


 そう口にして、水樹とどっこいどっこいな胸を張る王女ティータニア。魔法はどうかは知らないが、いま言いたいのはそこではなく。


「確かに王女様には魔法に関して一日の長があるでしょうが、立場がおありでしょう?」


「心配せずとも大丈夫です。国の事は父上が。その補佐にも、兄上がいらっしゃいますので私一人いなくともアステルがどうにかなるという事はありません」


「いや、そう言うことではなくて――」


 蝶よ花よと愛でられ、可愛がられる王女様なのに、何故そんな危険について行くのか。そしてそれを国王が了承されたのか。

 誰しも自分の子は可愛いものだ。いくら子供のたっての願いとはいえ、危険な渦中に行かせるものなのだろうか。言い方は悪いが、王女様という身分は国にとって別途の使い道がある存在でもある。

 果たして、これが了承されたのには一体どんな理由と裏があるのだろう。


「スイメイ様。これは私に科せられた使命なのです」


 しかし、王女と言う立場があるのに危険に飛び込もうとは、良いのかと。そう訊ねようとすれば、言葉の先を奪われた。そんな、威厳を伴った断言で。


「使命、ですか?」


「……はい。いくらレイジ様がお強いからと言って、レイジ様達に全てを投げる訳には参りません。アステルからも、誰かが背負う役を負わなければならないのです。そして、それに選ばれたのがこの私。覚悟はもうできています」


「…………」


 本当に、そうなのだろうか。いや、ティータニアの覚悟を疑う訳ではない。今の力強い言葉には確かに真摯さと揺るがなさがあった。ティータニアにはティータニアの責任感の下、そこにいる。

 だが、何故そんな痛みを伴う決断に走ったのか。アステルからも痛みをと、そんな理由をつけても些か弱い気がする。


「スイメイ様?」


「……いえ、そうでしたか。それは失礼をいたしました。黎二達をどうかよろしくお願いします」


「はい。任せてください。必ず全員で無事に帰って来ます」


 そう、重く強く首肯したティータニア。いま一時だけの雰囲気は、王女だからとは一口で言いがたい気概がある。


 そしてそんな彼女が、不意に水明に呼び掛けた。


「それとスイメイ様」


「何か?」


「私はもうレイジ様やミズキとかけがえのない友人となりました。なら、レイジ様達のご友人であるあなたも私の友人。そのような畏まった口調は止めていただきたいのですが、どうでしょうか?」


 下手に出た、希うような訊ね。決して彼女のような立場の人間が、自分のような者に掛けて良いものではない願い出だった。


「よろしいので?」


「お願いします」


 訊ね返すと、再度の請い。それには、少しばかり落ち着かなかったが気を取り直し、彼女に頼まれたように口調を変えて了承する。


「……分かった。そうさせてもらうよ。王じょ……」


「――ティアと。スイメイ」


 ニコリと微笑むティータニア。今の笑みは極上だった。女の子に耐性がない者なら、一撃で沈没していただろうそんな笑顔はどこか黎二のそれを彷彿とさせる。


 だが、そんな訳にはいかない。こちらも笑顔で返す。


「ああ。よろしく、ティア」


「はい。これで私たち四人は友人ですね」


 気を使わなければいけない友人ばかりなのだろう。そう口にして黎二や水樹を見るティータニアは、初めて友人ができたかのようにとても嬉しそうだった。


 ふとそこで、黎二を呼ぶ。


「なあ」


「ん?」


「いや、な……」


 だが、屈託のない表情でこちらを見る黎二を見て、思い直しに口ごもった。

 つい、聞きたくなってしまったのだ。帰れる手段があれば、帰りたいか。待っていれば作るぞ、と。



 しかし、止めた。それを口にしたところで黎二が止まるはずもないし、余計な迷いを作るだけになる。意味はない以上に、差し障りすら出てしまう。なら、言わない方がいい。このまま、その時が来るまで自分の中に伏せているべきだ。


 そんな思いをひた隠しにして、微笑みを作ってエールを贈る。


「頑張れよって」


「うん。頑張るよ。ありがとう水明」


「ああ」


 頷きに返されたのは笑顔だった。これから向かう艱難に一歩、後戻りのきかないそれを踏み出す前の面差しに、心配するなと張り付けられた微笑みは、確かに勇気で満ちていた。


 ……やがて、パレードの準備が整ったか。ティータニアが黎二を促す。


「では参りましょうレイジ様」


「うん。水樹、僕の横にしっかり付いててね」


「…………」


 さりげなく腕を回す黎二に、水樹は恥ずかしそうにこくこくと頷く。黎二本人は単に近くの方が危なくないとでも思っての行為だろうが、水樹やティータニアがそう思うはずもない。恥ずかしそうにしながらも黎二にくっつく水樹は幸せそうだし、それにはティータニアめ羨ましそうな視線を送っており――


「れ、レイジ様! 私もっ!」


「へっ? ティア!?」


 突然水樹とは逆側の腕に抱き付いてきたティータニアに、黎二は戸惑いの声をあげるがそれも僅かな間のこと。

 直ぐに気持ちを察して――実際は全く分かっていないが、ティータニアにも腕を回してがっちりと掴んだ。


「うん。ティアも僕から離れないで」


「――!! はいっ!!」


 黎二からそう言われたティータニアは、飛びきりの笑顔と歓喜の声を上げた。


 ……美女二人を両脇に、しかも両腕をそれぞれに回して固く掴まえ、堂々と戦車の上に立つ勇者の姿。

 よく観察すると、周囲の男――騎士や兵士達から羨望と殺意にも似た眼差しが注がれており、斯くいう水明もその例には漏れず。


「……やっぱりお前らずっとこっちに居ればいいんだ」


 僻みだった。完全無欠の僻みだった。格好悪いが止められない。この苛々は、周囲の男性陣と分かち合うべきものだろう。

 だがしかし、よくよく考えればある意味先ほどの台詞は、黎二が女の子に囲まれ幸せに暮らせる一プランなのではないか。そう水明が思った矢先、黎二が。


「水明何か言った?


「いや、なんにも」


「……? そう」


 と、訳の分からなそうに口にする黎二。きっと、彼がこう言う場面で他人の機微に気が付く事は一生ないのだろう。周囲の女の子の事も、男の事も。


 そして、不思議そうな顔をしたままの黎二と、幸せそうな二人を乗せて、戦車は水明から離れていく。










 ……やがて、巨大な城門の開く音が辺りに響き、音楽隊の奏でる楽曲と、人々の大きな喝采と拍手の音が黎二達が消えた先から聞こえてくる。

 閉められた門を前に、水明以外ここにはもう誰もいない。ただ一人取り残されたように――否。取り残されるのを承知で、今ここに一人で立っているのだ。この物悲しさも寂しさも、全て受け入れなければならない結果だった。


「行っちまったな……」



 彼方を見遣り、ポツリとそう言葉放つ。

 帰りたいからと、戻らなければいけないからと、危険に背を向けたのは間違いだったか。危険に立ち向かう彼らの背中を見て、そんな思いがふと頭の中をよぎった。



 ――ここで一人、違う道を歩くのは決して許されない惰弱なのではないか。結社の魔術師にあるまじき事なのではないか、と。



 だが、どう考えても魔王を倒しに行く道は悪い選択にしか思えない。


 命題があるというのに、帰れなくては意味がないのだ。果たすと誓った約束がある。救うと決めた者がいる。だから、自分は別に異世界の事情まで背負い込まなくても良いはずだ。 だが、その考えすらも彼らの前では、言い訳でしかないのかもしれない。


「…………」


 そんな事を考えながら、天を仰ぐ。

 真っ青な空を頭上に思い浮かぶのは、今まで関わってきた人々の姿。




 自身を育て、魔術を教え、研究半ばで倒れた父。



 いつも無理難題を吹っ掛けてくる結社の盟主。



 ルートヴィヒに呪われた、碧い影の少女。



 薔薇十字騎士団の堅物すぎる先鋭。



 近くの剣術道場の跡取りの幼馴染み。



 この選択は利己的なものだ。それは重々承知している。だが、やはり彼らの顔を思い浮かべると、自身にはこの選択肢しか残されていなかったのだとも思った。



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