前へ次へ
5/13

しぶしぶ将軍擁立準備

●用語説明


熱田   尾張の商業地。(でかい)

井ノ口  美濃の商業地。(ちいさい)



 俺の名は岩原いわはら新之助しんのすけ


 サ●ゼリヤのディアボラ風ハンバーグが最近のお気に入り。


 ライスと一緒に食うのがいいんだよな。


 というわけで、今日のお昼もサ●ゼリヤに来てしまった。


 ほどよい客入り。


 外国の絵画が飾られているが、かしこまった感じではないのがまたいい。


 落ち着く。


 その俺の前にテーブルを挟んで座っているのが上総介殿。


 サ●ゼリヤに入る直前に会ったので、一緒にとなった。


「この店では自分で注文票に注文番号を書かねばならなかったな。

 忘れておった」


 店員さんの労力を減らすためだろう。


 面倒だが、じっくりと注文を考えられるので悪くない。


 ディアホラ風ハンバーグ、ライス大、コーンクリームスープに……小エビのサラダも頼んでおくか。


 あと、ドリンクバー。


 上総介殿は?


 辛味チキン、エスカルゴのオーブン焼き、アスパラガスのおんサラダ、カリッとポテト、チョリソー……


 えっと、サイド的なメニューばかりでいいので?


「食いたいものを食う。

 それが許されるのがサ●ゼリヤである」


 どこの店でもそうだと思うけど……


 まあ、他人の注文のケチをつけるのはよくない。


 が、ドリンクバーは確認しておかねば。


「サ●ゼでは、ワインと決めている」


 おおっ、昼間っから飲む姿勢。


 さすが上総介殿。


 そして飲むならサイド的なメニューばかりになったのも納得だ。


 ならばお付き合いして俺もワインを注文。


 ドリンクバーを取りやめ。


 注文はこれでよろしいか?


 店員を呼びますよ?


 上総介殿がうなずいたので、俺は呼び鈴を押した。



 注文を店員さんに渡し終えると、上総介殿が大きなため息をいていた。


 どうされたので?


「あー……覚慶かくけいが関ケ原の近くにある寺に陣取りおった」


 関ケ原というと……美濃と近江の境ですか?


「うむ。

 ああ、陣取ったといっても軍勢を率いたわけではない。

 三十人ぐらいだからな」


 三十人。


 全員が武者ならそれなりの戦力だが、たぶん幕臣と近習だろうから戦力にはならんだろう。


「その寺から、会いに来いとワシに命令してきおった」


 一応は将軍候補ですからね。


 呼びつけてきますか。


 それで、上総介殿は?


「“忙しいのでまた今度”と返した」


 相手が誰でも断れるのはさすが上総介殿だ。


「なにせ呼び出しの文には、すでに将軍になったかのようなことが書かれておったからの。

 ワシなどの力は不要であろう」


 なるほど。


 それで、覚慶様は引き下がったので?


「下がるわけなかろう。

 しつこく呼んでおる。

 まあ、無視しておるがの」


 では、問題ないのでは?


「そうはいかん。

 覚慶が滞在する寺から嘆願たんがんがきた。

 覚慶を引き取ってくれとな」


 覚慶様が、なにかやらかしたのですか?


「覚慶たちは金がない。

 だから寺から金を借りておるのだが、その支払いは将軍になったあとでする取り決めだそうだ」


 ありそうな話だ。


 だが、それだけで引き取れと言ってきますか?


「どうも寺に入る前から借りておるらしくてな、額がどんどんと膨れ上がって、洒落しゃれにならんほどになっているらしい。

 回収の見込みがあるとしても、寺としてはこれ以上は貸したくないそうだ」


 将軍候補の覚慶様が宿にするぐらいだ。


 それなりに大きい寺なのだろう。


 その寺が嫌がるほどって……


「さらには、貸し倒れられては困るので、ワシに覚慶の味方をしてほしいと言ってきおった」


 寺も必死だな。


「貸した額をこっそりと聞いたが、ワシも驚いたぐらいだ」


 二国持ちの大名が驚く額なの?


 なにに使ったんだ?


 将軍宣下(せんげ)のための工作費か?


 公家相手なら、金がかかるのもわかる。


「美濃の市場でかぶ式投資をやっておった」


 へ?


「美濃はワシが制したゆえ、これからの発展が期待できる。

 大抵の株は値上がりするのだが、なぜか覚慶の買った株だけは値が下がる」


 はぁ。


「その株の損を取り戻そうと、先物取引に手を出した」


 先物取引。


「市場が尾張と美濃、あと少しの海外でしか展開されておらんので、そこまで予測が不可能というわけではないのだが……

 覚慶は百倍のレバで始めて、二日で追証おいしょうを求められた」


 えーっと、俺もそこまで詳しくはないのですが……簡単に言うと?


「厳密には違うのだが……

 先物は保証金を預けて、保証金の何倍かまでを運用できる。

 その倍率がレバ(レバリッジ)だ。

 素人はいきなり大きいレバを使わんのだが、未来の将軍だからと調子に乗って百倍にしおった」


 もう悪い予感しかしない。


「買った先物の値動き……まあ、値が下がったときだな。

 保証金の追加が要求される。

 これが追証。

 レバが百倍ということは、値動きの影響を百倍で受けるということだ」


 つまり……覚慶様、あ、もう覚慶でいいや。


 覚慶は大損をしたと?


「そうなる。

 道理で、熱田あつたや井ノ口の商人が青ざめておったわけだ」


 ん?


 覚慶が大損したなら、商人は儲けたのでは?


「支払いが正しくされたらな。

 覚慶は追証は将軍になったあとですると言って逃げておる。

 将軍候補相手に商人たちもなかなか強くはでれん。

 そんな者に百倍の信用レバなど与えるからだと叱りたいが、後ろに寺があったからな。

 信用するのもわからんでもない」


 その後ろにいた寺も困っていると。


「うむ。

 覚慶一人が破産しただけなら笑って放置するのだが……

 このままでは熱田も井ノ口も混乱する。

 寺が倒れたら、関ケ原も荒れる。

 放置もできん」


 では、肩代わりするので?


「死んでもせぬ。

 が、支払いの目途めどをつけてやらねばな商人たちが困る」


 支払いの目途……


 将軍擁立に動くわけですか。


「かなり不本意だがな。

 ……覚慶がこれを狙っておったなら、相当の策士よの」


 ははは。


 覚慶にそんな狙いは絶対にありませんよ。


「であろうな。

 ん?

 頼んだ物が来たようだぞ」


 店員さん、小エビのサラダを頼んだのは俺です。


「チョリソーはワシだ。

 まあ、上洛の準備はするが、すぐには動かん。

 というか、動きたくない。

 なので、いま聞いた話は他でするなよ」


 承知してますよ。


 俺も動きたくないですから。


 俺は上総介殿のワイングラスにワインをぎながら、笑った。





隣の席の客 「いや、他言無用ならこんなところで話さないで」

前へ次へ目次