しぶしぶ将軍擁立準備
●用語説明
熱田 尾張の商業地。(でかい)
井ノ口 美濃の商業地。(ちいさい)
俺の名は岩原新之助。
サ●ゼリヤのディアボラ風ハンバーグが最近のお気に入り。
米と一緒に食うのがいいんだよな。
というわけで、今日のお昼もサ●ゼリヤに来てしまった。
ほどよい客入り。
外国の絵画が飾られているが、かしこまった感じではないのがまたいい。
落ち着く。
その俺の前にテーブルを挟んで座っているのが上総介殿。
サ●ゼリヤに入る直前に会ったので、一緒にとなった。
「この店では自分で注文票に注文番号を書かねばならなかったな。
忘れておった」
店員さんの労力を減らすためだろう。
面倒だが、じっくりと注文を考えられるので悪くない。
ディアホラ風ハンバーグ、ライス大、コーンクリームスープに……小エビのサラダも頼んでおくか。
あと、ドリンクバー。
上総介殿は?
辛味チキン、エスカルゴのオーブン焼き、アスパラガスの温サラダ、カリッとポテト、チョリソー……
えっと、サイド的なメニューばかりでいいので?
「食いたいものを食う。
それが許されるのがサ●ゼリヤである」
どこの店でもそうだと思うけど……
まあ、他人の注文のケチをつけるのはよくない。
が、ドリンクバーは確認しておかねば。
「サ●ゼでは、ワインと決めている」
おおっ、昼間っから飲む姿勢。
さすが上総介殿。
そして飲むならサイド的なメニューばかりになったのも納得だ。
ならばお付き合いして俺もワインを注文。
ドリンクバーを取りやめ。
注文はこれでよろしいか?
店員を呼びますよ?
上総介殿が頷いたので、俺は呼び鈴を押した。
注文を店員さんに渡し終えると、上総介殿が大きなため息を吐いていた。
どうされたので?
「あー……覚慶が関ケ原の近くにある寺に陣取りおった」
関ケ原というと……美濃と近江の境ですか?
「うむ。
ああ、陣取ったといっても軍勢を率いたわけではない。
三十人ぐらいだからな」
三十人。
全員が武者ならそれなりの戦力だが、たぶん幕臣と近習だろうから戦力にはならんだろう。
「その寺から、会いに来いとワシに命令してきおった」
一応は将軍候補ですからね。
呼びつけてきますか。
それで、上総介殿は?
「“忙しいのでまた今度”と返した」
相手が誰でも断れるのはさすが上総介殿だ。
「なにせ呼び出しの文には、すでに将軍になったかのようなことが書かれておったからの。
ワシなどの力は不要であろう」
なるほど。
それで、覚慶様は引き下がったので?
「下がるわけなかろう。
しつこく呼んでおる。
まあ、無視しておるがの」
では、問題ないのでは?
「そうはいかん。
覚慶が滞在する寺から嘆願がきた。
覚慶を引き取ってくれとな」
覚慶様が、なにかやらかしたのですか?
「覚慶たちは金がない。
だから寺から金を借りておるのだが、その支払いは将軍になったあとでする取り決めだそうだ」
ありそうな話だ。
だが、それだけで引き取れと言ってきますか?
「どうも寺に入る前から借りておるらしくてな、額がどんどんと膨れ上がって、洒落にならんほどになっているらしい。
回収の見込みがあるとしても、寺としてはこれ以上は貸したくないそうだ」
将軍候補の覚慶様が宿にするぐらいだ。
それなりに大きい寺なのだろう。
その寺が嫌がるほどって……
「さらには、貸し倒れられては困るので、ワシに覚慶の味方をしてほしいと言ってきおった」
寺も必死だな。
「貸した額をこっそりと聞いたが、ワシも驚いたぐらいだ」
二国持ちの大名が驚く額なの?
なにに使ったんだ?
将軍宣下のための工作費か?
公家相手なら、金がかかるのもわかる。
「美濃の市場で株式投資をやっておった」
へ?
「美濃はワシが制したゆえ、これからの発展が期待できる。
大抵の株は値上がりするのだが、なぜか覚慶の買った株だけは値が下がる」
はぁ。
「その株の損を取り戻そうと、先物取引に手を出した」
先物取引。
「市場が尾張と美濃、あと少しの海外でしか展開されておらんので、そこまで予測が不可能というわけではないのだが……
覚慶は百倍のレバで始めて、二日で追証を求められた」
えーっと、俺もそこまで詳しくはないのですが……簡単に言うと?
「厳密には違うのだが……
先物は保証金を預けて、保証金の何倍かまでを運用できる。
その倍率がレバだ。
素人はいきなり大きいレバを使わんのだが、未来の将軍だからと調子に乗って百倍にしおった」
もう悪い予感しかしない。
「買った先物の値動き……まあ、値が下がったときだな。
保証金の追加が要求される。
これが追証。
レバが百倍ということは、値動きの影響を百倍で受けるということだ」
つまり……覚慶様、あ、もう覚慶でいいや。
覚慶は大損をしたと?
「そうなる。
道理で、熱田や井ノ口の商人が青ざめておったわけだ」
ん?
覚慶が大損したなら、商人は儲けたのでは?
「支払いが正しくされたらな。
覚慶は追証は将軍になったあとですると言って逃げておる。
将軍候補相手に商人たちもなかなか強くはでれん。
そんな者に百倍の信用など与えるからだと叱りたいが、後ろに寺があったからな。
信用するのもわからんでもない」
その後ろにいた寺も困っていると。
「うむ。
覚慶一人が破産しただけなら笑って放置するのだが……
このままでは熱田も井ノ口も混乱する。
寺が倒れたら、関ケ原も荒れる。
放置もできん」
では、肩代わりするので?
「死んでもせぬ。
が、支払いの目途をつけてやらねばな商人たちが困る」
支払いの目途……
将軍擁立に動くわけですか。
「かなり不本意だがな。
……覚慶がこれを狙っておったなら、相当の策士よの」
ははは。
覚慶にそんな狙いは絶対にありませんよ。
「であろうな。
ん?
頼んだ物が来たようだぞ」
店員さん、小エビのサラダを頼んだのは俺です。
「チョリソーはワシだ。
まあ、上洛の準備はするが、すぐには動かん。
というか、動きたくない。
なので、いま聞いた話は他でするなよ」
承知してますよ。
俺も動きたくないですから。
俺は上総介殿のワイングラスにワインを注ぎながら、笑った。
隣の席の客 「いや、他言無用ならこんなところで話さないで」