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友人と食事


 俺は岩原いわはら新之助しんのすけ


 露店で買ったアイスティーをキメている独身の男である。


「岩原よ。

 全然、女子おなごが引っかからぬぞ」


 俺と同じようにアイスティーをキメながら、通りすがりの女性に声をかける中年男性。


 彼は今川いまがわ治部じぶ大輔たいふ


 田楽でんがくはざまの戦いで破れた今川義元(よしもと)殿だ。


 彼は戦いには負けたが、死んではいなかった。


 史実というか、本当は死んでいるはず。


 だが、未来を知る未来人たちは、人の死をできるだけ避けようとする。


 その結果だ。


 そして、戦に破れた治部大輔殿は、息子に家督かとくを譲り、尾張で自由に生きている。


「治部大輔殿の声かけは、重いのです」


「重いとは?」


「亡くなった妻の代わりを求めているのがけているのです。

 女子はそのあたり、敏感ですぞ。

 次はもっと、その日限りっぽい感じでやりましょう」


「それでは、あまりにも不誠実ではないか?」


「最初は気楽なほうがいいのです。

 真剣になるのは、そのあとで」


「なるほど。

 まずは一夜ということか」


「いやいや、その前。

 その前で」


「その前?」


 真剣にわからんという顔された。


 まあ、治部大輔殿の思うままにやっていただいても不都合はないか。


 声かけ失敗も大事な経験。


 俺は治部大輔殿の声かけを見守り続けた。



「ぬっ、そろそろ時間か?」


 俺と治部大輔殿のスマホが同時に震え、残念そうにつぶやいた。


 たしかに時間だ。


 このあと、治部大輔殿は約束がある。


 俺は治部大輔殿が遅れないように見張るのが仕事だ。


「もう少しで成功しそうだったのに」


 うん、たしかにもう少しだった。


 まさか、土下座で押すとは。


 そして、土下座で押されるあいてがいるとは。


 予想外だった。


 世の中、広い。


 そして、先入観はよくない。


 色々と学べた。


「岩原、行くぞ」


「うっす」


 俺と治部大輔殿の行き先は『木●路』。


『しゃぶしゃぶ』なる食べ物をメインに出す、ちょっとお高い店だ。


 そんな店に、俺の財布では行けない。


 仕事で出してもらえるから行ける。


 いつかは自分の財布でと思う。



『木●路』の仲居さんに案内され、個室に。


 個室では上総介殿が待っていた。


治部大輔殿よっしー、久しぶりだな」


「いえーい、上総介殿のっぶ

 こっちは楽しくやってるぜ」


 なんでも少し前まで蝦夷えぞに居て、スキーなる遊戯ゆうぎ堪能たんのうし、海鮮丼かいせんどんを毎日のように食べて楽しんでいたそうだ。


 うらやましい。


「いいなぁ。

 ああ、注文はしておいたぞ。

 仲居、そろったから始めてくれ」


 上総介殿は仲居にそう伝え、俺たちは席に座る。


 上総介殿と治部大輔殿。


 年齢差はあれど、仲良くやっているようだ。


「ワシも早く遊びたい」


「残念じゃの。

 まあ、本能寺まで頑張るんじゃな。

 あと……二十年ほどか」


「ぬう。

 なんとか早められぬものかのー」


「未来人たちが言っていたであろう。

 どう意図したところで、大きな流れは変えられんと。

 上洛を断っておるようだが、無駄な抵抗というやつよ」


「なんの。

 上洛せずとも大きな流れが変わらねばよいのだ。

 あと、本能寺を早めるために、尾張や美濃にあるいくつかの寺を“本能寺”に改名させておいた」


「やめい!

 罰があたるぞ!」


「報酬を払ったら、喜んで改名に応じたぞ」


「最悪、燃やされる可能性があると伝えたか?

 こら、目を逸らすな」


「いいじゃん。

 早く本能寺を終わらせて、ワシも自由になりたい。

 キンカン頭もおるし、やれるって。

 あ、岩原は蘭丸らんまる役をやらせてやろう」


 よくわからないけど、死なない役なら……その顔、死ぬ役ですね。


 …………


 肉が来たので食べましょう。


 俺が鍋奉行……はいはい、上総介殿にお任せしますよ。


 肉は公平に分配してください。


 公平にさばけぬのであれば、鍋奉行を解任しますからね。



 うん、美味い。


 牛、牛、牛、野菜、野菜、牛、牛、野菜、牛……美味い。


 箸が止まらん。


 幸せだー。


 あっという間に時間が過ぎた。


「だいたい、コースはこんな感じで……あとはデザートだな。

 アイスのようだが……なに味にする?

 ワシは抹茶まっちゃにする」


「抹茶でよかろう」


 ここは合わせて、俺も抹茶アイスにしておこう。



「そうそう、抹茶で思い出したのだがな」


 上総介殿が抹茶アイスを食べながら、治部大輔殿に話を振った。


魚屋ととやなる堺の魚問屋が商売に来たのだが、話が魚介ぎょかいではなく茶でな。

 あれこれと茶器を売りつけてきおった」


上方かみがたでは茶が流行っているから、それを広げたいのであろう?

 話題作りのために、少しは茶器を持っておいたほうがいいぞ」


「うむ。

 ワシもそう思って、いくつか値切って買った」


「値切ったのか?」


「うむ」


「相手、変な顔してなかったか?」


「しておった。

 値切ってはいかんのか?」


「相手のつけた評価に対して、そうじゃないだろうと反論するようなものだからなぁ。

 あと、財布が厳しいとさとられる」


 なので、普通の大名は値切らない。


 意地で買う。


 いや、見栄みえで買うのかな?


「なるほど。

 ん、となると、買った茶器で歓待するのは?」


「それは大丈夫だ。

 ほれ、褒美で与えた器とか、普段から使ってもらえると嬉しいだろ?」


「うむ」


 そうは言われても、普段使いをして破損させちゃうと切腹でしょ?


 なかなか使えないよ。


「あー、しかし、魚屋はまた変な顔をしておった」


「なにをやらかした?

 まさか茶器にご飯を盛ったとか?」


「そんなことするか。

 茶器だから茶を入れて出しただけだ」


「それで、なぜ変な顔をするのだ?

 心当たりは?」


「茶はミルクティーにした」


「お主……」


「でもって、タピオカを入れておいた」


「……」


「ちゃんとタピオカが吸える太いストローもえたのだぞ!」


「愚か者!

 タピオカミルクティーはあの透明なプラスチック容器があればこそであろうが!」


「ぐぬっ……つまり……」


「茶器の色は?」


「茶色であった」


「であるならば、コーヒーを入れて出すべきであったな。

 コーヒーの黒は、茶器を引き立てる」


「……なるほど」


「ちなみに、茶器が黒色の場合は白い飲み物……ホワイトシチューあたりが無難」


「タメになる。

 さすが治部大輔殿!」


「ふっ。

 だてに歳は重ねておらん。

 おっと、そうだそうだ。

 弾正忠だんじょうちゅうから伝言があった」


 弾正忠。


 織田弾正忠。


 織田信秀(のぶひで)殿のことだ。


 信秀殿は上総介殿の父になる。


 本当はかなり前に病気で亡くなるのだが、この方も治部大輔殿と同様に未来人によって命を長らえた。


「父から?

 もっと早う言わんか」


「すまんすまん」


「それで、どのような伝言だ?」


「フィリピンで南蛮なんばん商人と戦になっちゃったと」


 現在、弾正忠殿は未来人の作った巨大な船に乗って世界を回っている。


 スペインの王に会いに行くとか言っていたらしい。


 フィリピンがどこかは俺は知らないが、なにがどうなって戦になったのだろう?


「勝ったのか?」


「まあ、相手の船を片っ端から沈めたと言っておったから勝ったのであろう」


 弾正忠殿の船は一隻だから、負けてたら伝言はなかった。


「勝ったのであれば、是非ぜひおよばず!」


「というか、どうしようもないからの」


「うむ」


 俺たちは抹茶アイスを食べ終え、『木●路』をあとにした。


 また行きたい。





今川義元    桶狭間(田楽はざま)の戦いで信長に負けた武将。東海道の覇者。


キンカン頭   明智光秀のこと。キンカン頭は信長がつけた渾名あだな


蘭丸      森成利のこと。信長の近習で、本能寺の変で討ち死にする。


堺の魚問屋   千利休のこと。この時期は三好家の御用商人だったらしい。



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