取次役
俺の名は岩原新之助。
頑張ってます。
さて、六角を下した織田家は、京への入り口である大津にまで軍を進めました。
軍の総数は……織田家千人。
あと、徳川家三十人、浅井家二十人、六角家七十人。
千人強ですが、戦力的には十分です。
ですが、戦ったことのない相手は数が少ないと舐めてかかってきます。
三好家がそうでした。
大津から京へと進んだ織田軍を阻もうと立ちふさがり、蹴散らされました。
見ているこっちが、かわいそうになるぐらいに。
まあ、戦ですから仕方がありません。
ほどなくして三好家は京を放棄。
摂津へと逃げました。
それと前後して、前の将軍を弑逆したことで三好家と袂を分かっていた松永弾正が織田軍に加わりました。
この松永殿は二千人を率いていたので、上総介殿は上洛の主導権を松永殿に渡そうとしましたが、なにかを察した松永殿は「急な腹痛が」と逃げました。
勘の良い、おじいちゃんです。
そのまま覚慶を押しつけられると思ったのに。
なんにせよ、織田家は京を支配しました。
上洛完了です。
「帰りたい」
ですが、上総介殿が不貞腐れています。
理由は明確。
覚慶を将軍にするという仕事があるから。
実は織田家が上洛に動く少し前に、三好家の推す平島公方の足利義栄が十四代将軍に選ばれています。
苦労して、将軍宣下のための費用を集めたようです。
なので覚慶を将軍にするという織田家の動きは、十四代将軍に対しての反乱。
悪いのは織田家となりますが……覚慶側にも言い分はあります。
「血統的に十三代将軍の弟である自分が将軍になるべき。
それを無視し、あまつさえ十三代将軍を弑逆した三好家の推す者が将軍になるなど、笑止千万。
血縁とはいえ、遠縁がでしゃばるでない」
遠縁というほど遠縁ではないのですが……
まあ、前の将軍を弑逆した三好家が次の将軍を決めるのは、将軍職の私物化であって褒められた行為ではありません。
醜聞を嫌う朝廷にも、受けが悪かったのです。
しかし、どういった事情であれ将軍宣下を受けて将軍になった者を、簡単には解任できません。
簡単に解任しちゃうと、将軍宣下ってなんなんだってなっちゃいますから。
義栄は現在、三好家と一緒に摂津に逃げています。
現状のままだと、数年後に京から逃げたことを理由に解任ってことになると予想されます。
なので、覚慶が将軍になるのはまだまだ先。
なんとか急がせられないかと上総介殿は努力しましたが、無理なものは無理。
仕方がないと上総介殿は諦め、準備ができたころにまた来るからと帰り支度をしたところで入ったのは、十四代将軍である義栄の病死の報告。
上総介殿は暗殺を疑い、周囲に確認しましたが誰も身に覚えがありません。
覚慶もノータッチであることが確認されました。
「殺れるなら、とっくに殺っとる!」
納得の理由です。
次期将軍として……いや、人としてどうかとは思いますが。
ですが、これで覚慶が将軍になれます。
上総介殿は急ぎ、動きました。
はい、ここで問題。
朝廷への取次役がいません。
簡単に言えば、将軍宣下を受けるために朝廷に根回しをする必要があるのですが、朝廷は公家の集まりです。
身分のある人たちです。
そこらの人が行って、簡単に会ってもらえる人ではありません。
簡単に会うと、格が落ちるからです。
もったいぶってなんぼの世界です。
なので、上総介殿が将軍宣下のことで訪問したいと願っても、すぐには会ってくれません。
早くても半月は待たされます。
悪い場合は、半年ほど待たされたあげくにお断りされることもあります。
そこで取次役です。
立場のある公家にお願いし、ほかの公家たちへの根回しから、将軍宣下への段取りをしてくれる取次役が必要なのです。
ですが、普通の場合。
そう、普通の場合。
将軍になる者に恩を売れるので、喜んで手を挙げるというか公家のほうから売り込みに来るものなのです。
ですが来ませんでした。
なぜ?
覚慶も覚慶で評判が悪かったからです。
なので、公家たちは関わりたくないのです。
気持ちはわかる。
「おい、岩原よ」
はっ。
上総介殿、なんでしょう?
「口調、戻していいぞ」
え?
いいんですか?
一応、上洛軍の副将だから丁寧口調で頑張ったのですが。
「ところどころ崩れておったがな。
努力は認める」
ありがとうございます。
「で、なんとかせい」
なにをですか?
「取次役をだ。
このままでは、覚慶を将軍にできん」
ジョーカーの押し付け合いのような状況ですからね。
「このままではワシらが持ち続けることになる」
押しつけ先を選べということですか。
「うむ。
なんとかせい」
なんとかせいと言われても困りますが……
以前、やってきた京の偉い人は駄目なんですか?
あの人、覚慶を将軍にしたがってましたよね。
「あれは三好が推す義栄が嫌なだけだ。
義栄が病死したいま、積極的には動かんだろう」
むう……
予算は?
「好きに使え」
上総介殿に協力を願うかもしれませんが。
「できる範囲でなら動こう」
わかりました。
やってみましょう。
はい、やってみました。
ここは京、御所前特別広場。
居並ぶ公家の皆々様を紹介しましょう。
右手から、近衛様、一条様、九条様、鷹司様、二条様。
続いて、三条様、西園寺様、徳大寺様、久我様、花山院様、大炊御門様、菊亭様。
姉小路様、武者小路様、飛鳥井様、冷泉様、山科様、西大路様、鷲尾様、八条様。
以上の二十人です!
ここにいるのは当主、もしくは当主代理、もしくは当主の子弟となります。
「え?
どうやって集めたんだ?」
上総介殿の疑問。
なに、ちょっと屋敷の前で訓練をしただけですよ。
みなさん、下々と触れ合う機会を求めていたらしく、喜んで協力してくださいました。
「お前、凄いな」
それほどでもありません。
摂家、大臣家、羽林家から選びましたが、足りない家があります。
運がいいというか、勘がよかったのでしょう。
公家、侮りがたしです。
心に止めておきましょう。
それではお待たせしました!
織田家、朝廷への取次役争奪戦の開始です!
……
歓声がなかったので、鉄砲隊の銃声を代わりにしましょう。
あ、御所方向には撃たないように。
かならず、御所に背を向けて撃ってください。
あ、歓声が上がったので鉄砲は中止で。
では、始めますー。
取次役ですから、優秀でなければ困ります。
なので成績のよかった者を取次役として採用します。
なーに、一流の文化人である公家のみなさまなら造作もない問題です。
正解して当然。
失敗すると一流文化人から、二流、三流とランクダウンします。
最終的にはそっくりさんを経て、消えます。
ついでに屋敷を差し押さえます。
だって、当たり前の問題を間違えるような家が存在しても仕方がないでしょう。
大丈夫です。
問題は簡単ですから。
とりあえず、一問目を始めましょう。
香道の問題です。
二つの香りを用意しました。
片方がかの有名な蘭奢待、もう一方は外国で拾ってきた香木です。
「え?
蘭奢待?
え?
東大寺の?」
上総介殿の疑問。
はい、東大寺の正倉院宝庫にある物を切り取って頂戴した一寸四方。
これをさらに細かくして使用しています。
「待って?
え?
正倉院の宝物庫を開けたの?」
東大寺にお願いしたら、快く。
「……余った分、持って帰ってよいか?」
すみません。
使わなかった分は返す約束なんです。
では、公家の皆さんに挑戦してもらいましょう!
大丈夫!
いい香りを選べばいいだけですから!
半分ぐらいの家が間違えましたね。
まあ、香りは個人の好みがありますから、仕方がないといえば仕方がないのかもしれません。
上総介殿、外国の香木のほうは持って帰って大丈夫ですよ。
かなりいい香りがする?
そりゃ、蘭奢待と比べますからね。
それなりのものを選んでますよ。
では、次の問題。
次は俳句です。
一流の文化人は、俳句からいろいろと読み解きます。
ならば、誰が書いたかを当てるなんて基本中の基本!
三つの俳句の中から、主上の俳句を当ててください。
「待て待て待て」
近衛様、なんでしょう?
「今……主上って言った?」
言いました。
「主上って名前の武将?」
いえ、名を言うのも憚られるお方のほうです。
「え?
主上に拝謁したの?
いつの間に?」
いや、ここで舞台装置を作っていたら呼ばれまして……
一応、土間でしたので非公式かと。
「そ、そうかもしれんが……
待て待て!
主上に歌を強請ったのか!」
このイベントの説明をしたら、喜んで俳句を提供してくださいましたよ。
あ、結果はお伝えすることになっていま……そこで変装して見てますね。
「ふひぃっ!」
大丈夫ですって。
残り二つのうち、一つは織田家の俳句好きが。
もう一つは、そこらを歩いていた人に読んでもらいましたから。
「ちょっ、おま。
失敗したときのことを考えて、間違えても仕方がない相手を用意せんか!」
あれれ?
おかしいな。
一流の文化人が、主上の読んだ俳句がわからないってことがあるのかな?
ないですよねー?
ちなみにですが、このあとの問題にも主上が絡んでます。
ほどよく間違えて、取次役から逃れるなど、させませんよ。
「ぐぬぬぬぬ……」
「近衛、さすがに主上の俳句を間違えるのはまずい」
「わかっておる二条。
しかし……」
「微妙に上手い俳句を並べおって……
本当に通りすがりの素人が書いたのか?」
「ここは協力して……」
残念ながら個人戦ですよー。
不正行為は、その行為内容を広く宣伝します。
家の名前と共に。
「うっ……」
気合を入れなおし、頑張る二十人の挑戦者だった。
最終問題後
岩原 「さすが山科様、飛鳥井様、全問正解です! さすが一流の文化人!」
山科 「まあの」
飛鳥井「いやー、良い方を選んだだけですから」
岩原 「それに比べて近衛のそっくりさんは酷いなぁ」
近衛 「ぐ、ぐぬぬぬぬっ……」
岩原 「二条のそっくりさんは……消えましたね」
二条 「わしの屋敷が……差し押さえられた……だと」
主上 「おもしろかった。定期開催してくれないかな」
上総介「公家を集めた段階で、目的は達成していないか?」
岩原 「手順は大事ですよ。手順は……えーっと、三流の上総介殿」
上総介「尾張者には難しい問題だった! 三流で残ったことを褒めよ!」
岩原 「三流で残ったのは途中からの参加だったから……」
上総介「ええい、聞きとうないっ!」
《注意》
この作品はギャグ作品です。
実際に主上に俳句を強請ってはいけません。
また、蘭奢待も簡単には切って持ち出せません。
公家を武力で脅して集めるなど、もってのほかです。